――僕らの昨日が見ていた未来は――







「で、なんかチョコを持って『ちせちゃ〜ん』とか叫んでたらしいんだよ」
「あいつ、馬鹿だろ……」

 よりもよってチョコにそんな名前つけんなっての……

「あらあら、それは若いですね」
「認めたくないものだな……」
「もう、あれだよ香里なんてずっとむすっとしてたんだよ?」

「あら? いきなり名前呼ばわりされたからかしら」
「香里が女の名前で何が悪いんだよ……」
「なんか香里の話だと、チョコの感想言う前に帰っちゃったからだって」

「あらあら、それは男としては感心できませんよね。祐一さん?」
「えっ、あ、そうですね。秋子さん」
「…………」

 その原因の一つは間違いなく秋子さんだと思うのだが。

「貰ったものは全部食べてあげるのが男性の見せ所だとは思いませんか?」
「ええ、それは勿論、だと思いますよ」
「………」


 なんだろう、三人で食卓を囲んでからさっきまでずっと俺の会話はスルーされてたのに、なんか急に矛先が向き始めた?

「なぁ、名雪どうかしたのか? なんかいきなり黙り始めたけど」
「な、なんでもないよ……」
「そうか、ならいいんだけど……」

 カチャカチャ……食器類の音と時折食べ物を咀嚼する音だけが聞こえる。

「なぁ、名雪どうかしたのか? 名雪だけ食事がもの凄い豪勢なんだけど」
「気、気のせいだよ……」
「そうか、ならいいんだけど……」

 ちなみに今日の水瀬家の夕食はカツカレー。秋子さん曰く風邪でリタイアしているあゆと真琴が夕食に加われないので簡単なものしたそうだ。ちなみに名雪の前にはそれに加えて、イチゴパフェやら、デザート杏仁やらショートケーキなんかが並んでいる。


「なぁ、名雪どうかしたのか? なんか凄い脂汗をかいているように見えるんだけど」
「…………あれだよ、カレーが辛いんだよ、きっと」
「……名雪?」
「えとね、祐一?」
「ん、なんだ?」
「その、ゴメンね……じゃっ、ごちそうさま! お母さん、デザートは後で食べるからっ!!」

 と言ったかと思うと、イチゴ系デザートを目の前にしてまるで敵前逃亡する兵士のように一目散に二階に上がっていってしまった。

「なんだ、あれ?」
「あの子は優しいですから……」
「はぁ」

 秋子さんの名雪に対するいつもの口癖がでる。

「あの子は本当に優しい子ですから、学校で起きたことや家であった些細なことで話してくれるんですよ」
「はい、それが正しい親子だと思いますよ」

 まったくの正論だと思うし、何より毎日。今日だって目の前でそれは行われてたわけだし。

「祐一さん」
「はい?」
「昨日、名雪どこにいたか知ってますか?」

 いきなりの秋子さんからの質問。

「え、確か昨日は香里の家にチョコを作りに行ったはずですけど」
「いえ、それの少し前ですよ」
「少し前?」

 確か、あれだな。昨日初めて名雪を見たのが……

「すいません、昨日名雪と会ったのは、俺の部屋に名雪が昼食を呼びに来た時が初めてなんで、ちょっと分からないです」

 あの時はノックもせずに呼びに来たものだからちょっと焦ったものだ。もしあれが北川からの『金色の菓子折り』の現場だったらと思うとちょっとかなわなかったな。

「祐一さん。これなんですけど見覚えありますか?」
「アガッッ!!」

 そう言って、秋子さんが懐からテーブルに出した物はまさしく『金色の菓子折り』!!

「え、えっとですね……その秋子さん」
「いえ、いんですよ。男性なんですからこれぐらい持っているのは当然だと思いますし……」
「うぅぅっ……っ」
「それに、こんな普通じゃない属性で、こんな普通じゃ考えられないプレイが好きでもいいと思いますよ?」

 これは、あれだ羞恥プレイという奴だ。絶対そうだ。

「まぁ、これで祐一さんが名雪は守備範囲内じゃないことが分かったのは、親としては複雑な気分だと思いますけど……ポッ」

 いや、あなたどこまでその中身を拝見したんですかっ!!

「エットデスネ……ソレガナゼココニアルノデショウカ?」
「ふふ、祐一さん。そんなに固まらなくてもいいですよ」
「い、いえ…そういうことは、この際横においてですね……」
「これは名雪が私のところに持ってきたんですよ」



 名雪かーっ!!!!! このデザート類はその報酬かーーー!!!



「でも、大丈夫ですよ。名雪の祐一さんに対するあの反応を見る限りでは、中身は見ていないようですから」
「……なんで、名雪は……それを?」
「実はですね、これ名雪から口止めされてたんですけど」
「えっ、なにをですか?」
「祐一さんと北川さんのその会話を、名雪がドアのそばで聞いていたらしいんですよ」



 そういうことかーーーっ!!!



  あの不自然なタイミングとかはそういうことかーーー!!





「それで北川さんとバレンタインのチョコのお話をしていたんですって」
「……はい」

 もはや完全に敗戦処理を行うだけとなった俺は、首を縦に振るしかなかった。

「それで北川さんに祐一さんは『水瀬さんに、かわいらしい後輩二人もいて、それに水瀬のおばさんだって綺麗じゃないか、そんなにたくさんの人からチョコがもらえるんだぞ!』って言われたらしいですね」
「……はい」

 そういえばそんなこともあったな。それで俺は確かあの時こう言ったんだ……





     
「水瀬のおばさんって……ああ、秋子さんのことか」







   サァーーーーーーーーーーー









 血の気が失せて行くのが感覚として分かる。名雪のゴメンの意味がここに繋がっていたのも、今、理解できた。

「そういえば、祐一さんに、バレンタインのチョコをあげていませんでしたね」
「え」
「はい、祐一さんには特別に大きいのを作りましたよ」

 その微笑みは本当に天使のようで…

「そういえば祐一さん知ってましたか? バレンタインってもともとはーマ皇帝の迫害下で殉教したバレンタインさんが死んだ日なんですよ」

 その声は安らぎを与えてくれるものと信じていました。





 だけど……


「男性なら貰ったものは全部食べてあげるのが見せ所なんですよね」



































目の前には『鬼』がいた……











――僕らの昨日が見ていた未来は――


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