りりーんりりーん。
 日は沈み、そらが紫色の闇に染まる時刻。
 風鈴の涼やかな音色を聞きながら、冷たい素麺を啜る……
「夏だな」
「……?」
「いや、夏だろ?」
「う、うん。そうだけど……」
 唐突な俺の言動に困惑した様子で食べる手を止めるあゆ。
 まぁ、別に同意が欲しかっただけで理解されなくてもかまわないんだが。
 そしてまたぼーっとしながら目の前の素麺を啜る。
「秋子さん、流石に素麺は自家製じゃないですよね?」
「ええ、流石にこればっかりは市販の物ですね。でも麺つゆは私が作ったんですがどうですか?」
「あ、それはもちろん美味しいです」
「ふふ、ありがとうございます」
 いつものようにたおやかに微笑む叔母の姿を見ながら、減ってきたつゆと薬味を加える。
 ねぎねぎしょうがっと。
 でも、やっぱり麺つゆは秋子さん作か……
 市販のよりうまいもんなぁ……
 そしてまた素麺を啜る。
「……」
 ふと前方から感じる視線。
「……?」
 対面に座る名雪がぼーっとこちらを見ている。
「……ふむ」
 自分の椀から緑色の素麺を一本取ると名雪の椀へともっていく。
「わ、なにしてるのゆういち?」
「え? 欲しいんだろ色付き麺」
「そんなの別に欲しくないよ……」
「なんだ、こっちの方を見てたからてっきり」
「わたし、そんなに意地汚くないもん」
 名雪はすこし拗ねてそう言うと俺から目線を逸らす。
 俺の方も興味を失って再び素麺に手を伸ばす。
「……」
 やはり視線。
「駄目だ。このさくらんぼは俺のだ」
「うー違うのに」
「じゃあ、なんだよ」
「祐一、最近ちょっとだれてない?」
 ふむ……
 言われてみれば最近覇気が無いかもしれない。
 暑いせいかやる事なす事やる気が出なくて結局だらだらと過ごしてる一日が多い気がする。
 だが、
「それをお前が言うか?」
「え? どうして?」
 心底分からないといった様子の名雪。
 俺はやれやれと首を振りつつ説明してやる。
「大会が終わって陸上部が終わってからというもの、朝は10過ぎに起床。昼ご飯を見てTVを見たり本を読んだりして部屋でごろごろ。そして夜10時前には就寝」 
 そこでわざとらしく俺はため息をついてやる。
「しまいにゃ、太るぞ?」
「うー」
 不満そうな顔で名雪は睨んでくるが俺は勝ち誇ったように笑ってやる。
 ふっ、事実なので言い返せないだろう? 言い返せないだろう?
「大体な、ちょっとは健全な生活をおくっているあゆを見習ったらどうだ?」
 そういって横目でちらっとあゆを見る。
 突然自分の名前が出たのできょとんとした顔をしている。
「毎朝6時に起きてラジオ体操。もちろん皆勤賞でスタンプはもうすぐコンプだ」
「わっ、すごいね。わたしじゃ考えられないよ」
「そして午前は虫取り。毎日虫かごなかはうはうはだ」
「わたし虫嫌い……」
「午後は宿題の絵日記と自由研究の朝顔の観察をやる。しかも、他の宿題は終わらせてるのでこれだけだ」
「わたしまだ残ってるよ……」
「そして夜は俺のベットで就寝だ。たまに夜更かしになったりするぞ」
「ゆういち……急に不健全になった気がするんだけど……」
「まぁ、ともかくお前とは正反対の生活をしているあゆを少しは見習え!」
 ふふふ、どうだ名雪。
 遂にお前にびしっと言ってやったぜやったぜ。
「ねぇ、あゆちゃん。ホントにそんな事してるの?」
「してるわけないよ……また祐一くんが変な事言ってるだけだもん」 
「やっぱり」
 く……全然動じてない。
 名雪もそうだがあゆも全然意に介した様子もなくてかなり寂しい……
「ちくしょうっお前ら最近俺の扱いを覚えやがって」
「祐一その文句の言い方は変だよ……」
 名雪は呆れたようにそう言うと再び食事を再開する。
 あゆに至ってはもう途中から聞く事すらやめて素麺を啜っている。
「……」
 仕方ないので俺も再び素麺を食べ始める。
 ……。
 ……むぅ。
 よくよく考えれば最近誰も構ってくれないから仕方なくだらだらしている気がしてきた。
 そうだな。
 よし、ここは一つ改善に努めるべきかもしれない。
「というわけで、今夜身内でちょっとした集まりがあるんだがあゆ一緒に来ないか?」
「どういう訳なのか良く分かんないんだけど……集まりって?」
「まぁ、それはついてのお楽しみだ」
「うぐぅ……それじゃよく分からないよ」
 くそ、流石にこんな説明じゃ乗り気にならないか……
「ねぇ、祐一わたしも行っていいの?」
 更に予想外の所から乗り気の声がかかる。
 なにか色々と期待してそうな目だ。
 しかし、今回のはあゆのみを対象としてるので、ちょっとまずい。
「いや、だめだ」
「え? どうして?」
「十時に集合だから、お前起きてられないだろ?」
「えっと、がんばれば」
「頑張らなくて良いから寝てろ」
「うーひどいよ」
 俺の言葉を非難するように拗ねてみせるが、残念だが効かんぞ名雪。
「あら、じゃあ私は良いのかしら?」
 秋子さん……
 気を利かせてくださいと目で懇願する。
「ふふ、冗談ですよ」
 そういっていつもの微笑み。
 なんか最近からかわれてるような気がしてならない。
「まぁ、ともかく一緒に行こう」
「うぐ、でも……」
「デート代わりにさ」
「……う、うん」
 ちょっと恥ずかしそうに頷くあゆ。
 よし、押し切った。
 ふふふ、これで今夜は楽しみだ。
 俺は食事をうきうきと今夜の事に思いを巡らせた。




 数時間後。
「というわけで着いた」
「うぐぅーっ!?」
「うーん、なかなか壮観だな」
「わーわーわー」
「な、あゆもそう思うだろ?」
「何も見えない……聞こえない……」
 横を見てみると耳を塞いで目を閉じてぶつぶつと言っている。
 うーん、さっきからずっとこの調子だな。
「そんなに怖いか?」
 とりあえず塞いでる手を外して聞いてみる。
「あ、当たり前だよっ! だってここお墓っ。お墓っ!」
「肝試しとしては、ムード満点じゃないか」
「ボク、肝試しもムードもいらないよっ」
 半泣きでてちてちと俺の胸を叩いて抗議するあゆ。
 相当怖いのだろう、そんな事をしながらも体を振るわせながらひっつかんばかりに寄せてきている。
 ……ああ、これだよこれ。
 これを待ってたんだ。
「酷いよっ。ボクがこう言うの嫌いだって知っててなんでこういう事するのっ!?」
「……あゆ」
「うぐー祐一君のばかぁっ」
 あ、やばい。
 マジ泣きに入ってきた。
 とりあえず、一旦なだめるか。
「ほら、ちょっと落ち着け」
 そっと抱きしめてあゆの背中をぽんぽんっとなだめるように叩く。
 そしてそっと耳元で囁く。
「なぁ、俺たちってなんだかんだいってデートとか全然した事無いだろ」
「ひっくっ」
「だからさ、確かにお前は嫌がるかも知れないけど二人っきりで参加出来るチャンスは逃したく無かったんだ」
「……ひっく」
「大丈夫だよ。おれがちゃんと傍にいてやるんだから何も怖い事なんてないぞ。大丈夫だから」
「……」
 ふぅ……落ち着いたようだな。
 まぁ、そうじゃ無いと折角のイベントが楽しめないし。
「ほら、手握っててやる」
「……ありがと」
 指しだした手をぎゅっと抱きしめるように掴む。
 それは握るとは言わないとつっこもうとしたが、まぁ、いいか。
 腕を組むのもそんなに悪くはない。
「えへへ」
「なんだよ。怖いんじゃ無かったのか?」
「だって、祐一君あったかいもん」
「俺としては暑苦しい」
「うぐぅ、酷いよ」
 まったく……すっかり機嫌の直ったあゆに苦笑するしかない。 
ほんと子供みたいな奴だな。
 怒るから口に出してはいわないが……
「さて、あゆの機嫌も直った事だしそろそろ始めるか」
「え? なにを?」
「肝試しに決まってるだろ」
「うぐぅ……やっぱりやるの?」
「当然」
 あゆは俺の言葉に全然気が乗らないような表情を見せるが、まぁ、さっき迄みたいに喚かない。
 よし、いけるな。
「ルールは簡単だ。二人でこの墓をぐるっと一周してここに帰ってくるだけだ。普通はこういうのはなんか行ってきた証拠とかを置いてきたりするもんだが、まぁ、今回は無しだ」 ふと、不思議そうな顔で俺を見ているあゆに気付く。
「ん? どうした、質問でもあるのか?」
「えっと、他の人は? 祐一くん、ちょっとした集まりって言ってたよね」
「ああ、なんだそんな事か」
 こいつも案外つまらない事を気にするなぁ。
「もう全員来てるぞ」
「うぐぅ?」
 俺の言葉に不思議そうに辺りを見渡すあゆ。
 俺はそんなあゆに分かりやすいようにメンバーを指差して教えてやる。
「俺、あゆ以上」
「え? ええーっ!?」
 なにやらあゆは叫んでいるようだが、まぁ納得はしてくれたに違いない!
「じゃ、早速行くぞ」
 俺は腕を掴んでいるあゆを引きずるように歩き出す。
「騙したっ 祐一君が騙したーっ」
「何言ってるんだ。身内のちょっとした集まりに間違いないだろう?」
「祐一君の外道ーっ鬼ーっ!」
 まだあゆは何か喚いているようだったが俺は気にせずあゆを引きずっていく。
「もう二度と祐一君の言う事なんて信じないーっ」
「はっはっは、さぁ、れっつらごーだ。あゆ」




「……つまらん」
 コースの半分ぐらいを歩いたところで、思わずそう呟く。
 あるけどあるけど墓、墓、墓。
 しかも手入れがしっかり行き届いてるので寂れた様子も感じない。
 おかげでもう俺には飽きが来ていた。
「……」
 ちらっと横目であゆを見る。
 俺の腕に掴まりながら目をぎゅっとつむっている。
 さっきからこの状態でなんの反応も見せない。
 もっとぎゃーとかわーとか叫んでくれないと面白くないんだが……
「脅かし役の一人でも用意しておくバキだったか……」
「そそ、そんなのボク死んじゃうっ」
 思わずつぶやいた一言に過剰な反応を見せるあゆ。
 しかも腕を力一杯抱きしめるもんだから指辺りの感覚がぼやけてくる。
「あゆ、腕が痛い」
「だってだってっ」
 あゆは何か口に出そうとはしてるみたいだが、結局言葉になっていない。
 もちろんその間力を緩めるわけでもなく、腕の感覚は遠のくばかりだ。
「別に掴んでていいから、もうすこし緩めてくれ」
「……うん」
 緩めてくれたがしゅんとして元気がない。
 さっきまでと同じように目を閉じて俺にしっかりしがみついてくるだけだ。
「あゆ、目は開けておけ」
「うぐぅ……だって」
「墓場で転ぶと祟りがあるぞ」
「うううう、うそーっ!?」
「いや、身内が死ぬとか霊がついてくるとか聞いた事あるだろ?」
「うぐぅーっ!?」
 あゆは涙目になって叫びながら目を開ける。
 だが、怖かったのだろうすぐに目を閉じる。
 と思ったら再び目を開け、また閉じて……と繰り返している。
「高速瞬きが……ちょっと楽しめたので3点だ」
「うぐっボクはすっごく怖いのにひどいよっ」
 とは言ってもなぁ……
「もともと、あゆの可愛い反応見たいから来てるわけだし」
「ボクそんなくだらない理由の為にこんな仕打ち受けてるの?」
 怒ったような困ったような泣きそうなあゆの顔。
 思わずきゅーんと胸を締め付けられる。
「あゆ、今のお前は最高に可愛いぞ」
「うぐぅ……そんな言葉でごまかされないもん」
 うーん、本心から言ってるんだが伝わらなかったらしい。
 ならば、
「むぐぅっ」
 高ぶってる俺は予告無しにあゆの唇を奪う。
 二、三秒その柔らかさを堪能した後、ちょんちょんと舌で唇をノックする。
 それに応えてかあゆの口が開いた瞬間に舌を奥へと滑り込ませる。
 つるつるとそれでいてデコボコとした歯の感触を乗り越えた後、じゅわっとした柔らかくて動き続けている物へとたどり着く。
 おれはそれを逃がさないように執拗に追いかけて捕まえ絡ませていく。
「ん、ふぁっ……んんっ」
 あゆから流れてくる声にならない吐息が熱い。
 絡み合う舌から伝うあゆの唾液が甘い……。
 なんか頭の芯から痺れていくような錯覚すら芽生えてくる。
 ああ、そうか……。
 ホラー映画のカップルとかが燃え上がる気持ちがなんとなく分かった気がする。
「ぷはぁっ……はぁ、はぁ、はぁ」
 俺になんとかしがみつきながらも息も絶え絶えといった様子のあゆ。
 俺も少しふらついてはいたが、とりあえず立てなくなるほどじゃあない。
「なぁ、あゆ」
「……なに?」
 普段からは信じられないくらいの艶っぽい声。
 いつもから考えると凄まじいギャップだ。
 まぁ、俺は聞くの初めてじゃないけどな。
「いちゃついてるカップルから襲われるのがホラー映画の定番だよな」
「うぐぅっ!?」
 ぴんっと全身の毛でも逆立てん勢いで驚くあゆ。
「ひ、ひどいよっ、ボクを虐める為にこんな事までするなんてっ」
「いや、キスは」
「祐一君のえっちっ、へんたいっ、きちくーっ」
 単に俺がしたかったからなんだけどって言葉を遮って喚くあゆ。
「祐一君なんてもう知らないもんっ。大っ嫌い。一人で好き勝手やってなよ。ボク帰るっ」
 そう言ってふんっ顔を逸らすあゆ。
 あー怒らせすぎたかな……
 まぁ、ここはあゆのしたいようにさせてやるか。
「……」
「……」
「……」
「……帰らないのか?」
「……うぐぅ、怖いよ」
 意気地なしめ。
「ねぇ祐一君一緒に帰ろうよ」
「いや、なんか俺嫌われてるらしいし」
「うぐぅ……意地悪」
「まぁ、それにここからなら引き返すより先に進んだ方が早いぞ」
「……そうなの?」
「ああ」
 もう、俺も色々と満足出来たしな。
 帰る事自体には別に依存はない。
「じゃ、早く先行こうよ」
 そう促された時ふと視界に入った文字に目がとまる。
「ん?」
「どうしたの?」
 急に止まった俺に、あゆは不安そうな声を出す。
「いや、どうやら知り合いの一族の墓らしいのがあって」
「知り合いって誰?」
「んーあゆは知らないと思うぞ俺のクラスメイトだから」
「そうなんだ」
 あゆは俺の視線の先を恐る恐る覗き込む。
「美坂さん?」
「ああ、名雪の親友なんだが家とかには来た事無いから会って無いだろ?」
「うん」
 あゆはちょっと考え込む仕草を見せたが、やっぱり心当たりは無かったらしい。
「まぁ、手ぐらい合わせていってやるか」
「そうだね」
 なんとなく二人並んで手を合わせる。
 ついでにポケットに入っていたチョコをお供えしておく。
「さて、行くか」
 そう言った時、背後からざっざっと砂利を踏みしめる音。
「うぐっ」
 あゆはびびって俺に再びしがみつく。
 俺の方も、警戒するように身構え相手を見極めようとする。
 こんな時間に墓場に来る奴なんて、墓泥棒とかその類でろくな奴じゃないだろう。
 まぁ、俺たちみたいな肝試ししに来てる人間かも知れないが。
「あれ? 祐一さん?」
 この場に似合わないほどの落ち着いた声。
 そして、徐々に闇から現れた姿に拍子抜けする。
「あ、キミは」
 あゆも気付いたらしい。
「随分と変な場所で会うな、栞」
「あ、はい、奇遇ですね」
 久々に顔を会わせた少女。
 栞はそう、場所に似合わないような台詞とともに微笑んだ。




「それにしてもお二人ともお久しぶりです」
「うん、久しぶり」
 あゆは思わぬ出会いににこにこと嬉しそうに応える。
 栞もとても嬉しそうだ。
 おかげで急にあたりに和やかな雰囲気がながれる。
 一応墓場なんだが……。
「そういえばお前らってお互いの名前しってるのか? 一度しか会った事なかったよな?」
 ふと、思い出してそう声を掛ける。
「あ、そういえばそうでしたね」
「あ、そういえばすだったね」
 なんか反応も少し似てるな……
「えっとボクは月宮あゆだよ」
「あ、私は美坂栞です」
 二人とも深々と頭を下げて会釈をする。
 場所が場所だけになかなかシュールな光景だ。
「あ美坂ってもしかして」
「え? 変な名前ですか?」
「ううん、そうじゃなくってここのお墓栞ちゃんのおうちの?」
 そういってあゆは指差す。
「こら、人様の墓を指差すんじゃない。祟られるぞ」
「うぐぅー!? ごめんなさいっごめんなさいっごめんなさいっ」
 俺の言葉にガタガタと震え出すあゆ。
「あゆさん、別にそこまで気にしなくても……」
「だってだって」
「あーこいつのは単なる恐がりだから気にしなくても良い」
「あ、そうなんですか」
「なんたって夜一人じゃトイレに行けないぐらいだからな」
「うぐぅ、今は一人でも行けるもん」
「あゆ、布団に漏らすのはトイレに行ったとは言わないぞ?」
「ボク一度も漏らした事なんて無いよっ!」
「あははは、お二人とも変わってないですね」
 俺たちのやりとりを聞いていた栞はそう言っておかしそうに笑う。
「まあな、あゆは小学生の時から成長止まってるから」
「うぐぅ……ちゃんとおっきくなってるもん」
「それでやっぱりお前んちのなのか?」
 そういって親指で軽く指し示す。
「ゆゆゆ、祐一君祟られるよっ」
「大丈夫、その時はお前も一緒だから」
「ひ、ひどいよっ」
「っとあゆ、ほら話が進まないから」
 そう言ってわしわしとあゆの頭を撫でて誤魔化す。
 うぐーとかうぐっとかなにか言ってるがまぁ、それは聞き流して栞に向き直る。
「悪いな栞」
「あ、いえ。見ていて面白いですから」
「俺たちは見せ物じゃないぞ」
「ふふ、見せ物より面白いですよ」
 そういって栞は楽しそうに笑う。
「それで、そこのお墓なんですが」
「ああ」
「私の家のであってます」
「そうか、って事は栞は肝試しとかじゃなくて墓参りか?」
「あ、はい。そんなところです」
 墓参りか……でもこんな夜遅くになんでまた。
 とりあえず疑問に思った事を聞いてみる。
「何でこんな時間に?」
「えっと」
 栞はちょっと考え込む仕草を見せる。
「そうですね。実は墓参りというのは建前で恋人との逢瀬だったら素敵だと思いませんか?」
「墓場でデートって幽霊じゃないんだからさ、もっと色気ある場所選べよ」
「ふふ、確かにそうですね」
「で本当はなんでだ? こんな時間に女の子一人で来るなんて危ないぞ」
「でも、私病弱な美少女ですから昼間は外に出ると倒れちゃうんですよ」
 栞は苦笑しながら、笑う。
「栞ちゃんどこか悪いの?」
 あゆが少し心配そうに聞く。
「あ、ちょっと風ひいてるだけです」
「随分と治りの遅い風だな半年以上かかってるのか?」
「いえ、最近新たにひき直しました」
「……夏風邪は馬鹿がひくんだぞ?」
「わ、ひどいです」
 栞はちょっと拗ねたような表情を見せる。
 でも、以前より顔色は良いみたいだし、心配する必要も無いかもしれない。
「お二人は肝試しなんですか?」
「いや、デートだ」
「……そうやって祐一君に騙されたんだよ」
 非難がかった目でじとーと見てくるあゆ。
 結構、根に持つな……こいつも。
「でも、お墓でデートしなくてももっと色気のある場所選んだらどうですか?」
「はは、確かにそうだな」
「うぐぅ……そう思うなら連れてこないで……」
 あゆは少し涙目になってる。
 というかさっきから泣いてばっかりで良く疲れないな。
「さて、じゃ墓参りの邪魔しちゃ悪いから俺たちはそろそろ帰るか」
「あ、そうだね」
「お二人とももう行かれるんですか?」
「ああ、もともともう帰るところだったから」
「そうですか……ちょっと残念です」
 栞は少し寂しそうにそう言う。
「大丈夫だよ……またそのうち会えるよ」
「まぁ、なんか多少は縁があるみたいだしな」
「……そうですね」
 栞は言葉ではそう言うがあまり納得したようには感じられなかった。
 まぁ、あまり深い関係でもない俺が聞くのも躊躇われたので気付かなかったふりをする。
「じゃあ栞、またな」
「あ、はい」
「今度は一緒に遊べると良いね」
「そうですね」
「それじゃあな」
 そう言ってあゆを引き連れ歩き出す。
 だが、
ざっざっざ
 少し歩いた所で背後から足音。
 振り返ると栞が走って追いかけてくる。
「どうしたんだろ?」
「……さぁ」
 とりあえず、栞がくるのを待つ事にする。
 栞はかなり息を切らせて走りながら、暫くしてやっと俺たちの近くまでたどり着く。
「なにかあった……」
 栞が止まろうとしたのでそう声を掛けようとした時だった。
ぐらり
 その体が傾いた。
「危ないっ」
 そう言ってあゆがとっさに庇う。
「あゆ、ナイスだ」
 あゆが栞を受け止めた瞬間だった。
 栞の体がふっと消えた。
「……え?」
どさっ
 足下に何かが倒れる音。
 思わず音の方を向くと尻餅をついてるあゆ。
 栞が急に消えたのでバランスを崩したのだろうか?
 そうおもって視線を戻した時、思わず凍り付く。
「なんであゆが二人?」
 そう、そこにはあゆが不思議そうに自分の体を見渡しながら立っていたのだった。




「えっと、つまり私死んでるんです」
 目の前のあゆが俺たちにそう説明する。
 思わず横のあゆと顔を見合わせる。
 冬にあった時のあの懐かしい姿。
 なんか狐につままれたような気分だ。
「ともかく、中に入ってるのは栞なんだな?」
「はい……」
「転んだ時の勢いで幽霊である栞があゆの魂を吹っ飛ばして中に入ってしまったと」
「みたいです」
 言葉に出してみたもののいまいち、実感がわかないな……。
 まぁ、目の前にあゆが二人いる時点で信じざるおえないんだが。
「とりあえずあゆの方はなんか異変はないか?」
「特にないよ。なんかあの冬の時と同じ状態みたい」
「そういえば、お前は経験者だったな」
「うぐぅ……なんかその納得のされ方嬉しくない」
「栞の方はどうだ?」
「あ、はい。なんとも無いみたいです」
「そうか……」
 なら、
「栞、その体はやろう。好きに使え」
「え? 祐一君ちょっと」
「わ、良いんですか」
「栞ちゃんっ!?」
「ああ、俺たちからのプレゼントだ嬉しかろう?」
「はい、とってもうれしいです」
「うぐっ、ボ、ボクはどうなるの!?」
「あゆは別に馴れてるから今のままで困らないだろ」
「こ、困るよ。えっと多分色々と困るよっ」
 あゆはあわあわと慌てふためいて主張するが説得力がない
「短い人生でしたけど、また生まれ変わったつもりで一から頑張れそうです」
「わー栞ちゃんその気になっちゃ駄目ーっ!」
「まぁ、冗談だ」
「はい、冗談です」
「うぐーこんな時に笑えない冗談言わないで……」
 がくーっと項垂れるあゆ。
 なんか疲れが見えるな。
「まぁ、あんまり深刻ぶるのもなんだから場を和ませようかと思ったんだ」
「私はちょっとそれも良いかなって思っただけです」
「ひどいよ……」
「栞……お前結構良い性格してるな?」
「そうですか?」
 人差し指を唇に当て少し悩む仕草を見せる。
 確かに姿はあゆだが仕草は全然違うな……。
「それでどうしましょうか?」
「ああ、それなら勢いよくあゆを叩き付ければ今度は栞が押し出されるだろ」
「え? そういう物なんですか?」
「いや、よく知らないけど。さっきだってところてんの如く押し出されてきたわけだし」
「うぐぅ……なんか嫌な例え」
「そうか? ところてんあゆなんてのも可愛いと思うが」
「ぜんっぜんっ嬉しくないよっ」
 むぅ……自分の魅力を理解しない無い奴め。
「とりあえずあゆ、押し出す感じで体を押しつけてみろよ」
「あ、うん。栞ちゃん動かないでね」
「はい、わかりました」
 あゆは栞に近寄るとぐいぐいと体を押しつける。
 だが、なかなか上手くいかないらしい半ば抱き合う形になっている。
「ふむ……」
 それにしてもあゆ(本体)は薄着な所為か胸の動きとかがばっちりわかるな。
 体をぶつけ合う時に潰れたり持ち上がったりと結構アクティブに動くのでなかなか目の保養になる。
 あゆ(霊体)も必死でやってるからなんか顔が紅潮して色っぽいし。
 二人のあゆの百合プレイなんてまるで俺の夢が叶ったようじゃないか……。
「カメラ持ってくればよかった……」
「うぐぅ……なんで祐一君泣いてるの?」
 おっと、いかん思わずうれしさと悔しさが混ざった心の汗が溢れてたぜ。
「とりあえず、駄目みたいだな」
「ですね」
「うぐぅ……どうしよう」
 おろおろとするあゆ。
 栞は次の手を考えてるらしくなにやら思案顔だ。
 でもなぁ……
「やっぱりこのままでも良いんじゃないか?」
「ええっ!? なんで!?」
「いや、俺としてはあゆが二人なんて言う夢のような状態だし」
「あの、中身は私なんですが……」
「じゃあ、頑張ってあゆになりきってくれ」
「わ、なんか凄い勢いで人格否定されてますっ」
「祐一君、もう冗談は良いから真面目に考えてよ……」
 あゆは呆れたようにそう言う。
「いや、俺は本気で言ってるんだが」
「うぐぅ……祐一君の人でなし」
 なんか凄い言いぐさだな、おい。
 仕方がない、残念だがなんか方法を考えるか……。
「うーん」
「なにか思いついた?」
「いや、さっぱり」
「そんなぁ……」
「だって、俺人生でこんな経験初めてだし」
「あ、私もです」
「いや、栞は人生既に終わってるだろ」
「そう言えばそうでした」
 あははははと二人で笑いあう。
「な、なんで二人ともそんなに緊張感無いのっ!? 今凄く大変な事態なんだよっ」
「いや、だって現状に結構満足してるし」
「あ、私もです。さっきから奇遇ですね」
 あははははと二人でまた笑い合う。
「うぐぅー」
 最早、俺たちに何を言っても無駄だと思ったのかあゆはしゃがみ込んで半泣きになりながらいじけ出す。
 うーん、流石に可哀想か。
 仕方ない不本意だが、頑張ってみる事にする。
「あ、そういえば」
「なんか思いついたの?」
 ぴょんっと立ち上がってあゆが駆け寄ってくる。
 現金な奴だ。
「いや、栞なんで死んだのかなと」
 すっと栞の顔から表情が消える。
 少し怖い。
 いや、あゆの顔だから表情が無いのが怖いのかも知れない。
「すまん、調子に乗った。やっぱり触れられたくないか?」
 あんまりにも栞が自然に死んだと言ったから、意識はしてなかったがやっぱり相当辛いんだろう。
 まぁ、若くして死んでしまったのだから当然なのかもしれない。
 流石に不謹慎すぎたか……。
「実は私祐一さん達と会うまえから重い病気にかかってたんです」
 だが、栞はあっさりと表情を戻すと、いつもの調子で話し始める。
「それで、祐一さん達と会った時には既にお医者さんから死の宣告を受けていて、死ぬのを待つばかりだったんです」
 ふと横に目をやる。
 あゆは栞の話に相当驚いてるらしく、信じられない様な表情をしている。
 俺も似たようなもんだろうが……でも、あゆより少しだけ栞の事を知っていた為、どこか納得していた。
「やっぱり風邪じゃなかったんだな」
「ええ、バレバレでしたか?」
「……まあな」
「でも、私実は最近まで生きてたんです。お医者さんが言った死ぬ日を乗り越えて」
 栞は重くなった雰囲気を取り繕うように明るく言う。
「奇跡だって言われました。しかも本当に快方に向かってたんです。頑張れば完治もするかもしれないって言われました」
「え? じゃあどうして……」
「ホントに夏風邪ひいちゃったんです……それで抵抗力の弱ってた私はこじらせて」
 少しだけ……ほんの少しだけ寂しそうに栞は言った。
「やっぱり夏風邪は馬鹿がひくのかもしれませんね」
「栞ちゃん……」
「夏休みになってお姉ちゃんが毎日病室に来てくれるようになって、嬉しくって嬉しくって無理しすぎたんです」
「そうか……」
 俺たちは何も言えなくなって立ちすくむ。
 正直、なんて声を掛けて良いのかわからなかった。
「でも、祐一さんはどうしてそんな事聞いたんですか?」
「……幽霊してるんだから心残りが何かあったんじゃないかと思ったんだよ」
 それを解決してやれば成仏してあゆの体から栞は消える、そう思った。
「だが、それは栞の気持ちをあまりに無視しすぎてたよな……すまん」
「いえ、そんな」
「ごめんね栞ちゃん。ボクも同じ事考えてたから祐一君止めなかったけど随分酷い事しちゃったよね」
「あゆさんまで……」
 二人揃って頭を下げる。
「そんな、頭を上げてください。今、迷惑かけてるのは私の方なんですから、謝るのはむしろこっちです」
「でも……」
「それに、もう死んだ事自体は気にしてませんから。そこまで気を使われる方が困っちゃいます」
「……わかった」
 頭を上げると栞はほっとした表情を見せる。
 かえって気を使わせてしまったかも知れないな……
「でも、心残りですか……」
「いや、もう無理に」
「いえ、案外当たってるかもと思いまして」
「え? なにかあるの?」
「えっと、なんかあゆさんの体気持ちよくて……私恋しちゃったかもしれません」
「えっ!?」
「肉体関係から始まる恋ってのもドラマみたいですよね」
「うぐぅーっ!?」
 ぞわぞわっと体を震わせるあゆ。
 まぁ、気持ちは分からんでも無い。
 だが
「栞、あゆをからかうのが楽しいのがわかるが、これは俺のだ」
「残念です……」
「え? え? 冗談だったの?」
  一人きょときょととするあゆを見て思わず栞と顔を見合わせて笑う。
「ふ、二人ともひどいよ……」
「まぁ、いいじゃないか人気があって」
「からかわれる人気なんて嬉しくない」
 我が儘な奴だ。
「冗談はともかく、本当は何なんだ?」
「え?」
「あるんだろ心残り」
 栞はちょっと俺の言葉に驚いたような顔をして。
 そして少しだけ苦笑した。
「本当はもう無いんです」
「は?」
「確かにあったんですけど、三つとも解決しちゃいました」
「三つもあったのか……欲望だらけな奴だな」
「わ、ひどいです」
 栞はそう言いながらも晴れやかな顔を見せる。
 本当に心残りはもう無いのかも知れない。
「一つ目は健康な体になってみたかったんです」
「……そうか」
「私生まれた時からずっと体が弱かったですから、一度で良いからなってみたかったんです」
 案外、あゆの体を奪ってしまったのはその願いがあったからかもしれない。
「二つ目は、誰かにお墓参りしてほしかったんです」
「……誰も来てくれてないのか?」
「はい、死んでからずっとここにいますけどまだ誰も……」
「家族は?」
「多分、まだ家で泣いてるんだと思います。弱い人達ですから」
「……」
「出来れば大変な人生だったけど私は幸せだったと伝えてください」
「……わかった」
「あと、ありがとうございました」
「え?」
「偶然でも嬉しかったです。チョコレートも美味しかったです」
「……そっか」
 たまたま偶然とったさっきの行動が栞の為になっていたのか……
 少しだけ救われた気持ちになる。
「それで三つ目ですが……」
「ああ」
「もう一度だけお二人に会いたかったんです」
「……ボク達に?」
「はい」
 栞は目を閉じると記憶を反芻するようにしばらく動きを止める。
「憧れとか夢とかそういうのの象徴だったんです。お二人は」
 そして目を開けると俺たちに向かって微笑む。
「最近まで生きていられたのもあの冬にお二人に会えたからです」
「でも……俺たちはなにも」
「紛れもなくお二人は私にとっての奇跡でした」
「栞ちゃん……」
「栞……」
 少し目頭が熱くなる。
 隣を見ればあゆはもう泣いていた。
「栞ちゃんっ」
 ぎゅっとあゆが栞を抱きしめる。
「お二人とも私の分までがんばって生きていてください。そして何時までも幸せでいてください」
「うん……うんっわかったよ」
 あゆの体があゆの本体へと消えていく。
 そして、完全に消えた後しばし呆然とするあゆ。
「栞ちゃん……消えちゃった」
「……成仏したのか」
「……うん」
 お互い言葉もなく空を見上げる。
 そこには一面の星空が広がっていて、悲しさとか寂しさとかを天国まで届けてくれそうな優しい光の瞬きに満ち満ちていた。
 そっとあゆを抱きしめる。
「ねぇ、祐一君」
「ん?」
「お化けって怖い人ばっかりじゃないね」
「……そうだな」
「また、来年も来るか?」
「でも、やっぱり今度は昼間が良いよ」
「わかった」
 きっと二人で会いに来るな……栞。










「で、なんで生きてるんだ?」
「わ、生きてるのが駄目みたいな言い方ですっ」
 数日後、栞の伝言を伝える為に美坂家に行った俺たちは頼まれてるからと香里に有無も言わさず連れてこられて病室に来ていた。
 で、本を読みながら林檎を食べてる元気そうな栞に会ったときは思わず倒れそうになった。
「えっと、なんか死んでなかったみたいです」
「おいおい」
「昏睡状態でそうとう危ない状態だったみたいですけど」
「そりゃ、大変だったんだな」
「だから、今でもあの夜の出来事は夢の中であった事みたいに感じてます」
「なんか何処かで聞いたような話だなぁ、あゆ」
「うぐぅ」
 あゆとしてもここまで似てる状況だと色々と複雑のようだ。
「お墓参り誰も来てくれないのは当然ですよね。まだ死んでなかったんですから」
「全くうっかりした奴め」
 あははははと笑い会う俺と栞に香里は頭痛そうに抱える。
「笑い事じゃないわよ……」
 まぁ、相当心配とかしたんだろう。
 香里には少し同情する。
「でも、あのままだとホントに死んじゃってたかもしれないですね」
 ふと思いついたように栞は言った。
「死んでない事に気付かないくってあのまま墓場をうろつくうちにお化けの仲間入りしちゃってたんじゃないかと思います」
「そりゃ、笑えない冗談だな」
「だって、冗談じゃないですから」
 そして栞は少しだけはにかんでこういった。

「やっぱりお二人は私の奇跡でした」 
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