夏と夜と風と、そして――

 夜。
 喉の乾きに耐え切れず、俺はベットを抜け出した。
 廊下に出ると、蒸し暑い空気が俺を襲い、早くも俺を後悔させるが――背に腹は変えられぬ、と階段を下りてリビングへ。
 ギシギシと足音をさせながら、たどりついたキッチン。電気をつけ、開けた冷蔵庫。

「――マジ?」

 ジュースも水も、ビールだってなかった。
 何かないかと探してみるが――唯一見つかった料理酒で喉の乾きは潤せない。
 しかし、喉の乾きは耐えられぬ。仕方なく、俺は近くのコンビニへと向かう事にした。













 昼間。
 まるで環境破壊をする人間へのささやかな抵抗、或いは嫌がらせとでも言うように、ひっきりなしに鳴いていた蝉達。
 しかし、深夜に当たる今の時間帯。蝉の鳴き声はどこかに消えて、何となく、夏、という気がしない。
 それでも、空気はジメジメして、服は身体にへばりつく。
 冬も嫌いだけど、やっぱり夏も嫌いだ。
 はぁ、と溜息をつく。大人しく眠っていたほうが良かったかもしれない。
 まぁ、過ぎてしまった事は仕方がないか。溜息をついても涼しくなるわけでもなくて。ここまで来て引き返すのも馬鹿らしい。
 24時間営業、深夜族の味方たるコンビニの自動ドアをくぐると、利きすぎでは?そう疑いたくなるほど冷房が効いていた。
 寧ろ、若干の肌寒さすら感じる。
 まぁ、それも外に出れば懐かしく思うのだろうが。
 店内を物色。眠る前に炭酸飲料を飲むと気持ち悪くなるんで、無難にオレンジジュースでいっか。
 袋はもらわず、購入した印にテープが張られたオレンジジュースのペットボトル。
 店を出て、早速飲む。半分ほど一気に飲んで、ぶらぶらと水瀬家へ帰る。
 途中。
 ぴょこぴょこと。
 なんとなく飛び掛りたくなる衝動に捉えられるかのように揺れるリボンを発見。実は俺猫っぽいんだろうか。
 亜麻色の髪を結うそれは、俺にとっては見慣れてもいる。見慣れていてまだ。
ドク、ドクと。胸が暴れ始める。
 声をかけるとき、緊張せずにはいられない。

「お嬢さんお嬢さん、こんな時間に何処へ行く?」
「はぇ?」

 うむ、的中。
 小首をかしげて振り向くのは、予想通りに佐祐理さん。
 真っ白なワンピースを身にまとう彼女。彼女の肌とワンピースが、夏の夜の闇の中、彼女の存在を際立たせる。
――少し、大袈裟か。

「あ、祐一さんっ」
「おう、祐一さんだぞ」

 お決まりの挨拶。こんばんわ、と頭を下げる佐祐理さんに、俺は片手を上げて応えた。

「で、どうしたんだ?こんな夜中に」
「あはは、唯のお散歩ですよ〜」
「そうは言うけどねぇ。若くて綺麗な女子大生が、真夜中一人で街をぶらついてたらあぶないでしょう」

 お茶らけた口調だけど、心配しているのは本心で。そうですか?と首を傾げる彼女を見て、余計に心配になるのだった。
 ほっとくわけにも行かないし、家まで送る事にする。
 そのまま2人、特に話をするわけでもなく、夏の夜の町を、てくてくと歩いていく。
 相変わらず、空気はジメジメと。
 佐祐理さんのマンションとは、違う方向。何処に行くんだ?と疑問に思ったとき、既に目的地についていたようで、そこは、

「公園?」

 小さな公園。ブランコが一つあるきりの、小さな小さな公園。
 佐祐理さんは、迷うことなくブランコへ。他にはベンチすらないので、俺も続く。

きぃ、きぃ。

 ブランコに座って。

「暑いな〜」
「そうですね」

 俺の愚痴に、律儀に彼女は返事した。あはは、と彼女は笑うけど、それはいつもの微笑とは違い、苦笑。多分、本心だろう。
 ブランコを、時々小さく揺らしながら。唯ぼんやりと空を眺める。星座なんて分からない。分かれば話題にも上るんだろうけど。
 だけど、都会では見えない位の星が、夜空には瞬く。

「ですけど――」

 何が?と聞く前に。

「時々吹く風は、涼しいですよ?」

 さっきの暑い、の続きか。だけど、風なんて吹いたか?
 顔に出たのだろうか。佐祐理さんは微笑んで、そっと瞼を閉じる。俺も、それに習った。
 世界が闇に閉ざされる。闇に閉ざされた世界。しばらく待っていると、

「あ――」
「吹きました?」

 それは、クーラーから吐き出される冷気程涼しくなんてなくて。扇風機から送り出される風ほど強くはない。だけど、それでも。ほんの少しだけ吹いた風は、ほんの少しの涼しさと、夏の匂いを乗せて、吹いた。

「クーラーも涼しいですけど、こういうのも、佐祐理は好きです」
「――そうだな、偶には、こんな夜も、いいもんだな」

 夜空には、満天の星空。時折吹く風は、夏の匂いを乗せて。隣のブランコには、佐祐理さん。
夏と、夜と、風と。それが、ほんの少し好きになって――そして、誰より何より好きな君に。

「なぁ、佐祐理さん?」
「はぇ?」

 今日――今、俺は、告白する。

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