友人以上恋人未満。
よく使うしよく聞く言葉だ。
しかし、なんとなく曖昧な言葉なのであまり好きではない。
個人的には恋人の一歩手前の関係を表すときに使っているが、実際はどうなんだろうか。
学校の帰り道、あたし……美坂香里はとなりを歩く友人の顔を見てそんな事を考えていた。
その童顔だがなかなか愛嬌のある顔立ちの男の子、北川潤君はとても眠そうに大あくびをかいていた。
二月のこの街はとてつもなく寒い。その寒さのせいで白くなった息が盛大に舞い上がる。
男の子とはいえ口元くらい手で隠したらどうかとも思うが、この友人の場合そんなだらけた仕草にも違和感がまるでない。
そういう憎めない一面があるのだ。
まあ、顔も悪くないわね……細身でスタイルも悪くないし。
身長は平均くらいだけど、どちらかと言えば男前の部類ね。
彼の横顔を見つめながらそんなことを考えていると、ふとあたしの視線に気がついた北川君と目が合う。
「ん? どうした」
「……えっと、眠そうだなと思って」
一瞬ドキリとしたが得意のポーカーフェイスで無難にごまかす。
そんなあたしに気が付くわけもない。北川君は当然、話をあわせてきた。
「まあ、第一志望の大学の試験までもう何日もないからな……正直、睡眠時間はかなり削ってる」
「あんまり無理しない方がいいわよ」
「ご存知の通り、第一希望は俺の成績ではかなり厳しいところなんで」
「でも、北川君って肝心の本番当日に風邪とか引きそうだから、キャラ的に」
「……うっ、有り得ないとは言い切れないな」
苦笑する北川君。
まあ、困った顔は可愛らしい。
少年らしいというか、母性本能をくすぐるというか。
「まあ、頑張りなさいよ。春からも同じ学校に通えるといいわね」
なんとなく勇気付けてやりたくなり、頭を撫でてやると真赤になって視線を逸らしてしまう北川君。
でも、あたしの手を振り払うわけでもなく、黙ってされるがまま。
本当は恥ずかしくて仕方ないくせに。
こういうところも、愛らしくは思う。
明らかにあたしを意識しているようだ。
言葉にされなくても、ここまで露骨に照れられるともろバレである。
こういうのは悪くない。彼のことは嫌いではない。どちらかといえば好意的に思っている。
でも、そんな彼を見ていると思ってしまうのだ。
……やっぱり、彼氏にするのは違うな。
あたしは先程からずっと北川君の事を値踏みしている。
彼がどういう人間なのか。どんな部分が魅力的か。逆にどのような短所を持つのか。
彼はあたしをどう思っているか。
そして、あたし自身も彼をどう思っているか。
なぜ、そんな事を考えているかというと、簡単。
今日は、めずらしく名雪にからかわれたから。
あれはお昼休みのこと。
あたしと名雪は、自分たちの教室で机を向かい合わせ、お弁当を広げていた。
三年になって北川君も相沢君も別のクラスになってしまったので、食堂を使わない日はこうやって二人で昼食を取っている。
秋子さんの手製であろう大変美味しそうなお弁当をつまみながら、名雪が彼女にしてはめずらしい話題を振ってくる。
恋の話題だ。
「香里ったら……やっぱり北川君に愛されているよね」
「は? なんで」
からかうような口調の名雪に、あくまでクールに反応。
あたし達だって花も恥らう女子高生だ。
二人だけの時ならこんな話題も出る。
「北川君の第一志望って……香里が推薦入試で合格した大学で、しかも同じ学部なんでしょ?」
「らしいわね」
「きっと香里を追いかけるつもりなんだよね」
口元を押さえながら、微笑む名雪。
名雪はたまにこの話題を振ってくることがある。
基本的に恋愛には鈍感で奥手な彼女はそこら中に蔓延している筈のこの手の話に疎い。
しかし、女の子なのだから、恋の話には興味があるのだろう。
自分が知る数少ない恋愛話である、あたしと北川君の事をよく尋ねてくる。
しかし、黙って名雪にからかわれるあたしではない。
大げさに驚いた表情を作り、怯えた声で名雪をからかい返す。
「何それ? あたしって、北川君ストーカーにされてるってこと?」
「え……ちがうよ」
「教えてくれてありがとう。警察に相談してみるわ……最近はストーカー規正法もきびしいしね」
「待って香里! そういうことじゃないよっ」
「助けて! おまわりさーん!」
冗談めかしたあたしの声に周囲の視線が集まる。
ちょっと半泣きになりながら必死にあたしを止めようとする名雪。
お弁当を食べる手を完全に止めあたしの手を捕まえるように握りしめる。
わずかに震えている名雪の手の感触を感じながらあたしは内心苦笑する。
どうやら名雪はあたしの言葉を信じて本気で焦っているらしい。
ふっ……可愛いやつめ。
でも、名雪があたしをからかおうなんて100年早いわけで。
あたしの言葉をどれだけ真に受けていたのかは知らないが、随分とテンパった名雪が恥ずかしい話を始める。
さすがに小声だったが。
「わたしが言いたいには、香里はとっても北川君に愛されていて羨ましいねって話だよ」
「べつに……北川君とはただの友達だし」
「でも、北川君は結構かっこいいし、優しいし、面白いし」
「そうね。もしよかったら名雪が北川君と付き合ったら?」
「わ、わたしがそれを香里に言いたかったんだよっ」
名雪とのやりとりを思い出しながら、北川君の横顔を見つめる。
こちらまで恥ずかしくなるくらい、照れている。
……本当に彼の事は嫌いではない。
北川君があたしに好意を持ってくれていることも十分理解している。
あたしが去年の秋、推薦で合格した地元の私大を彼が受ける理由も、まさか偶然ではあるまい。
彼の成績を考えると結構無謀な挑戦であるはずだし。
追いかけてくるつもりなんだ……あたしを。
人生でももっとも重要な選択のひとつである大学受験を、好きな女の子を基準に決めてしまうのはあまり賢いとはいえないだろう。
でも嫌ではない。
どこの大学をどんな理由で目指そうが個人の勝手であるし。
仲の良い友人と同じ大学に通えるといのは、大変素敵なことではないか。
それに正直言うと割と気分がいい。
同級生の中でも割とカッコいいと分類される男の子が、こうまで自分に好意を向けてくれているのだ。
……でもその程度だ。
北川君の横顔を見つめながら思う。
あたしの方は彼に対して一切の恋愛感情を持ち合わせてはいない。
仲の良い友人。
男の子の中ではおそらく……一番。
でもそれだけ、そこまでだ。
彼とは割りと長い付き合いだが、それが変わることはなさそうである。
大目に見て友人以上恋人未満ってところだ。
「あ、あんまりな撫で回すなよ……子供じゃないんだから」
照れ隠しのためか、拗ねたような口調の北川君。
でも決してあたしの手を振り払おうとはしない。
本当に彼の事は嫌いではないのだ。
なんだか申し訳ない気持ちになる。
せめて、受験を目前に控えた彼に励ましの言葉を送る。
「勉強頑張ってね。一緒の大学に通えるといいわね」
これはまぎれもない本音だ。
友人以上恋人未満から
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