chapter 肆 / 超猛者





「悪いな、わざわざ屋上まで」
「べつにいいけど。大事な話なんでしょ?」
「まあ、大事っちゃ大事なんだが、大事じゃないって言ったら大事じゃないな」
「そういう前置きするってことは、とても大事ってことじゃない」
「当たり」
「はぁ……。ひょっとして名雪の話?」
「いや違う。なんでだ?」
「何回か股間あたり押さえてもじもじしてたから。昨日だいぶやったみたいね」
「うわ、うわ、うわうわっ」
「なによその、うわ何こいつマジ信じられねー、みたいな顔は」
「当たらずとも遠からず。つーか砕けすぎだろ」
「そう?」
「普段は猫かぶってるのか」
「かぶってるわけじゃないけど。名雪と二人のときも北川君と二人のときもまた違うし。誰でもそうなんじゃない?」
「で、俺のときはこうなる、と」
「ほら、あたしって相手の人格をダイレクトに反映しちゃうところあるから」
「そいつは光栄だな」
「なかなか余裕ね」
「持てるものの強みというやつだ。香里、まだ処女だろ。言動にメッキばりばり」
「……ぐぐ」
「というわけで、本題がそれだ。ずばり香里の好みについて教えていただきたく馳せ参じた」
「いいけど、普通、男女間であらたまってそういう相談ってしないんじゃない? 名雪がいるし」
「そうもいかない事情があってな」
「ふうん。それで、あたしはなにを答えればいいのかしら」
「単刀直入に訊くが」
「ええ」
「週に何回「セクハラ質問は却下ね」……ち。まあつまり、そういう相手はいないのかな、と」
「いないわけじゃないけど……難しいところ」
「相手はいるってことだな」
「いるっちゃいるけど、いないっちゃいないわね」
「つまりいる、と」
「そうなんだけど」
「なんだ歯切れ悪いな」
「自分でもよくわからないから。相沢君と名雪のようにわかりやすかったらいいんだけど」
「なにおう。俺たちのどこがわかりやすいっていうんだ」
「二人とも感情表現がストレートじゃない」
「ああ、なるほど。香里ひねくれてるもんな」
「さりげに刺さること言ってくれるわね」
「オブラートって言葉は実家に忘れてきたんだ」
「遠いし」
「ここは、そうだな。香里はちょっと自分を客観視した方がいいな」
「自分ではなるべくしてるつもりなんだけど、できてない?」
「一人でキャッカンキャッカンやるのも限界あるだろ。人に話すことであらためて自分を見つめ直すという手」
「あらためて、というところがミソね」
「そういうこと。じゃあ、身近なとこで、俺と北川を恋人にするならどっちがいいか? でどうだ」
「いきなり直ね」
「根がまっすぐなんだ」
「理由も添えないと駄目よね?」
「もちろん。って普通にスルーしたな今」
「そうね……」
「じゃあわかりやすく、それぞれの魅力を語ってもらうでどうだ」
「それもそれで難しいわね」
「大丈夫、いくら褒められても俺が香里に惚れることはないから」
「はいはいごちそうさま」
「うむ」
「ちょっと考えまとめさせてね」
「わかった。でもまあ、こういうのは勢いでぐわーっと言っちゃったほうがいい気もする」
「あー、んー、そうかも。じゃあ、言っちゃうわね」
「よしこい」
「まず相沢君からね。いきなりだけど、相沢君は魅力的だと思う」
「まずい。すでに惚れそうだ」
「名雪泣くわよ」
「そうだった」
「……惚れないでよ?」
「そこまで惚れさせる自信があるというんだな。さあ褒めろやれ褒めろもっと褒めろ」
「ほら、普段かっこつけてるやつほどかっこ悪く見えるものでしょ? そういう意味では相沢くんはかっこいいわよ。いつでも全力で精一杯やってるから。女の子からすれば、もっとも自分を大切にしてくれそうで安心感がある、一番魅力を感じるタイプじゃないかしら。親しくなるまでなかなか見えてこないのが瑤に瑕だけどね。
 で、北川くんは逆なの。逆というより相沢君の裏かしら。あの人、わざとかっこ悪くふるまってる。かっこつけてすべってる人はみっともないけど、はじめからすべる意図があればそれは道化だからって。でもあたしに言わせれば、そういうのこそかっこ悪い。かっこつけてる人はまだいい。いざという時もかっこつけようとするから。男の意地っていうの? プライドでもいい。そういうのがまだはっきり見えるから。でも北川くんは、わからない。面白いしいい人だし、人の気持ちも考えるし、そうやって挙げていけば悪いところが見つからないくらいなんだけど……真意が見えないから、なかなか一歩が踏み出せない」
「はいストップ」
「あたしも彼と中学一緒だったんだけど、その頃から今のような感じだったと思う。こないだの文化祭では実行委員長やってたでしょ? 中学のときも同じように実行委員に推薦されてね。裏方の作業で毎日遅くまで残って作業していたみたい。さすがに中学だから徹夜するほど力入れてはいなかったけど。それで当日はちゃんと実行委員にも自由時間が割り当てられたのに、自分はいいからって他の委員にゆずったりね。まあゆずられたのはあたしなんだけど……」
「あの、香里さん? もしもーし」
「たとえば相沢君なら、こっちから色々と突っ込んでいけるの。性格がきっぱりしてるから、これはよくてこれは駄目なんだってわかりやすい。話せば話すほどこっちで調整できる。地雷がわかりやすいからあらかじめ避けられるの。でも北川君は見えないのよ、地雷。へたすると踏んだことも気づかないで流されそうで。気づいたときにはもうすっかり手遅れ、みたいなね。なんかそんな感じしない? するわよね?」
「…………なあ」
「なによ」
「ひとまず落ち着け」
「落ち着いてるわよ十分!」
「ドアを叩くな! おっかない」
「あ、ごめんなさい」
「うわ、ドアがへこんだ…………まあ、なんだ。香里が北川のことを嫌いだってことは伝わってきた」
「え、そんなふうに聞こえた!? 嫌ってないから! ぜんぜん嫌ってないからね?」
「必死で取り繕うところがあやしいんだよな」
「だって嫌ってたらこんなふうに語ったりしないでしょう? そもそも仲良くなってないし」
「そうだな」
「そうそう」
「OKだいたい掴めた。教室戻るか」
「……なんかまだ誤解してない? 本人に言ったりしないでよ?」
「嫌ってないんだろう?」
「ないない絶対ないから。そこのところだけ正確に、ね!」
「御意。まあ言わないから」
「言ったら名雪にあることないこと吹き込むからね」
「わかったわかった。死んでも言うか」
「あ、ちょっとドアまだ閉めないで」
「早くしないとチャイム鳴るぞ」
「次の授業って移動教室よ」
「なに? まずい、間に合うか微妙だ」
「急ぎましょ」
「ああ」








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