リン、リンと小さな鐘の音が聞こえる。
 聞いたことのある曲。明るく優しい歌。
 それはまだ夢の中にいる名雪の耳にも不思議とスッと入っていった。
 お母さんが子どもを寝かしつける子守唄みたいな。
 とてもとても安心できる歌声。
 ああ、クリスマスソングだ。
 子どもの頃から何度も聞いた、この時期の定番の歌。
 そこに別の声が混じった。
「名雪ー。起きろー」
 ちょっと無遠慮な。だけどこちらも優しい声。
 名雪はムニャムニャと寝言を漏らした。
 ゆっくりとまぶたを上げる。蛍光灯の光が眩しくて視界が滲む。
 それに慣れてくると、光の向こうに祐一の顔が見えた。
「あ、祐一……」
「起きたか?」
 名雪は小さく頷き、キョロキョロと辺りを見渡した。
 机の上の時計は夜中の2時を指している。
 直前の記憶はハッキリしないが、最後に時計を見たときは確か1時ぐらいだったはずだ。
「ごめん、私、寝てた?」
「んー。でも10分ぐらいかな」
 10分? 思いっきりぐっすり眠ってしまったと思ったのに、案外寝ていた時間は短かったみたいだ。
 ふと、自分の背中に毛布がかけてあるのに気づいた。寝ている間に祐一がかけてくれたのかな。
「眠かったら自分の部屋に戻って寝てもいいぞ」
 祐一はそう促したが、名雪は首を横に振った。
「ううん。もうちょっとだけ頑張るよ」
 名雪は両手で頬を叩き、睡眠で中断されていた問題に取り掛かった。
 祐一が頑張っているのにひとりだけ休むことなんてできない。
 大学受験に苦しむ祐一にはこれぐらいしかできないけど、これぐらいなら何でもやってあげたかった。それは例え小さなことでも、そうことをするのが恋人同士なんだと思う。
 何問か解いたところで、ふと視線を感じて顔を上げた。
 祐一と目が合った。
 名雪は微笑みで返す。
「なんだよ」
「なんでもないよー」
 口を開いたついでに、ちょっと気になっていたことを聞いてみた。
「ねえ、祐一。明日のクリスマスパーティーだけど、勉強の邪魔にならない?」
「ん? ああ。ちょっとぐらいなら問題ない」
 名雪の心配を他所に、祐一は即答してくれたので、名雪はほっと息を下ろした。
 ちょっと悪いとは思いつつも、「楽しみだなあ」と名雪は小さな声で呟いた。
 内緒でクリスマスプレゼントだってちゃんと用意してある。
 何週間か前に、数々のイルミネーションに彩られ、クリスマス一色になった商店街を祐一と一緒にデートしたとき、赤と緑のマフラーを見つけた。
 名雪が「かわいい」と言うと、祐一も「へえ。これだったら俺もほしいな」なんてことを言っていたのを名雪はバッチリとチェックしていた。
 ふたりとも気に入ったのならペアルックとかもいいかもしれないと考えたが、それはきっと祐一が嫌がるだろうし、今回は祐一に譲ってあげよう。
 マフラー自体は一週間前に購入し、包装を頼んで明日の夕方に受け取ることになっている。明日の補習の後に店に行けばちょうどいいだろう。祐一には陸上部の部室に用があると言って、早めに教室を抜け出せば問題ないだろう。
 祐一はどんな反応をするだろうか。ちゃんと喜んでくれるかな。まさか嫌な顔をしたりなんてしないよね。
 部屋のラジオからは再びクリスマスソングが流れてきた。
 ラジオのDJは、この地方は今年もホワイトクリスマスになりそうだと告げてくれた。
「楽しみだね」
 そう声をかけると、祐一も「そうだな」と返してくれた。
 窓の外からは、薄い月明かりのもと、雪が舞い降りてくるのが見えた。
 ホワイトクリスマス。
 素敵なことが起こりそうな一日の始まりだった。

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