小さな風の悪戯
 長い冬の訪れ
 明けない夜に縛られ
 少女は終わらない夢を見ていた

 でも

 ほんのささやかな想いによって明かりは灯された
 辺りに少し遅い春が来て
 朝日と共にまどろみは消えていった
 一組の恋人達に奇跡のかけらを残しながら……


リフレイン




 小さな町の病院の小さな病室。
 学校が終わると俺はそこに直行する。
 そこには小さな天使。
 翼もなく、体はやせ細り、白いベッドから満足に起きあがる事も出来ない。
 それでも彼女を見られる事が嬉しくて……でも、元気に駆け回っていた姿を知る俺には、少しだけせつない。
「でさ……昨日も名雪の奴は……」
 ぽーっとした、赤い顔でこちらを見つめるあゆ。
 その様子に思わず言葉を止める。
 何年間も寝たきりだったせいで、抵抗力も落ちてしまっているらしいあゆはよく微熱を出す。

そっ

「……わひゃっ」
 体温を確かめる為、そっと額に手のひらで触れた瞬間、驚いた声を出される。
 やっぱり体温が高い。
 驚いたのも熱の所為で注意力が散漫なのだろう。
「大丈夫か? また、風邪でもひいたんじゃないのか?」
「んっと、えっと、祐一君の手冷たくて気持ち良いよ」
 もしかしてあゆは、俺の言葉をあえて聞かないようにしているんだろうか。
「ほら、あんまり無理するな。もう横になれ」
「うん……でも……」
「俺の手ぐらいなら当てておいてやるから、ほら」
「う、うん」
 あゆをベッドに横たえ、布団を掛けてやる。
 そして、安心できるように布団の上から優しくぽんぽんと叩く。
「ねぇ、祐一君。ボク、いつまでここにいる事になるのかな……」
 ぼそっと呟く声。
 やっぱり、これからの事が不安なのだろう。
 だが、心配するような事は何もない。
「それなんだけどな、お前さえ良ければ一緒に暮らさないか?」
 その言葉に驚いたようにあゆは目を見開き、よろよろと起きあがる。
「といっても、居候させてもらってる秋子さんの家でだけどな」
 俺がやっているのは秋子さんを利用してるだけかもしれない。
 でも、それ以外には今の俺には手段が無いのも事実だった。
 そんな自分の力の無さに思わず自嘲気味になる。
 だけど、見栄もプライドも今はどうでも良かった。
 また、こいつを一人にさせる事に比べたら。
「で、でも。そんなの……」
 慌てた様子で何かを言おうとするあゆ。
 それを口元に人差し指をあて遮る。
「いいんだ。みんなそれを望んでいるんだから」
 本当に望んでいるのは俺だけかもしれない。
 だけど……エゴだとしても、それは譲れない一線。
「だって……だって……」
「あゆ、俺と一緒に暮らそう」
 最後の駄目押し。
 あゆの目を見ながら、反論を封じ込めるように言いきる。
 まっすぐ俺を見ながらも、揺らぐ瞳。
 隠しきれない、戸惑いが見て取れる。
 それでも……
「うん」
 そうして胸に飛び込んでくるあゆ。
 しばらくぎゅっと俺に強く体を寄せてきていたが、すっとあげた顔は涙に濡れていた。
 俺はそのままあゆを抱きしめる。
 結局、その日は俺が帰るまでそうしていた。


「なぁ、林檎食べるか?」
 また、別の日。
 例の如くあゆの元へと来ていた俺は不躾にそんな事を聞く。
「ううん、いいよ」
 あゆは俯くと遠慮がちに断る。
「やっぱり、食欲ないのか?」
「……う、うん」
 ここ数日、食事をあまり取ってないと担当の看護婦さんから聞いたのは今日の事だった。
 そう言われて、気付いた。
 お見舞いの品にもあゆはあまり手を付けていなかった事に。
「でも、ちょっとでも食べないと体力もなかなかもどらないぞ」
「うん……」
 あゆは気の無い返事で朧げにそう答える。
 やっぱり、この先の不安などは拭えないのかもしれない。
 多分、それが食欲などにも出てきてしまっているのだろう。
 水瀬家に来いと言っても、それをいつまでも続けられない事はあゆも理解しているのだろう。
「心配するなって言ってやれればいいんだけどな」
「え? なにが?」
「いや、なんでもない」
 誤魔化してしまう自分が少し嫌になる。
 本当はあゆを安心させる為にこう言ってやりたい。
 俺が高校を出て就職したら、ずっと二人で幸せに暮らそうと。
 でも、そんな未だに不確定な事をあゆに言っても不安を煽るだけだろう。
 それが……辛い。
「なぁ、あゆ今日はちょっと外に出ないか?」
「え?」
「医者の許可はもう貰ってるんだ。いつもこんな所に閉じこめられてちゃ気分も暗くなるだろ」
「そうかもしれないけど……」
 意外にも渋るあゆ。
 やっぱり、色々と堪えてるのかもしれない。
 その所為で今のあゆがあまり笑えないのだとしたら、俺はこんなつまらない切っ掛けを作る以外に何が出来るのだろうか。
「そうだな。なら、俺とデートしないか?」
「デ、デート!?」
「まぁ、言い換えただけだけどな」
 それでも、少しでもこいつの気持ちが外に向いてくれるなら、そんなに嬉しい事はなかった。
「でも……ボクの体大丈夫かな……」
「大丈夫さ。医者の許可は出ているっていったろ? それに病気じゃないんだから心配ないさ」
「うん……病気じゃないんだよね」
 そう言って再び俯くあゆ。
 その顔は前にも増して暗い。
「さ、いくぞ」
 あゆの足と背中に手を回して抱き上げる。
「わ、わわっ」
 あたふたと慌てるあゆ。
 そして持ち上げられた恐怖の為だろうか?
 ぎゅっと俺にしがみつく。
「ゆ、祐一君。車椅子とかは?」
「いいさ。お前軽いからこのままいこう」
 本当にあゆは軽かった。
 羽のようにという形容はこういう事を言うのかもしれない。
「病院の中庭に梅の花が咲いてるんだ。なかなか綺麗で見事だったぞ」
 努めて明るくそう言う。
「あゆだって、それを見ればきっと元気が出てくるさ。お前が笑った時みたいな可愛い花だから」
「祐一君……」
 再びぎゅっとあゆの手に力が入る。
 それに俺は微笑みながら、あゆと共に病室を後にした。


「あゆ」
「……?」
 真剣な俺に、あゆは視線だけで疑問符を投げかけてくる。
 俺がなんの話をするのか見当がついていないらしい。
「お前の担当の医者から聞いた」
「!?」
 その言葉にたい焼きを落としそうになるほどの動揺があらわれる。
「自分の体の後遺症が不安なんだって?」
「……うん」
 担当の医者から聞いた話はこうだった。
 今の自分の体は本当に何処にも異常が無かったのか?
 本当は、まだ頭の怪我が治ってないんじゃないか?
 そういう風にしつこく聞かれたらしい。
「医者は特に異常は無いって言ってただろう?」
「うん、そうだね」
 また、嫌な顔でもそう思っていたのだが意外にもあゆの表情は明るかった。
「隠してて、ごめんね」
「いや、いいさ」
 さっきまでだったらそうは言えなかったかもしれない。
 だが、見た感じ肝心のあゆが吹っ切れているようなので、俺は素直にそう言う事が出来た。
「確かに一時期は心配してたけど、もうボクは大丈夫」
「そうか」
「いつも祐一君がいてくれるから」
「……そうか」
 あゆの言葉はストレートで……照れる。
 頬が熱いのを感じる。
 多分、おれは真っ赤になってるのだろう。
 なら、恥かきついでだ。
「いるさ」
「え?」
「俺はなによりもお前が好きなんだ」
 もっと恥ずかしい言葉を言ってやる事にする。
「誰よりもお前が可愛いし、どんなものよりもお前の笑顔で幸せを感じられるんだ」
「祐一君……」
「だからさ。これからもずっと俺の傍で笑っていて欲しいんだ」
 あゆはそんな俺を真っ赤になってしばらく見つめていた。
 そして、一度目を閉じて今の俺の言葉を反芻するように深呼吸を一つすると
「祐一君……恥ずかしい事言ってるね」
 そう、嬉しそうに照れ笑いを浮かべる。
「いいさ」
 俺は恥ずかしさのあまりそっぽを向きながら答える。
「多分、一生に一度の台詞だから」
 それをついでで言ってしまう俺は意気地がないのかもしれない。
「一生に一度しか言ってくれないの?」
「なんども言う台詞じゃないからな」
 どうやらあゆにはその正確な意味は伝わっていなかったらしい。
 まぁ、それはそれでいい。
 その時は、ついでなんかじゃなく指輪と共にもう一度勇気を振り絞るだけだ。
 俺たちには時間はたっぷりあるのだから。


 退院の日。
 すっかり元気になったあゆと外で……いつものベンチで待ち合わせをした。
 俺たちのやりとりもいつの間にかいつもどおりにもどって。
 あゆもいつもどおりの、元気な姿をみせてくれている。
 まだ、消えない不安はある。
 でも、これからはその不安を乗り越えていく事を決めている。
 他でもないこいつの為に……
 今はまだ他の人の力を借りていたとしても。
 今はまだ完全にはあゆを幸せにできていないのだとしても。
 それでも俺には、確かな決意と未来があるのだから。
「行くぞ、あゆっ」
「うんっ」
 もう、別れは繰り返さない。
 三度目の正直を掴んでみせる。
「なぁ、あゆ」
「うぐ?」
「大好きだぞ」
 だから笑顔で、
「ずっと一緒に……」

 幸せな毎日を繰り返そう。

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