佐祐理は今幸せです。

だって

佐祐理の傍には

無表情だけど、本当は感情豊かな照れ屋さんの舞と、

ちょっと意地悪だけど、本当はとても優しくていつも皆の事を第一に思っている恋人の祐一さんが傍にいてくれるから。



でもね



最近思うんだ。



佐祐理は本当にこんなに幸せでいいのかなって。



ねえ



一弥



お姉ちゃんの事許してくれてるのかな?












私は幸せになってもいいのかな?
















〜心のかけら、幸せの太陽〜



















春。
1年の始まりの季節。
たくさんの出会いや別れを経験する季節。
とはいえ今は5月。
もうここ、東京の桜は散り、葉っぱだけになっている。


佐祐理は今、大学生。
この東京のアパートで祐一さんと舞と三人で暮らしています。
ちなみに祐一さんも舞も同じ大学なんです。(学科は違いますけど)
今日は5月5日。
何かあったような気がするんですけど思い出せないんです。

「ん〜〜なんだったっけ?」

佐祐理は台所で今朝食を作っている途中です。
作りながら思い出そうとしているんですけど……

「ふぇ、ダメです、思い出せません。」

佐祐理は頭の悪い女の子ですから、思い出すことが出来ません。
そうこうしている内にもう祐一さんと舞を起こす時間です。
佐祐理は朝食を並べ、二人を起こしに行きました――。







「ふわぁ〜〜」
寝ぼけ眼をこすり、朝食をのろのろと食べる祐一。
「……」
舞も隣で食べているが、こちらは黙々と食べている。
そして、その二人をボーっと眺める佐祐理。
今朝の佐祐理はずっとこんな調子だ。

「佐祐理、」
舞が食べ終わったと同時に話しかける。
「はぇ?どうしたの舞?」
佐祐理は首を少しかしげながら。
そんな佐祐理を見て、
(佐祐理さん・・・可愛い・・・)
と祐一は心の中だけで思う。

「私、今日は今からすぐ講義だから。」
「はぇ、そうなの?舞。」
舞はこくんと頷く。

そして一言。

「だから今日は祐一と二人きりでデートでもしてきて。」








「で、舞の厚意に甘えて外へ出てきたのはいいが何処へ行けばいいものか。」
「あははー、舞いきなりでしたからねー。」

ぽかぽかとした陽射し。
道端に咲いている小さな可愛い花たち。
空にはこいのぼりが悠々と蒼の中で遊んでいる。
笑いながら走って通り過ぎていく、小さな子供たち。
祐一と佐祐理はそれを見て優しく微笑む。

舞の突然の提案によっていきなり決まった二人っきりのデート。
いきなりの事だったので二人はただ何処へ行くでもなく春の暖かな小道をブラブラしていた。

「まあ、でもたまにはこんなのもいいかな。」
桜はもう散ってしまったとはいえ、まだ春だ。
春の日差しは夏のように強すぎず、冬のように寒すぎず、とても心地よい。

「あははー、そうですねー。ぽかぽかして気持ちいいです。」

隣を歩く佐祐理の笑顔も。
春の日差しのようにぽかぽか暖かい。
その佐祐理の笑顔を見て祐一も自然と笑顔になる。

「でも、やっぱり歩きっぱなしというのも疲れましたね。佐祐理さん、あそこの公園で一休みしませんか?」

祐一は目の前に見える公園を指差した。







「あーっ、祐一さん、蝶々ですよ〜っ」

花がいっぱい咲いている公園。
赤や青、紫など色鮮やかでとても綺麗だ。
その花に集まっているちっちゃな蝶々を見つけ、笑顔で追い掛け回す佐祐理。
祐一はその佐祐理の呼びかけに手を振って答えながら苦笑いした。
(佐祐理さん、元気だなあ)

結構歩いたのに佐祐理は疲れた素振りさえ見せない。
祐一はベンチで一休み。
最近は運動していないのですぐに疲れてしまった。

(高校卒業して以来、あの早朝マラソンもなくなったしなあ)

まあ勿論、もうあんなに走る気はないし、今のざまでは走る事はできないが。
それでもとても懐かしく感じる。
あの頃の(とはいえまだ数ヶ月しか高校卒業してから立っていないが)毎日を思い出して自然と微笑む。

「どうしたんですか〜?にこにこして?」
「うわっ」

いきなり佐祐理の顔が目の前に現れて、
祐一はかなりびっくりして思わず間抜けな声を出してしまう。

「あはは〜祐一さん、驚きすぎですよ〜」
はい、と笑いながら佐祐理はすぐ其処の自販機で買ってきた缶コーヒーを祐一に渡す。
「あ、ありがとうございます。」
「いいえ〜」
佐祐理は祐一の隣に座り、紅茶のプルタブを開ける。
ちょっと安っぽいけれど、それでも紅茶のいい香りが漂う。
一口飲んで、渇いた喉を潤す。


「本当にいい天気ですね〜。」
「ん、ああ、そうですね。」
二人で空を見上げる。

蒼い空。
鳥たちが自慢げに蒼を泳ぐ。
この晴れ渡る空にポツンと浮かぶひとつの雲。
それは今にも太陽を覆い隠しそうだ。
佐祐理の心に似てますね、と佐祐理は思う。
幸せだと思う、晴れた気持ちの中にあるひとつだけの罪の意識。
それはもう祐一や舞、そしてあの街の少女たちのおかげでほとんどが佐祐理の中から消えてしまった。
しかし、まだ小さなかけらが残っていて。
そのかけらは小さくても佐祐理の幸せを隠してしまいそうだ。
佐祐理は小さく身震いする。


「祐一さん……」
「ん、どうしたの?」
「私たち今幸せですよね?」
「うん、少なくとも俺はそう思っているけど。佐祐理さんは、違うの?」
祐一の少しの訝しみと不安を含んだ声。
佐祐理は違うんです、と首を振る。
「佐祐理も幸せですよ。」
そういうと祐一は、ほっとした表情になる。
「ただ……」
「ただ?」

「佐祐理はこんなに幸せでいいのかなって思うんです。」

流れる沈黙。
小さな雲は太陽を覆ってしまった。
二人は缶の中身を飲みほす。
コトン、と佐祐理は空き缶を横に置く。
ふう、と一息ついた後祐一は口を開いた。
「一弥、ですか。」
倉田一弥。
今は亡き、倉田佐祐理の弟。
「一弥は、佐祐理の事を許していないんじゃないかなって、お姉さんなのに一弥を守れなかった佐祐理が幸せになったりして、一弥は怒っていないかなって、そう思ったんです。」
ポツリ、ポツリと。
佐祐理は俯いて言う。
そして目を強く瞑って、スカートをギュッと握り締める。
祐一は佐祐理を見ずに、ただ手元の空き缶をじっと見つめながら、佐祐理に問いかけた。
「佐祐理さんは幸せでありたくないんですか?」
ふるふる、と佐祐理は首を振る。
「それなら良いじゃないですか幸せでも。それに佐祐理さんは幸せでなくちゃいけないんですよ。」
「え?」
「佐祐理さんは一弥の分まで幸せにならなくちゃいけないんです。」
「一弥の分まで・・・」
「そうです。」
でも、と佐祐理は言う。
「でも、佐祐理では一弥の分まで幸せになることは出来ません。一弥がもし生きていたらきっと、いえ絶対に佐祐理より幸せになれたでしょうから。」
だから佐祐理には無理です。
と、佐祐理は自嘲気味に笑いながら呟く。

佐祐理を一瞥した祐一は、蒼い空を見上げて一度大きく深呼吸。
そして佐祐理を見つめる。

その瞳に決意を込めて。


「それなら、俺が佐祐理さんを幸せにします。」


「え?」
佐祐理も祐一を見つめる。

その視線をはずすことなく祐一は言葉を続ける。
「俺だけでなく舞もいる、あの街に帰れば名雪たちだっている。佐祐理さんはたくさんの人に幸せにしてもらう事ができるんです。」
「幸せにしてもらう・・・」
「そうです。佐祐理さん、俺じゃあ力不足かも知らないけど、それでも頑張って佐祐理さんを幸せにできるようにする。これはその決意の証だよ。受け取ってくれるかな?」
祐一がポケットから取り出した小さな箱。
佐祐理は受け取り、蓋を開けてみる。


中には


小さな銀の指輪。


「指輪・・・」
「まだそれくらいの安いやつしか買えなかったけど、大学を卒業して就職したらもっと良い指輪を買えるから・・・そのとき・・・結婚しよう。」
「祐一さん・・・」

涙があふれる。
銀の指輪の輝きが増したように見える。
この指輪には何も宝石はついていないけど。
もっと高価なものを、それこそ何百万とするようなものを佐祐理はもっているけれど。
それでも、これは、
今迄で一番の指輪だった。

「お誕生日おめでとう。佐祐理さん。」
祐一の言葉で思い出した。
今日は自分の誕生日だという事を。


「ありがとうございますっ。祐一さんっっ。」
「わっ、と。」

佐祐理は涙しながら祐一に抱きついた。
そして顔を上げて、

優しく、美しく、そして温かく、笑った。


花が咲き誇る公園で抱き合う二人。
とても幸せそうな、幸せな二人。
蒼い空はそんな二人を優しく見守り、白い雲は流れて――





――太陽がまた顔を見せて二人をあたたかく包んでいた。







ねぇ一弥、



佐祐理は



私は



幸せだよ。



そして



これからは



一弥の分まで幸せになるから



私の事、見守っていてね。







〜fin〜
Happy birthday Sayuri. The smile and can exist in the future you.

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