目覚めた月宮あゆと相沢祐一の再会は残酷だった。

『現実とはこうも辛いものか? こうなるなら、俺たちはあの楽しい冬に戻れたほうが幸せだった』


相沢祐一の手記の出だしはこう綴られていた。この手記は相沢祐一が月宮あゆに対する思いを残した唯一の物だ。残されたこの手記を参考に2人を追ってみたい。


『7年振りに会ったあゆは殆どミイラだった。冬に会ったあの姿からは、かけ離れていたので絶句してしまった。となりにいた名雪もそんな感じだった。
 名前を呼ぶと大きな目だけこちらに向けてきた。
 顔の肉が削げ落ちている分、目玉ばかりが大きくぎょろりとしていた。そこに生気も何も感じなかった。それが痛々しかった。
 今すぐ、ここから逃げ出したいと思ったが、秋子さんの「まぁ、あゆちゃん、よくここまで頑張ったね」という言葉でこの日はなんとか現実と向き合うことが出来た。
 後で秋子さんに聞いた話では、あの日のあゆは首を動かすだけの筋力もなくなっていたとのことだった。会話なんてもってのほか、ああして目線を合わすだけの動作が彼女にしてみれば精一杯だったと言う。
 俺はてっきりあゆが喋る、動くものだと思ってたが、この現実に打ちのめされた。
 秋子さんが病室に入る前「ここから先は、祐一さん、名雪。……現実を受け止めてください」と真剣な顔をして言ったことをもっと重く受け止めるべきだった』

『この日の夜、俺と名雪は今後のあゆへの対応をどうするかを秋子さんに尋ねられた。正直迷たが、名雪が「わたし頑張る!」と気合を入れて語ったので俺もそれに便乗した。
 秋子さんは「私もこれから、全力でサポートしていきますが、医療的知識が抜けているとこがありますから、そこは知り合いを頼りにしてきます!」と心意気を語ってから俺に話しかけた。
「辛いのは祐一さんだけではありません、私や名雪も、そしてあゆちゃんも」と』

『この日は独り部屋で泣いていた。7年前と同じで俺は無力で何も出来ないことに憤りを感じた。
「泣いて泣いて何が変わるというのかい?」とある歌手が歌っていたのを思い出すが、泣くことしか出来なかった。今は涙を抑えてこうして書いてるが、また現実に悔し泣きするだろう』

『それから何日か秋子さんに自分があゆに出来ることを聞きまくった。答えはいつも「今の私たちは、見守ることしか出来ないのよ」的なものだった。
 秋子さんも沈痛な顔をして答えていた。
 俺はあれからあゆとは会ってない。いや、逃げてるというべきだろう。あの痛々しいあゆは見たくないという自己保身もある。無力感もある。
 秋子さんは毎日あゆの面会をしている。あゆの親族とも今後のことを話してるようだったが、俺は再びあゆに会うのさえ怖くなっていた』

『「もう一度あゆちゃんに会うのが怖いのですか?」秋子さんにすっぱり言われた。「無理もないけど、今のあゆちゃんには祐一さんが必要です」と病院に引っ張っていかれた。
 3日ぶりに会うあゆは心なしか顔色が良く見えた。あゆをつなぐチューブも減っていた。
「私が来た時は呼吸器も取れてなかったのですよ」と見越されたように言われた。
「こんなにあゆちゃんは頑張っているのに祐一さんは「もう、あゆとは会えない」みたいな顔しているのですよ酷い話ですね」
 そこで、あゆに睨まれた。明らかな非難の眼差しだった。
 彼女が喋れたなら、そこに「うぐぅ」が入ると思った。
「ゴメンな、あゆ。これからなるべくここに来るからさ」その言葉は格好だけのはずだったが、あゆは嬉しそうな目をした。
 それだけのことだったが、とても嬉しかった。目だけでも会話が成り立つことを生まれて初めて知った』

『あゆが急遽ICUに入った。
 ただのカゼだそうだが、あゆにはただでは済まない。
 医者の説明だと彼女の免疫力は体力と共にかなり落ちてる、合併症を起こしては処置が更に大変になる、とのことだった。
 さすがに俺らはICUまで入れない。
 この日あゆに会えたのはあゆの親父さんらしき人だけだった』

『翌日の面会時間には、あゆは元の個室に移っていた。
 たくさんのチューブと消毒薬の匂いと共に。
 救いがあるとしたら目に力があったことだ。そこはあの日と違った。
 だから「頑張ったな、あゆ」と声をかけた。
 彼女はその声で俺と目を合わせ瞳を滲ませた。
 それはまるで、「うん、ボク頑張ったよ」と言ってるように思えた。だから頭を撫でてやった。あゆが嬉しそうに目を細めるので瞳に溜まっていた涙がこぼれていた。
 俺も泣いていた。理由なんて分からない。
 今ここにあゆがいる、それだけで充分だった』

『嬉しかった。
 なんのことはない。あゆが点滴を受けている箇所を見ては、俺を見る。そんなことを繰り返していたから、ナースコールしただけだ。
 あゆの細くて折れそうな手首…注射痕がたくさんあるあたりが、かぶれていた。
 看護士さんは「これじゃぁ、痒かったわね、ゴメンゴメン、じゃぁ反対の手にする?」とあゆに聞いた。彼女は弱々しいながらも小さく縦に頷いた。
 それから俺に笑顔を向けた。
 この時偶然だが、初めてあゆと意思疎通が出来たと思った。
 それが、とても嬉しかった』

『あゆがいつの間にか自力で寝返りが打てるまでに筋力的には回復していた。
 これまでは看護士さんたちや、俺や名雪や秋子さんが定期的にあゆに寝返りさせていた。それでも「床ずれ」は酷いもので、どうにかならないものかと秋子さんがクッションを持ってきたり工夫したものだ。
 自力で寝返りが打てるということは、これから「床ずれ」の心配は減るということだ。
 これは俺らにとっても、医療スタッフも大きな一歩になると思った』

『夏も終わりに近づいた頃だった。
 あゆが喋った。
 片言でかすれた声だったけど「祐一君、ありがとう」と言った。
 本人はそれだけ言うのに息を切らしていたから、無理に会話はしなかった。
 ここまでが長かったけど、あの頃より顔が少しふっくらしてきたと思う。
 まだ手や足を動かすのは厳しいが、首を少し動かす程度のことは出来ている。
 秋子さんや名雪は先日あゆの声を聞いたそうだ。
 自分が「あゆの最初」にならなかったのは少し残念だが、今日あゆに話しかけられたのは一生の思い出になる、と思った。
 それだけ嬉しかった』

『喋れるようになって、俺らや看護士さんや医師とも意思疎通が取れてきた。
 俺に「…みず」と要求するようにもなった。
 ただ吸う力がまだないため、ストローで水を吸うのも大変だ。コップを持つこちらも案外、気が長くないといけない。
 この場合は彼女のペースに合わせることが大事だ。
 もし俺がコップをあゆに口付けさせて、傾けようものなら大量の水を処理できないあゆはむせる。むせるだけならまだいいが、ストレートに肺に水が入り肺炎というケースもあるのよ、とある看護士さんからも忠告されていた。
 それにしても今日のあゆの「…おなか、へった」には失笑した。
 この前はついに小水の管も外された。これで大も小もあゆの声で看護士さんがトイレまで車イスで介助移動に動くことになった。これがまた、よく間にあわずに漏らす。が、それは仕方ないことだろう』
 
『あゆの食生活にも変化が出てきた。
 流動食。
 あゆは7年前のあの日からずっと口から食べ物を入れていないはずだ。点滴による栄養補給のみで生きている。これまでに何度も流動食は試してみたそうだが、あゆはその度食事を吐いてしまっている。
 医者もあゆのような症例を実際扱ったことがなく、資料頼みでプランを練っている、と秋子さんやあゆの親父さんには告白していたそうだ。
 あゆの胃が正常に動いていると診ても、実際にはあゆの身体が受け付けてくれないことがよくあるそうだ』

『流動食も4日目。今回ここまでは異常がないとのことだった。
 この日は日曜日ということもあり、俺があゆに昼食を食べさせることになった。もちろん看護士同伴だったが。 
 まず献立に驚いた。
 小さなお碗に白湯が白く濁ったような液体が盛られて出てきた。これは米のとぎ汁か何かですか? と冗談で看護士さんに質問したら怒られて説明をうけた。これは「おかゆ」です、と。米の入らない「おかゆ」があゆの最近の食事だった。もちろん足りない栄養分は点滴でまかなっている。
 思えばあゆをつなぐチューブたちは、これとあと何本かとなっていた。
 普段なら照れて出来ない「はい、あ〜ん」のシチュも今のあゆになら自然に出来た。
 あゆは「うぐぅ。恥ずかしいよ」と照れたり恥ずかしがったりしたが、俺はあゆにメシ食わせることができてホっとしていた。結構おっかなびっくりの体験だったので。
 これでこれから吐いたり下痢したりすると、と思うと少し怖い。
 今日はこれから秋子さんと名雪があゆの髪を洗いに来る。
 髪を洗ってくれる。それは最近のあゆの楽しみだ。顔や身体も拭いてくれるらしい。
 俺も顔はふいてやることが多いが、秋子さんより下手! とあゆに非難されることもある』

『次の日曜日、あゆの親父さんとばったり会って、そのまま屋上に呼ばれた。
 この半年間あゆの親父さんを見ているが仕事が忙しいのか平日は現れない。土日といった休日も顔は出すが長居しているトコは見たことがなかった。
 偶然鉢合わせになり「娘を…あゆを頼むよ」と声をかけられたくらいしか印象になかった。
 何を言われるかドキドキしたが、まず「ありがとう」と感謝されてしまった。それから、仕事に追われて親として入院費を払うことしか出来なかった7年の無力感を語った。
 そ秋子さんや君たちには感謝してもしきれない、と重ねてお礼を言われた。 そしてあゆが、最近祐一くんのことばかり話題にしていることも聞かされた。
 君は私より現実に立ち向かえているのだな、と感心された。
 それは違います! 俺だって秋子さんに助けられたから、ここに留まれているのです、と生意気に反論した。
 親父さんは「そうか」と遠くを見てから俺に笑いかけた。
「あゆを…娘を頼むよ、父親として」と肩を叩かれた。
 そして足早に病院を去った。
 今あゆはお昼寝最中だから、これを書いている。結局親父さんの本心は汲みすることが出来なかった。俺はあゆの髪の毛洗いの手伝いをして病院を帰るだろう、そこに親父さんとの違いなんてあるのだろうか?
 多かれ少なかれあゆへ貢献出来ていないことは同じに思える』

『病室から見ても落ち葉が目立ってきた。
 本日より言語療法があゆのスケジュールに組み込まれた、
 が、午前中の日程なので俺はその内容をあゆの口から断片的にしか聞くことしか出来ない。たしかに最近のあゆは喋りだした当初より、発音が聞き取りやすくはなっているが。まだ舌が回らなくなることがある。俺らはあゆの言葉を聞き慣れているが、第三者にあゆに言葉が聞き取れるかは疑問だ。
 言語療法士さんが置いてったプリントにはこれから重点的にやる項目にご丁寧に赤マルがつけられていた。
 それらは、大体顔というか口まわりの筋肉と舌の動きに関する項目につけられていた。
「あぁ、なるほど、そういう路線で攻めるのか」プリントを眺めながらの独り言のつもりだったが、「それ、結構厳しいんだよ」とあゆに入り込まれた。
 確かにあゆは顔といい手足といい、おおまかに動かすことは出来るようになっているが、プリントに図解されている「あごや舌・唇の運動」などは使う筋肉が限られる。
 あゆはこうしたピンポイントの運動が苦手だったりする。
 食事も固形物混じりの流動食になってはいるが、箸はもちろんのこと、お碗を持たせても手に力が上手く入らず、ぷるぷるお碗を震わしては落としてしまう。だから食事の時は看護士さんや俺らに頼るのは、ここ何ヶ月変わらない。
 物を上手に持つことは作業療法の分野が入ってくると思う。
 作業療法にしても理学療法にしても多少の知識は身につけた。
 来年はこの病院と同じ系列の医療専門学校に入学予定だ。
 名雪は陸上推薦がかかったから、ペーパーテストと小論文で早々と進学内定をもらった。
 これからセンターを受けるみんなにとっては羨ましい存在だ。
 俺はあの進学高において珍しく専門学校を志望した。
 担任もクラスのやつも驚いていた。9割は大学進学志望の学校だから当然の反応か。
 秋子さんだけはこの選択に凄く喜んでいた。理由を聞いてもはぐらかされてしまうが。
 俺としてはあゆの役に立てるかな? ということを考慮しての選択だった。それが良いか悪いかは、俺自身にも分からなかった』

『いつものように病室に顔を出すと、あゆがいなかった。見知った看護士さんに、これはどうゆうことか聞いたらICUに移りましたとのことだった。
 あぁ、今年何度目だろう?
 今回はどうしたのだろう?
 考えれば不安になる。
 俺が不安がってもしょうがないので、この日は足早に帰宅して、他のことを考えるようにしていた。「アイツは強いから、大丈夫さ」と、自分に言い聞かせて。
 ある意味、こういう不安に慣れつつある自分に対し不安視してしまったりする』

『3日後、あゆがいつもの個室に戻ってきた。
 戻ってきたというのに、あゆはしばらく元気がなかった。
 秋子さんによると今回は高熱がなかなか引かず、医療チームも大変だったらしい。
 あゆは体力が無い分熱が長引けば、回復にも時間がかかる』

『あゆが全快しないまま今年が終わった』

『1月7日はあゆの誕生日だ。
 それに合わせたように回復してくれたので、俺と名雪と秋子さんでささやかにあゆの18才を祝った。誕生パーティーと言っても特にそれらしきものがないまま進んでいた。
 人数分のケーキはあったので「生クリーム」だけあゆに食べさせて、というか舐めさせてみた。
「うぐぅ、もっと食べたいよ〜」とか情けない声を上げたので、もっと回復したらな、と励ましてやった。
 食欲があるのは良いことだ。この前のICU帰りなんか「何も食べたくない」と言って俺たちを不安にさせてくれたからな、1週間以上。
 そんなことがあったから「食べたい」という欲求は素直に嬉しい』

『この回復を機にあゆは更なるハードルが出来た。
 作業療法と理学療法が入ってきた。
 ほぼ同時に食事も固形物が増えてきた。でも一般の人とはメニューが違ったりする、いわゆる「あゆメニュー」だ。でも栄養的にも熱量的にも今のあゆには足りるメニューだった。
 食事はスプーンなら、おぼつかないながらも使えてきた。
 点滴も必要なくなり外された、これであゆを結ぶチューブはなくなった。
 これから作業療法が本格化すればスプーンを持った時のバランスや筋肉の使い方なんか矯正されるだろうし、理学療法では最終的に「歩く」ところまでもってくだろう』

『日曜日にあゆの愚痴に付き合った。やはり理学療法がキツイらしく、そのことばかり話題にしていた。要は「ボク膝立ちなんてまだ出来ないのに。ねぇ、祐一君はヒドイと思わない?」と同意を求めてきた。
 でも、それらの筋肉は立って歩くのに必要だから、いつかはやらなければいけないリハビリなんだ。と説明したら力なく泣いてしまった。泣くほど嫌なリハビリなのは分かる。分かるけどあゆが普通に生活するには通らなければならない道だ。
 そんな事を説いていたら秋子さんと名雪があゆの髪の毛洗いに来た。
 あゆの楽しみといえば、この「髪の毛を洗われている時間」と好きな動物番組を見ている時くらいと話していた。病人らしく楽しみが少なかった。
 俺が何とか出来れば良いのだが、そういう問題でもなかった』

『新しい学校生活にも慣れてきた4月の終わり、いつものように面会時間に合わせあゆの病室を訪れた。が、ベットにあゆはいなかった。ナースステーションであゆのことを聞くと、今日は検査もあったからリハビリの時間がずれ込んでるのよ、と告げられた。
 理学療法のリハビリ室への道順を教えてもらい、そこで待機していった。
 あゆはすぐ発見出来た。歩行練習の平行棒に噛り付くようにして立ち歩きの練習をしていた。先生があゆの上体を起こすが、すぐ前のめりな姿勢に戻ってしまう。腹筋と背筋のバランスが取れてないようにも見える。その姿勢からあゆは無理に一歩一歩前に足を出す。そして平行棒を往復する。
 何度も何度も。
 その表情はここからは遠くて分からなかったが、真剣そのものだろう。
 俺は今日初めてあゆのリハビリ風景を見た。
 彼女はいつだって頑張ってきたし。俺はそれを見てきたつもりだったが、見えないトコでこんなに頑張っていたとは知らなかった。
 リハビリ帰りは俺が病室まであゆの車イスを押した。
 車イスへの乗り移りも、いつの間にかスムーズになっていた。
 最初の頃はこの移動が大変だった。あゆの太ももが自重を支えられなくてぶるぶる震えて悲鳴を上げていたし、バランスも危うかったので、2人があゆの両脇に立ち手を貸していたもんだ。
 そんな昔を思い出し、お前って凄い頑張ってるんだな、と感心して言った。
「そりゃそうだよ、祐一君。ボク早く歩けるようになりたいし」なんてこちらを笑顔で振り返ってみせた。
 この1年。あゆが頑張って生きていない日なんかないと思う。それはこうして書いてる今でも思える。
 そんな頑張って生きるあゆに比べると俺は小さいもんだ』

『5月に入りあゆに外泊許可が出た。
 記念すべき1回目の外泊ですからお祝いにしませんと、という秋子さんの意向で「たいやきパーティー」をすることになった』

『土曜日あゆを向かえに行った。
 いつもと違い待ち合わせ場所は病院敷地内の中庭を指定した。いつものように俺が病室まで向かえに行くと、「外泊」という気がしないだろう。
 中庭のベンチであゆは変な帽子を被りきょろきょろと辺りを見ていた。あれは挙動不審もいいとこだったのでしばらく観察してみた。
 時折「うぐぅ」とか困ったような声を漏らしていたので「よぉ、不審人物」と俺は背後から声をかけてみた。
 かなりびっくりしたようだがすぐ「遅い! 遅すぎだよ」と噛み付いてきた。
 しばらく馬鹿話をしていたが、秋子さんが「たいやきパーティー」の準備をしていることを説明し、わざわざベンチに移動していたあゆを車イスに戻し、水瀬家へ向かった。
 水瀬家に着いたのはいいが、ここからあゆをリビングまで移動させるのが大変だった。

 今あゆは眠っているのでこれに書き加えている。
 あゆはまだ階段の上り下りが出来ないので、秋子さんの部屋で寝てもらっている。秋子さんは2階の空き部屋。俺はリビングのソファーという図式だ。
 今日1日はあゆにとって疲れるものだったと思うが、病院では絶対出来ない思い出も作れたことだろう。
 たいやきもいっぱい食べたし、名雪とフロにも入れた。
 名雪と美容院やら色んなことを話していた。女には女の会話が出来る。俺に話さないことも名雪だと話したりしたと思う。それはあの病室では制限がかかる。
 名雪は陸上部ということもあり、こんな時でもなければあゆと話す機会がなくなっている。
 だからか話が弾んだ。
 そのこともあり話疲れと外に出た気疲れが重なって、あゆは夕食前に眠ってしまった。
 毎月でもこんな機会はあったほうが良いですね、との俺の提案を2人は心良く受けてくれたのも嬉しかった』

『実に晴れ晴れとした夏だった。
 夏はウチの専門学校も当然休みだ。
 これで平日の面会時間に引っかかることなくあゆに会える。と思っていたが意外に面会時間とリハビリの時間が重なってしまう。面会途中であゆを送り出すこともある。逆に待たされることもある。
 最近のあゆは口を開けばリハビリの愚痴が出るのも悲しい。なかなか歩けないことに苛立ちも感じているのだろう。
 俺はただ彼女は励ますことしか出来ないのが、また辛かった』

『「祐一君はボクの辛さなんて分からないから、そんなこと言えるんだよ!」 そう怒られた。いつかは言われることだとは覚悟はしてたけど、実際言われるとショックがでかかった。
 今日もリハビリの愚痴を零したので、その必然性を説いたらケンカになった。で、しまいには、こう言われたわけだ』

『次の日も見舞いに行った。2人して昨日のことを謝ってばかりいた気がした』

『俺は本当にあゆに必要な存在なのか?
 あゆに怒られて以来そんな疑問が浮上してきた。
 今のあゆに上手く言葉をかけられない。
 頑張るのはアイツだけで俺には何も出来ない。
 自分の意思でこのあゆに向き合ったわけではない。秋子さんの計らいがあったからこそ向き合えた。
 色々考えると自分は8年前から逃げたままだと結論に至る。
 だったらどうすればいいのか?
 その答えが出ることはなかった』

『夏休みが終わり2学期に入ると、土日以外あゆに会える時間がなくなった。
 そんななか俺らは実習に出ることになった。
 運がよければ、この病院での実習に入ることが出来る』

『実習の行く先が決まった。
 この病院ではなかった。
 俺の行く病院は、しっかり研修生の寮の完備している、とのことだった。つまりは向こうに留まっての実習だ』

『このことは秋子さんに相談した。この学校の決定に家の事情が絡むなら変更が効くからだ。
 秋子さんはただ一言「それは祐一さんが決めて良い道ですよ」と、全権を俺に任せてきた』

『次の休みにあゆにこの話をした。
 あゆは「うぐぅ。そんなの困るよ」とすがってきた。
 最近2人の距離が縮まってきたのは自覚していた。だから甘えたことも言うようになった。あゆはそれで良い。甘える人がいないと、こんな生活に耐えられない。
 でも、俺があゆの強さに甘えていてはダメな気がした』

『色々な考えもあって、あゆのことは秋子さんに任せて実習に出ることに決めた。あゆへの挨拶はどうするのかを尋ねられたが、アイツに会うと未練が残りますから、とあゆへの顔出しは断った。
 今、あゆには秋子さんがいる。だから俺は実習に出れる。そう思い込ませた。
 あゆ、今回は逃げたわけじゃない、もっとオマエに出来ることを探して、必ず戻ってくるから、だから』


相沢祐一の手記はここで終わっている。

 この手記は祐一から見たあゆの闘病記に近い内容だった。
 これは祐一の部屋を整理していた秋子が見つけた。その内容を一読して彼女はその手記を月宮あゆに託すことにした。彼女は……月宮あゆは彼が出て行ってからは、目に見えて落ち込むことが多くなった。
 秋子はそれを分かっていて、あえて手記を彼女に託した。
「確かに今、祐一さんはここにはいない。ですが祐一さんはあゆちゃんのことを誰よりも考えて悩んでいたのですよ」手記を渡す時、秋子はそう加えた。
 あゆはその手記を読み泣いた。
 祐一がここまで自分のことを思ってくれていたのに気づかなかったのだ。仕方のない話かもしれない。彼女は目覚めてから「生きる」という難題とずっと戦ってきたのだから。
 彼女にとって祐一は側にいるだけで力が出る特別な存在だった。その言葉にいつも励まされてここまできた。たまに言葉の誤解でケンカはするが、かけがえのない存在だった。
 その祐一が自分の不甲斐なさを理由にいなくなってしまった。
 必ず戻ってくると手記にはあるが、その期日までは書かれていなかった。でも彼女にはその日信じて頑張るしかなかった。
 あゆはこの日を境に厳しいリハビリにも耐えるようになった。くじけそうな時は手記を通し祐一を感じ自分を励ますようになっていた。


 秋…赤く染まった葉っぱたちが落ちてくる。彼らは冬を知らせるように落ちてきては、寒風に流されて行った。

 冬…これでもかと言うように無遠慮に雪が降りしきる。もう朱に染まることはない雪だ。白い雪だ。

 春…引き際を誤ったように居座っていた雪たちが急いで解け始める。出番にはまだ早い木々の芽が登場を始めた。

 夏…木々は短い夏を知ってるかのように万緑の葉を急いで湛えていた。季節の進行は滞ることがない。

 秋…赤や黄色に染まった葉っぱたちが風を受けて散って行く。また来年会いましょうと次の季節を告げているみたいだった。

 冬…雪が今年は大儀だと言いたげに降らない。その分太陽が場に合わせて弱々しく周りを照らしていた。

 春…今年の雪たちはあっさり解けていった。それに合わせて草木が息を吹き返す。毎年この時期までが厳しいのか、出番とばかりに出てきて自己主張している。

 
 季節は7回流れ、月宮あゆは自力歩行出来るまでに回復していた。いよいよ退院が現実的になってきた。それと同時に来年度からの復学という話も進んでいた。
 しかし相沢祐一はこの街に戻って来ていなかった。
 あゆは事あるごとに水瀬秋子に祐一の所在を聞いていたが、彼女は彼の「ここでもう少し勉強してから帰ります」と手紙を最後に音信不通が続いているそうだ。学校に問い合わせても卒業してそこの病院の理学療法士見習いをしていたが、そこを辞めてからの足取りは掴めない。とのことだった。理学療法士として国家試験に合格したのかも分からないでいた。


 そして夏の終わりにはあゆの退院日が決まった。
 あゆの父親の希望もあり退院後は水瀬家で療養とリハビリということが決まっていた。父親の頭には、水瀬親子に懐いている彼女を離し、今はこの街の住人ではない自分と新たな生活を始めるのは困難と判断していた。
 秋子はこの性格だからそのような悩みを月宮父に打ち明けられた時も「でしたら、あゆちゃんはウチで面倒見ますよ」と提案した。
 彼はその言葉に甘えることにしたが、あゆの生活費は私に払わせていただきたいと申し出ると、秋子がそのようなお金はいただけません、と固辞するので話し合いは難航した。
 結局彼がこれから在宅で始めるあゆのリハビリ代と来年からの復学により発生する月々の雑費を水瀬家に払うということで秋子が渋々了承した。


 来年の春に復学予定とは言っても、まだ時間はあった。
 退院後のリハビリはどうするのでしょう? と病院側に聞くと「病院まで来ていただきます」と返答された。
 さすがに秋子もこの案には眉を顰めた。秋子も仕事持ちなのでいつもいつもあゆの送り迎え出来るわけではないし、あゆ1人で病院往復となると体力的に不安がある。
「他にリハビリの手段はないものかしら?」と秋子が訴えると地元の在宅介護の会社を紹介された。


 そして在宅介護の会社との話し合いとなった。参加者は水瀬秋子と月宮親子と会社代表ということだったが、この会合で月宮親子は肝をつぶすことになった。
 相沢祐一が会社代表の隣に何食わぬ顔で座っていた。
 その挨拶が「月宮あゆさんですね。私、ここの理学療法士をしております相沢祐一と申します。よろしくお願いします」と他人行儀だったものだから、この親子は言葉を失った。唯一秋子はこの事態を把握してたようで悪戯な笑みを浮かべる。
 会社代表があゆのリハビリ概要とその目的を確認し始めたところで、ようやくあゆが口を開く。
「ゆ、祐一君? 祐一君だよね?」
「こら人の話はちゃんと聞きなさい。なあゆ」と祐一も口を開く。
 このやりとりで代表は混乱した。
「あれ、月宮さんと相沢さんって知り合いだったの?」
「ええ、まぁ、でも彼女を10年待たせてます」あゆの父の前でしゃぁしゃぁと説明する。
「あら、恋人なの?」初耳と言わんばかりに代表のおばさんに尋ねられる。
「そういうことにあるのかな、あゆ」
「うぐぅ! こんなとこでボクにふらないでよ!」狼狽したあゆが慌てて応える。
「だ、そうです」他人事のように祐一が話題をくぎった。
「そういうことね。……そういうことなら、相沢さんは月宮さんと今後のリハビリメニューを話し合っていてください。私は水瀬さんとお父さんと今後ここを利用することについての説明がありますから」
 そう言い残し代表は2人を促し席を立つ。
「祐一君!」あゆは背中から祐一に抱きしめる。今の力の限り。
 その一挙一動を何気なく観察してた祐一は「お、あゆ。もう歩くには問題なくなったな」と、事務的に書類に走り書きをする。
「うぐぅ、でもまだ長い距離は無理」
「そうか」祐一は再び書類に走り書きする。それから立ち上がる。
「でも、あれから2年足らずで、よくここまで来たな」ねぎらうように、あゆの頭を撫でる。
「うん、ボクこれがあったから頑張れたんだよ」と例の手記を祐一に見せる。
「うわ、これ俺の日記じゃねーか! なんでオマエが持ってるんだ?」珍しく祐一が顔を紅潮させる。そんな彼の様子は知らずにあゆは笑顔で答える。
「うんとね、秋子さんから貰ったの!」
「…………」
 どうやら自分自身、この手記のことを忘れていたようだ。
「な、あゆ」
「なに?」
「これ捨てて良いよな?」それを聞きあゆは慌てて祐一から手記を奪う。
「ダメだよ、これはボクの宝物なんだから!」
「そんな恥ずかしいもの宝にせんでくれ」と祐一が座り直す。
「で、あゆ、今の状態だけど……階段はどうだ?」
「うぐぅ、苦手」
「そうか、そうだろうな」と祐一が書類にペンを走らす。
「で、祐一君?」
「なんだ?」
「なんで、この会社にいるの?」
 あゆとしたら当然思いつく疑問だ。
「あ、それは話すと長いぞ」「それは構わないよ」はしゃぐあゆに祐一は向き直り経緯を説明し始めた。
「まず、俺が実習に出たことまでは知ってるよな。そしてそこでそのまま勉強してたのも秋子さんから聞いてたか? まぁ、向こうで勉強してたとは言っても、学校への顔出しとか、レポート出しとか、テストとか受けには、こっちに戻ってたよ。そのたびに秋子さんの家に泊めてもらうのに気が引けたから、友達の家に泊めてもらってたな。卒業後の国家試験も一発合格したのだが、ここの病院は募集が来年とかだったんで、どうしたものかと思ってたらこの会社は理学療法士の募集かけてたので、応募したらすんなり通って今に至るってとこだな。街外れのボロアパートで暮らしてるから、秋子さんの情報網にかからなかったんだけど…今回お前のリハビリを今後はウチの会社が受け持つかもしれないという話になった時、ウチの会社が秋子さんに洗われて…多分その時に俺の名前が出てきたんじゃないかな? だから秋子さんはお前のリハビリはウチの会社に任せるようだな。俺をあゆの担当にすることを条件にして…長すぎたか?」
 ここまで一気に喋った祐一が一息つく。一応今日のサプライズは秋子が用意したものとは少し触れているが、あゆは混乱が激しくなっているようだ。
「うぐぅ長すぎて分からないよ」弱った顔をしてみせる。
「いや、俺もこんな長くなるとは思ってなかった」少し弁解する祐一。
「でも、祐一君。これからは一緒にいてくれるんだよね」あゆが目を輝かせる。
「そうだな…週何回か分からないけど、お前のリハビリには俺が行くことになるな。7年どころか、10年待たせたような気もするが、まぁいいや。これからは嫌でも顔を合わすことになるだろうな。……それはそうと、聞いた話だと、退院後は秋子さんの家に厄介になる予定だって?」
「うん、そうだよ!」その質問にあゆは突き抜けるような笑顔で答える。
「そうか、それなら秋子さんに顔出しし易くなるな」それを聞いた祐一は何故か安堵した。


 また季節は流れる。


 水瀬家の家の匂い。相沢祐一はここの匂いが好きだった。彼が水瀬家から独立した今だからそう思うのだろう。
 自分の安アパートの匂いも悪くはない。病院や職場に漂うアルコール消毒液の匂いよりは好きだ。
 けど水瀬家のどこか暖かい匂いは特別だと彼は思う。そんなことを思いながら、仕事にかかる。
「んじゃ、あゆ」体温計を手渡す。
「うん」ジャージ姿のあゆはがそれを受け取り自分の脇に入れる。
「最近の調子は?」
「うんと…変わらないかな?」応えるあゆに祐一は表情を緩める。
「そうか。んじゃ血圧は?」それを聞いてあゆは器用に左脇に体温計を挟めたまま、右手を出す。
「ほいほい」と祐一も馴れた手つきで測定を始める。
「ん、112の74だな。で、あゆ、そろそろ体温計も時間だろ?」
 自分の出番と言わんばかり体温計のアラームがタイミングよく鳴る。そこであゆは体温計を取り出し自分の体温を確認した後。祐一に渡す。
「ん、36.7℃か」彼は手元のあゆのカルテに今日の状態を大雑把に書き込む。
「うん、これなら来週からの復学に支障ないですよ、秋子さん」言ってソファーに腰掛けていた彼女の顔を見る。復学といっても小学校4年生からだ。
 祐一が義務教育を無事に終えたらあとは俺が面倒見てやる、と励ましたのもあり彼女は復学に意欲的だった。
「そうですか、よかったわね、あゆちゃん。……ここまでが長かったですものね」秋子は満面の笑みで声をかける。
 しかし、あゆは不安な顔を祐一に向ける。
「ね、祐一君。ボク友達できるかな?」
「そこは管轄外だな。でも、オマエなら大丈夫だろ。体重も回復したし」
「うぐぅ! 体重は関係ないもん!」わざと彼女の癇に障ることを話題にするあたり祐一の毒舌は健在だった。
「これが医学的にはかなり重要だったりするんだな。ま、それより今日のリハビリだ」
「うぐぅ!」と今度は嫌そうな顔してみせる。
「いや、そんな顔されてもな。文句はメニューに言ってくれ」

 
 リハビリもこなしあゆが玄関先まで送りに出てきた。
「なんだ、あゆ? まだ最後のリハビリでもないから見送りなんかいらんぞ」と祐一は会社の車のドアノブに手をかけた状態で声をかける。すると、あゆに励まされた。
「祐一君、次の仕事も頑張ってね」と。
「あぁ次は頑固じいさんの訪問だから気合入れんとな。みんながみんなお前のようにリハビリをこなしてくれる訳ではないからな」とため息と本音を漏らす。
「祐一君ありがとうね」
「いや、まぁ、仕事だからな」頭をかいて照れ隠しする。
「祐一君には仕事かもしれないけど、ボクにとっては祐一君と過ごせる時間は特別なんだよ! 別の家や世界を見せてくれているようで」無邪気な笑顔は崩さない。
「まぁ、そんなたいしたことは出来てないと思うがな」祐一はいつもするようにあゆの頭を撫でてやる。


月宮あゆと相沢祐一……これからもまた困難に打ちひしがれることがあるだろう。でもこの2人なら困難と闘い続けるだろう。この2人の人生はまだ始まったばかりだ。


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