「残念だったな、あゆ、この屋台はたこ焼き屋だ」
 「祐一君ひどいよ、たいやき屋かもしれないって言って、歩いて行っちゃったからついて来たのに」
 「かもしれないって言ったろ、それに俺はお前がたい焼きを食べたいだろうなと思ったから、連れて来てやったんだぞ」
 「うぐぅ…」
 たこ焼き屋の親父は、この会話を聞いて、ある事を感じていた。
 
 

夏祭り


 
 
◆プロローグ
 
 ここは夏祭りの会場、商店街の飲食店からも屋台を出す店があった。
 
 夏祭りの鉄板焼きの定番メニューといえば、焼きそば、お好み焼き、たこ焼き等と言った所だ。
 他にも、かき氷やソーセージ、おでん等の定番メニューの屋台が所狭しと並び、人々でごった返していた。
 
 異彩を放っているのは、屋台が固まっているブロックの一番端に店を出している百花屋の屋台が、ジャンボミックスパフェデラックス以外のほとんどの通常メニューを、小ぶりの使い捨て容器に入れて出している事であった。
 彼らは工事現場で使うような大型発電器と業務用の冷凍冷蔵庫を持ち込んでいたため、一番端に隔離されていたのであった。
 
 
◆置き去り
 
 当然のように名雪が百花屋の屋台に並んでいる間に、あゆは、「たいやき屋かも知れないぞ」という言葉とともに歩き出した祐一を追って、人込みを掻き分け、たこ焼き屋の屋台まで来てしまっていた。
 
 百花屋の屋台から、あゆの分のイチゴサンデーも買ってきていた名雪をただ一人置き去りにして。
 
 「名雪さんも置いて来ちゃったし」と文句を言うあゆに対して、「あいつのことだ、どうせ人込みの前にまだいるさ。戻るぞ、あゆ」そういって祐一はあゆを人込みの中から連れ出した。
 
 そして、祐一の予言通り、人込みの前で、イチゴサンデーを持ったまま名雪は途方にくれていた。
 
 「酷いよ祐一」名雪が責める。
 「あゆがたいやき屋を見つけたっていって走って行ったから、思わず追いかけてな」と祐一がはぐらかしたが、「うぐぅ…、そんなこと無いもん」というあゆの言葉に加え、「祐一のあとを追っていくあゆちゃんが見えたよ」という名雪の言葉がのしかかる。
 結局は語るに堕ちた祐一であった。
 
 「せっかくあゆちゃんの分も、買って来たのに…」名雪の持っているイチゴサンデーはクリームが溶け、温くなっていそうだった。
 
 「せっかくだから貰うよ」というと、あゆは暑さで変質したイチゴサンデーを食した。
 「どう?」という名雪の問いにあゆは「変わった風味だよ」と言葉を濁して返した。
 「残念…」と名雪は呟いた。
 
 「そういえば祐一、本当にたいやき屋さんがあったの?」と名雪が問う。
 「何でそんなこと聞くんだ」とごまかそうとする祐一。
 「だって二人とも手ぶらで戻ってきたから」と名雪が突っ込む。
 「たこ焼き屋さんだった」とあゆが答える。
 「残念だったね」と名雪が返す。
 「うん」あゆはいかにも残念そうだった。
 
 
◆思案
 
 残念そうなあゆを見て「ね、たこ焼き屋さんにお願いして、たこの代わりに餡子を入れてもらったら、たいやきみたいな味になっていいんじゃないかな?」と名雪が言うと、「そんなことできるの?」とあゆ。
 「花火が始まったら、屋台の所が空くと思うから、そのとき頼んでみたらいいんだよ」名雪はのんきに答える。あゆは「そっか、名案だね」と同調した。
 自分のいとこながらも、名雪の発想の突飛さに呆れる一方、あゆに『名案』なのかと突っ込みたくなる祐一だったが、下手に突っ込めばどうなるものか分かったものではない。
 原因は自分にあるのだから、と突っ込む事を我慢した。
 
 「じゃあ、うちから餡子持ってくるね」そう言って、名雪は家へと駆け出して行った。
 
 やがて花火が始まり、祐一とあゆは二人で、名雪の戻りを待ちながら、次々と打ち上げられる花火に見入っていた。
 他の人々も、屋台で手に入れた飲食物を手に思い思いの場所で花火を見ていた。
 
 この町でも、盆踊りに参加する人々は減少傾向にあり、メインイベントが花火になっていた。
 いわば、この町内の夏祭りは、花火を見ながら屋台で仕入れた夕食を食べる会、となっていた。
 
 「ボクたちって、カップルに見えるかな」突然、そんなことを言い出すあゆ。
 「微妙な所だな」祐一はそう答えた。あゆは7年間の入院生活を続けた後である。
 同年代の女の子よりも体格は小さく、他人から見れば、恋人同士というより兄妹に見えるかもしれないと思ったからだ。
 「そう…」残念そうに俯くあゆ。
 祐一が『他人からどう見えようが、俺達はカップルだ』と言おうした矢先に、「だめだよ祐一、そんなこと言っちゃ」と祐一はいつの間にか戻ってきた名雪に咎められてしまった。
 
 「あれ、名雪さん、いつの間に戻ってきたの」あゆは驚いたように言ったが、「一生懸命走ったからね、祐一がまた変な気を起こさないうちに戻ってこないといけないと思ったから」と平然と答える名雪。
 祐一は仕方なさそうに「酷い言われようだな」と言ってみせた。
 
 
◆実験
 
 「屋台の所も空いてきたみたいだし、たこ焼き屋さんの所に行ってみようよ」という名雪の言葉とともに、祐一たち3人は客が疎らになった屋台へと向かっていた。
 
 「あれ、たこ焼き屋さんってたいやき屋さんがやってたんだ」たこ焼き屋の屋台の前に辿り着いたとき名雪は言った。
 「へぇ、そうなんだ。おじさん、たいやき頼める?」あゆはたこ焼き屋に聞いた。
 「型持ってきてないし、餡子も無いから無理だよ、お嬢ちゃん」当然の答えが返ってきた。
 「そうだぞ、あゆ。わがまま言うもんじゃないぞ。たこ焼き屋さんだって忙しいんだ」祐一が突っ込むと、「いや、お兄さん、忙しくは無いんだが…」と返すたこ焼き屋。
 確かに、たこ焼き屋の前には祐一たち以外の客はいなかった。
 
 入れ替わりに、名雪は家から持ってきた餡子を差し出し、「あの、家から持ってきたんですけど、この餡子を入れて作ってみてもらえますか?」と尋ねた。
 「面白そうだけど、家から持ってきた食材を使ったことが保健所の人にばれたら怒られるから、ちょっと困るんだけど」たこ焼き屋はやや困惑していた。
 
 そこへ、たこ焼き屋と同様に暇を持て余していた甘味屋が声をかけた。
 「面白そうだな、うちの餡子が残りそうなんだけど、そっちで使ってみるか?」売れ残った保存の利かない食材は廃棄しなければならない。
 たこ焼き屋でのやり取りを聞いていた甘味屋は、残った餡子を捨てるよりはたこ焼きに入れてみた方が面白そうだと思っていた。
 
 「ああ、そっちのだったら大丈夫だろう。面白そうだから焼いてみるか」とたこ焼き屋は応じ、4人が様子を見守る中、たこ焼きならぬ餡子焼きを作り始めた。
 
 「試作品だし、取りあえずこれでいいだろう」とたこ焼き屋が言うと、型から試作品を取り出し、プラスチック容器に盛り付けた。
 祐一は「甘いものは苦手なんで」と試食を辞退したが、試食した4人は「意外といけるかも」と言う意見で一致した。そして、あゆと名雪はパクパクと試作された餡子焼きを口に運んでいた。
 
 「名雪さん、もうおなかいっぱいだね」とあゆ、「そうだね」と同調する名雪。「祐一君、ちょっとしか残ってないけど、たいやきみたいで美味しいから食べてごらんよ」とあゆが誘った、それに対して「祐一ってたいやきアレルギーじゃなかったの」と名雪が突っ込む。
 あゆは「あれ、昔はボクと一緒にたいやき食べてたのに、祐一君、たいやきアレルギーになちゃったんだ?」と祐一に問いかけた。
 
 
◆確信
 
 その時、たこ焼き屋の中で引っかかっていた思いが確信に変わった。
 確かにこの子たちは7年前の冬、冬休みの間だけ、毎日のようにたいやきを買いに来て、それ以来、全く来なくなった子ども達だと。
 彼の中では様々な思いが錯綜していた。
 あゆと呼ばれている女の子が木から転落した事故の事、今年の春に意識が戻った事、もしかしたら祐一と呼ばれている青年は、そのためにたいやきが嫌いになってしまったのかもしれないという事…。
 
 「祐一、たいやきアレルギーってうそだったの」と名雪が追求を始める。
 
 「まあまあ、お嬢ちゃん、お兄さんは鯛の形が苦手なのかもしれないし。そうだ、お兄さんこれをたこ焼きだと思って食べて御覧なさいよ」とたこ焼き屋が割って入る。
 
 別にアレルギーがあるわけではないので、そこまで勧められて食べないわけにも行かなくなった祐一は、一個を試食してみた。確かに懐かしいような斬新なような不思議な味がした。
 「甘い物好きじゃないですから偉そうな事はいえませんけど、確かに美味しいですね」と感想を言った。
 
 それから、祭りが始まってから何も口にしていない事、いい加減腹が減ってきていることに祐一は気付いた。
 腹の足しになりそうな物を売っている屋台の中にはそろそろ店仕舞を始める所もあった。
 
 一方、祐一達の様子を見ていたたこ焼き屋は、7年前の子ども達ではないか、と言葉をかけるべきかどうか悩んでいた。しかし、今日は楽しい祭りの日、7年前の惨劇のことを口にするのはためらわれた。
 
 「すいません、たこ焼き1パック下さい」という祐一の言葉に我に帰るたこ焼き屋、手元にあった具材を入れて、素早くたこ焼きを完成させ、青海苔と紅しょうが、そして削り節を添えて、パックに詰めた。
 「腹が減ってたんで助かります」祐一の言葉に「こちらこそ毎度ありがとうございます」とたこ焼き屋は会釈で応じた。
 
 祐一がたこ焼きを受け取ったのを見て「そろそろクライマックスの仕掛け花火だよ、いい場所があるから行こうよ」と名雪は言った。
 祐一とあゆも相槌を打ち、屋台から離れて行こうとしていた。
 
 その頃、たこ焼き屋の胸中で最高潮に達していた『もう、悲しい思いはしたくない』という思いから発せられた「あの、あゆちゃん、もう木に登って落ちちゃだめだよ」というたこ焼き屋の言葉に、「え?」とあゆは一瞬戸惑いを隠せなかった。
 しかし、すぐに名雪の『たこ焼き屋さんってたいやき屋さんがやってたんだ』という言葉を思い出し、7年前の冬休みに通っていたたいやき屋にも悲しい思いをさせていたことに思い至った。
 しかし、お祭り気分を壊さないように「うん気をつけるよ。ありがとう」とだけ返した。
 
 甘味屋は小声で聞いた「彼女があの有名な月宮あゆか?」と。
 たこ焼き屋は頷くだけだった。
 「まあ、いいじゃないか、夏祭りにも来られるくらい元気になったんだから」という言葉を残し、たこ焼き屋の肩をポンと叩いて甘味屋は自分の屋台に戻った。
 たこ焼き屋は『そうだよな』と気分が晴れたような気がした。
 
 
◆エピローグ
 
 祐一たち3人は名雪の言う『いい場所』から、仕掛け花火が点火され次々と火炎の描き出す情景を眺めていた。
 
 祐一はたこ焼きを食べる前に、さっき名雪に咎められた言葉に対するフォローを入れるつもりで、小声であゆに言った「さっきはあんな事言ったけど、誰が何と言おうと、俺達は恋人同士だからな」と、しかし、花火の音にかき消されて聞こえなかったらしく、あゆは「もっと大きな声で言ってよ」と答えた。
 そんなやり取りを繰り返しているうちに段々祐一の声は大きくなり、あゆが「うん、分かったよ」と答えたときには、名雪にも聞こえていた。
 
 「はじめからそう言えばいいのに」と楽しそうに突っ込みを入れる名雪と、赤面するあゆと祐一。
 「誰がどう見ても恋人同士だよ」と追い討ちをかける名雪。
 
 あまりの事にたこ焼きを食べ忘れていた祐一だったが、仕掛け全体に火が回った頃、「もうそろそろ、お祭りも終わりだね」と名雪が言ったとき、祐一は先ほど買った、たこ焼きがそのままだったことを思い出し、たこ焼きを食べ始めた。
 
 紅しょうがの酸味と辛味、削り節と青海苔の香りが食欲をそそる。
 そして、たこ焼きの一つを口にしたとき『甘い』と感じた。
 
 祐一がたこ焼きを頼んだとき、たこ焼き屋の手元にはまだ餡子が残っていたのだった。
 物思いに耽っていたたこ焼き屋は、そのことをすっかり忘れ、たこだと思って餡子を入れてしまっていたのだ。
 
 が、気付いたときには時既に遅し。
 屋台の営業時間は終了していた。
 
 さらに秋子も、友人達と夏祭りに来ており、祭りの後には飲み会に行くことになっていたので、家に帰っても夕食の当ては無かった。
 
 夏祭りの日くらいは、はめを外して楽しんでもらおうという祐一の気遣いからそういうことになったのだが、今日はあまりにも多くの事がありすぎて、コンビニにすら行く気力も残っていなかった祐一には、香ばしい香りのする甘辛いたこ焼き以外に食べるべきものは無かったのである。
 
 そして後にも先にも、このたこ焼きのように仕上げられた餡子焼きを食べたのは祐一だけであったという。


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