そこに彼女がいなかったから
心臓を鷲掴みにされ、振り回されているような痛みが襲っていた。
痛みをこらえながら、机の中にしまってある頓服を取り出して、そのまま飲み込む。
本当は身体に良くないのだが、私の身体に関して言えば今更だろう。
今月に入ってからは、ほぼ毎日のように一日に数回頓服を飲んでいる。もう残り時間も本当に僅かなんだろう。
いつものように羽織っていたストールをぎゅっとつかみ、痛みをやり過ごす。
その痛みが消えたとき、ストールを握りしめた手は真っ白になっていた。
一息ついたとき、不意にコンコンとノックの音が聞こえた。
その音にどうぞと返事をしたが、それに対しての返事は帰ってこなかったし、部屋のドアも開かなかった。
しばらくして、私の耳に小さく、でも、はっきりとお姉ちゃんの声が届いた。
「話したから。相沢君に」
「え?」
その言葉に慌ててドアを開けるけれど、お姉ちゃんはもう自分の部屋に入った後だった。
明々とした廊下の電灯が、何故だかすごく眩しく感じた。
ベッドの上に座り、ぼんやりとお姉ちゃんの言ったことを考える。
お姉ちゃんは確かに言った。祐一さんに話したと。
なにを話したのか。それはきっと、私が祐一さんに伝えなかったこと。
私が重い病気で、今度の誕生日まで生きることができないと言われたこと。
わざわざ私に言うということから考えても、それ以外には思いつかなかった。
明日から祐一さんにどういう顔をして逢ったらいいのだろう? そう思って、私は一人苦笑した。
もう、祐一さんと逢うことなどないのだから。先日、祐一さんの優しい言葉を拒絶して、帰ってきたのだから。
そう思うと何故か、視界がぐにゃりと歪んだ。
目から流れそうになるものをこぼさないように、私は上を向いた。
最期は家族といたいから。お医者さんにそう言って病院を出てきた。
でも、私の望んでいた家族はすでに無くなっていた。
お母さんもお父さんも私の看護に疲れ切っていたし、お姉ちゃんはあの日以来口を聞いてくれなかった。
家族の中でこんな寂しい想いをするくらいなら。そう思ってあの日、コンビニにカッターナイフを買いに行った。
そして、祐一さんとあゆさんに出会った。
あの出会いがなかったら、そして、祐一さんと学校の中庭で再会しなかったら、私はもう生きていなかっただろう。
家族と一緒にいることがこんなにも寂しいのなら、最期は祐一さんと……先週まではそう思っていた。
でも、もうそれすらも叶わない。その願いを絶ちきったのは私自身だ。
祐一さんの言葉が優しすぎて………。
だから、私は祐一さんを拒絶した。これ以上一緒にいたら祐一さんを傷つけてしまうから。
夢はまた叶わなかった。
お姉ちゃんと一緒に学校に行ったり、祐一さんと一緒に放課後の商店街を歩いたり、お姉ちゃんと祐一さんと私と、みんなで仲良くお弁当を食べたり……。
今の私には、そんな些細な夢を見ることすら許されていなかった。
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