久しぶりに祐一のうちに遊びに行くと、秋子さんも名雪も留守だった。祐一が自分の手で、お茶とお菓子を出してくれた。
「この間さ、秋子さんが言ったんだ。あゆを水瀬家に引き取ろうか、って」
祐一は私の座っている横に腰を落とすと、そんな話を切り出した。
あゆが目覚めてから1ヶ月が経った。
その日の夕刊には、七年ぶりの覚醒がニュースとなって掲載された。タイミングの良過ぎる回復を疑ったのか、祐一は私の仕業かと問うてきた。とぼけるつもりだったのに、祐一が誘導尋問をするのですぐにばれた。
でも祐一が『今、俺にとって一番大切な女の子はおまえだ』などと、こそばゆい事を言ってくれたので怒るに怒れなかった。
私は力を殆ど取り戻したものの、結局のところ、佐祐理がリハビリする時の補助ぐらいにしか使っていない。意外と使う機会など無いものだ。私が治すのは、自己回復が不可能な損傷部分のみであり、落ちた筋力は佐祐理が自分で取り戻すしかない。
それでも、お医者さんからは「奇跡のような回復」と言われている。あゆの場合と合わせて、奇跡の連続だ。
こういう時に奇跡という言葉は便利である。原因が突き止められて、また以前のような騒ぎになるくらいならば、その一言で済ませて曖昧にしておく方がいい。
私は、祐一が血の繋がりのない女の子と同居するのは複雑、と正直に胸の内を明かした。
だけど、あゆのことは好きだし、縁(えにし)の薄い親戚の家に行かせて、寂しい思いをさせたくはない、と続ける。
あゆの母親は、あゆが意識不明になる少し前に亡くなっており、遠い親戚の人が財産管理をしてあゆの入院費を払っていたのだが、あゆとは殆ど面識がなく、今更引き取れと言われても困惑しているらしい。もし秋子さんが引き取りたいと申し出てくれるのなら、それは嬉しい事だ。
祐一は、私を抱き寄せ、髪を撫でながら、心配させてごめんな、と耳元で言った。
あゆが目を覚ましてから、同じリハビリルームを利用する者同士、彼女と佐祐理と私は話をする機会が多くなった。あゆの明るい性格のおかげで、話ははずんだ。私は彼女の恩恵に与(あずか)って、訊きたいと思っていた彼女の力のことについて水を向けた。
残念なことに、目を覚ましたあゆは、力を行使する術(すべ)を失っていた。でも、彼女が力を持っていたというのは、私の妄想ではなかった。
祐一は、こちらに転校してきたばかりの頃、秋子さんと共に、この町の商店街のあたりをうろつくあゆを見かけ、そして話もしていたのだ。そのことはあゆ自身も覚えていた。私は思い切って――否、ある種の同族意識を確信して、自分の力のことを打ち明け、あゆに更に深い話を訊いた。結果として、訊いて良かったと思う。私は彼女に好意を抱くようになったから。
あゆには魔物を生み出す力がある、と私は読んでいたのだが、魔物と呼ぶには不適切だった。私の場合と違って、生み出されたのは、ほぼ本人と言ってもいい人格をもった存在だったのだ。
私が、自身への嫌悪から魔物を生み出したのとは違い、あゆは『自分が元気な姿を見せることで、祐一に罪の意識を抱かせないようにするために』分身を生み出したのだ。
その理由を聴いたとき、敵わないな、と思った。あれこれと思い煩うことも無く、あゆは力の使い方を初めから知っていたのだ。
あゆが祐一の初恋の座にいても、許してしまおうと思った。
「俺の舞への気持ちは絶対に変わらないから」
うん、祐一を信じてる、と私は答える。そうしたら祐一は私の頬に手を当てた。その熱が心地よい。
今年は、いろいろな事が変わっていく。
祐一と再会し、初恋を叶えることが出来た。私のせいで佐祐理が大怪我をしてしまったが、それを機により深い関係になった。魔物の掃討が終焉し、力が甦生した。同朋であるあゆと出会い、新たな友達となることが出来た。
さらに、秋子さんからの口利きで、私の新しい就職先も紹介してもらった。そして、来週にはお母さんのお見合いもある。
過去から逃れることは罪じゃない。だけど、逃げたままだと先に進むことが出来ない。
きっと祐一や佐祐理には、これからも頼ってしまうだろう。だけどそれは、前進するための一時的な休息の場としてだ。
祐一が私の唇に、自分の唇を触れた。
私は、身体の力を抜いて少し深い接吻を許した。
感想
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