6、
徒歩10分、バス20分。
わたしの家から病院までは約30分かかる。
でも、今日は悠長にバスなんか待っていられない。
わたしは電話でタクシーを呼んで、すぐさま病院に直行した。
祐一はこの町のはずれにある森の中で発見されたらしい。
巨大な切り株の側で、人が倒れているのを近所の人に発見され、そのまま救急車で病院に運ばれた。
意識不明だがまだ息はある。
祐一は生きていた。
そのことだけが、わたしの頭を支配した。
すぐに病院に向かうとだけ告げて電話を切った。
祐一、祐一、祐一!
きっとわたしは青くなってガタガタ震えていたのだろう。
タクシーの運転手は何も喋らずに病院まで連れて行ってくれた。
まるで追われているように病院に転がり込んだわたしは、夢中で相沢祐一の身内、とだけ受付の人に告げた。
するとわたしは、違う病棟に案内され、薄暗い待合室で待つように言われた。
病院は嫌い。
人が終わりを迎える場所。
他の場所よりもずっとあの世に近いような気がしていた。
その入り口は今誰のために開かれているのだろうか。
必死で嫌な考えを振り切り、ひたすら待つ。
時折看護婦らしき人が慌しく通り過ぎる。
永遠みたいな時間だった。
今まで当たり前みたいに思ってた時間、現実から無慈悲に切り捨てられたような気がしていた。
ひょっとしたら、わたしだけ普通に流れる時間から取り残されたのではないだろうか。
もう戻れないのではないだろうか。
手の震えは一向に止まる気配がなかった。
「水瀬さん、こちらへどうぞ」
妙に野暮ったい医師がわたしを診察室に呼んだ。
あの人が、きっと祐一の担当医だろう。
祐一の容態は?
生きている?
死んでいる?
様々な言葉がわたしの頭の中をかき混ぜた。
とても声が出せそうになかった。
わたしの様子をじっと見ていた医師は、やがて何の感情も交えずに祐一の容態について説明を始めた。
病室は夕焼けの光に赤く染められていた。
生命維持装置のような仰々しい機械類などはほとんどなく、ただ点滴の針だけが祐一の腕に刺さっていた。
少なくとも顔は怪我した様子はない。
痩せこけてはいるが、確かに息をしていた。
ただ眠っているだけ。
どう見たってそうだ。
しかし、さっきの医師の話がそれを否定していた。
原因不明の昏睡。
医師はそう言っていた。
外界のどんな刺激にも反応を示さず、ただ眠り続けるだけの存在。
目覚めるのは、明日かもしれない。
10年後かもしれない。
「・・・もしかしたら、目を覚ますことはないかもしれません」
医師はそう言って目を伏せたあと、祐一の病室に案内してくれた。
祐一の手に触れてみた。
祐一と繋がる。
冷たい。
その冷たさを理解した瞬間、わたしはこの場所に祐一がいないことを悟った。
ここにあるのはただの抜け殻だ。
どうしようもなく。
だって、ここには祐一の匂いがないんだ。
わたしの大好きな匂い。
わたしが大好きだった匂い。
祐一の胸に顔をうずめてみても、それは一向に感じられなかった。
祐一の病室を後にして、わたしは家に帰ってきた。
どうやって帰ってきたのかわからない。
ただ、今わたしの目の前にあるのは、祐一が一ヶ月間過ごした部屋の扉だった。
いつものように、ドアを開いて中に滑り込み、ベットに倒れこむ。
主を失って、2ヶ月間待ち続けたそのベットは、主の匂いを忘れそうになっていた。
それに気づいた。
わたしが祐一を求めて、何度も何度もこのベットで眠るたび、少しずつそれはわたしの匂いに染め替えられた。
そう遠くないうちに、その匂いは跡形もなく消え去ってしまうだろう。
わたしはなぜ、あの時。
祐一が孤独という名の化け物からわたしを助けてくれようとしていた時。
お母さんを失いかけて、どうしようもなくなったわたしに手を差し伸べてくれた時。
どうしてわたしは祐一に答えてあげられなかったのか。
どうして自分が一番辛いなんて思ってしまったのか。
わたしがあの時祐一の手をとっていたら、こんなことにはならなかったんじゃないのか。
わたしの犯した罪が、物言わぬ祐一という姿をとってわたしの前に現れたんだ。
そう、思った。
ざあああああああああああああ――――
雨の音がした。
激しくもなく、弱くもなく。
耳鳴りのように頭の奥のほうでずっと鳴り響いていた。
気づかなかったわけじゃない。
気づいていない振りをしていただけだった。
これが罪の音だと思った。
これがわたしの罪。
この世で罪を犯した人だけが聞く、後悔の音だ。
「・・・・っく、うっ、はぁっ・・うぁっ・・・」
知らないうちに嗚咽が漏れた。
祐一のベッドがわたしの涙で濡れた。
ぽろぽろと流れ落ちる涙の雫は、こんなわたしには勿体無いくらいに綺麗だった。
やがて、わたしは最後の夢に落ちていった。
7
祐一とあゆちゃんも迫りくる現実からは逃げられなかった。
ボクの学校に案内するよ――――
そう言って辿りついたその場所に二人の学校は存在しなかった。
そこには人の手で切り倒された木の無残な姿があっただけだった。
思い出した。
7年前までこの町のはずれに大きな木があった。
この町のどこにいてもその木が見えた。
まるでこの町の守り神のようにそびえ立つ巨木。
誰かが木から落ちて意識不明の重態になったとニュースで見た記憶がある。
まさかその事件に祐一が関わっていたなんて―――
少しずつ重なり合っていく祐一の記憶とわたしの記憶。
わたしの直感がこれは現実だと告げていた。
あゆちゃんは何かを探していた。
おそらくお気に入りのダッフルコートを木にかけて一心不乱に土を掘り返している。
普段の彼女の明るさはどこにもなかった。
現実が暗い夜の闇となって二人を覆いつくしていた。
祐一はそんな彼女を見ていることしかできなかった。
ああ。
これが祐一の罪か。
祐一の感情がわたしの心に流れ込んできた。
祐一の絶望は、少し透明な青色をしていた。
わたしと同じだ。
皮肉にも祐一の絶望とわたしの絶望と同じ色だった。
もしかしたら、誰もが同じようにそれぞれの罪を抱えて生きているのかもしれない。
そして、誰もがそれを見て見ぬふりをして生きているのかもしれない。
それと向き合わなきゃいけないのは不幸なことなのか。
今は分からなかった。
あゆちゃんは懸命に探した。
でも、それは見つからない。
3つの願いをかなえるという天使の人形。
いつのまにか朝になった。
あゆちゃんはいつのまにかいなくなっていた。
祐一は天使の人形を探した。
それが祐一の罪を洗い流すと信じているかのように。
夢の中のわたしや香里、北川君もそれを手伝った。
夜まで続く必死の捜索。
「おい!これじゃないのか!?」
北川君の声が辺りの静寂を破り、周囲にこだました。
祐一は駆け寄りそれを確認する。
祐一がそれを手に取った瞬間。
あたりに光が爆発した。
これは――――
そう思った瞬間わたしの心は祐一の身体を離れ、どんどん上空に昇っていった。
目を覚ましたわたしは祐一の部屋で既に高く昇った太陽の光に包まれていた。
もうきっと夢は見ないだろう。
なぜだかそんな気がした。
なぜなら、この夢は「これ」が目的だったんだろうから。
目が覚める瞬間、祐一の絶望と彼女の悲しみのイメージが脳裏に焼きついていた。
わかっていた。
わたしが祐一やあゆちゃんと同じだったから、感じられたのかもしれない。
二人だけが感じられた、他人には見えない世界を。
もしもそうだったとしたら。
わたしが二人に出来ることは、ただ一つだ。
あの人形はきっとまだあの場所で眠っている。
そんな確信があった。
並木道は商店街の裏にあった。
以前祐一と学校までの道のりをショートカットしようとして通った道だということを今更になって思い出した。
人通りは少ない。
土を掘り返して探し物をするには絶好の環境だ。
わたしはたった一人で、願いをかなえる天使の人形を探した。
誰かに見つけて欲しい。
ボクを見つけて欲しい。
そんな声が聞こえた気がした。
待っていて。
わたしがあなたを見つけてあげる。
それが罪を犯したわたしのせめてもの償いだ。
そう思って時間も流れる汗も気にせずに探し続けた。
こつん。
何度目だっただろうか。
地面に突き刺した針金が音をたてた。
すぐさまスコップを手繰り寄せ、掘る。
20センチも掘らないうちに、それは姿を現した。
7年という時間がそうしたのか、ビンは割れていた。
土が入って泥だらけの中身を掻き出す。
それは。
こんなに泥だらけになろうとも。
片方の羽をもがれようとも。
そんなの全然大したことじゃないよ、とでも言いたげに。
そう、例えるなら彼女のような。
そんな微笑みをたたえた片羽の天使だった。
わたしはこの天使の、そんな表情に魅了され、しばらくそのままじっと手の中の天使を見つめていた。
ふと脳裏に閃くイメージがあった。
『学校』だ。
あの全てを見下ろすような巨木のそば。
二人だけの学校。
授業もテストもクラスさえ無い。
先生もいない二人だけの学校。
わたしは針金もスコップも、掘り返した土さえそのままに駆け出した。
彼女が待つ、二人の学校へ。
8
道なんか全く知らなかった。
だけど迷うわけなんかないって思ってた。
きっと手の中にある片羽の天使が教えてくれる。
ふと見上げると、昔見た巨木がわたしを見下ろしていた。
切られたはずの、二人の学校の象徴が。
わたしは今まで走ってきた中できっと一番の速さで、あの木のもとに向かった。
森の中に入っていく。
小さい頃は一人で遠くに行けなかった。
あんまり一人で遠くに行くと帰れなくなっちゃうのよ、とお母さんが教えてくれたことがある。
でもわたしは祐一と出会った。
祐一と一緒なら帰れなくなってもいいやって思ったこともあった。
今わたしの隣に祐一はいない。
今わたしは一人だ。
みんな一人なんだと、唐突に思った。
人は誰だって一人だ。
だけど、わたしにはお母さんがいる。
香里がいる、栞ちゃんがいる、北川くんがいる、陸上部のみんながいる。
祐一がいる。
だからわたしはひとりなんかじゃない。
そう思えるから、わたしはこんな遠くにも一人で行けるようになったんだと思う。
そうじゃなかったらわたしなんかこんなところまで来れない。
祐一は、どうだったんだろう。
あゆちゃんは、どうだったんだろう。
不意に視界が開けた。
そこには春なのに雪が降っていた。
あたり一面、白の雪化粧。
暮れかけた太陽がそんな雪景色を紅く染め上げていた。
まるで血の色だと思った。
そんな中、背中に羽を持っている少女が、一人で木を見上げていた。
彼女はゆっくりと振り返る。
いつもの笑顔とは違った寂しそうな笑顔だった。
「はじめまして、かな。名雪さん」
「こちらこそ。はじめまして、あゆちゃん」
一際強い風が二人の間を吹きぬけた。
「この天使の人形、あゆちゃんに返すよ。このおかげでここに来られたから」
「ありがとう・・・ずっと探してた・・・祐一くんにもらったものだから、ボクが生きてた証だから」
人形をそっとあゆちゃんのてのひらに置いた。
あゆちゃんは、優しくその人形を胸に抱きしめる。
「・・・一つ聞いてもいいかな?」
「いいよ、名雪さん」
あゆちゃんの手の中で人形の片方だけの羽が揺れている。
片方だけの羽でもその天使は空を飛べるのだろうか。
「あゆちゃんは天使なのかな?」
あゆちゃんは少し困ったように顔を伏せて言った。
「ボクは天使なんかじゃないよ・・・でも、ボクが本当に天使だったら良かったのにね・・・」
わたしは何も言えずにあゆちゃんの次の言葉を待った。
本当に天使なのは、やっぱり彼女の手の中にあるあの人形だけなのだろうか。
「・・・ボクは・・・幻だよ・・・祐一くんの心にとりついて、祐一くんの夢の中だけでしか
生きられない幻なんだ・・・今は名雪さんが祐一くんの夢に近づいてきてくれてるから、こうして話がで
きるけど・・・本当だったらボクは今でもあの駅前のベンチで、祐一くんを待ち続けてるはずだったんだ・・・」
「・・・・・・」
「ボクは祐一くんがこの町に来た時すぐにわかったよ・・・ボクは7年間ずっとあのベンチに座って
祐一くんが迎えに来てくれるのを待ってたんだ・・・我慢できなかったよ・・・だって目の前に祐一くんが
いるんだ、ボクの目の前に・・・そしてボクは一ヶ月間祐一くんの心の中に住みついたんだ・・・
嬉しかった・・・例え夢の中だけだとしても、祐一くんと一緒に町を歩いて、一緒に映画を見て、
一緒にたい焼きも食べれたんだ・・・」
あゆちゃんが話した世界は、わたしが夢で見た世界そのままだった。
あの夢は祐一があゆちゃんと二人で作り上げた世界だったんだ。
あゆちゃんは自分が祐一と二人でいるため。
祐一は自分の中の罪悪感に蓋をして二度と出てこないようにするように。
あゆちゃんは木から落ちたりなんかしていない。
今も元気でこの雪の降る町を駆け回っている。
そう自分に言い聞かせるために―――
でも、蓋をしなくちゃいけないってことは、その存在を認めてるってことだ。
いつかはその罪悪感と向き合わなくちゃいけない。
でも、人は自分が許容できる程度の感情しか抱えることはできない。
なぜなら、それ以上のものを持とうとしたら自分が潰れてしまうからだ。
結果としてあゆちゃんの存在は、祐一がその罪悪感に耐えることができるようになる前に、
それと向き合わせてしまった。
祐一は自分自身を守るために作り出した幻に、逆に苛まれることになったんだろう。
祐一はわたしと同じように、あの夢を見ていたんだ。
あゆちゃんのいる、あの雪の町の夢を。
もしかしたら、今も。
「でも・・・段々上手くいかなくなってきた・・・祐一くんが7年前の記憶を取り戻すにつれて、祐一くんの
夢には無理がでてきちゃったんだ・・・ここまできたらもうボクにも止められなかった・・・あの世界が祐一
くんを傷つけるのを止められなかったんだ・・・」
「・・・・・・・」
「祐一くんは名雪さんの家を出た後、ここに来たんだ・・・そして全てを思い出した・・・
ボクのことも・・・そして・・・祐一くんは目を覚まさなくなっちゃったんだ・・・
そんなつもりなかったのにっ!ボクはただ・・・祐一くんのそばにいたかっただけだったのにっ!
どうして・・・どうして、こんなことになっちゃったんだよぉ・・・」
あゆちゃんの悲痛な叫び。
知らないうちに、わたしの頬にもあゆちゃんと同じように涙の雫が伝っていた。
「ボクはもうどうすることもできなかった・・・祐一くんの夢はもうボクでさえ必要としなくなっちゃったから・・・
だから、ボクは名雪さんにこの一ヶ月の祐一くんの夢を見せたんだ・・・祐一くんを助けてほしかったんだ・・・」
「でも・・・わたしには・・・」
「わかってる・・・もうどうすることもできないんだ・・・祐一くんが自分で目覚めるのを
待つことしかできない・・・でも、それでも名雪さんにお願いしたいことがあるんだ・・・」
そういってあゆちゃんは涙をぬぐった。
涙の雫が暗くなりかけたその空気の中でぼんやりと輝いていた。
「ボクは・・・この人形に・・・祐一くんに、最後のお願いを言ってないんだ・・・だから、祐一くんが目覚めた
時にボクのお願いと一緒にこの人形を渡してほしいんだ・・・今からボクがお願いを言うから・・・この人形に
お願いを言うから・・・」
「・・・お願いって何・・・?」
夕焼けがこの白の世界をさらに真っ赤に染めていく。
その中に立って願いを告げる少女さえ巻き込んで。
やがて、彼女は瞳いっぱいの涙とともに願いを告げた。
「・・・ボクのこと・・・忘れてくださいって・・・!きっと祐一くんはボクのことなんか忘れたほうが幸せに
なれるから・・・!だから・・・!」
暗闇の中、天使の人形がぼうっと輝きだす。
願いをかなえる片羽の天使が、あゆちゃんの願いをかなえようとしていた。
頭で考えたことじゃなかった。
とっさに身体が動いた。
いつかの祐一がわたしの手から雪うさぎを叩き落としたように。
わたしも、あゆちゃんの手から天使を叩き落していた。
「な・・・!名雪さん・・・!?」
あゆちゃんが驚いた顔でわたしを見上げている。
わたしは必死で怖い顔をしようとしていた。
けど、うまくいかなくて、きっと涙でボロボロの酷い顔だったことだろう。
そんなことどうだっていい。
わたしは、わたしに似たこの少女に出来る限りのことをしてあげよう。
わたしは、なけなしのわたしの言葉を振り絞って、言った。
「・・・卑怯だよっ!そんなの・・・!」
「っ!!だって・・・!だって・・・!ボクなんかいないほうが・・・!」
「じゃあ言うけどっ!祐一があゆちゃんのことを忘れたら、この世からすべてあゆちゃんのことがなくなるとでも
思ってるのっ!?これだけは絶対に言える・・!現実に起こったことはねっ、どんなことがあったって絶対に
なかったことになんかならないんだよっ・・・!」
「っ!!」
あゆちゃんが息を呑む音が聞こえた。
わたしだってそうだ。
ずっと考えてた。
わたしが祐一にあんな酷いことしなければ、って。
わたしなんかが祐一と一緒にいたから、って。
「例え祐一があゆちゃんのこと忘れたって・・・!祐一があゆちゃんのこと、助けられなかったって事実は
なくならない・・・!祐一があゆちゃんのこと忘れちゃったら・・・!
祐一はわけもわからずにそのことを一生背負っていかなきゃならないんだよっ!?」
「・・・・」
片方の羽を失った天使は、空を飛べるのだろうか。
おそらく飛べはしないだろう。
でも。
どうしても行かなくちゃいけない場所があったなら。
どうしても行かずにはいられない場所があったならば。
きっとその天使は残された足で行くのだろう。
そう。
例え、今までどおりに優雅に空を飛ぶことは出来なくても。
「わたしだってそう・・・わたしだって、出来ることなら祐一の記憶からこの町であった辛いこと全てなかった
ことにして幸せになってもらいたい・・・だけどっ!そんなことしたら、わたしは一体何のために祐一と
出会ったの・・・?」
「・・・・・」
わたしは確かに祐一にたいして罪を犯したかもしれない。
でも、わたしと祐一の間にあったこと全てを、それだけで否定してしまうのはあまりに悲しすぎる。
あゆちゃんだってきっとそうだ。
「祐一と出会ったこと、全て無かったことにしなきゃいけないほど嫌なことばかりだったの・・・?わたしは
そんなの絶対に嫌・・・!わたしはっ・・・!例えどんなことがあったって・・・!
祐一と会えて良かったって思いたいよっ・・・!」
あゆちゃんの顔がみるみるゆがんでいく。
そう。
わたしがあゆちゃんに出来ることなんて何も無い。
だったらせめて、この少女のために泣いてあげよう。
「・・・うっ・・うっ・・・うわぁああああんっ!!!!」
わたし達は抱き合って二人で泣いた。
いつまで泣いたかわからないけど、とにかく泣いた。
多分、一生分の涙なんてとうに使い切ってしまったくらい泣いたと思う。
わたしはいつのまにか気を失っていた。
朝の光で目を覚ました。
わたしは森の中の大きな切り株に寄りかかって眠っていた。
あたりはもう明るくなっていた。
眠っている間に夜は明けて、朝日が顔を出していた。
もう春とはいえ明け方の空気は冷たかった。
森の中で一夜を過ごすなんて経験は初めてだし、きっとこれからもすることはなさそうだ。
あたり一面に積もっていた雪は、昨日がまるで嘘だったかのように消えていた。
全て夢だったのかとも思ったが、手の中にある片羽の天使の人形がそうじゃないことを物語っていた。
わたしはあゆちゃんと話した。
そして二人で泣いた。
わたしの顔は涙の跡でクシャクシャだった。
立ち上がり、少し伸びをする。
流れる風に混じって「ありがとう」という声が聞こえた気がした。
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