今日から今までの日







 私は私が嫌い
 生まれつき持ってしまったこの力が嫌い。笑顔を作れないこの顔が嫌い。誰とも馴れ合おうとしないこの心が嫌い。
 でも、一番嫌いなのは、私をこんな風にした世界
 好きなものもある
 お母さん
 それが私が唯一好きなもの。それ以外は、みんな嫌い
 自分のすべて、自分の周りのものすべてが嫌い
 そんな世界から切り離されたような、この麦畑が好きになった。いや、嫌いじゃないだけ。それでも好きに近い感情ではある
 ここには何もない。誰もいない。麦以外、何もない
 誰もここに入ってこない。だからここは私だけの世界。不可侵の世界
 お母さんには悪いと思っている。ごめんなさい。ここだけは、私だけでいたいから
 日が暮れ始めてきた。今日はそろそろ帰らなきゃ。こんな私でも、お母さんは待ってくれてる。だから、帰らなきゃ


 「お帰り、舞」
 「お母さんただいま。今日のご飯何?」
 「今日はね……」


 本当はご飯なんてどうでもいい。お母さんには笑っていてほしい。だから私も笑う
 本当は笑える気分なんかじゃない。お母さんの顔色、前よりも悪くなっている
 私が強がって笑っているように、お母さんも強がっている
 子供の私でも分かった。お母さんの体が悪いこと。無理は出来ないこと
 でも私はそれに気づいていない不利をする。だって、言ってもお母さんは強がると思う
 こんな状況にならなければ、私たちはもっと幸せに暮らせていたはず
 変な力を持った私が悪いんじゃない。悪いのは、全部お父さんだ
 お父さんは私の力を怖がった。酷い時は化け物扱いした。殴られもした
 でも、私はお父さんが好きだった。過去形。今は好きじゃない。私たちを不幸にして、自分は逃げてしまったから
 どうして、私はそんなお父さんが好きだったんだろう?お母さんが選んだ人だったから?それとも、私が幼すぎただけ?
 今は嫌い。世界で一番嫌い
 私をたくさん殴った、蹴った。お母さんもいじめた。たくさん苛めた
 お母さんが苛められたのは私のせいだって。何で私なんか生んだんだって
 私はお母さんだけの子じゃない。お父さんの子でもあったのに。どうしてお母さんだけがいじめられなきゃならなかったの?
 お父さんの暴力は毎日のように続いた
 そして最後に、最悪の事をした
 お父さんは私をテレビで紹介した。超能力少女と、私は紹介された
 これでうまくやれば、お父さんはもうお母さんも私もいじめないって約束してくれた
 だから私は頑張ろうと思った。これが、私がお父さんのためにやった、最後のことだった
 私の目の前にガラスが運ばれてくる。結構厚さがある
 何をすればいいのか何となくで分かった。これを、割ればいいんだ
 合図と一緒にガラスを割る。ただそれだけをすればいいみたい
 それだけで家族が一つになれるなら、安いものだった
 後で私がなんと言われても、3人で過ごせるなら。そう言い聞かせ、私は目の前のガラスに集中した
 テレビの人が私に合図を送る。それと同時に、私はガラスに力を送る
 見る見るうちにガラスにヒビが入る。そして、音を立てて割れた
 私はうまくいったと安心した。でも、それが、私にとってのミスだった
 力はガラスに全部流れ込んでいなかった。行き場のなくした力が、解放されてしまった
 私の力は、照明を打ち抜いた。もちろん支えを亡くしたそれは、重力にしたがって落ちてくる
 一つはスタジオのセット。もう一つは、私目掛けて落ちてきた
 私は怖かった。落ちてくる照明が。自分の力の大きさが


 「舞!」
 「おかあ、さん」


 お母さんが私を庇いに来てくれた。だめだよ。お母さんまで


 「死んじゃう」


 そう言った瞬間、私の体が軽くなった。集めた力のすべてが、落ちてくる照明に向かう
 照明は後からもなく消滅した。私とお母さんは、助かった。でも、それだけじゃ、終わらなかった

 「化け物」

 客席の一人がそういった。それにつれて、みんなが私をそう言った
 化け物、と
 胸が痛かった。私の心が壊れそうなくらい痛かった
 そんな私を庇うように、お母さんが抱きかかえてくれた
 そのまま外に連れて行ってくれた。お母さんはずっと私をあやしてくれた
 それでも私は泣き続けていた。今日のことが、一生の傷になると分かっていたから。失敗したから、家族は一つになれない
 でも、そんな事は、もう気にしなくてもよくなった。その出来事が、すぐに起きたから
 次の日、お父さんは家に来た。そしていきなり私を殴りつけた
 何回も殴られた。何で殴られたんだろ?やっぱり、昨日失敗しちゃった事なのかな?

 「厄介な事をしてくれたな。お前のせいで俺が責任取ることになったんだよ!お前が余計な事したからだ!
 お前の力で金をもうける俺の計画が台無しになっちまっただろ!」
 「お金の、ため?」
 「ああそうだよそれじゃなきゃ誰がお前みたいな化け物のところに来るかよ」

 その言葉で私は全部がどうでもよくなった。頑張っていた自分がとても哀れに思えた
 この人には、最初から私たちと暮らす気なんかなかったんだ
 ただ、お金のため
 私はもう、この人を好きとは思わない

 「ぐあぁ」

 私は昨日と同じように、この男に力を放った
 ボキッ、と言う音を立てる。この男の骨が折れたようだ

 「この、化け物が!」

 それが最後の言葉だった
 命の危険を感じた男は、逃げるように走っていった。私はそれ以上何もしなかった
 もう、あの人はここには来ない。来る理由がない。だから、私は安心してお母さんと暮らせるんだ

 「舞。誰か来てたの?」
 「お父さんが来てた。もう、帰ってこないって言ってた」
 「……そう。ごめんね、舞」
 「私にはお母さんがいる。だから、あやまらないで」





 今日のご飯はあまりおいしくなかった。お母さんの料理はいつもおいしかった
 今日は特別。私が嫌なことを思い出していただけ。お母さんはいつもどおりおいしいものを作ってくれた
 だから私はおいしいって答えた。お母さんもにっこり笑ってくれた
 ご飯の片付けはいつもお母さんがやってくれる。私も手伝おうとしたけど、やっぱりお母さんは笑顔でやらなくていいよ、って言った
 だから私は手伝わないでいる。ほんとは手伝いたいと言う気持ちを抑えてまで

 「何の音?」

 リビングからガタンって音が聞こえた。お母さんはまだ洗い物をしてるはず
 じゃあ泥棒?だとしたら大変。早く見に行かないと
 お母さんの負担にならないように、私が何とかしなきゃいけない
 部屋にあるものを見渡す。とりあえず何か武器になりそうなものを手に取る。私は慎重にリビングに向かった
 そこには人影らしきものはない。誰もいない気がした
 だけど、床に、誰かが寝転んでいた

 「お母さん!」

 倒れていたのはお母さんだった。息を荒くしてとても苦しそうだった
 私はすぐに電話を取った。私が電話しなきゃ、助けられないような気がしたから
 1・1・9と慎重に打つ。お母さんを助けてって無意識に叫んだ。でも、何故か冷静ではいられた
 電話の隣にあるメモに家の住所が書いてある。それを正確に伝えた
 救急車が車での間、私はお母さんの手を握っていた。手を握ってないとどこかに行ってしまいそうだった
 電話してから5分。私は救急車が来たことにも気づかなかった。次々と人が入ってきてお母さんを運ぶ
 私はずっと手を離さなかったみたい。そのまま私も救急車に乗った
 そこから先はあまり覚えていない。お母さんは病気だって言われた。でもすぐによくなるって言われた
 それが嘘だってすぐに分かってしまった。でも認めない。お母さんがいなくなるわけがない。いなくなってほしくない
 ずっと傍にいたい。でも、現実ってどこまで残酷なんだろう。それとも、私だけが嫌われてるの?
 お母さんは1週間持たないって言われた。いや、聞いちゃった。それとも、聞こえるように言われたのかな?
 病院ではみんなが私を避けている。みんなもまだ私の事を覚えてるんだ
 1年前、テレビの生放送と言うもので私が起こした事件。お母さんは『ひとのうわさはしちじゅうごにち』って言ってくれた
 意味は時間が経てば昔のことは忘れちゃう事。でも、みんなはまだ覚えてる
 1年たった今でもまだ覚えてる。私は普通じゃないから、みんなと一緒になれないのかな
 今はそんな事どうでもいい。お母さんを助けたい。もし言ってることが本当なら、お母さんは……
 そんなことはない。お母さんは助かる。また一緒に過ごせるよ。絶対そうだよ
 約束もしてたんだよ。約束は絶対破っちゃいけないって。約束を破る人は最低だって言ってた
 お父さんは約束を何も守らなかった。だから最低な人だって。私はそう信じている
 お母さんは絶対約束を破らない。破らないって信じてるのに。どうして私は泣いてるの?
 認めちゃってるのかな?お母さんが、助からないこと
 どうして助からないの?どうして助けてくれないの?私が悪い子だから?私が普通じゃないから?
 こんな力持ってても、私はお母さんを助けられないの?だったらこんな力いらなかった
 私が力を捨てても、お母さんが助かるわけじゃない。だから、私に出来ることをする
 私は病院を出た。ここには滅多に人が来ない場所がある。私には、出来ることがある
 雪をかき上げ形にしていく。私にはこんなことしか出来ない。でも、お母さんのため。何かせずにはいられない
 手が冷たい。そんなの関係ない。もう、あまり時間がない。だから、そんな事気にしてられない
 ひたすら雪をかき集め、形にしていく。そんな作業を繰り返した

 「出来た」

 1.2時間ほどかかったのか、もう手は何も感じなかった
 手に息を当てて暖めながら、私はお母さんの元に急いだ

 「お母さん、来て来て」
 「どうしたの舞?」
 「見せたいものがあるの」

 私は半ば強引にお母さんを連れ出した。お母さんはよれよれだった
 だから私が一生懸命支えて連れて行った。お母さんは不思議そうな顔をしてたけど、嫌がる様子はなかった
 もうすぐ、もうすぐで着くから。外に出て、さっきの場所まで連れて行った

 「お母さん。ここだよ」
 「これは」

 あたり一面の雪うさぎ。私にはこれしか作れなかった。でも、これで、いいんだ

 「動物園。お母さんが連れて行ってくれるって約束したでしょ。でも、お母さん病気だから、私が連れて来たの」
 「舞」
 「うさぎさんしかいないけど、動物園。私とお母さんの動物園」
 「ありがとう。ありがとう、舞」
 「お母さん、どこか痛いの?泣いてる」
 「ううん。どこも痛くないわ。舞が私のためにここまでしてくれて、嬉しいの」
 「お母さんが嬉しいなら、私も嬉しい」

 お母さんは私を抱いて泣いた。私もお母さんが笑ってくれて嬉しかった
 それからしばらくして、お母さんは亡くなった。お医者さんは永い眠りに着いたって言った
 でも私は知ってる。お母さんは死んだ。もう二度と目がさめることはない。もう、私に笑いかけてくれない
 でも大丈夫。私が見た最後のお母さんは、笑顔だったから
 お母さんの笑顔が見れないのは大丈夫だったけど、お母さんがいないのには耐えられなかった
 私は寂しさを紛らわすために、毎日のように麦畑に通った
 そこにいるとき以外のことは、あまり覚えていない。泣いていたか、寝ている以外の事は分からない
 麦畑にいるときも、ほとんどが泣いていた。最初の1週間は何もしていなく、そこにいるだけだった
 それ以降は、どうしてもお母さんのことしか思い浮かばなくなった。だから悲しくなった。泣かずにはいられなかった
 毎日のように泣いた。ときどきお母さんと遊んだことを思い出して笑った
 本当に私は世界から切り離されたようだった。自分の頭の中でしか生きてないような感覚だった
 そんなある日、私の世界に入ってきた人がいた

 「君はここで何をしてるの?」

 男の子だった。私と同じくらい子供の。そして、普通に話してきた
 どう返していいか分からなかった。だから私は黙ったままだった
 その男の子は不思議そうに私を眺めて来た。私のことを知らない感じだった
 私を知ってる子供は、みんな私から逃げた。遠くから石を投げられた。悪口をいわれた
 この子も、きっとそうなる。だから、早めに教えておくべきだと思った

 「川澄舞」
 「えっ、何?」
 「名前」
 「ああ、名前。僕は相沢祐一。よろしく」

 その子は私の名前にもかかわらず、私の世界に入り込んできた。差し出したてが怖かった。だから握らなかった
 顔には出さずにいた。無表情のままでいた。祐一と言った子は、ばつが悪そうだった。差し出した手が寂しそうだった
 それでも私は握るのが怖かった。その子は今日はここにいた。日が暮れるとその子も帰るようだった

 「明日は、一緒に遊んでくれる?」
 「遊ぶ?」

 祐一は、私と遊びたかったの?どうしてだろう?それより、遊ぶってどういう事だろう?
 しばらく考えたこともなかった。あの人がいなくなってから、一緒に遊んだことがあっただろうか?
 私は、どう答えればいいんだろう?

 「どうして、私?」

 思わず訊いていた。どうして私なのかを

 「だって、ここは君しかいないでしょ。他の人に教えるの、なんか勿体無くて」

 すごい簡単な理由だった。祐一はきっと純真なんだ。誰も差別することを知らないんだ
 祐一なら、私と普通に接してくれる。私が、普通になれる
 そんな希望を持っていいのだろうか?もう少し祐一を知りたい。。もっと祐一を知りたい
 希望を持つのは、その後でも遅くない


 次の日

 祐一はまた来た。今度は私は泣いていた。泣いてるところを見られてしまった
 もちろん祐一は、泣いていることを訊いてきた

 「どうして泣いてるの?」
 「お母さんが、いないから」
 「お父さんは?」
 「そんな人は、いない」

 あっ、今、怖い顔したかも。祐一、ちょっと怖がった
 祐一、昨日言ったとおり、私と遊ぶ気なんだろうか?どうなんだろう?

 「祐一」
 「ん、何?」
 「一緒に遊んでくれるって、本当?」
 「遊んでくれるの?じゃあ一緒に遊ぼ。何して遊ぶ」
 「鬼ごっこ」
 「鬼ごっこ、うん、いいね。それじゃあじゃんけん。負けたほうが鬼な」

 じゃんけんをした。学校に言ってたとき以来だった。負けたのは祐一。鬼は祐一
 私は逃げる。祐一は必死で私を追いかける。でも捕まらない。祐一はこの麦よりも背が高い。私は低い
 だから捕まらなかった。私は逃げてる間、少し楽しくなってきた。すごく久しぶりな感覚だった。楽しいと言う感覚
 祐一は悔しそうだった。麦畑に隠れるのは卑怯だって。とても言い訳くさかった
 久しぶりに笑えるような感じがした。でも、まだだった。まだ笑えなかった
 祐一はまた明日も来るって約束してくれた。私も、また明日って自然に言えた
 友達って、こういう物なんだろうか?なんだかよく分からない。でも、悪いものではない
 祐一が友達になってくれても、お母さんは帰ってこない。そう考えたら、やっぱり涙が出てきた
 今日は、もう一回ここで泣いてから帰ろう。明日になれば、また祐一が来てくれる


 次の日

 今日は祐一の方が先に来ていた。昨日鬼ごっこに負けたのが悔しかったようだ
 だから今日は私が先に鬼をやる事になった
 30数えて、私は祐一を探す。昨日と同じように祐一は麦畑から頭が出てる。私はそれに向かって走るだけ
 祐一を見つけた。きょろきょろしてる。私を探してるみたい。もう後ろにいる私には気づいていない

 「タッチ」
 「うわっ」

 祐一、驚いて尻餅ついた。おかしい。どうしてか、顔が、気持ちが緩んでいく

 「やっと、笑った」
 「えっ」

 私は今笑っている?笑っているんだ。初めて、なのかもしれない
 お母さん以外の人と一緒に笑うの。なんだか、すごく楽しい気分。一緒に遊ぶのが、こんなに楽しかったんだ
 私たちは、また日が落ちるまで遊んだ。結局あれから祐一は私を捕まえられなかった
 明日は秘策があるって言って、また祐一と分かれた。また明日って、挨拶をした
 私は家に帰った。久しぶりにお母さんの写真の前に立つ

 「あのね、最近私、一緒に遊んでくれる友達が出来たの。友達、なのかはまだ分からないけど。でも、一緒に遊んでるの。
 とっても楽しかったんだよ。また笑うことも出来たし。それでね、それでね……」

 私は祐一と一緒にしたことをお母さんに話した。とめどない話。でも、私は自然と笑顔になっていく
 一人より二人の方が楽しい。お母さんといるときに分かっていたはずなのに、今、またそうだと思う
 一人になって始めて分かるこの気持ち。明日が待ち遠しい。早く、祐一に会いたい。そんな気持ちを抱いて、今日は眠りについた


 次の日

 昨日は祐一が先に来たから、今日は私が早く来たかった。だからいつもより早い時間に出た
 麦畑に着いたのは、いつもよりも30分も早い。祐一も着ていない。勝ったって感じがする。よく分からないけど
 それから20分ぐらいたった。祐一がやってきた。今日は、何かを持っている。紙袋?
 祐一は私より先に着くつもりだったらしい。昨日よりも早い時間に出たと言う。でも、その計画もだめになった
 祐一はてれながら、私に紙袋を押し付けた

 「とりあえず、開けてみろよ」

 仕方なく私は開けてみる。入っていたのはヘアアクセサリー。うさぎの耳が着いていた

 「これ、何?」
 「家にあったんだ。それつければちゃんとお前の姿も見えるし、それに……」
 「それに?」
 「結構、可愛いかもしれないし……ああ!」

 祐一は顔を真っ赤にしていった。私は祐一のほうがかわいいと言おうと思ったけどやめた
 だって言ったら祐一怒りそうだったから。でも、ほんとに可愛かった
 私は早速祐一のプレゼントをつけた。うさぎさんのカチューシャ。鏡がないので自分がどんな風になってるかが分からなかった

 「祐一。似合う?」
 「うっ、えっと、その……」
 「似合わない?」
 「似合う!すっげぇ似合う。か、可愛いぞ」

 やっぱり祐一はてれていた。誰から見ても顔が真っ赤だった
 てれ隠しで声を張り上げていた。早速私たちは鬼ごっこを始めた。自信満々の祐一は、自分から鬼をやるって言い出した
 私はいつものように逃げる。祐一の姿を確認できる場所まで。いつもは祐一は私を探すためきょろきょろしてる
 でも今日は違う。祐一はまっすぐ私向かって来る。私も捕まるまいと思い逃げる
 だけど、祐一はやっぱり男の子。女の私よりも早く動ける。だから、すぐに捕まってしまった
 祐一はすごく嬉しそうだった。今迄で一番。私も、この3日で一番楽しい。このままずっと一緒に遊んでいたい。
 でも、時間は過ぎていく。今日もまた、暮れていく
 今日は少し疲れた。私も何回か祐一を捕まえた。今日は大体五分五分だった
 そしてまた、別れの挨拶をするはずだった。けど、祐一がなんかそわそわしている。どうしたんだろう?

 「祐一。どうしたの?」
 「あのさ。僕、帰らなきゃいけないんだ」
 「だから、また明日も……」
 「違うんだ。こっちには時々遊びに来てるだけなんだ。冬休みの間だけ。学校も始まるから、向こうに帰らなきゃいけないんだ」
 「じゃあ、もう会えないの?一緒に遊べないの?」
 「大丈夫だよ。また来年も来る。約束する」

 そう言うと、祐一は小指を差し出した。私にはそれが何を意味するのかが分からなかった
 でも、祐一が丁寧に教えてくれた。約束をするとき、破らないように小指を切る。そういうおまじないだって
 私も小指を差し出す。また祐一と会いたいから、遊びたいから。でも、1年は長すぎる。どうにかならないの?

 「明日、帰っちゃうの?」
 「うん、明日の朝早くから帰るんだ。もっと遊びたかったのに」
 「仕方、ないよ。でも、また来年会えるんだよね。その時まで、私、待ってるから」

 今日の挨拶はいつもと違う。また今度。明日はきっと会えない。そう考えると寂しさで涙がこみ上げてきそうだった
 我慢しなきゃ。祐一の前だから。別れるときは泣かない。お母さんも、笑っていたんだから、私も

 「また、今度だから」
 「ああ、また来年な」

 私は笑った。すべての感情を押し込めて笑った。祐一も笑ってくれた。これで、また会うときは笑顔になれる
 祐一は帰っていった。私も家に帰ろう。でも、寂しい。祐一に1年も会えないなんて、寂しすぎる
 私は帰るまで涙は我慢した。泣かない。泣かないと決めたのに。
 玄関をくぐったら、突然涙が溢れ出した。もう抑えきれなかった。私は夜まで泣いた
 そして出した結論があった。別れたくない。何か事情があれば祐一も帰らないでくれる
 そうと決まれば早速電話しなきゃ。確か水瀬さんって言う家にいるって言ってた。電話帳を取り出す。み、のところで探す
 漢字は祐一から教えてもらったから分かる。早速見つけ、電話する

 「はい、水瀬です」
 「川澄舞です。あの、祐一いますか?」
 「あ、はい。代わりますね。ゆーいち。川澄さんから電話だよ〜」
 「舞か。どうしたんだ、いったい?」
 「大変なんだよ祐一。とにかく、大変なの」
 「一体何が大変なんだ?分からないよ」
 「あの麦畑が大変なの。守らなきゃいけないの。だから、帰っちゃだめだよ」
 「だから何で大変なんだよ?麦畑で何があったんだ?」
 「魔物が、魔物が出たの。このままじゃ私達また遊べない。だから守らなきゃ。帰っちゃだめだよ」
 「そんな事言われても、僕だって帰らなきゃいけないんだ。僕も寂しいんだよ。分かってくれよ」
 「魔物が出たの。だから……」
 「それじゃあ、切るぞ」
 「祐一」

 電話は切れた。やっぱり、どうしても帰っちゃう。来年まで、会えない
 約束したじゃん。また来年会おうって。約束を破る人は最低だってお母さんが言ってた。私は最低になりたくない
 だから、我慢できる。来年になれば、1年待てばまた祐一に会えるんだ
 私はその約束を信じて待った。学校に行った。家の仕事も一人でした。節約もした
 お母さんのお金もそう多くない。私はまだ働けないから節約して使えって言った
 私も色々頑張った。そして、祐一との約束の1年が経った
 早速私は麦畑に行った。そして待った。祐一が来るまでずっと。でも、祐一は来なかった
 次の日も、次の日も行った。だけど、祐一は来なかった。祐一は、約束したのに来なかった
 何かあったんだろうか?それとも、約束を破ろうとした私に愛想を尽かしてしまったんだろうか?
 ううん、きっと何かあったんだ。来年はきっと来てくれる。だから、また1年待てばいいんだ
 そう信じた。だからもう1年待とうと思った
 でも、来年も祐一は来なかった。どうして来ないのかを考えた。祐一は、私の事を忘れてしまったんだろうか?
 私は麦畑に行って考えた。祐一が来ない。なら、来なければいけなくすれば。でも、どうやって
 思いついた。あの時、3年前、本当に魔物が出れば、祐一も来てくれる。魔物が出れば。魔物が……
 その思いが、風を生んだ。その風は、魔物を生んだ

 「魔物が、出た。守らなきゃ。この麦畑を。祐一も、ここを守るために戻ってきてくれるはず」

 私は冬を待った。それまで魔物と戦った。祐一との約束を守るため
 そして冬が訪れる。祐一と約束してから3度目の冬。私は魔物と戦いながら祐一を待った
 何日も待った。だけど、やっぱり祐一は来てくれなかった。どうしたのか心配になった。だから、私は電話をした

 「もしもし、川澄です」
 「水瀬です」
 「あの、祐一、いますか?」
 「………」

 出たのは女の子だった。私と同じくらいの子だろうか。前に祐一が言ってた名雪って人かもしれない
 私が祐一の名前を出したとたん黙り込んでしまった

 「あの、祐一は……」
 「祐一は、もう来ない。もうこっちに来ないよ」
 「えっ」

 それだけ言って切れてしまった。もう、戻ってこない。約束を破る、どうして?どうして?
 どうすればいいのか分からなかった。これから何をすればいいのか。何を信じればいいのか
 いや、祐一は帰ってくるって言ってた。だからきっと戻ってくる。戻ってくるはず。だから、そのために、あの麦畑を守らなきゃ
 私は麦畑を守ろうとした。だけど、それすらも出来なくなった
 麦畑の麦は全部抜かれた。大きい車がいっぱい来た。あっという間に柵で囲まれた
 学校だ建つらしい。これじゃあここを守ることも出来ない。どうしよう
 どうしようもなかった。ここにはもう近づけない。麦畑を守ることも出来なかった
 だから、私は普通に過ごすことになった。学校に行った。家事をした。手伝いできるところを探した。少しだけでもお金をもらえた
 中学生になった。私の生活が少し変わった。部活に入った。剣道部。みんなとはうまく馴染めなかった
 でも、成績はよかった。だから妬みの対象でもあった。でも私は気にしなかった
 クラスの人たちともうまく行かなかった。だから、私はよく屋上に行った。夕焼けを眺めた
 何でこんなに夕焼けは寂しいんだろう。何かを忘れてる気がする
 それから、特に問題なく時は過ぎていく。受験。そして卒業式。受験といっても近場の高校に入るためにそこそこ勉強しただけ
 特に歴史のない学校なのでテストはそれほど難しくなかった。倍率もまだ低かった
 だから簡単に入れた。高校も、中学と同じように過ぎていくんだと思った。だけど少し違った
 学校に野良犬が入り込んだ。みんなは怖がっていった。どうして怖がるんだろう。お腹が空いているだけなのに
 私はなだめようと近づく。でも手をかまれてしまった。犬も手を噛むだけでは満足ではなかった。味わうように手を噛んでいる
 私はそのままボーっとしていた。別にどうすることもなかった。このまま噛まれててもよかった。だけど、そうもいかなくなった

 「あの〜、手じゃなくて、佐祐理のお弁当を食べさせてあげてください」

 おっとりした娘だった。のびのびとした口調。私とは正反対のような人だった
 私は犬の口から手を取り出す。そしてその娘のお弁当を食べさせる

 「あはは〜。おいしそうに食べてますね」
 「(こくっ)」

 犬はほんとにおいしそうにお弁当を食べた。その姿を見て、この娘も嬉しそうだった
 なんで、この人は笑顔なんだろう。何が嬉しいんだろうか
 クラスに戻った時、さっきの人は同じクラスの娘だった。私たちはそれから何回か話した。そして、友達になった
 友達。私は、何かを忘れてる。そしてこの学校、何か変な感じがする。それに気づいたのは、3年が終わろうとした時だった
 夜になると、この学校に何かが現れる。それがとても気になっていた。だから私は、それを確かめに来た
 そこで見たものは何ともいえなかった。姿はどんな動物でもなく、それは生き物と呼んでいいのかも分からなかった
 私はそれに襲われて、少し何かを思い出した。これが何かも分かった。これは、魔物だ
 私が、あの人を繋ぎ止めるため、思ったら現れたもの。ここは、あの麦畑があった場所。なら、ここは守らなきゃ。魔物から守らなきゃ
 何で守るのかも忘れた。ただ、守らなければならなかった。何か約束があった。でもそれは破られた。私は、その所為で、人を信じたくなくなったんだ
 だから友達も作らなかった。どうしてそんなことも忘れてしまったんだろう。私は、そいつが許せないんだ
 魔物がいれば、また戻ってきてくれる。そして復讐できる。そう思ったんだ
 なら、ここで戦わなきゃ。戦っていれば、あいつも戻ってくる
 次の日から、私は魔物と戦うことにした。家にあった剣を持ち出して。来る日も来る日も戦った
 昼は佐祐理と話して、お弁当を食べて。夜は魔物と戦って。そんな日々を繰り返した
 年も変わり、1月も中盤に入った
 もうすぐ高校生活も終わる。やっぱり最後まで戻ってこないんだ。諦めがちになりながらも、魔物と戦っていた
 そんなある日、すべてが変わる日が来る
 この日はいつもと違った。いつもと同じように魔物と戦っていた。でも、そんな中、他の人がが混じっていた
 そして、その人目掛けて魔物が襲い掛かった。私は庇うため、魔物に向かっていった。そして、一刀両断
 何とか助けることができた。その人は男だった。今の光景に唖然としていた

 「今のは何なんだよ」
 「私は川澄舞。魔物を撃つ者」

 やっぱりまだこの人は唖然としている。少し落ち着かせようと、名前を聞いてみる

 「あなたの、名前」
 「名前?お、俺は、相沢祐一」

 相沢祐一。相沢祐一。私はその名前ですべてを思い出した。そして、私の中の黒さが全部出てきた
 私と約束した男。帰ってくるといって帰ってこなかった。私が人を信じられなくなる原因を作った男
 二人目。私を不幸に落とした二人目の男。許しては、いけない男

 「はぁぁぁぁーーー!!」

 もう何もかも忘れ斬りかかった。祐一は逃げようとした。だけど、私のほうが速かった
 祐一の背中が切れる。血が飛び出す。返り血がかかる。だけど、そんなの気にしなかった
 続いて右足、左足、右腕、左腕と切りつける。祐一は声にならない悲鳴を上げる。だけど、この夜の校舎には誰もいない
 だから、誰も駆けつけはしない。続いて私は祐一の背中を刺す。剣を引き抜きまた刺す。それを繰り返す
 祐一の動きがだんだん弱くなる。次に首を切る。頚動脈ごと切ったので、血が一気に噴出した
 もうしゃべる事も出来なくなった。止めとばかりに頭を剣を突き刺す。それで祐一の生命活動は停止した
 それでも私は剣を突き刺した。顔を集中的に刺す。もはや原型のが亡くなり血溜りになったところで私は剣を手放した
 私は笑った。泣きながら笑った。返り血まみれで泣きながら笑っている。そんな舞からは狂気しか感じられなかった

 (これで、これでもういいんだ。私をここまでにした男は死んだ。なら、もうどうでもいい。何もかもがどうでもいい。佐祐理のこともどうでもいい。もう、何もいらない)

 私はこれ以上にはもう何もいらなかった。復讐もいらない。不幸も、幸せもいらない
 私は一歩、一歩と窓に近づく。剣を振り下ろし、窓ガラスを叩き割る
 今日から今までの日を振り返る。決していいものじゃなかった。だから、これ以上はいらなかった
 これ以上の、人生は……
 だから私は、ここで生きることをやめた
 私のこれからの日は、もう二度と来ることはない

感想  home