――僕らの昨日が見ていた未来は――







 二月十四日、早朝。
 なんともいえない甘い匂いと、それに紛れるような不思議な匂いで俺は目を醒ました。

「何だ、この甘い匂いは?」

 名雪がチョコでも作っているのか? それともあゆがチョコを作って失敗しているとか? さらには真琴がチョコを盗み食いしようとしているとか?

「全部当てはまりそうじゃないか……」

 俺は起きてしまっては仕方ないとリビングに降りて見ると

「あれ、秋子さん?」
「あら、祐一さん。おはようございます」
「あ、どうもおはようございます、秋子さん。ところで何をしているんです?」
「見て分からないですか?」

 と、いたずらっぽく微笑む秋子さん。

「え、と。チョコを創っているように見えますけど……」
「正解です。名雪が昨日作っているのを見て、私も久しぶりに挑戦してみようと思いまして」
「えっ、名雪。チョコ作ってたんですか?」

 昨日、名雪は帰宅して晩御飯も食べずにそのまま部屋に上がってしまったから、そんなことする時間は無いと思っていたんだがな。
 いや、あれだぞ? 名雪いつ作り始めるかな〜、とか思ってないんだからね! ……ほんとだよ?

「ええ。昨日の朝早くに台所を占領してしまいまして……ねぇ」
「はは、ははは……」

 意味深な視線を投げかける秋子さんにただ笑うことしかできない俺。

「それで、作ってみたんですけど、祐一さんにちょっとお願いしていいでしょうか?」
「はい、なんでしょうか?」
「このチョコレートなんだけど、北川さんに渡してくれませんか?」
「へ? 北川に、チョコを?」

 予測していない名前と行動に、間抜けな声を出してしまう。

「いえ、祐一さんがダメなら名雪やあゆちゃんにでも頼む予定ですけど……」
「いえいえ、俺が渡しておきますよ。秋子さんからといって渡せばいいんですよね?」

 わざわざ名雪やあゆにまで、頼もうとするなんてよっぽど渡したいんだな……北川に。ってマジで? 秋子さんが北川に? どうしても渡したい? ってそれってもしかして俺って禁断の恋の案内請負人!?

「いえ、見知らぬ女子高生ということにしておいてください」
「へ? 名前を言わなくていいんですか?」

 確かにそういうシチュで後から誰がチョコをくれたと知るというのも有るかもしれないけど……

「絶対に口外しないでください、いいですね」

 と、つい最近聞いた低いトーンで俺に釘をさす秋子さん。確か昨日食卓で……って、これってもしかして恋の案内請負人じゃなくて、地獄への道先案内人ですか!!?

「確かに祐一さんに渡しましたからね」
「は、はい……確実に、北川に、渡しますので」
「どうもありがとうございます」

 すでに嵐は始まっていた……








「おーーーっす! 相沢。今日も元気か!!」
「お、おお。北川、おまえは元気そうだな」
「え? いやー、そんなことあるわけ無いって!!」

 いつもより少し早めに家を出て、いつもより少し遅く学校に着いた俺を、北川は教室に入るなり、もの凄く生き生きとした動作で俺に接してくる。
 チョコ確定の免罪符を手に入れた北川や俺たちにとっては、貰えるか貰えないかで、どきどきしながら昼休みや休憩時間や放課後を待たなくていいのは幸福だと思う。
 ただ、その中のチョコのある一つが、多分食べたらとんでもないことが起こりそうな予感を醸し出している気がしないでもないが……

「あっ、祐一」
「ん、おっ、名雪、今日はいつもよりちょっと遅くないか?」
「酷いよ祐一〜。勝手に一人で学校にい行っちゃって……。あゆちゃんや真琴だって私を待っててくれたんだからね!」

 そりゃ、あゆも真琴も災難だ……。

「で、三人そろって本鈴ぎりぎりか」
「……私一人だけだよ」
「は?」
「あゆちゃんと真琴は今日は休みだよ」
「いや、だってあゆと真琴は名雪を待ってたんだろ?」

 それで、何故欠席なんだ?

「え〜とね、私が準備している時にね、その、あゆちゃんが台所に入ったらしくて」
「…………」
「そこで、あるものが置いてあったらしくて、そこを真琴が通りかかって……」
「あ〜……なるほどね」
「えっ? どうしたの祐一」
「『それ』、俺の鞄に入ってる……北川に上げるようにって、その頼まれて」
「……そ、そおなんだ」
「あゆ、休みなのか……」
「う、うん……大学病院連れて行くって、お母さん言ってた」
「…………」
「…………」
「さ、授業始まるから席につこうか」
「う、うん。そうだね」

 穏やかな日常は、いつもどおり穏やかに始まりの鐘を告げた。




「あっ、相沢君。ちょうどよかった」
「えっ、なんだ?」

 席についた途端何の因果か俺の前の席になった香里が、早速声をかけてきた。(ちなみに俺の席は窓側の一番後ろと最高ポジションだ)

「はい、チョコレート」

 ザワザワザワ……

       ザワザワザワザワ……



 香里のその何気ない言葉が、教室に波紋を呼ぶ。いろいろな視線が俺に突き刺さっているのがわかるんだが……
 って北川、おまえもかいっ!!

「栞から」
「は? 栞から?」
「そ、栞から」

 その発言で視線が収まったかと思うと、今度はなにやら違うベクトルの視線が刺さってくるような気がしないでもない……んだが。

「別に昼休みになったら飯を食いに来るんだし、そのときでもいいのにな」

 とか言っては見るものの、やはり女の子からのチョコは嬉しい。

「栞はこないわよ」
「は? なんで?」
「今日は休みよ」
「え、何で……」
「ふくっ……風邪よ、風邪!」

 俺の質問が悪かったのか、なぜかいきなりそう撒く仕立て上げると、黒板の方に身体を向けなおす香里。それと同時に担任が姿を現した。

 えっと……これって結局どういうことだろう?? その答えが出るのはそれからしばらく、昼休みが終わる頃だった。





――僕らの昨日が見ていた未来は――







 昼休み 待ちに待ったよ 昼食だ



 と、言うことで、決戦というか集大成というか、本命とも言える昼休みの鐘が鳴り響いた。

 後者の至る所でその一発目の勝負が行われている。本命チョコを片手に本命を捜す女の子達、飢えた獣に十円チョコを振りまく女の子達、とりあえずチョコを大事に抱えて下駄箱に向かう女の子達。そして屋上でチョコ鍋をつつく女子高生姉妹……
 ん? なんか変なのいなかったか?

「機は熟した!」

 ガッ! と激しく立ち上がる北川。

「多くの英霊の死が無駄死にでなかったことの証の為に……星の屑成就のために!」
「いや、それだめじゃん!」

 屑になってどうするよ。

「ねぇ、相沢君。北川君」
「はい! 何でありますか、美坂」

 と、香里の呼びかけにさっきまでの熱さはどこへやら、パブロフの犬のように反応する北川。きっと北川は「駄犬めっ!」とか言われたら喜びそうかもしれない。そしてきっと香里なら「去勢してやろうかしら」とか罵るかもしれない。しかもその図をリアルに想像できてしまうところが今の二人の関係というか心の遠さというか……

「これ……なんだけど」

 と、妙に顔を赤くしながら香里の鞄から出てきた包みは間違いなく『それ』を匂わせる包みであり。

「(相沢、これ『あれ』だよな)」
「(おうっ、北川それだと思うぜ)」

 とアイコンタクトを取るぐらい可愛らしいい包みで……

「初めて、作ったからちょっと形は崩れてるんだけど……」
「(相沢氏、相沢氏! これはやはりあれですぞ!)」
「(北川氏、北川氏、そんなに熱い視線を箱に送っていたら中身が溶けてしまいますぞ)」

 鞄から出した包みは大きいのと小さいのと二つで……

「最初のは張り切って作っちゃって分量間違えちゃって、でも次のはちょっとデコレーションに力を入れてみたんだけど……」
「(相沢氏、これは美坂的には舌切り雀をモチーフにしたのでしょうか?)」
「(北川氏、これはあれですぞ。量を取るか質を取るかの長いテーゼの答えを私達に問うておるのですよ)」

「あたしとしてはどっちも自信作なんだけど、相沢君と北川君で好きな方選んで持っていってよね!」
「(キタ――――(゚∀゚)――――ッ!!!! 相沢氏ッ!!相沢氏ッッ!! ツンデレですぞツンデレ! あの夢にまで見た美坂のツンデレですぞー!!!!)」
「じゃあ俺は小さい方を貰うな。ありがとうな香里」
「さらりと流すなーーーー!!!」

「ま、まぁどっちでもいいけどねあたしは。でもできれば今日中に味の感想を聞かせて欲しいんだけど、いい?」
「味の感そ…」
「勿論っす! 当たり前っす! 自分今すぐに食べて表現したいと思いまっす!!」

 体育会系の後輩のようにペコペコハキハキする北川。おまえ誰だよ……
 北川は俺がそう思っている間に綺麗にラッピングされた包装紙を無残に破り取り、最後の砦となったその白い箱は包装紙とは逆に厳かに開ける。

 ……なんか、えちぃな。

「お、おおおおーーーーっ!」

 北川の大きな箱から出てきたのは、その大きな箱と同じくらい大きなハートの形をしていると思われるピンク色のチョコらしきものだった。

 プルプルプルプル……

 あっ、北川が感動のあまり直立不動でプルプルきてる。
 と、思ったのもつかの間、いきなり閉まっていた窓を開けたかと思うと

「箱根のみなさ〜〜ん!! うたわれぷぼおっ!!!」
「ちょっと恥ずかしいわよ、北川君」
「プチポックルうるさいぞ、北川」

 俺の膝と、香里の肘がそれぞれ北川の脇に入る。そして音もなく沈んでいく北川。これは後十数分はオチたままだろう。

「あ〜あ、これじゃあ北川君に評価聞けなくなっちゃたわね。どうする、相沢君?」

 と、何の感慨も無くそう言い放つ香里。いや、あなたも肘入れてましたが。

「ん〜、じゃあ俺が小さい方食べて感想言えばいいんだろ?」
「うん、お願いね」

 俺もあっさり北川をスルーして、自分の小さい包みを開くと、そこには紅白饅頭程度の大きさの、丸い赤と茶色のチョコが二つ並んでいた。

「へぇ〜、赤色なん珍しい色に挑戦したんだな〜」
「そうね、茶色ほど苦労はしなかったんだけど、その赤色の方も苦労したのよ?」
「へぇ……茶色の方が……苦労したんだ?」
「ええ」

 なんで!? おかしくないか香里の発言? さっきの味の感想を聞かせて欲しいというところにも引っかかったんだが、なんかこう、もうちょっと前から得も知れぬ違和感があったような無かったような……

「……栞から貰った奴も食べないとダメだしなぁ…」
「栞のはべつに普通の手作りチョコだから後でもいいんじゃないかしら?」

 普通!? 普通だから!? えっ、どういうこと??
 そもそも栞が手作りって事は昨日香里や名雪と一緒に、チョコを作ってた可能性が高いわけで。でも今日はなぜか栞だけ風邪を引いて……。あれ?

「ゆういち〜〜。ご飯にしようよ〜」

 水瀬名雪が援軍として現れた。

「よし、名雪、昼飯食おう! 今すぐ喰おう! さぁ喰おう!!」
「うん、それはいいんだけど〜、その前に〜」

 と、持っていた袋のうちの一つからアルミに包まれた甘い匂いがほのかに香るものを差し出してきた。

「祐一、バレンタインだよ〜!」
「……いちご?」
「イチゴじゃないよ〜。チョコだよ。…イチゴも入っているけど」

 やっぱりか…。

「あら名雪のほうも完成してるの?」
「あっ、香里。香里は、その……ダメ、だったよね?」

 ダメだったよね? おまえチョコ作るために香里の家に行ってたんじゃなかったっけ?

「あら、あたしの辞書に不可能という文字は書かれないのよ?」

 自信満々に言い放つ香里。

「あっ、そうなんだ……。で、その茶色の方、見つかった?」
「ええ……ちょっとちょっと捕まえるのに苦労したけどね」
「そ、そうなんだ……良かったね」

 俺と香里を交互にちらちら見ながら香里に話しかける名雪。何でそんな申し訳なさそうなんだ名雪。後、捕まえるって何だ、香里!!?

「エー、ゴホン。あの香里さん。ちょっとよろしいでしょうか」
「なに相沢君。まだ食べてくれなかったの、あたしの自信作」
「まぁ、食べる前にちょっと聞きたいんだけど、この色って何を加えたんだ?」

 と、北川の机においてあるでかいピンクのチョコを指差す。

「ああ、それ? それは確かショウガね」
「ショウガ!!?」
「そう、ショウガよ。ピンク色の奴ね」

 HEY! なんてことするんだマイシスター!! いくらなんでも絶望的に合わないだろうその食べ物同士は!!

「やっぱり、あたしとしてはオリジナリティを出したいと思ったわけよね」

 香里さん、それ誰も真似しないですから……オリジナリティを通り越してマイノリティの域、入ってますから。
 よく見てみるとところどころにショウガっぽいものが浮き出て見えるな、このピンクチョコ……

「成る程……じゃあ、俺の赤い奴は紅ショウガで色を出したんだな」
「違うわよ」
「違うのかよ!!」

 ピンクショウガですらかなり痛チョコなのに、これ以上俺の夢を壊さないでくれ、香里。

「相沢君、うがい薬使ったことある?」
「は? いや、あるけど? あの水で薄める奴だろ?」
「そうよ。あれもの凄い赤よね?」
「……………」
「……………………」
「This(これ)?」

 赤いチョコを指差す俺。

「Yes(そうよ)」

 赤いチョコを指差す香里。

 姉さん事件です。これは明らかに毒味と言う名の嫌がらせだと思うのですがどう思われるでしょうか?
 追伸:僕が死んだら、医者の卵が薬飲んで死んで格好つかないね、と末代まで語り継いでください。


「一応聞いておくがこれはノーマルなんだよな」

 茶色のスタンダードを指差す俺。

「残念ながらちょっと違うわね」
「あ、ちょっとだけかぁ〜。そっか〜」

 や、別に茶色の着色はいらないと思うんですがダメなんですかね?

 チョンチョン…

 と、名雪が俺の背後から軽く指で叩いて、意識を名雪側に向けさす。

「実は香里ね、カブト虫とクワガタ虫を入れるつもりだったんだよ?」

 と、とんでもない事をしゃべりだす名雪。
 え、なに。それどういういじめ? パピヨン? 一介の学生にパピヨン体験させるつもりなのか香里は??

「も〜、名雪言っちゃったらダメじゃない。結局この時期にはいないんだから」
「いや、それ明らかにダメだろ」

 チョコとか言う以前にカブトムシすりつぶす女子生徒は見たくない。

「そぉ? 結構いいアイデアだと思ったんだけどね。ほらカブトムシとクワガタムシって男の子のイメージあるじゃない? だから喜ぶかなぁと思ったんだけど」

 そのイメージは分かるが、持ってくる場所が違いすぎますよ、香里さん。まぁ、流石にそんなもの入れたら腹痛どころか、の話だしな。冬でよかったよバレンタイン。

「でもまぁ、もっと違うのあったし、それでいいかなと思ったのよね」
「へ〜、じゃあ『その』食材はやめにしたんだ、香里」

 食材言うな名雪。

「まぁね、賞味期限は長そうだしいけるかと思っただけど、残念だわ」

 賞味期限言うな香里。後、残念がるな頼むから。

「でも違うので代用できたし結果オーライという感じかしら?」
「へぇ、結局何を混ぜたのその祐一の持っているチョコに?」

 頼むから俺をナチュラルに追い込まないでくれ、名雪。

「もぅあれよ、恐竜時代から生きているもの凄いタフな食材なんだけどね……」
 なんか話が怖い方向に…

「やっぱりあれよね、冬でも探せばいるものよね〜」
 進んでいるような気が……

「赤い奴もいたら、それも使おうか迷ったんだけど、チャバネだけだったわ」

 シタ――――(゚∀゚)――――ッ!!!!





――僕らの昨日が見ていた未来は――







「で、あたしとしては自信満々だったんだけど、ちょっと不安だったから栞に少し味見してもらったのよ」
「……ほほう」
「そしたら、栞ったら何も言わずトイレに駆け込んだと思ったら閉じ困ったまま出て来ないで…」
「…そうか」
「そのまま部屋に戻ったかと思ったら、そのまま寝込んじゃったのよ」
「…………それは災難だな」
「味の寸評も出せないまま風邪で倒れるなんて、あの子もまだ病気が治りきってないのね……」
「…………」
「可哀想な栞」
「そりゃ可哀想だな……」

 そして俺の前には赤色と茶色のチョコが並んでいる。

「だから、今日は相沢君と北川君には期待してるのよ」

 アナタハオレニナニヲキタイシテルンデショウカ?

「よし! 俺も男だ。いっちょやってみっか!」
「祐一……」
「せっかくだから、俺はこの桃色の扉を選ぶぜ!!」

 ガブッ!!

   ボリッボリッ!!

     シャリシャリ!!


 俺が食べたのは北川が貰ったはずの大きなショウガ入りチョコ。脱色したショウガと不自然な色のチョコのハーモニーは、その食感から想像に容易い罰ゲームのようなものだった。






  ――十分後――





 何とか香里の罰ゲームに『約束された勝利の剣』という評価を下した。香里はその評価を良くわかっていない様子だったが,北川も残っている事からか、「そう、分かったわ」と言葉を俺に残した。
 そして次に俺を待ち受けていたのは、姿を見せる前から甘い匂いを発している名雪のイチゴチョコだった。

「えっと……大丈夫、祐一?」
「イヤ、今ならたいていのものは受け入れてやろう。しょうがないなぁひとし君でもスーパーひとし君でも使って乗り切って見せよう!」
「微妙だね……」
「……だな」

 まぁ、あれより酷いのには早々逢う事も無いだろうし、よもや名雪なら大丈夫だろう。多分…いや、きっと。

「でも実は私もデコレーションの方ちょっと失敗しちゃったんだよ〜」

 と、決意を決めかけた俺の『それ』を揺るがせてしまうような名雪の一言。

「え、まじで?」
「で、でもちょっとだけだよ」
「まぁ、名雪にしては頑張った方じゃないかしら?」
「ん? 香里は知っているのか。名雪のチョコの中身?」
「もちろんよ。だってあたしの家で三人仲良く作ってたもの」

 あれ? でも秋子さんは名雪は今朝早くって……? でも名雪は遅刻しかけてきたわけだしな?

「完成度で言えばあたしと同じぐらいよね〜、名雪?」

 それ、もの凄く危険物じゃないですか!?

「えっ、う、うんそうだね」

 なんか名雪も、苦笑いなんだか、図星なんだか分からない顔してるし……

「えっと、祐一笑わないでね?」
「いや、もしかしたら失笑するかもしれないぞ?」
「ええーー、いやだよー!!」
「俺もいやじゃ!」

 何で地獄を二回もみなきゃならんのだ!

「ぅぅぅ〜」
「ほら名雪、早く渡さないと昼休み終わっちゃうわよ?」
「でも〜、もしかしたら祐一食べてくれないかも〜」
「イヤ、まぁ今なら大丈夫、だよ?」

 むしろ今この状態でしか食えないかもしれないぞ、香里級のチョコならな…

「じゃ……祐一、バレンタインチョコだよ」
「お、おう。ありがとな」

 嬉しさ半分、気恥ずかしさ半分、未知なる恐怖半分でそのチョコを受け取り、そしてアルミを剥がしていく。

「こ、これは……!」

 アルミの中からでてきたのはピンクっぽい赤色のハート型をしたチョコで、そのチョコの上に白い文字で

「ゆう〜〜〜?」

 と、書いてあるみたいだった。

「相沢君、それ祐一って書いてあるのよ」
「これが?」

 どうみても『ゆう〜』としか読めんが。

「祐一の『祐』は書くのが難しいから平仮名にしたんだよ。で祐一の『一』はちょっと失敗しちゃって……」
「ああ、成る程、それが失敗って訳か……」

 てっきりこの色のだからまたショウガでも入れられてるかと思ったぞ。昔ショウガ関係で名雪と揉めた事もあった気がするし……

 パクッ

  カリッ!

   モグモグッ!!

     …………


「ど、どうかな、祐一?」
「…………」
「や、やっぱりダメだったかな?」
「甘ーーーーーーーい!!」
「きゃっ!」
「うん、ちょっと甘すぎる感はあるけど、全然大丈夫。普通においしいと思うぞ?」
「そ、そう、良かったよ〜。昨日隣で香里が凄いの作り始めたから、私ちょっと不安だったんだよ〜」

 それは目の毒だから気にするな、名雪。

「でもあれだな。これだと名前が『ゆうー』となっちまうな」
「あはは、そうだね。ゆうーーー! って感じかな? あれ? でも私結構この呼び方しっくり来るんだけど……」


「ママレードボーイッ!!!!」
「わっ、びっくりしたよ〜」

 いきなり奇声を発して、北川・ジョイトイ・潤が復活した。

「てめ、相沢よくもいきなり俺を殴りやがったなって…あーーっ! 俺のチョコが無い!!」
「ああ、あれ。俺が食った」
「うおーっ!! 俺のこの学校での最後の聖域が相沢に取られたー!!」
「いや、どちらかというと魔界だったぞ」
「こんちくしょー、こんちくしょー!」
「いや、北川には俺が貰った小さいほうを残してるから、そんなに落ち込むなって……」
「ホントか!! 相沢おまえっていい奴だな」

 百八十度態度を変える北川。だが待っているのは地獄だと思うぞ。
 
「おっ、そういえば、さっき見知らぬ女子生徒から、北川にってチョコ貰ったぞ?」

 そういいながら、鞄に入れていたブツを北川に差し出す。

「え、まじか!?」
「マジだ、しかもめちゃくちゃ想いがはいってそうだったぜ?」
「ね、ねぇ、それって……あれ? だよね、ゆう?」
「そのネタもういいちゅうねん」
 
「やったー!! 初めて見知らぬ女生徒とはいえ本命を貰ったぜー!!」

 名雪と俺で話し合っている間にも、北川はグレイトッ!! を連発していた。


 ポンッポンッ

 俺は、ノリノリでミニモニジャンケンぴょんを踊り始めた北川の肩を叩いて

「おうっ、何だ、相沢? おまえも踊るか?」
「…………北川」
「おうっ、何だ相沢」

「グッドラック!」

 親指を立てて、微笑みかけた。

「おう! バリバリだぜぃ」

 何がバリバリなのか二つの最終兵器を手に、踊り狂う北川。

「おっと、昼休みが終わっちまうぜ! んじゃ、相沢ちょっくらチョコを吟味してくるから、後、よろしくな!」
「…………ああ。まぁ頑張ってくれ」
「んじゃ、香里。おまえのチョコをゆっくりかみ締めてくるからな!」
「ええ……逝ってらっしゃい、北川君」

 いきなり香里呼ばわりとは、男って奴はなんと悲しい生き物なのだろうか。そしてその香里呼ばわりに対しての香里の皮肉は、きっとその通りになってしまうんではないだろうか。俺は思った。










 その日、北川が教室に戻ることはなかった。






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