どこまでも続く白い砂浜は親子連れや恋人同士、その他もろもろの多くの人でにぎわっていた。寄せては返す小波と戯れる子供達。その姿を眺めつつ、パラソルの下から動こうとしない大人達。砂で遊ぶカップル、とまあ様々な人間模様を繰り広げている。
突き抜けるような青空には海鳥が舞い、遠くのかなたでは入道雲がそびえたつ。紺碧の海原と砕ける白い波しぶき、吹きぬける風は一瞬のうちに身体を包み込んで通り過ぎていく。
夏真っ盛りの風景がそこにあった。
「どうしたの? 祐一」
「名雪か……」
サンライトイエローのトランクスを穿いた少年、相沢祐一は、寄り添うように隣に座った少女、水瀬名雪に向かって憮然とした様子で口を開いた。
「ここは海で、そこに俺と名雪。これはわかるな?」
「うん」
祐一の言っている意味がよくわからず、綺麗なコバルトブルーのビキニを着た名雪はこくんと首を傾けた。それにつられて赤いリボンで一つに括られた髪がゆれ、ちらりと見える白いうなじが妙になまめかしい。そればかりかその名前が示すとおりの雪のように白い素肌が、夏の日差しを浴びてまぶしいくらいの輝きを放っているかのようだ。
あの冬に色々あり、様々な紆余曲折を経て恋人同士となった二人。その過程を説明するとかくかくしかじかという事になるが、こうして夏を迎えて海へと旅行に来たというのに、祐一があまり嬉しくない様子なので名雪は少し心配していた。
(見るんじゃねえ、こいつは俺のだ)
先程からビーチにいる男共の視線が注がれているというのに、当の名雪はまったく気がついていない。そこが名雪のいいところなんだけどな、と内心呟きつつも周囲に対してにらみを効かせる祐一。
「広がる海原、煌めく砂浜。そこに俺達はやってきたわけだ」
「うん」
せっかく水着も新しいのにしたのに、という女の子らしい不満もあるにはあるのだが、とりあえずそれは表に出さずにうなずく名雪。
「なのになんでお前らまでついてきてるんじゃーっ!」
「失礼ね、相沢くん」
「そんな酷な事はないでしょう」
叫ぶと同時に祐一が振り向いた視線の先にいるのは二人の少女。大人びた黒いビキニと風に揺れるウェーブヘア、軽く胸元で腕を組んで見事なまでのボディラインを誇らしげに披露している美坂香里と、比べるのがかわいそうなくらいスレンダーで、ご丁寧に天野のエムブレムを胸元に着けたスクール水着の天野美汐であった。
「だいたい、この夏の真っ盛りに宿が確保できたのは、誰のおかげだと思ってるの?」
「そうですよ、相沢さん」
「それが余計な事なんじゃーっ!」
再び祐一は怒鳴り声を上げるが、香里と美汐はどこ吹く風で受け流す。もっとも、祐一の方にはこの二人に対して強気になれないという負い目も持ってしまっているのだが。
奇跡は、起きなかった。
というよりも、祐一が名雪への罪悪感のせいか、他のヒロインにあまり関らなかったが故の悲劇ともいえる。
あゆは眠りから覚めないまま天国へ旅立ち。
栞は治療法が確立する前に命を落とし。
真琴は美汐と邂逅した後に姿を消した。
ある意味、奇跡が起きたのは秋子さんだけだったともいえ、そのせいなのかどうなのかはさだかではないが、あの冬以来どうにも祐一はこの二人に苦手意識を持ってしまっているようなのだ。
その結果祐一は、
「相沢く〜ん、あたし今日はチーズケーキと紅茶のセット(税別¥580)ね」
「私は餡蜜(税別¥300)をお願いしますね」
という具合に集られてしまい、そのたびに名雪に借金を重ねると言う日々をすごしているのだった。
まあ、自他共に認める知性派の二人なだけに、ただ祐一に奢らせるのではなく、巧妙にギブアンドテイクを持ちかけてくるので余計に始末におえないのだ。
「……名雪と二人きりで海に来て、日帰りの予定だったのに……」
そう言ってひざを抱える祐一の姿はただただ情けなく、それをかいがいしく宥める名雪の姿だけが妙に目立った。
「あはは〜、楽しんでいますか? みなさ〜ん」
そんなところに、夏の太陽に似つかわしい明るい笑い声が響き渡る。ボン、キュ、ボンという表現が良く似合う、白地に淡いグリーンのギンガムチェックが施されたビキニに同じ模様のロングパレオを腰に巻いた倉田佐祐理と、嬉しいのかどうなのか即座にはわからない能面で、ボボン、キュ、ボンという表現すら追いつかないようなナイスバディを包み込む、切れ込みも大胆な紺色のワンピースの川澄舞がいた。
「あ……」
二人の姿に気がつくと、名雪はさっと駆け寄っていった。
「本日はお招き、ありがとうございます」
「あはは〜、気にしないでいいですよ〜」
ぺこりと頭を下げる名雪に対し、佐祐理はいつもの様子で微笑んだ。
ある意味において、最も奇跡とは縁遠かったのがこの二人なのかもしれない。
舞の能力の暴走は、佐祐理の尽力によって和解という形での終息を見る。実のところ祐一はこの問題に本格的には関っていないので無関係ともいえるのであるが、佐祐理にしてみれば問題を解決する糸口を与えてくれたのは祐一なので、その感謝の意味を込めての海への招待なのだ。
もっとも、祐一にしてみれば名雪と二人きりで海を楽しみたかったので佐祐理のお誘いはありがた迷惑ではあるのだが、本音を言えばこうして美人に囲まれるというのにも悪い気はしておらず、名雪にその事がばれないように内心冷や汗モノだったのだ。
「……あの冬の日……」
不意に佐祐理が静かに口を開いた。
「皆さんの中には、辛く悲しい思いをした人もいる事でしょう……」
その言葉に、大切な家族、大切な友人をなくした香里、名雪、美汐はうつむいてしまう。
「でも、今日はそんな事は忘れて、思いっきり楽しんじゃいましょうっ!」
佐祐理の言葉に、三人は一斉に顔をあげる。確かにいつまでも悲しんだままでは、死んでいった者達も浮かばれない。今をこうして生きている者達が明るく笑いあっている事こそが、なによりも確かな供養となるのだ。
「そうですよね、佐祐理さん」
「そうですよ、祐一さん」
祐一と佐祐理は互いの手と手を握り合い、そして見つめあう瞳と瞳。佐祐理さんの手って柔らかいな〜、と祐一の鼻の下が伸びかけるが、視界の隅で名雪の頬がぷっくりと膨れていくのを見て、あわてて平静を取り繕う。
「それじゃ、早速ですけど祐一さん」
いつもと変わらぬ佐祐理の笑顔。
「佐祐理に、オイルを塗っていただけませんか?」
しかし、今は悪魔の微笑だった。
「オ……オイルですか……?」
その次の瞬間、祐一の両目から滂沱の如く涙があふれ出た。
…夏
…それは身も心も開放的になる季節
…輝く太陽の下
…男女が親密になる季節
「次はあたしにもお願いね、相沢くん」
「私もお願いします」
「祐一、私も」
佐祐理に続いて香里、美汐、舞が次々に名乗りを上げる。出遅れて不機嫌になる名雪を宥めつつ、祐一はせっせとオイル塗りに励むのだった。
「ふい〜」
やっと全員のオイルを塗り終え、祐一は一仕事終えたかのように額の汗をぬぐう。全員の珠玉のお肌を堪能した。手が滑った振りをして胸とかお尻とか色々触った。スキンシップも完璧。もはや祐一に思い残す事はなにもなかった。
「そういえば祐一、まだオイル塗ってないよね」
「ああ」
名雪の声に祐一は短く答える。まあ、えてして男はスキンケアには無頓着なものだ。
「それじゃあさ……」
不意に名雪は祐一の背中に密着してきた。
「名雪……?」
「わたしがオイルを塗ってあげるよ」
そのまま名雪は自分の身体全体を使って祐一にオイルを塗りはじめた。
「うあああああっ!」
思わず祐一の口から叫び声が出る。それは名雪の柔らかい感触が快楽となるが、それに身をゆだねるわけにいかないという苦悩の叫びだった。
「あ、ずるいわよ名雪」
「そうですよ」
「あはは〜、佐祐理も塗ってあげますね〜」
「祐一、私も」
それを見た他の四人も自分の身体を使って祐一にオイルを塗るものだから、もうこれはたまらない。
ムチムチ、モチモチ、プリンプリンという、おそらくはどのような素材を用いても再現が不可能であろう感触が、前後左右から祐一を包み込む。
「うがぁぁぁっ!」
このとき祐一は思う。餅つき機に入れられたもち米の気分はこんな感じなのではないかと。
そして、海に入る前から真っ白に萌え尽きる祐一であった。
ビーチでは名雪、香里組と舞、佐祐理組に分かれてビーチバレーに興じていた。それはいいのだが、使われているビーチボールがRB‐79の形をしているのが不思議である。彼女達の躍動に合わせてたゆんたゆんと揺れる胸、ぷるんぷるんと弾む尻。そして、輝く太ももがビーチの視線を独占していた。そんな四人の風景を横目で眺めつつ、祐一はさるやんごとなき事情のために身動きの取れなくなった我が身の不幸を呪っていた。
「大丈夫ですか? 相沢さん」
「天野か……」
祐一は先程まで、俺〜のムスコは爆発寸前〜♪ と水木一郎のように歌いたくなるぐらいいきり立っていた分身が沈静化したのを確認すると、そっと身を起こして美汐からよく冷えたコーラを受け取った。
「夏だな……」
「そうですね」
これで風鈴の音色が響けばよい雰囲気になるのかもしれないが、意外な声が祐一達の背後からかかった。
「……くる……」
その声に振り向いてみると、褐色に日焼けした肌に人生の年輪を顔に刻んだ老人が、なにかにおびえるようにしわがれた声を出していた。
「くるって、なにがだ? 爺さん」
「ビッグウェンズディ……」
「ビッグウェンズディ?」
なんだそれは、と祐一が訊き返そうとした、そのときだった。
突如として鳴り響いた大音響と共に、人々の悲鳴が地に満ちる。蜂の巣をつついたような大騒ぎの中で、クモの子を散らすように人々が逃げだしていく中、祐一は見た。
「な……なんだあれは……」
かなたに見える入道雲よりも巨大で、わかめのような白銀のウェーブヘアに砕ける白い波しぶきをイメージしたであろうホワイトプリム。紺碧の海のような深い青色のパフスリーブから覗く華奢な白い手に、白い波頭をイメージしたであろうフリルをふんだんにあしらったエプロンドレス。そして、ふわりと広がるスカートの裾から覗く白いペチコートに、黒いオーバーニーソックスをも完備したゴスロリ風のメイド服に身を包んだ少女の姿を。
「オトコナンテーッ!」
ソプラノをはるかに超えた金切り声のような咆哮が鳴り響き、彼女の付近にあった海の家や貸しボート屋、貸し浮き袋屋などのお店が次々に破壊されてゆく。
「あれはビッグウェンズディ。身長は423センチ、体重は120キロ……」
「天野……?」
突然解説をはじめた美汐の姿に、驚く祐一。だが、美汐はそんな事は気にせず、淡々と解説を続ける。
「夏の海辺で恋に落ち、そのままあっさりと振られた少女の怨念があのような形に……」
「お〜い、天野?」
「彼女はなによりも優柔不断な男とナンパな男を嫌うと言います」
「なぜ俺を見る?」
「どうしてでしょうね」
そう言って微笑む美汐の笑顔は、どこか小悪魔チックに見えた。
「大変だよ、祐一〜っ!」
名雪の声に、祐一はふと我に帰る。見ると名雪が大きな胸を盛大に揺らして駆け寄ってくるところだ。
「このままだと、ビーチがめちゃくちゃになっちゃうよ」
「いや、そんな事言われてもな」
「こうなったら、アレをやるしかないよ」
「アレか……」
唐突ではあるが、水瀬名雪は魔法少女である。母の命を救うため、その命を散らした友を想う名雪の穢れなき純真な心が奇跡を呼んだ。
水瀬名雪は奇跡の申し子相沢祐一がその身に宿す奇跡の因子、ミラクルスペルマをその身体(の奥)で受ける事により、奇跡と愛の魔法少女に転身するのだ。
ちゃっちゃっちゃ〜らら〜らら〜♪(テーマソング)
奇跡のパワー 名雪のパワー
そして最後は 祐一のパワー
全て備えた 新しいヒロイン
君を待ってた スーパーミラクルヒロイン
その名は アユアユ 君は奇跡の天使
飛びたて アユアユ 奴らの迫る大空へ
煌めく地球 救うのは君だ
パワー集めろ フォースに変えろ
スーパーアユアユ ミラクルガッツ
「奇跡と愛の魔法少女、奇跡転身スーパーアユアユ」
スーパーアユアユに奇跡転身した名雪は極端な言い方をしてしまうと、あの冬に命を落とした少女、月宮あゆに転身するのだ。そのせいか、元々のナイスバディが、見る影もなく小さくなっている。
「そこまでだよ、ビッグウェンズディ!」
ミトンをはめた手で、スーパーアユアユはびしっと指をさす。それはいいのだが、この夏場にダッフルコートというのは少々暑苦しくないだろうか。
「くらえっ! ミラクルスパーク!」
「タイダルウェイブ」
あゆの手から放たれたミラクルスパークの光線がまっすぐビッグウェンズディに伸びていくが、ビッグウェンズディの放ったタイダルウェイブの大津波によって、光線はプリズムを通ったかのように散らされてしまう。
「うぐぅ〜っ!」
そしてビッグウェンズディのタイダルウェイブは、容赦なくスーパーアユアユに襲いかかるのだった。
「あゆ〜っ!」
「このままじゃスーパーアユアユが危ないわ、相沢くん」
「香里?」
「こうなったら、あたし達もやるしかないわね、アレを……」
「アレか……」
唐突であるが、美坂香里は魔法少女である。(以下略)
ちゃ〜ちゃちゃちゃちゃっちゃちゃ〜♪(テーマソング)
誰もが知ってる 奇跡のヒロイン
光か疾風か音か 今萌える
緑の地球を 汚した奴らは
決して許しておけないと ウルトラシオリン
この世のルールを 乱した奴らは
宇宙の果てまで運び去る ウルトラシオリン
「奇跡と友情の魔法少女、奇跡転身ウルトラシオリン」
ウルトラシオリンに奇跡転身した美坂香里は、あの冬の日に命を落とした妹、美坂栞に転身する。あゆに転身する名雪と同じく、香里のナイスバディはもはや見る影もない。それはともかくとして、この夏場にチェックのストールは少々暑苦しいのではないだろうか。
「そんな事いう人嫌いです」
「タイダルウェイブ」
ビッグウェンズディの放つ第二波が、容赦なくスーパーアユアユに襲いかかる。
「まずいよ、このままだとやられちゃうよ」
そして、タイダルウェイブがスーパーアユアユを飲み込もうとしたその刹那。
「ミラクルストール、リフレクト!」
ウルトラシオリンが振り回したミラクルストールにタイダルウェイブは跳ね返された。
「きてくれたんだね、栞ちゃ……じゃなかった、ウルトラシオリン」
「大丈夫でしたか、あゆさ……じゃなくて、スーパーアユアユ」
お互いに変身後は本名を呼ばないというお約束を忘れかけており、あわてて言い直す二人。
「さあ、戦いはこれからですよ」
「そうだね」
ウルトラシオリンの援護により、相手の攻撃を跳ね返せるようにはなったが、いまだ不利な状況である事に変わりはなかった。
「今のままでは不利です、相沢さん」
「いや、そうは言っても連続は流石に……」
「そんな酷な事はないでしょう。さあ、私達もアレを」
「アレね……」
唐突ではあるが、天野美汐は魔法少女である。(以下略)
ちゃらっちゃ〜ちゃらっちゃ〜♪(テーマソング)
上がるボルテージ グレートダッシュ グレートダッシュ
決めてやる 一撃KO
正義のミラクル グレートダッシュ グレートダッシュ
いつだって 信じているわ
平和な街 守り抜くの
未来のために
どんな悪い奴も 許さない
合体開始だ 一つになって
倒せ 炎の中
無敵のパワーが 爆発するぜ
電光石火の グレート
戦闘開始だ 力の限り
吹けよ 奇跡の風
チャンスを逃すな 必殺技だ
超高速だぜ グレートマコピー
「奇跡と正義の魔法少女、奇跡転身グレートマコピー!」
グレートマコピーに奇跡転身した天野美汐は、あの冬に奇跡を残して消えた少女、沢渡真琴の姿に変わる。まったくの余談だが、転身後に体格が向上するのは彼女一人なのだ。
「そんな酷な事はないでしょう」
さて、一方スーパーアユアユ達は、ビッグウェンズディを相手に苦戦していた。なにしろ相手は水の怪物、スーパーアユアユの放つ光線はショールのような水の防御壁によって歪められてしまい、ウルトラシオリンも相手の攻撃を跳ね返すだけで精一杯なのだ。
「待たせたわね〜」
「グレートマコピー」
「きてくれたんですね」
表面上は温かく迎える二人であったが、その胸中では祐一くん(さん)の浮気者、と呟いていた。
「グレートマコピーがきたからにはもう安心よぅ。くらえっ! ミラクルファイアー!」
グレートマコピーの放った炎の弾が、ビッグウェンズディめがけてまっすぐに突き進む。だが、それはビッグウェンズディの纏っている水の防御壁によってかき消されてしまった。
「どうしてなのよぅっ!」
「そりゃあ、相手は水の怪物だし……」
「火の魔法が効くはずありませんよね……」
「あう〜……」
仲間は増えても、戦局は有利にならないミラクルヒロインズであった。
「祐一さん、こうなったら佐祐理達もアレを……」
「いや、流石にこれ以上は……」
「あはは〜、お姉さんにお任せですよ〜」
「ぬあぁぁぁぁっ!」
唐突ではあるが、倉田佐祐理は魔法少女である。(以下略)
ちゃちゃちゃんちゃんちゃんちゃん♪(テーマソング)
荒れ狂う嵐 飛び越えて
やっと会える もっと萌える
勇気あわせ 我武者羅に
希望はいつでも ぼくらを照らすよ
守ってみせる 明日を信じて
大きな悪を蹴散らせ キングオブカズヤ!
今こそパワー全開 萌え上がるよ
愛と夢を守るため キングオブカズヤ!
それ行け レディゴー!
奇跡転身 キングオブカズヤ
「奇跡と勇気の魔法少年、奇跡転身キングオブカズヤ!」
キングオブカズヤに奇跡転身した佐祐理は、若くしてこの世を去った弟、倉田一弥の姿に変わる。この場合の彼女は魔法少女ではなく、魔法少年となるのだ。
「あう〜、どうしたらいいのよぅっ!」
得意の魔法は一切効かず、そればかりか戦況も次第に不利となっていく。グレートマコピーが叫んだ、丁度そのときだった。
「ウォーターガン、ミラクルシュート!」
突如として飛来した水の弾が、ビッグウェンズディの巨体を海中に転ばせる。
「キングオブカズヤ!」
「きてくれたんですね」
「あう〜、おっそいわよぅ」
「すみません、皆さん」
きてくれた事を感謝するもの、会うなり口を尖らせるものなど反応は様々であるが、唯一の男の子であるキングオブカズヤの参戦は、ミラクルヒロインズにとって頼もしい事だ。なにしろ男の子なだけあって、一人だけ立派な銃を持っている。
「さあ、きますよ。皆さん……」
見るとビッグウェンズディは怒りの形相で立ち上がり、ソプラノをはるかに超えた金切り声を上げているところだ。
「……祐一」
「あのな、舞。流石にこれ以上は……」
……ちゃきっ!
「わかった! わかりましたっ!」
唐突ではあるが、川澄舞は魔法少女である。(以下略)
ちゃかちゃかちゃっちゃかちゃかちゃっ♪(テーマソング)
変わるんだ変わるんだ ミラクルヒロインに
イクぞ奇跡転身 ゴッドマイタン
明日に夢を見る 女の子の心
踏みにじるのか汚すのか 悪の大魔王
お前だけ憎んだ お前だけ愛せない
怪しげな影を 断ち切るぞ
風を切って飛びたて ミラクルヒロインズ
戦う戦う舞台は 大空だ
平和を呼んで 未来に萌えて
イクぞ奇跡転身 ゴッドマイタン
「奇跡と力の魔法少女、奇跡転身ゴッドマイタン!」
ゴッドマイタンに奇跡転身した川澄舞は、頭にウサギ耳のカチューシャをつけた十歳くらいの女の子に姿を変える。それはいいのだが、あのナイスなバディが見る影もなくぺったんこになるのは少々問題があるような。
「そこ、うっさい!」
「みんな〜、お待たせ〜」
「ゴッドマイタン!」
「きてくれたんですね」
「あう〜、おっそいわよぅ」
「これで全員そろいましたね」
今ここに五人の魔法少女、一人は男の子だが、ミラクルヒロインズが全員集結した。
「あいつはあたしに任せて。いけ〜、不可視の衝撃、ミラクルスラッシュ!」
ゴッドマイタンの手刀から繰り出される風の刃が、ビッグウェンズディの纏っている水の防御壁を切り裂いてダメージを与える。
「やったぁ!」
キングオブカズヤが快哉を上げるが、それとは対照的にゴッドマイタンは苦しそうだ。
「大丈夫ですか? ゴッドマイタン」
「あは……どうやら時間切れみたい……」
ここで、ディスプレイを眺めている読者に説明しないといけない。
スーパーアユアユ達ミラクルヒロインズが奇跡転身していられる時間は、相沢祐一より受けたミラクルスペルマの濃さと量に比例する。
つまり、奇跡転身するのが後になればなるほど、転身継続時間は短くなってしまうのだ。
「スーパーアユアユ……」
「なに? ゴッドマイタン」
スーパーアユアユは力なく差し出されたゴッドマイタンの手を優しく握る。
「あたし、もうだめみたい……。だから、スーパーアユアユ、あたしの力を使って。そして、あいつを倒して……」
「ゴッドマイタン……」
「どうやら僕も限界みたいです。ですから残りの力はスーパーアユアユ、あなたが使ってください」
「キングオブカズヤ……」
「しょうがないわねぇ、グレートマコピーの力も貸してあげるわ」
「グレートマコピー……」
「私もそろそろ限界のようです。後の事はスーパーアユアユに託します」
「ウルトラシオリン……」
スーパーアユアユは自分の身体の奥から、熱くみなぎる力がわきあがってくるのを感じた。それは愛の力。祐一を愛するみんなの力だ。
「ありがとう、みんな……」
スーパーアユアユは涙がこぼれそうな瞳で、ビッグウェンズディをにらみつけた。
「いくよっ! みんなの力を一つに集めて、ボクのミラクルパワーよ、奇跡を起こしてっ!」
するとスーパーアユアユの身体から、まばゆい光があふれ出した。
「スーパーアユアユ、ミラクルガーッツ!」
五人の想いが一つになったスーパーアユアユのミラクルパワーによる体当たりは、ビッグウェンズディの水の防御壁を打ち破り、一気にその身体を突き抜けた。
「!!!!!!!!!!」
言葉にならない耳障りな金切り声を上げ、ビッグウェンズディは光のかなたに姿を消した。
かくして、戦いは終わった。ビーチは再び、平和な姿を取り戻したのだ。
「凄い敵だったわね」
「うん、そうだね」
水平線の彼方へと沈みゆく紅い夕日を見つめながら、香里は名雪と短く言葉を交し合う。戦いを終えた少女達の頬の色艶がいいのは、この夕日の照り返しばかりではないようだ。
「でも、これで終わりとは思えません」
「そうですね、また第二第三のビッグウェンズディが現れないとは限りませんからね〜」
冷静な様子の美汐の声に、佐祐理が能天気に相槌をうつ。
「……そのときは……ぽっ」
こうして五人の少女達の心、愛と友情と正義と勇気と力は一つに結ばれるのだった。
「……勘弁してください……」
その足元で精も根も尽き果て、ミイラになって横たわる祐一の呟きだけが、吹きぬける風にかき消され、虚しい響きとなって消えていく。
そんな、ある夏のひと時であった。
感想
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