夢を、見ていました



 夢
 夢を見ている。
 とても幸せな夢。
 好きな人とは一緒にいられない。
 だけど、みんなと一緒にいられる。
 また、みんなに会える。
 また一緒に笑っていられる。
 そんな、夢を見ている。



















 「月宮さん。入りますよ」
 「どうぞ」
 いつもの時間に看護婦さんがやって来る。
 今日で最後の検診だ。
 「月宮さん。どこか痛むところありますか?」
 「大丈夫です。問題ないです」
 「じゃあ体温計りますね」
 体温計を咥える。
 測り終わるまで何もなかったけど、とても短く感じた。
 「36度4分。うん。これならもう大丈夫ね」
 「退院、出来るんですか?」
 「ええ、リハビリもよく頑張りましたし、これなら通院しなくても大丈夫ですよ」
 「リハビリ、ですか。あの、ボク、お父さんもお母さんもいないし、お金、ないし……」
 「それなら大丈夫。お金は私が何とかするから」
 「そんな、悪いですよ。ボク、他人ですし」
 「私の名前は桜井碧。ほら、これで知り合い。他人じゃないでしょ」
 「ほんとに、いいんですか?」
 「いいのいいの、気にしないで」
 どうしよう。
 どうして、こんなにも嬉しいんだろう。
 ボクがもう一度生きられるって分かった時も、これくらい嬉しかった気がする。
 でも、今度は嬉しくて涙が止まらないよ。
 「うぐぅ、ありがとうございます」
 「あらあら、泣くほど嬉しかった?」

 堪えきれなかった涙を見られちゃった。
 でも、この人なら、こんな姿見られてもいいかな。
 「明日の朝には退院できるから、今日は大人しくしててね」
 「はい」
 今日の検診はこれで終わった。明日にはまた、この町で暮らせる。
 でも、問題も一杯ある。どうしたらいいんだろ。
 でも、今日は心配するより体を休めよう。今日は、いい夢が見れそうだ。
















 そんな事考えて寝ていたら、もう次の日になった。
 いい夢は見れた。
 けど、ちょっとだけ嫌なことも思い出しちゃった。
 8年前と半年前の事。
 どちらも、ボクが消える事によって別れた記憶。あの時は、みんな優しかったな。
 「月宮さん。準備できてますか?」
 「あ、は〜い、大丈夫です」
 「それじゃあ行きましょう」
 本当は荷物なんてほとんどないはずだった。でも、碧さんがボクのために色々用意してくれた。
 だけど、それ以外はボクでどうにかしなきゃ。住む場所も、ないんだし。
 「月宮さん。どうしたの?」
 「えっ?あれ?ここは?」
 「もう病院から出ましたよ。ボーッとしちゃって、まだ若いんだから」
 「あれ?病院から出たのに、どうして碧さんは付いて来てるの?」
 「ちょっと案内。いいから付いてきて」
 碧さんに案内されるままに付いて行く。付いたのはマンション。
 一体ここに何があるんだろ?
 「これ、渡しておくから」
 「鍵?」
 「部屋、案内するから」
 何かまだ理解できない。
 碧さんが、部屋を案内する。
 引っ張られて、碧さんの部屋まで案内される。
 「206号室」
 「気にせず上がって」
 押されるがままに部屋に通される。
 2LDKの部屋。整理整頓された室内が、広さを感じさせてくれる。
 「月宮さん。この部屋使っていいから。お小遣いも少し位なら上げられるし。こう見えても私、料理だって出来るから、食事の心配は要らないよ」
 「どうして、どうしてボクなんかのためにこんなにしてくれるの?」
 「月宮さん、身寄りがないでしょ。ずっと病院暮らしだったから仕事も出来ないだろうからね。心配になっちゃって。お金の事は気にしなくていいよ。あの病院結構お給金いいから。一人子供が増えても暮らしていけるから」
 「ほんとに、ほんとに……」
 「私からの誘い。月宮さんは受けるか受けないか決めればいいよ」
 「ほんとは気が引けるけど、嬉しいです。受けさせてもらいます」
 「決まり、だね」

 碧さんは笑顔でサムズアップして答えてくれた。
 ボクはまた嬉しくて涙が出てきちゃった。
 昨日から碧さんの前で泣いてばかりいるような気がする。
 泣き虫だと思われちゃったかな?でもいい、碧さんの前だけは、精一杯甘える事にしちゃお。
 「ああ、それと、来週から学校行けるから。今日が木曜日だから、4日後からになるけどね」
 「学校も行っていいの?ありがとう」
 「制服はそこにかかってるから、来週までに袖通しておいて、って、もう着替えてるの」
 その制服は見覚えがあった。
 栞ちゃんや名雪さんたちと一緒の学校だ。青いリボンだから、ボクは1年生。
 祐一君と名雪さんは順調に3年に上がっちゃってるんだろうな。
 栞ちゃんは、出席日数が足りないからもう一度1年生やってるんだろうな。
 もしかしたら栞ちゃんと一緒にクラスになれるかもしれない。
 そう思ったら、早く制服着て学校に行きたくなっちゃった。
 「うん、サイズもぴったり。胸がちょっと寂しいけど、似合ってるよ」
 「うぐぅ〜。胸の事は放っておいてよ〜」
 胸の事は放って置いてほしかったな。
 でも、制服にあってるって言ってもらえて本当に嬉しかったよ。
 ボクは転校生扱いになるんだって。
 だから、まだどこのクラスに入るかも分からない、ほんとに栞ちゃんと同じクラスになれるかもしれない。
 「月宮さん、は他人行儀っぽいね。あゆちゃんって呼んでいい?」
 「もちろんいいよ、いやいいですよ」
 「敬語も要らないから。ほんと普通に話してくれていいよ」
 「わかったよ。ありがとう、碧さん」
 碧さんはまだ病院の仕事が残ってるって言って戻った。
 ボクは制服から着替えて外に行く事にした。生身で外を歩くのは、8年ぶり位かな?
 最初に行ったのは商店街。
 半年前と変わってない。懐かしいな、どうしてこんなにも懐かしいんだろう。
 手の届きそうな位置からずっと見てたからかな?
 こんなきょろきょろしてたら田舎上がりの人に見られちゃうかな。
 それよりも、こんな時間から外にうろついているのが不思議なのかな。
 普通のみんななら学校に行ってる時間だからだよね。
 ボクが、普通じゃないんだよね。でも、もうすぐボクも普通に、普通になれるんだよね。
 あれ?また涙が出てきちゃった。ほんとにボク、退院してから泣いてばっかりだよ。いつからこんなに泣き虫になっちゃったんだろう?
 お母さんがいなくなっちゃったとき、祐一君たちと別れたとき、また過ごせると分かったときに、全部流したと思ったのに
 涙って、尽きないんだね。
 だめだよ、こんな泣いてたらもう外歩けないや。今日のところは帰ろ、まだ3日はあるからそのときにまた



 翌日

 今日は公園に来てみた。
 途中商店街に行って鯛焼きを買おうと思ったんだけど、やっぱりこの時期には売ってなかった。
 冷凍された奴ならあったけど、やっぱり焼きたてが食べたかったから諦めた。
 ここの公園は始めて来た。
 祐一君から聞いたけど、ここは栞ちゃんと一緒に遊んでたところなんだって。
 あの時は石入りの雪玉投げられたって愚痴ってたね。
 やっぱり、どこ行っても考える事があまり変わらない。どうしても祐一君のことに行き着いちゃう。
 会いたい、でも、どこかで会っちゃいけないって言ってる。
 誰かが言ってる、ボクの中から?それとも外から?
 分かんない、分かんないや。
 もういいや、これ以上外にいても考えること、同じだもん。学校が始まるまでの3日間は、家で過ごそう。碧さんに本を借りてそれで過ごそう。
 でも、どうして?何か、何か言い表せないような不安がある。どうしてなんだろう?3日後に、分かるのかな?

 あれからいろいろと考えてみた。
 学校の準備や読書しながら3日間考えてみた。他にもいろいろな疑問があった。
 どうしてボクは碧さんの本が読めたんだろう。
 小学4年くらいまでの知識しかないはずなのに、碧さんの小難しい本が読めた。理解できた。
 分からないけど、勉強が全く分からなくなるわけじゃないのは助かりだった。
 「あゆちゃん、そろそろ行かなくていいの?」
 「うん、もう出るよ」
 時間は7時30分。
 ここから学校までは大体30分、転校初日から遅れるとまずいので、早めに出ることにしている。今から出れば十分間に合う。
 制服も着た。教科書もちゃんと持った。頭のリボンも曲がってない。生徒手帳持った。筆記用具もノートも入ってる。朝ごはん食べた。あと、何か忘れもないかな?
 「あゆちゃん!遅れるよ」
 「うぐぅ〜、今行く」
 忘れ物はない、と思う。学校の初日ってこんなに緊張するものなんだ。
 碧さんが待ってる。早く行かなきゃ。
 「じゃあ、あゆちゃん。行こ♪」
 「うん」
 あっ、今ほんとに自然に笑顔が出た。碧さんの前じゃ泣いてばっかりだったから、碧さんも笑顔になった。
 うん、やっぱり笑ったほうが気持ちいいや。つい碧さんの手を握って歩き出しちゃった。
 これじゃあ初めて学校に行く小学生みたい。それとも幼稚園児?
 お母さんって、こういう感じだったのかな?
 「あゆちゃん。ここからは一人で大丈夫だよね」
 「うぐぅ〜。ボク、これから行くの高校だよ。小学生じゃないよ」
 「うんうん。体系だけなら小学生か中学生だから。それじゃ、私も仕事あるから。じゃあね♪」
 「碧さん!」
 あっ、周りの人がボクを見てる。今まで見なかった人が校門の前で叫んでるんだもんね。
 誰でも注目しちゃうよね、うん、きっとそうだよ。じゃあ早速、職員室に行かなきゃ、すぐに見つかるよね。
 でも、その考えが甘かった。どれも同じような部屋に見える。職員室って何処にあるの〜?
 「あの〜、うなだれちゃってどうしたんですか」
 「職員室ってどごでずが」
 あっ、すごい鼻声、ボクまた泣いてるんだ。って、こんなんで泣いたらほんとに小学生だよ!
 「あ、あの、案内しますから立ってください。それとこれで涙と鼻を拭いてください」
 「うぐぅ〜、ありがとうだよ〜」
 ハンカチとちり紙を出してくれた。この人優しい人だよ。でももう泣かないよ。泣き虫は、嫌だもん。
 ボクはその娘のハンカチとちり紙を受け取る。それで涙を拭く。それでようやく立ち上がれた。
 「それじゃあ付いてきてください。すぐに付きますけど」
 ほんとにすぐ付いちゃった。1分も経ってないよ。て言うか何でこんなに端っこにあるの。
 「私はこれで。ハンカチは返さなくていいですから」
 「えっ、そんな。わるいよそれじゃあ」
 「う〜ん、じゃあこう言うのはどうです。また今度返す機会があったら、友達になりましょう」
 「えっ、出来れば今からでも友達になりたいんだけど」
 「こっちの方がドラマみたいで素敵じゃないですか。じゃあ、返す機会があれば、もっと仲良くなりましょう」
 「あっ、それも素敵だね。えっと」
 「名前言ってませんでしたね。私は……」
 キーンコーンカーンコーン
 「あっ、もう予鈴です。すみません。名前は次にあったときにします。それでは」
 「ちょ、ちょっと」
 彼女は急いでいってしまった。名前、聞きたかったな。ボクも言ってなかったし。
 それよりも早く挨拶しなきゃ。予鈴もなっちゃったし。ボクはすぐに先生に挨拶し、教室に案内してもらうことになった。
 クラスは1-2だって、栞ちゃんと一緒のクラスだったら嬉しいな。
 「お〜い、静かにしろ」
 転校生ってやっぱみんな緊張するのかな?この廊下で待ってる時間が長く感じるよ。
 「月宮君。入りなさい」
 わ、呼ばれた。右手と右足は交互に出す。よし。あ、段差がある。気をつけて、よし。
 「自己紹介をどうぞ。簡単でいいから」
 「えっと、えっと、つ、月宮、あゆです。よろしくお願いします」
 「ざわざわ(女の子か)」
 「ざわざわ(結構かわいいじゃん)」
 「ざわざわ(あの人です。さっきの話の)」
 うぅ、みんなボク見て話してるよ。どんな話なんだろ。
 「あれ?」
 「どうした、月宮?」
 「いえ、朝ちょっとお世話になった人がいたもので。あの窓際の後ろから2番目の人」
 「美坂か。じゃあ、あの席の後ろ空いてるからそこに座りなさい」
 「はい」
 なんかほんとにドラマみたいな展開だよ。まさか一緒にクラスになるなんて。
 あれ?でも、何か引っかかることがあるんだけどな〜。何だろう?ま、いいや。
 「えへへ、また会えましたね」
 「ほんとにドラマみたいな展開になっちゃったね」
 「そうですね」
 「そういえば、次にあったら名前教えてくれるって」
 「そうでしたね。私は栞です。美坂栞。漢字はこう書きます」
 「栞、ちゃん?だよね」
 「そうですが、どうかしましたか?」
 「ううん、なんでもないよ」
 あれ?栞ちゃん?美坂栞ちゃん。ボクが、一緒のクラスになれたらいいって思っていた人。
 どうして、どうして分からなかったんだろう。名前を言われるまで、どうしてこの娘が栞ちゃんだって分からなかったんだろう?
 会ったことがあるはずなのに、顔が変わってる?ううん、違う。あの時と全く変わってない。制服を着てるから?そんなことで間違う訳がない。
 じゃあ、どうしてボクは栞ちゃんのことが分からなかったんだろう?
 「どうしました?気分でも悪いんですか?」
 「えっ、いや、大丈夫だよ。心配掛けてごめんね。栞ちゃん」
 「よかったです。月宮さん、難しい顔してましたから」
 「あはは、ごめんね」
 やっぱり何かおかしい。いや、何もかもがおかしい。まるで、ボクだけが違う場所にいる。そんな感じがする。
 考えてても時間は過ぎていく。休み時間になったらボクの周りを人が囲む。
 やっぱり転校生は初日だけ質問攻めに会うんだ。今日はもう栞ちゃんと話す機会はないかも。
 ボクは休み時間はみんなの質問に答えることにした。第一印象が大事、とも言うしね。
 泣き虫よりも明るい娘として見られたい、と言う気持ちもあるけどね。
 そして時間は過ぎていった。
 最初の予想通りボクは今日一日ずっと質問詰めだった。
 結局栞ちゃんとはあまり話せなかった。明日を、待つしかないみたい。だから、今日は帰って、碧さんのご飯を食べよ。うん、それが一番いいよね。
 ボクはそうやって自分を納得させた。本当は逸早く解かなきゃいけない疑問のはずなのに。
 でも、本当は知るのが怖い。それは間違いない。だって、ボクは、まだあそこに行ってないから……



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