「ああ、俺はそれでも現実の世界にいきたい」
私は祐一さんのその言葉を聞きながら考えた。
現実とはなんだろう?と。
祐一さんは、私とおねえちゃんが和解した、と思っているだろうが、本当は和解なんてしていない。
私はあのときのことを思い出す。
『だって栞は――私の妹なんだから』
ああいったときのお姉ちゃんの笑顔は、間違いなく、作り物の笑顔だった。
祐一さんは――おそらく私以外は誰も――気づかなかっただろうが、私は気づいた。
気づいてしまった。作り物の笑顔だと。
――おそらくお姉ちゃんは自分が責められるのはいやで、そういうことをしたんだとおもう。
実際、家に帰ったときもそれまでのやりとりと、何も変わっていなかった。
祐一さんに言ってもお姉ちゃんはきっと、いや、絶対今までと変わりなく私と接するだろう。
だから私は祐一さんに、何も言わなかった。
こんな“現実”を祐一さんに知ってほしくなかったから。
私はあの、最後の日を思い出す。
1月31日。
私は両親から早く帰るように言われていた。
もちろん私はそんなことを守る気はさらさらなかった。
そして、私は倒れた。
雪の中で。
そのときだった。私が、あゆさんと出会ったのは。
「栞ちゃん、こんばんは」
あゆさんはそういって、私に人形を手渡した。この人形は、願い事をなんでもひとつだけかなえてくれる、そういって、あゆさんは私に人形を手渡した。
「あゆさんは、使わないんですか?」
私がそういうと、あゆさんは少し哀しそうな顔をして、
「うん、ボクはもう二つもお願い事をこの人形にかなえてもらったから、残るひとつは栞ちゃんにかなえてほしいんだ」
といった。
「理由になっていません、どうして、あゆさんは残りのひとつを自分の為に使わないんですか?」
私のその言葉にあゆさんはしばらく黙ったままだ。
あゆさんはしばらくしてからこういった。
「祐一君の一番近くにいる人が栞ちゃんだから」
あゆさんはそれからポツポツと話し始めた。
昔、あゆさんと祐一さんがいっしょになって遊んだこと。
そのとき、この人形をもらって、二つの願い事を叶えてもらったこと。
――そして、大きな木から落ちたこと。
「祐一君はこのことを全部忘れちゃってたんだ―――ボクも忘れちゃったんだけど」
あゆさんは少し哀しそうに言った。
「――でも、ボクはどうしてか、祐一君と再び会うことができた。栞ちゃんにもこうして会えた――でも、奇跡の時間はもう終わりボクはもう、行かなくちゃいけない」
あゆさんはそういって、少し泣きそうな顔をする。
それに気づいたのか、あゆさんは涙をぬぐって、さらに言葉をつなげた。
「――だから、最後の願いは祐一君の一番近くにいる、栞ちゃんに使ってほしい、それが、ボクの願い。だから、この人形を、よろしくね」
それだけをいって、あゆさんの姿は消えた。
頭を整理する。
とりあえず私は今、なんでも願い事をかなえることができるらしい。
――だったら、私の願いは――
と、そこまで考えてふと疑問に思う。
どうして、祐一さんはあゆさんにこの人形を渡したのだろう?
答えはすぐに出た。
そうだ、祐一さんはきっとあゆさんのことが好きだったんだ。
そうじゃないとそんな人形を渡すはずがない。
――今、祐一さんはきっと私のことが好きだろうが、これから先もそのとおりだといえるだろうか?
あゆさんの前例がある限り、この可能性は否定できない。
それに、と、思い出す。私が病気にかかっている、としったときのお姉ちゃんの態度の変化。
人なんてすぐ変わってしまう、とあの時痛いほど実感した。
そして、私がいつも言っている言葉。
『お話の中くらい、ハッピーエンドがみたいじゃないですか。辛いのは現実の世界だけで十分です』
私の願いは、決まった。
私の、願いは。
『祐一さんとずっと、一緒にいられる夢をみたい』
祐一さんも、それを了承してくれた。――どうやら、そのことは忘れているみたいだけど。
だから、私と祐一さんは夢の世界にいる。――『今、この瞬間でさえも』
初めての夢の世界は、崩壊してしまった。夢の中にいる、と感じられたらまずい、そう思ったりしてミスが重なったせいで、あんなことになってしまったが今度は失敗しないようにしたい。
あまりああいうことを続けると、さすがに祐一さんも疑心暗鬼になるだろうから。
――これが、“現実”
嘘偽りのない、そのままの事実。
さて、と私ははじめに考えていたことに戻った。
現実とはなにか、と。
祐一さんは、たとえば『私とお姉ちゃんの本当の関係』をしらない。
しかし、祐一さんのなかではそれははっきりとした、事実でしょう。
少なくても祐一さんの中ではそれが“現実”――いえ、言い方を変えましょう、“真実”でしょう。
こう思うと、私は――多分、ほかの人も――現実の中では生きていないのだと思う。
自分にとって都合の言い、“真実”その中でしか、生きていないのではないでしょうか?
――そこまで、考えて私はふと気づいた。
私はひょっとしたら今、現実の中を生きているのかもしれない、と。
私は間違いなく夢の中にいる。
この夢は、覚めることはない。
だったら、この世界は本当の世界との差はない。
しかも、私がこの世界でわからないことは祐一さん以外、ない。だって、これは私の夢なのだから。
ああ、私は、きっと――現実の中にいる。
「でも、もちろん栞といる現実が楽しいけどな」
祐一さんが私にそう聞いてきた。
私はもちろん、この質問にこう答える。
「そうですね、私も現実の世界で祐一さんとずっと一緒に居たいです」
―――と。
終
感想
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