――――この俺様の名は相沢祐一。
あーあー。この俺様はいま現在、華音学園という処で栄えある二年生をやっている。
そこは幼等舎から大学部まで、そのまま無受験でパスできると言う、いわゆるエスカレーター方式の学校だ。一度入ってしまえば、その後の人生の安泰は約束されたも同然。
つまり俺様は、俗に言うエリート候補生様という大層な御身分なのだ。
まぁ自伝を語り明かせばキリがない。俺様の自己紹介はこれくらいにしておいてやろう。
……あぁ、念のために書いておいてやるが。
こうしてこの日、先に記したような輝かしい経歴を持ち、且つ栄光ある人生を歩むコトが確定している、やんごとなきこの俺様という存在を知るコトとなったと言えども。
諸君らは決して、この俺様に対し畏まったり、萎縮したりなどはしないで欲しい。なぜならば、この俺様は至って寛大であるのだからだ。
もし万が一、街の何処かでこの俺様と出会う幸運に恵まれた暁には、平身低頭ではなく、諸君らのよきにはからうがいい。――あぁ、何と言ったっけか。そうだ無礼講だ。無礼講。
まったく何の遠慮もいらない。是非、普段通りの挨拶をするよう心掛けて欲しい。
さて、そろそろ本題に移るとしよう。
諸君らには恐らく解らん悩みだろうが。この俺様ほどにもなると、退屈な余暇の過ごし方に関してはかえって窮するモノだ。
そこでほんの戯れの一環とし、厄介になっている家で居候をしている、とある女狐の生態について。
これを観察日記と称し、この一冊の日記帳に書き記すコトとした。
いつの日か、この日記帳を紐解く諸君らには。
世の中とは狭いようで、なかなかこのような珍妙奇怪な生物がいるモノだと。
そういうスタンスで読み進めてもらえれば大変嬉しい限りである。
以上だ。
女狐観察日記
――――○月○日。
俺様は水瀬家の家主である秋子さんにおつかいを頼まれ、商店街へと買い物に出向いていた。
まったく。こっちはゲームをしていて忙しいというのに。
だが下宿先である水瀬家の家主。秋子さんからのたっての頼みであり、かつ宿飯の世話になっている以上、俺様はその頼みを聞く他ない。
おそれ多くもこの俺様の隣を歩き、行動を共にするのはその秋子さんの実の娘である水瀬名雪。
表向きは俺様の血縁の従姉妹というコトになっているが、その実態は俺様の栄えある奴隷第一号だ。
そのおっとりとした外見や仕草は、まぁ微々たるモノだが俺様の疲れた心の癒しに一役買っている。
加えて何にでもすぐ気が付くし、どんな命令だってきちんと聞いてくれる。
ただ天然が入っているのでそれほど使えないが。それを責め、つっついた時の反応もまた可愛いので良しとしている。
幼い頃は、俺様にとってただのパシリに過ぎなかった名雪だが。
つい先日のコトだ。7年ぶりに再会を果たした日のコト。
見違えるように成長していた名雪の姿に、さすがの俺様も驚きを隠せなかった。
よくぞこの俺様の為にここまで女を磨き上げてくれたと、その健気さには感動すら覚えたものだ。
そこで俺様はその功労を認め、正式に名雪をただのパシリから奴隷へと格上げしてやることにしたのである。
「また祐一と一緒に暮らせるんだ。うれしいよー♪」
名雪は、再びこの俺様に誠心誠意尽くせる名誉を授かったコトをいたく喜んでいた。
これこそ主君たる者の誉れ。俺様は胸がすく思いだった。
昼間は俺様の身の回りの世話をさせたり、こうして野暮用につき合わせたりと。まぁまぁ重宝している。
そして夜は存分にその身体を……いかんヨダレが。
ちなみに目下二人きりでいる時は、俺様のコトをご主人様と呼ばせるようにしている。
こうして俺様たちが並んで商店街を歩くと、そこらで店を営むおじさんおばさん共からまるでカップルの様に持て囃されるが、それはまったくとんでもない話だ。
どこの世界に、奴隷如きに愛が芽生えるご主人様がいるというのだ?
如何に連中が恥を憚らぬ無知蒙昧の輩だとはいえ、それにもやはり限度というモノがある。
俺様はこいつら全員を侮辱罪で告発したい気分だった。
「よしメモに書かれた物は粗方買い込めたな。じゃあここから先は、荷物をお前ひとりで持て」
「もぉ。祐一のいじわる~~!!」
買い物が済むや、俺様は名雪に買い物袋をポンと手渡す。
名雪からやや不満の声が漏れるが、寛大な俺様はその程度のコトで可愛い奴隷を咎めたりはしない。
まぁ結構物を買い込んだからな。多少重いのは致し方ない。
買い物袋を重そうに抱える名雪は、さっきからずっと泣き言をうーうー繰り返している。
何を言うか。お前は俺様の奴隷なのだから、俺様からの命令は絶対じゃないか。
「――――待ちなさいよっ!」
背後から突然のコトだ。
まったりと悠々自適に帰り道を歩く俺様達を、生意気にも呼び止める声が聞こえる。
変質者と思い、最初は無視を決め込むことにしたが、だんだんと呼び止める声が大きくなってくるではないか。
なおも無視を続けていると、呼び止める声が今度は次第に声がすすり泣くような声に変わってきたので流石に可哀想に思い、俺様は仕方なく振り向いてやることにした。
そこに立っていたのは、ボロを纏った人影がひとつ。
現れるやそいつは、何を思い上がったのか。いきなり好戦的になり、宣戦布告をしてくるではないか。
「――――ゆるさない。あんたのコトだけは、ゼッタイ」
出遭い頭の復讐宣言。……この俺様のコトを許さないだと?
許さないも何も、むしろ俺様が貴様のような存在を許せない気分だ。
名雪のコトを楽しくいじめるコトが出来、とてもイイ気分を満喫していたというのに。
それなのにこれでは、折角のまったりとした時間が台無しだ。
そもそも。俺様はこんなボロから恨まれるようなコトをしたのだろうか。
善良で清く正しく。がモットーなこの俺様にはまったく覚えがない。
いやひょっとしたら、俺様のあまりの品行方正、あまりの清廉潔白さに、俺様のまったくあずかり知らぬ所で誰かの恨みを買ってしまっていたのかもしれない。うむ、それならば充分ありえる話だ。至極納得ができる。
しかしながら。この俺様に向かって、いけしゃあしゃあと生意気な口を叩くコイツは一体何様のつもりでいるのか。ひょっとしたら頭の中に何か湧いているのだろうか? いやそうに違いない。そうでなければ説明がつかない。
「やああぁぁぁ――――っっ!!!!」
俺様がこのボロの頭の中身を憂慮してやっていると。
理不尽にもボロが突然襲い掛かり、俺様の頭めがけてポカポカと攻撃を仕掛けてきた。
おいコラ待て待てやめんか貴様。このエリート候補生様である俺様の優秀な脳細胞が、例えほんの僅かでも損傷してしまったら、世界にとってどれだけの損害になると思っているんだ? 下手をすれば、貴様ひとりで責任を取れる問題では済まなくなってしまうんだぞ。
俺様は不意に腕を伸ばし、コイツの頭をぐいっと抑えつける。
どうやら俺様の腕のほうが圧倒的にリーチが長く、ボロはぶんぶんと両腕を振り回しているようだが、頭を抑えつけるコトでパンチの一発も届かなくなった。――――やれやれ。俺様は深く溜め息をついた。
俺様は、こんな商店街のド真ん中で白昼堂々と狼藉を働く輩の顔でも見てやろうと思い、その薄汚い布切れを一息に剥ぎ取った。
すると中から出てきたのは、まずまずの美少女の顔。
線のハッキリした利発そうな瞳。さらさらと風に乗って靡くツインテールが印象的だった。
スポーツか何かをしているのか、引き締められた健康的なボディライン。こいつは将来美人になるだろう。
あんなボロから、このような可憐な美少女が現れるなんて。世の中絶対に間違っている。
しかーし。だからと言って、それでこの俺様に因縁を吹っかけてきたという事実を差し引きにするコトなど出来ない。
否。そのような瑣末などと決め付けるなかれ。
こういう手合いはちょっとでも甘い顔をしてやれば必ず図に乗る。
たった一度でも甘えを許し、弱みを見せてしまえば、次から次へと何かを要求してくるようになる。
そしてその事実は噂となって尾ヒレがついて広まり、ひいては俺様の沽券に関わる事態にまで発展してしまうかもしれない。
つまり、悪の根はすかさず断ち切ってしまうに限るのだ。
俺様はすかさずコイツの首根っこを引っ掴んで、警察に突き出そうと決めた。
「あぅ……あたし、なにも悪いコトしてないのに――――」
なんて図々しいヤツだ。さっきこの俺様に向かってあれほどの狼藉を働いたじゃないか。世が世なら、即銃殺モノだぞ。
しばらくしていると、生意気にもこの小娘は泣き出した。その場にぺたんと座り込み、わんわんと声をあげて涙を流す。
じろじろじろじろ。通りがかった連中から何やら白い視線が突き刺さる。
こ、この卑怯者め……この期に及んで泣き落としを使うとは。しかもこんな公衆の面前で。なんて往生際の悪いメスガキなんだ。
顔を腫らして泣きわめく性質の悪いメスガキを、名雪がよしよしと宥めている。ちっ名雪め。余計なコトをしやがって。これでは俺様がまるで悪者みたいじゃないか。
「だ、だってあたし。どうしてもコイツが許せないって思ったんだもんっ――――!!」
だから。この品行方正にして清廉潔白を絵に描いたようなこの俺様のドコが、そんなに許せないと言うんだ。
いい加減にしろよ。本当に。
おい名雪。そこで「わかるよわかるよ」などと言うな。しかも追い討ちをかけるようにジト目で見てきやがる。おかげですっかり形勢逆転じゃないか。いつからこの世の中は、あんな極悪人ばかりがいい目を見て、俺様のような善良な人間がバカを見る世の中になってしまったんだ。しかもこのメスガキを家に連れて行くって方向に話が進んでいるし。やれやれだなまったく。
仕方なしに俺様はこの生意気なメスガキを連れ、水瀬家に戻るコトにした。
――――そして、水瀬家の家族会議。
会議の中。
事もあろうにコイツは、記憶喪失で自分の名前も帰る家も解らないなどとほざきやがった。
そこで俺様は、このメスガキがいかに凶暴で悪辣でとんでもないイキモノであるかを秋子さんに説いた。
しかし秋子さんは複雑そうな顔をするだけで、到底聞き入れてくれそうにない。
名雪だって商店街で見たはずだ。あの見た目に似合わぬ一触即発。鎖にでも繋いでなければ、いつまた暴れだすかもわからない獰猛さ加減。
それを――記憶を取り戻すまで、水瀬家の居候として迎え入れるだと?
いったい何を考えているんだ。こんな危険なヤツを家に迎え入れるなんて、家の中で猛獣を飼うようなモノじゃないか。
反対、反対。反対反対反対反対。そのような暴挙。なにがあっても絶対反対だ。
そうだ確か物置に昔使っていた犬小屋があったはずだ。あれで鎖に繋いで寝泊りさせるなら家で飼ってもきっと安全だろう。と俺様は提案した。
だがその申し出はあっさり却下された。
――――まぁ百歩譲ったとして。コイツを居候として家に迎え入れるにしてもだ。コイツを呼ぶ時の名前がないと色々と不便だな。よし、特別にこの俺様が名前をつけてやるコトにするか。
うーん。ポチ、タマ、でもないし。妲己、羅刹、鬼女郎、魑魅魍魎、でもまた何処か違う感じだ。
しばらく考えてみてふと閃いた。コイツを呼ぶのに一番しっくり来る名前。
“殺村凶子”――――これだ。
あの商店街での顛末。とてもマトモな神経を持った人間の振る舞いとは思えない、不埒な行動の数々。
凶悪にもこの俺様を待ち伏せ、背後から忍び寄っては狙い討ちにし、拳でめった打ちにしようとしたり、噛み付き、引っかき、あまつさえ「許さない」とほざいて命までをも奪おうとしてきた。まったく手の施しようのない真性のキ○ガイ。だから俺様はコイツをこれからそう呼ぶように提案するとしよう。
だがコイツは、俺様の提案よりも先に口をついた。
「あぅ……あたし、沢渡真琴…………」
それは人間の名前だ。
「よかった、自分の名前を思い出せたんだね」
「おめでとう、真琴ちゃん」
だからそれは人間の名前だと言うに。
名雪も秋子さんも、このメスガキが自分の名前を思い出せたコトに大喜びしているようだった。まったく。殺村凶子の方がコイツの名前としてしっくりくるだろうが。
もし貴様の名前が本当に沢渡真琴だとしたら、一番最初に言っていた記憶喪失という設定はどうなるのだ。
どうして帰る家さえ思い出せないのに、自分の名前だけは都合よく思い出せるのだ。
そんなの、体良く家に居座ろうとする魂胆が見え見えじゃないか。
貴様のネタはあがっておるのだ大人しくお縄につけい。ええい寄るな寄るな寄らば斬る。
おのれ名雪め。この俺様の意見に対して「かわいそうだよ」などと口答えをのたまうとは。
名雪は後で折檻の刑にしなければなるまい。
だが俺様のそんな必死の説得も虚しく。家主である秋子さんの超必殺『了承』によって、議題は僅か一秒で決着してしまった。
するとコイツはわーいわーいと諸手を挙げて喜んでいやがる。なんて白々しいヤツだ。
初めからこうなるコトを計算していやがったのか。だとしたらコイツは相当な策士、いや女狐だ。
これからはコイツを女狐と呼ぶコトにしてやる。ありがたく思え。
この一件により。こいつの第一印象を変質者から女狐へと、否応なく改めざるを得なくなったわけだ。
――――今夜は女狐の歓迎パーティーを兼ねた夕食会。
テーブルに出された料理はこれまた豪勢だった。流石は秋子さんと言わざるを得ない。
しかしこんな女狐に。しかも居候の分際で。いくら歓迎会を兼ねているとはいえ、人間の食べ物を与えるなんて贅沢過ぎる。
女狐の食事なんて、ドッグフードで充分じゃないか。と言うことを秋子さんに伝えたら、「それなら明日から祐一さんのご飯をドッグフードに変えますよ」と秋子さんに素で言われたので、俺様はこれ以上の追及をやめた。
「おいしい! 秋子さんの手料理ってさいこー!!」
「まあ真琴ったら。ありがとう」
与えられたエサを美味そうに食べる女狐。なんて幸せそうな顔をしてやがるんだ。
なんか無性に腹が立つぞ。思わず握り拳をしてしまうこの俺様。
「ご主人様。あーんして?」
そんな時。奴隷第一号である名雪が、俺様に向かってあーんをしてくる。……ふふん、仕方のないヤツめ。
俺様は口を開け、名雪がフォークで取ってくれた物をゆっくりと咀嚼する。
んぐんぐ――――。
「ご主人様。ねぇ、おいしい?」
「ああ、まあまあの出来だな」
「よかった。このビーフストロガノフって。わたしが心を籠めて作ったんだよ?」
……ほう。名雪ごときに料理の才能があったとは驚きだ。まぁ俺様の奴隷として、それくらいのコトはなくてはな。
ある意味当然とは言えるが。
しかし名雪のそんな優しい気遣いに、俺様は幾分か気を良くするコトが出来たのもまた事実だ。
――――歓迎会も終わって。俺様は部屋の中でゆったりくつろいでいた。
さて、念願のラスボスもやっとのコトで攻略したし、ちょっと疲れたので飲み物でも取りに行こうかなと思い、階段を降りていくと――――なんと階段を降りたすぐの所で、すっぽんぽんのまま廊下に突っ立っている女狐に遭遇した。
「――っきゃぁあああっっっ!!!?」
突然耳をつんざくような叫び声をあげる女狐。こっちがきゃーと叫びたいわ。この女狐が。
まったく。碌にバスタオルも巻かず、風呂でもない場所で勝手にすっぽんぽんになっておいて、何を喚いていやがる。
やがて叫び声を聞きつけ、秋子さんと名雪が慌てて駆けつけてきた。
「そんなご主人さ、祐一にはわたしがいるのに…………うわぁ」
バスタオルを巻きなおした女狐と俺様の姿を目にした途端、顔を真っ赤にさせてやがる名雪。
両手でそんなあからさまに顔を隠すな顔を。
「あらまあ三人とも仲が良いわね。お邪魔だったかしら」
秋子さん……それは家主が言う科白じゃないでしょうが。
――――。
――――。
――――。
――――かいつまんで事情を説明させてみると、事の顛末はこうだ。
女狐はさっき風呂に入っていた時。悪戯けて風呂の栓を抜いてしまったらしく、浴槽からあっという間にお湯が抜けてしまった。それでシャワーの蛇口を捻ったら冷たい水が勢いよく出てきたので、ビックリして風呂場を飛び出した。と。そういうコトらしい。まったく人騒がせな。
大方の事情がわかった所で解散になり、家族が全員さっきまで居た場所へと戻っていった。俺様も台所に向かおうとしたら、名雪が俺様に向かってチラチラと視線を投げているのを感じた。まったく何がしたいんだアイツは。
それから再び浴槽に湯が張られるまでの間。女狐はバスタオル一枚を巻いたまま、家中を歩き回っていた。風呂の湯で上気して火照った女狐の顔と、肌にぴったりと張り付いたバスタオルが嫌に扇情的。そんな女狐の姿が頭に焼き付いて離れず、なんだか無性にムラムラしたので、俺様は名雪を部屋に呼びつけて一晩中しっぽりと楽しんだ。
――――○月○日。
「ふんふふんふ~ん♪」
――――女狐が水瀬家の居候として家に居座りついてから早数日が過ぎた。女狐は秋子さんから貸し与えられた部屋の中で、コトもあろうに悠々自適にゴロゴロしながら漫画を読んでやがる。ポテトチョップスや肉まんをあんなに美味そうに食いやがって。商店街を胡散臭く徘徊するボロから一転。大層なご身分だなコラ。
しかも足をバタバタさせてるから、スカートがめくれあがってぱんつが丸見えになってるじゃないか。仕様がない女狐だなまったく。
「おい女狐」
「あたしは真琴よぅ!」
「どっちでも変わらんだろうが。貴様もいつまでもゴロゴロしてないで、少しは働いたらどうだ?」
「えーやだよーめんどくさーい」
「貴様は毎日部屋で寝転がっておやつを食って漫画ばっかり読んで。このままニートにでもなるつもりか?」
「あぅ~、にーとってなに? 肉まんみたいに美味しいの?」
――やれやれ。
なんて予想通りの反応を返す女狐なんだコイツは。あんまりくだらないコトばかり言ってると、仕舞いにはサーカスに売り飛ばすぞ女狐め。
……まぁ。ここでしっかり世知辛い世の中について教えておかないと、どこかで性質の悪いヤツに捕まって泣くことになる。俺様自身としては面倒くさい限りだが、秋子さんからのたっての頼みだ。家主である秋子さんの意向に少しでも逆らえば明日は我が身。是非もない。
俺様は寝転がっている女狐の両脇に手をさしこんで、無理やり起き上がらせた。
「ひゃ!? なにするのよ。祐一のえっち!!」
「誰が貴様のようなお子様にイヤらしいコトをするか」
まったくなんて失礼な女狐だ。俺様の射程範囲には貴様のごとき女狐は含まれていない。
このエリート候補生である俺様が優しくも貴様を直々に抱き起こしてやったと言うのに。ありがとうの言葉のひとつも言えんのか。
この女狐はいったい今まで、どんな教育を受けて育ってきたんだ。親の顔が見てみたいぞ。
「貴様の幼児体型にはまったく興味など湧かんから、さっさと行って仕事を探して来い」
「あぅ~。なんかお仕事を見つけてくればいいんでしょっ! やってやろうじゃないの!」
俺様に向かってそう言って啖呵を切ると、そのままバタバタと部屋を飛び出す女狐。まったく世話の焼ける女狐だ。
しかし、なんという口の利き方をする女狐なんだ。どうやら今夜は徹底的な教育が必要だな。
――――○月○日。
「祐一~、この洗剤買って~~」
「は、洗剤だと?」
「えっとねー、この洗剤を誰かに売ると、その売り上げのいくらかをご褒美にもらえるらしいの。それをまた誰かが他の人に売ると、またその売り上げのいくらかを貰える仕組みなんだって」
えっへん、と得意そうに胸を張って語る女狐。おい、それって完全にネズミ講じゃないか。
「ねぇねぇ祐一ぃ~? 真琴の話、ちゃんと聞いてる?」
俺様が呆れていると、目の前でぶんぶん手を振ってくる女狐。なんて生意気な女狐だ。こいつがあと2つくらい歳を取ったら、毎日徹底的におしおき三昧だ。よし、たった今そう決めたぞ。
「それはネズミ講って言ってな。絶対にやっちゃいけないコトなんだぞ」
「あぅー。どうしてー?」
「法律でそう決まっているんだよ」
「ほーりつって難しい」
俺様が軽く諭すと、首を傾げて何やら考え込む女狐。おい女狐。こういう時だけ阿呆のような顔をするな。
「そんないかにもな怪しい商法に引っかかるなんて。とんだ女狐だな貴様は」
「あのおじさん、これは全然怪しくないしょーほーだって言ってたのに」
「いや、どう考えてもあからさまに怪しいだろそれは」
…………本当に世話の焼ける女狐だ。
俺様はこの近い将来エリート街道を歩み行く者として、ここは女狐に道を示してやるべきなのだろうか。
コホン、仕方ないな。
「仮にそういうシステム通りに物が売れたとしても。人口は無限じゃないから結局儲かる仕組みじゃありえない。儲かるのは、一番最初にその洗剤を売りつけてきたヤツらだけ。貴様はうまいこと騙されたんだ」
「そんなにいっぱいムズかしいコトを言われても、わからないってば!」
「とにかく、貴様のような女狐ほど騙されやすい商法ってワケだ。高い授業料だったと思って諦めろ」
「あぅぅ……」
俺様がそう言い終えると、途端に落ち込み俯きだす女狐。昨日あれほど意気込んでいただけに、ショックが大きそうだな。
「あらあら真琴。ちょうどよかったわ。たった今お洗剤が切れていたのよ」
そこに秋子さんがやってきて、女狐が持っていた洗剤をそのまま買い取っていった。
「へへん♪ やったね~♪」
と。千円札二枚を広げながら、女狐が年甲斐もなくわーいわーいと喜んでいた。
実際には小遣い程度の金額しか増えていないのに、この女狐は本当に見ていて飽きない。
よーし。ご褒美に頭をなでなでしてやろう。
「えへへ。祐一に頭をなでなでしてもらっちゃった♪ あとで名雪に自慢しよっと」
俺様のなでなでに極上の笑顔をする女狐。その表情は本当に嬉しそうだ。
ふふふ。分かりやすいヤツめ。
「これで真琴も一気にお金持ちになっちゃった。このお金で何を買おっかな~ダイヤモンドとかバッグとか~」
二千円でここまで気持ちが大きくなる女狐も珍しい。
ちなみに二千円では、ダイヤモンドやバッグなんてとてもじゃないが買えない。
「っとそうだ祐一。今度こそイイコトを思いついちゃった。」
「あん? イイコト?」
「祐一に、たったいまこのお金を貸してあげる」
?? 女狐は、この俺様にさっき秋子さんから貰ったばかりの二千円を渡してくる。
「これを俺様に渡してどうするつもりだ?」
「へへーん。よく聞いてくれました!」
腰に手を当てて、エッヘンと得意になって言う女狐。
「これで真琴は今日から、祐一に貸したお金の利子で生活するのよ。利息は10日で一割でいいわ」
「いま全額返す」
「あぅ~~!!」
莫迦かこの女狐は。
―――――まったく、あの女狐だけはどうしようもないな本っ当に。
仕方なく俺様は、幅広いネットワークを持つ北川に、なにか女狐に合うバイトがないかどうかを訊いてみるコトにした。
するとその日の晩にさっそく電話が帰ってきて、いい仕事が見つかったぞと言ってきたのだ。
――――○月○日。
北川に紹介されたのは、一面お洒落な雰囲気に彩られたファミレスだった。
「この店がそうなのか?」
「あぁ、可愛い真琴ちゃんにはぴったりのバイトだろ?」
「ふーん。まぁまぁって感じね」
折角バイトを紹介して貰っているのに「まぁまぁ」とは偉そうだぞ女狐。そんな言葉遣いをいったい誰から教わったんだ?
「くっくっく、お前ら見て驚くなよ? このファミレスは他所の店とは一味違うってところをな!!」
北川に促され、俺様が目にしたのは――――フリルのついたエプロンドレスを身に纏ったウェイトレス達。
……なんというコトだ。見渡す限り、視界に尽きせぬ美少女。美少女。美少女。美少女。美少女達による、なんという麗しのオンパレード。
エプロンドレスの、際どい所まで立体カッティングされた大胆なフォルム。これが肌の露出を高水準で演出し、ウェイトレス達のあらゆる手足の動きをカバー。さらに絶妙に配置されたフリルのアクセントが、どの角度から見てもこの上ない絶景のボーダーラインを保つ。
それは元々レベルの高いウェイトレス達の美しさを一層際立せ、男心をわし掴みにさせる、なんという心憎い設計なのか。
「――でさ、これがバイトの就業規則が書かれたパンフなんだけど。って相沢。オレの話、聞いてる?」
「おのれ貴様。折角この俺様が可憐な美少女達を眺めて楽しんでいるというのに。不埒にも邪魔をするつもりか」
「…………」
――――。
――――。
――――。
――――たっぷりと美少女達の可憐な姿を鑑賞し、目の保養を楽しんだ俺様。
そろそろ北川から話を聞いてやろうと思っていたら、信じられないコトに、北川は女狐と二人だけで勝手に話を進めてやがった。
おい北川。ここに女狐を連れてきたのはこの俺様だぞ。にも関わらずその俺様に断りもなく話を進めるとは、なんて非常識な――――貴様等はいったい何様のつもりだ。
「はい。これがここのウェイトレスさんが着るユニフォームね」
「わぁいありがとう。じゃあさっそく着替えてくるねっ♪」
そんな俺様の立腹もよそに。女狐が北川から制服を受け取ると、そのまま更衣室に入っていった。
「じゃーん! 祐一ぃ、北川さぁん。似合う?」
女狐が更衣室から出てくる。ウェイトレス達と同じフリフリのコスチュームを身に纏った女狐。なかなか似合うじゃないか。ただの女狐にしておくには惜しいくらいだ。
……しかし、やけにピッタリのサイズのドレスだな。俺様は昨日、北川に女狐の身体のサイズなんて話したっけか?
――――。
がしゃーん。ぱりーん。べしゃっ。ざっばーん。
「あうっ!? またやっちゃった~~!!」
……女狐がバイトを始めてから、果たしてこれで何度目のミスだろう。初バイトとはいえ、女狐の仕事ぶりといったら酷いものだった。客の注文を間違えていたり。なんでもない所で転んでみせたり。料理が盛られた食器をその弾みでひっくり返したり。
超ミニのスカートからは見える物がのぞいているし。辺りに座っている男性客どもが注視していやがるし。いくらスコートを穿いてると言っても、恥ずかしい物は恥ずかしいだろ。
女狐はようやく客の視線に気がついて、赤面しながら大慌てしだす。うわ遂に泣き出しやがった。――――見ていられん。見ている俺様のほうが恥ずかしくなる。
「まぁまぁ相沢。真琴ちゃんアルバイトは初めてみたいだし、最初のうちは仕方ないさ」
北川がそんな俺様の肩に手を置き、フォローを入れてくる。だがそれでは、保護者として女狐を連れてやってきたこの俺様の面子が立たん。
がっしゃーん。
ほら、ちょっと目を離した途端にこれだ。女狐め、初日とはいえ、今日だけでもう何度目のミスだ。女狐が何でもない床で転び皿やグラスを割っては、先輩のウェイトレス達に慰められる光景を見ながら、今日という一日は過ぎていった。
――――その晩、俺様に恥をかかせたお仕置きを兼ねて、女狐を徹底的に調教してやった。
――――○月○日。
女狐は、昨日の失態など信じられないような動きでテキパキと仕事をこなしていた。
「おい相沢。真琴ちゃんって凄いな。たった一日であそこまで出来るようになった娘なんて初めて見たぜ」
俺様の愛の籠もった調教が功を奏したようだ。たった一晩の特別レッスンによって。先輩ウェイトレスからも誉められ、あの目ざとい北川からも太鼓判を貰ったんだ。まぁ当然の結果だが。
あの女狐はもう、ここのバイトとして充分にやっていける。これなら俺様がいちいち見張ってなくても大丈夫そうだ。
俺様は頑張ってバイトに打ち込む女狐を見守りながら、このファミレスを後にした。
――――○月○日。
「じゃーん祐一ぃ。お客さん達からねぇ、こんなにたくさんのプレゼントを貰っちゃったのよう~~」
すごいなおい。
女狐がバイトを始めて数日後。女狐がバイトから戻り、俺様の部屋に持ってきた数多くの品々。
映画館やら水族館やらライブのチケットやら。腕時計やネックレスや指輪などのアクセサリーもある。
そういえば学校で、北川が昂奮しきった様子で言ってたっけか。女狐がバイトに入るようになってから、ファミレスの売り上げが倍増しだしたとか何とかって。
この女狐はバイトのたった数日目にして、これだけの男性客のハートを掴み取れるまでになっていたとはな。末恐ろしいヤツだ。
「えへへ。真琴ってスゴイでしょ祐一ぃ」
ああ、お前こそ女狐の中の女狐だ。誉めてやろう。俺様は女狐の頭をなでなでしてやった。
「あう…っ。ありがとう祐一っ♪」
俺様のありがたいなでなでに、目を細めながら至福の表情を浮かべる女狐。
ははは。愛いヤツ愛いヤツ。
「――そうだ女狐」
「だからあたしの名前は真琴よぅ!!」
「やかましいわこの女狐が。貴様が今行っているあのバイトだが、明日までで辞めてしまえ」
「えーっ、なんでそうなるのよぅ~!!」
ふと思いついた俺様からの提案に対し、女狐からは予想通りのブーイング。
……ふん。このわずか数日の間に、女狐ごときが大勢の客どもから貢物をされる立場になったコトは別に構わない。
女狐自身が、女狐目当てで店に訪れる野郎どもの邪な視線に晒されるのが、なぜか気に入らないだけだ。
考えるだけでムカついてきたぞ。なぜだ。なぜなんだ。この世には、この俺様のエリートな頭脳を以てしても解らない事があるというのか。
しかしこれだけはハッキリと言える。俺様の精神衛生上、これは決して許されないコトなのだと。
そう。だから女狐には明日までにバイトを辞めて欲しいと思ったのだ。そうだ。そうに違いない。
だが俺様のそんな憂慮にも関わらず、女狐は生意気にもイヤよイヤよと駄々をこねだす。ええい「イヤよイヤよも好きのうち」という言葉を知らんのかこの無知蒙昧な女狐め。
なんとなくムカついたので、俺様は名雪を部屋に呼びつけてしばらくの間おしおきをさせた。
そして女狐から取り上げたチケットや金品はすべてオークションで売り飛ばすコトに決め、俺様はベッドの上でゆっくりと安眠をとるコトにした。
――――○月○日。
7年ぶりに、祐一がわたしの家に帰ってきた。
――――○月○日。
でも、祐一って馬鹿だから。7年前にわたしと交わした約束とか、
いろんな大切なコトをすっかり忘れてしまっているみたい。
これは再教育が必要だ。
――――○月○日。
ひさしぶりに逢えた祐一は、すごく偉そうにしてるというか。
自分がまるで神様にでもなったような物の言い方は、
7年前のあの頃と何も変わっていない。
要するに祐一は、子供と同じレベルだというコトだ。
――――○月○日。
祐一はわたしのコトを奴隷って呼ぶ。
そしてわたしが祐一と二人っきりの時に言わされる呼び方はご主人様。
色々と物事を指図し、
何かあるとすぐにあれしろ、これしろ。という。
自分で出来ることも、いちいちわたしにやらせようとする。
本当に面倒くさい。
流石のわたしでも頭に来ることがある。
今日は祐一が大切に使っていたマグカップを事故に見せかけて割ってやった。
その時だけは祐一も怒るけど、わたしがウソ泣きをしてみせると、
祐一はすぐに甘い顔をして許してくれる。
だって、祐一って馬鹿だから。
――――○月○日。
祐一は今日もわたしに命令三昧。
けれどわたしは、祐一のコトなんて全部お見通し。
祐一のお部屋を掃除している時に、
そこに隠してあるのは分かっていたから。
今日は祐一のベッドの下からいやらしい本を取り出して、
ちょっと大げさに驚いてみせた。
すると面白いように言い訳を始める祐一。
そんなみっともなさが、見ていて逆に可愛くて面白い。
祐一は本当は、このわたしに手玉に取られているだけ
っていうコトにいい加減気づけ。
でもそれは無理か。
だって、祐一って馬鹿だから。
――――○月○日。
ああ、祐一がいると毎日が本当に楽しい。
――――○月○日。商店街でお買い物。
お母さんに頼まれて、祐一と商店街に行った時のコトだ。
祐一とお買い物に行くと必ず、商店街のおじさんやおばさん達から、
わたし達のコトをまるで恋人同士みたいに言われる。
わたしが祐一なんかに本気になるワケがないのにね。
だって、祐一って馬鹿だから。
祐一が何かを堪えている様子がありありと分かって、
見ていてとても可笑しかった。
――――○月○日。の続き。
お母さんに頼まれた、商店街でお買い物の帰り道。
祐一から重い買い物袋を押し付けられた可哀想なわたし。
わたしが「重いよ~」って可愛い声で言っているのに、
祐一ったら知らんぷり。
祐一は手ぶらで何も持っていないクセに。ちょっと頭にきた。
ちょうど道端に手頃な大きさの石ころが転がっていたから、
それを祐一の後頭部目がけて蹴ってやろうと思った。その時に確か。
「待ちなさいよっ!」
とか言って、布をかぶった人が出てきたんだっけ。
後になってそれが真琴だって分かったんだけど。
ほら、祐一って馬鹿だから。
その子に絶対ちょっかいを出すと思ってたの。そして案の定。
それから色々とあって。
結果的に真琴が泣いちゃったんだっけ。
周りの人たちに白い目で見られてる祐一。
涙は女の武器なのにね。
祐一はそうとも知らずにあたふたしてる。
ほら。だって、祐一って馬鹿だから。
――――そうそう。忘れちゃいけなかった。
そのコトがきっかけで真琴はしばらくの間、
お家の居候になるコトに決まったの。
そのコトで、祐一がなんだかしぼんでいるみたいだったから。
わたしはそんな祐一をもっとしぼませてあげようと思って。
用意していたビーフストロガノフを祐一に食べさせてあげたんだ。
祐一の食べるそれは、むかつく祐一に仕返しをするためだけに作った、
辛い調味料をいっぱい入れた特別製。
だから口の中に入れた途端、顔から火が飛び出るはず。
けれど祐一は、それを美味しいと言ってくれた。
あれれ? 辛ーいのをいっぱい入れたはずなのに。
祐一は逆にわたしに感謝してくれてるみたい。
調味料をどこかで入れ間違えちゃったのかな。
それとも祐一が味覚オンチなだけ?
……まぁいっか。
これで祐一からわたしへの好感度がちょっぴり上がったと思えば。
――――○月○日。
夜。
祐一はわたしを部屋に呼んで、えっちなコトを求めてきた。
でも、祐一って馬鹿だから。口先で言う割に下手くそなの。
しかもすっごくあっという間で。
でも、祐一って馬鹿だから。見栄を張って何度も何度も迫ってくる。
途中、祐一の方が死んじゃうんじゃないかなって
何度も心配になっちゃったよ。
でも、祐一って馬鹿だから。これくらいのコトじゃ死なないよね。
――――○月○日。
真琴のアルバイトが決まった。
有名なファミレスのウェイトレスのお仕事らしい。
明るくて元気な真琴にはお似合いだと思う。
これで、わたしが祐一と一緒にいられる時間が増えた。
――――○月○日。
真琴がアルバイトしているファミレスのコト。
わたしのクラスメイトもそこでアルバイトをしているから、
ちょくちょく話を聞くんだけれど。
意外と真琴ってお店では結構モテモテらしいんだよね。
毎日毎日。男のお客さんたちから山のようにプレゼントを貰ってるって話。
ほら、祐一って馬鹿だから。
このコトを知ったら、きっと解りやすいくらい悔しがると思うんだよ。
だからわたしは北川君に根回しをして、香里の写真と引き換えに
「しばらくの間、何があっても真琴をアルバイトから辞めさせないように」
ってお願いをしておいた。
――――○月○日。
今日になってやっと祐一は、
真琴のアルバイトの様子に気がついたみたい。
ほら、祐一って馬鹿だから。
思った通り、子供のように悔しがってた。
みっともないったらありゃしない。
なんだか祐一ったら
「真琴のアルバイトを絶対に辞めさせる」
って言って息巻いていたけれど。ごめんそれは無理。
とっくの昔に、わたしが北川君にお願いをしてたから。
当分は辞めさせてもらえないよ。真琴のアルバイト。
――――でも。
そんなコトも綺麗さっぱり忘れちゃうくらい。
わたしが、いっぱいいっぱい尽くしてあげる。
だって祐一って、このわたしだけの奴隷なんだから。
「……くー」
「あらあら。名雪ったら、日記を書きかけたまま寝てしまうなんて。まったくしょうがない子ね――――」
「風邪を引かないように上着をかけてあげないと――――よいしょ」
「……くす。名雪ったら、こんなに嬉しそうな顔で寝ているなんて。きっといい夢を見ているのね」
「おやすみなさい。名雪」
「そうそう。わたしも寝る前に日記をつけておかなくっちゃ。今日もいっぱい面白いコトがあったんだから」
感想
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