カリカリカリカリ……
一週間に稀に出現する休日という名の自由時間の真昼間を、俺は自分の部屋で机に向かってただ黙々とペンを走らせていた。今まさに俺は大学進学という魔物を倒すべく、数式という防具を着込み、単語という武器を磨き上げ、歴史という呪文を覚えこんでいる……わけなのだが
「んー……デンプン、デンプンっと、どんな漢字だったっけな?」
基礎問題集の漢字の設問ですでに瀕死である。
「ったく、香里の奴いきなりこんな高レベルな問題集を渡しやがって」
なにが、相沢君は別に専攻している分野とか特に無いんだからまずは広く浅く覚えて行くほうが効率がいいわよ……だ! しかも、答案用紙を持ってきたら採点してあげるわよ…とまで言ってきたからな。ご丁寧に『こたえ』のページがきれいに剥ぎ取られているほどの徹底振り。しかし悔しいかな今の俺の知識を香里に見せては、我が軍の戦力の低さを露呈してしまうだけではないか!
「ふっ、しかし俺には秘密兵器があるのだよ、美坂君」
俺はニヒルに笑うと、机の引き出しを開けた。これさえ使えば、圧倒的なのだよ、わが軍は!
「漢字辞典〜〜♪」
不思議な効果音が聞こえてきそうな叫びでブツを出す……
「あれ?」
無い……? 確かにここに入れてあったはずなのに。
ヤヴァイ……
何がやばいって問題が先に進まないことじゃなくて、むしろ「って漢字辞典じゃ調べられないじゃん!」と辞典を地面に叩きつけると言う、小気味よいノリ突っ込みが不発に終わったことだろう。
「なんということだ……この振りかざした拳はどこに…って、なんだ、これ?」
と、辞典があった空間に一枚の紙切れを発見した。
「なんか書いてあるな……《ゆういちくんの大切なものはいただいたよ! かえしてほしかったらボクのあんごうを見事といて、半人を見つけてみてよ 回答アユのちょうせん》」
…………はんじん? 犯人の間違いか? と、いうか……
「あいつ…」
「祐一君! 遊びに来たよっ」
俺が椅子から腰を上げようとした矢先に、バンッっと、ドアが開きあゆが現れる。どこから手に入れてきたのか服装はホームズみたいにインヴァネスコートとディアストーカーの組み合わせである。
「あれっ? 祐一君の持っている紙ってなになに? もしかして怪盗予告とかだったりして!? それならボクに任してよっ! 名探偵といわれたじっちゃんの名にかけて見事祐一君の盗まれた漢字字典を取り返して見せるよ!」
………………
「まずは暗号だね……その暗号に書かれてる絵と文字にヒントがあるんだと思うんだよ」
…………
「む、その絵はまさしく……って、あれ、祐一君、どうしたの?」
「……あゆ」
「祐一君! そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ。この名探偵月宮あゆが必ず祐一君の大事な辞書を見つけ出してあげるよ!」
いや、確かにすごい落ち込んでいるのは確かだが……
「いやそういうことじゃなくて、なぁ……あゆ」
「ん……なに、祐一君?」
「犯人はお前だぁーーーーーー!!!」
そう叫びながらビシィーーー! とあゆを指差す。
「え? え? ボクが?」
コクリッ
「祐一君ってエスパー??」
「誰でもわかるわ!!」
「あっ、さては祐一君ボクが祐一君の部屋から何かを待ちだすのを柱の隙間からじっと見ていたんだね!」
「そんな家政婦バリに見なくてもわかる!」
「ありえないよ!」
や、何故そこで断言できるんだ。
「ハァ……なんか全部説明するのも馬鹿らしいから言わんが、自分の名前を書いといて犯人を見つけるも無いだろうが……」
「えっ!?」
「あと、暗号とやらも書いていないぞ」
「エッ!?」
「あと無くなってから怪盗予告は無いからな」
「うぐぅ!?」
「さらに漢字もたくさん間違ってるぞ」
「うぐぅ……」
「あの漢字字典で少しは勉強しろよ、じゃあ、俺は勉強しねぇとやばいから、また明日な」
と、トボトボと後退していくあゆが部屋を出て行くのを見送ってから、俺はドアを閉めた。
「さて……やっぱり実力でやるしかねぇか。でもあゆの奴なんであんなことしたんだろうな」
最近受験勉強し始めてかまってやらなかったからか? ギシ…と椅子に自重を感じさせ、また机に向かう。とりあえず白紙で採点されるのはなんか悔しいから、俺の知識でわかる難度の高めで且つ似たような名前の漢字でも書いておこうか。
「《植物からデンプンを取り出す……(臀部)》 さて、次の問題いくか……」
こうして休日は過ぎていく……
――三日後――
カリカリカリ……
「くそっ、香里のやつ」
結局、自力だけで解いた問題集は翌日真っ赤な×印と赤で書かれた正解だらけで付き返された。
俺の知識の結晶体を、ため息に少しの哀れみをアクセントとして付け加えやがって……とどめに「北川君より重症ね」とまで言われてしまった。
その日から俺は勉強の鬼となった。いや、勉強の虎となった。そう、虎だ、虎になるんだ!! そうかざした志を保つために、俺は部屋の壁に『欲しがりません、勝つまでは!』と書いた紙を貼り、打倒香里を誓った。そして学校から帰ってくるなり自室でペンを走らせている訳である。
「複素数の物理的応用、微分方程式を解いた時にx=A+iBと求まった場合、A(実部)とB(虚部)両方とも元の微分方程し……」
…………
「……ま、まずは漢字の勉強からだったよな。焦る何とかは儲けが少ないって言うしな。まぁ複素数とか物理とかはお手の物だが、まずは前回の復習から始めることが大切だよな、うん」
っと、シャーペンの芯が切れてしまってるな。シャーシンシャーシンは、っと、あれ?
「ない? 確かに筆入れに入れてたはずなんだけど、っかしいなぁ」
どこかにしまい忘れてしまったかとも思い,机の引き出しを順番に開けていく。そしてその引き出しのひとつ、三日前に漢字字典が入っていた引き出しを開けるとそこには、昨日までは入っていなかったはずの漢字字典と、その上にまたもや白い紙切れが置いてあるのを発見する。
…………
………………
ピシャッ!
「仕方ない、名雪に貰いに行くか。帰ってきてるといいんだけどな」
部活も三年生は引退まで大会をあと一、二回ほど残すだけとなったらしいので、早く家に帰ってくることも時々あるのでそこに賭ける。まぁ、帰ってきてなくても近所のコンビニにでも買いに行けばいいだけだし。
そう思考を巡らせながらドアノブに手を伸ばそうとしたとき…
バンッ!
「祐一君! 遊びに来たよっ!」
勢いよく目の前の扉が開き、あゆが現れた。しかも前回と同じくホームズスタイルだ。
「あれ? 祐一君、今からどこかに行くの?」
「ああ、ちょっと名雪にシャーペンの芯を貰いにな」
「え”っ?」
あゆはよほど俺の返答が意外だったのか、言葉ではない言葉を吐き出す。
「あのさあのさ、もっとよく探したらきっと見つかると思うんだよ」
「いや、もういろいろ探したんだけど見つからないんだ」
あゆは手をパタパタさせながら慌てたような早口で、捲くし立てる。
「それは祐一君がちゃんと探してない証拠だと思うんだよ! もっといろいろなところを見たほうがいいと思うんだよ」
「……例えば、どんなところを探したらいいんだ?」
「それは、机の引き出しとか、ツクエノヒキダシとか、つくえのひきだしとかを探してみたらいいんじゃないかな」
全部同じ場所じゃん。
「なぁ、あゆ」
「ん、なに、祐一君?」
「犯人はお前だぁーーーーーー!!!」
そう叫びながらビシィーーー! とあゆを指差す。
「うぐっ!?」
「とりあえずシャーペンの芯、返してくれないか?」
「えっ? な、なんのことかな? ボクは筆入れに入っていたシャーペンの芯なんて知らないよ?」
語るに落ちるとはまさにこのことだな。
「あっ、わかったよ! 引き出しの中に入っていた紙を見て犯人を推理したんだね! 祐一君!」
「いや、まったく見てないが…」
「嘘だよっ! 見てもいないのにわかるなんておかしいよ! それに見てよっ」
と、熱弁を振るいながらズカズカと俺の机の前まで行くと、引き出しを開け、先ほど漢字字典の上にあった紙切れを手に取り……
「この紙のどこにボクが犯人という手がかりがあるっていうんだよっ! この完璧な文も見ないで犯人を言い当てられるわけなんてあるわけないよ!」
うんっ、あるわけない! あるわけないよ! っと、自分の書いた紙切れを見ながらうなづくあゆ。
「うん、どれどれ?」
すでに自分が犯人だと自白しているあゆの持っている紙を手に取り、目を通してみる。
「なになに、祐一君の探しているシャーペンの芯はいただいたよ。返してほしければ暗号を解いて、犯人を捜してみてよ。 怪盗鯖」
……怪盗サバ?
「どう? この怪盗の名前に見覚えなんてないでしょ?」
きっと必死で考えたんだろう、その怪盗の名前を指差して、ひっきりなしに攻め寄ってくるあゆ。
「なぁ、あゆ…」
「ん、なにかな、祐一君? やっぱり鯖なんていう怪盗さんに心当たりはないよね?」
「名前が安易過ぎ」
ガーーーーン!!!
と効果音が聞こえてきそうなほど固まるあゆ。
「な、な、なんのことかな、ゆういちくん」
「せめて、怪盗Aとかにでもしてたほうがよかったんじゃないか?」
「怪盗A?」
「そう、あとな文ももう少し凝ったほうがいいと思うぞ。貴公の大切なものは我輩が頂いた。返してほしければ下記の暗号文のところまで来られよ……。とかな」
「ふんふん、へぇ……」
なるほどなるほど、とコートの中に入れていたのだろうメモ帳になにやら書いていくあゆ。そんな小道具まで用意しているとは芸が細かい。
「わかったか? わかったらさっさと芯を返してくれないか、あゆ?」
「うん、わかったよ! はい、祐一君。じゃあね」
と、コートの中から芯を取り出すと笑顔で俺に渡す。そしてその表情のままスキップでもしそうな勢いで部屋を出て行くあゆ。
「…………いったい、あいつはなにがしたいんだ?」
結局その日は、勉強する気が起きなく、無駄に過ぎていった。
――――それから何日ヶ後――――
「こうも香里から帰ってくる答案が真っ赤っかだと、本当のテストが本気でやばいなぁ」
もうすぐ学校のテストが始まる時期だというのに、連日香里から「全然だめねっ!」「北川君以下ねっ!」「くずよっ!!」(後半妄想あり)と、叱咤を喰らい続ける俺としては、大変心がブルーになるわけである。
このごろずっと頑張っているんだからもう少し激励してくれてもいいだろうに、美食倶楽部の主ばりのプレスをかけられるとやる気が起きる前につぶれてしまうぞ。
「さりとて、それでも頑張る相沢君でした…と」
そういいながら、自分の部屋のドアを開けたときだった。
「ん?」
なにか変だ……なんだろうこの言い知れぬ違和感は? 何かが違う。なんだろう?
「って、ポスターが変わってる!」
何日ヶ前に壁に貼っておいた『欲しがりません、勝つまでは!!』の文字が部屋から消えていた。その代わりに『貴公の大切なものは我輩が頂いた。返してほしければ下記の暗号文のところまで来られよ…… 怪盗A』と赤い文字で書かれた紙が張ってあった。
…………不意にこの目から零れ落ちる汗はいったい何なんだろうか……
「祐一君っ♪」
廊下から笑顔であゆが出てきた。
「なぁ、あゆ」
「どうしたの、祐一君?」
「…………」
「祐一君?」
「た、大変だ、あゆ。部屋に貼っておいたポスターが何者かに取られてしまったんだ!」
「それは大変だよ、祐一君!」
「ああ、大変だぞ! どうしたらいいと思う、あゆ?」
俺のそんな言葉を待っていましたといわんばかりに、あゆは大胸筋を張って自信満々に
「それなら、このボク、名助手月宮あゆに任せてよ!」
と、言い放った。
「うむ、任せたぞあゆ」
「わかったよ。ところで祐一君、大胸筋ってなんのことかな?」
「うむ、大胸筋とは超合金の仲間で、主にミサイルやファイヤーを出したりする場所なんだぞ」
「へぇ〜そうなんだ。それとボクが何の関係があるの?」
ちっ、聞こえてやがったか。
「そ、そんなことより、この暗号だ。早速この暗号を解いてポスターを取り戻そうぜ」
「うぐぅ、なんか話をそらされたような気がするんだけど……」
「そんなことないぞ。で、がったこうたのじょしたといれたにかぎはあたる……ってどういう意味だ?」
「あっ、これはたぶん下のこのタヌキの絵がヒントなんだよ」
「狸? これが? これじゃ狸というかブタ……う、うんっ、この狸はどういうことなんだろうな」
あゆの奴。無言のプレッシャーをかけて来るとは、なかなかやりよる。
「わかったよ、祐一君! これはタヌキだから《た》を抜くんだよ」
「ほうほう、それはまた幼稚園レベルのなぞなぞ……ゲフゲフっ。で、出てきた言葉はなんだ?」
「えっと…がっこうのじょしといれにかぎはある、だね」
「ほうほう」
「これは祐一君には取りにいけないね。ねっ、ボクが助手で良かった…って、痛い痛いよ」
グリグリグリッ!!
手をグーの形にしてあゆのこめかみをグリグリする。
「うぐぅ、ひどいよ、祐一君! いきなりなんてことするんだよっ!」
「いや、なんとなくこうしとかないと、気が治まらなかったんだ」
「どういう理由だよっ! うぐぅ……頭が痛いよぉ」
「自業自得だと思うぞ」
「そんなわけないよ!」
だから、何でそこで断言できるんだ?
「まぁいいや、じゃあ学校の女子トイレまでその鍵とやらを取りに行ってくれ」
「えっ? ボクだけで?」
「ああ、俺は女子トイレには入れないし、どの学校のどの女子トイレのどこにあるのか判らないからな。ここはひとつ名助手あゆに任せるとするよ」
「うぐぅ……ほんとにボク一人?」
「ああ、俺は勉強しないといけないしな。見つかったら戻ってきてくれ、じゃあ頼んだぞ、あゆ」
「う、うん。わかったよ。この名探偵月宮あゆに任せてよ! すぐに鍵を見つけてくるからねっ!」
いつの間にか探偵になったあゆは、そう言うとドアも閉めずに勢いよく部屋を飛び出していった。
「ふぅ……」
俺はため息をひとつ付くと、ベッドに倒れこんだ。
ドダダダダダダッ
「祐一君! 鍵を見つけてきたよっ!」
「持ってくるの早すぎッ!!!」
出て行ってから、十秒位しか経ってないぞ。
「超特急で探してきたんだよ、どう、すごいでしょ祐一君?」
「ほんとに早いなぁ、まるで、最初からあゆが持っていたんじゃないかと思ってしまうほどだよ」
「うぐっ、そ、そんなことあるはずないよ。祐一君もおかしなことを言うよね」
「そうだよな、あゆがそんな嘘を吐くわけないしな」
そういいながら俺はハッハッハッ、と笑って見せる。
あゆもつられて、笑うが、顔がかなり引きつっているように見えるのは気のせいではないだろう。
「で、その鍵というのは何の鍵なんだ?」
「あ、そうそう。そうなんだよ。その鍵にこんなものが付いていたんだよ」
と、いって、あゆは鍵を取り出す。その鍵には白い短冊形の紙がつけられており、そこには赤い文字でこう書かれていた。
「なになに、本当の学校の切り株で待っている。怪盗A」
「祐一君。この本当の学校の切り株ってもしかして……」
と、あたかも、まさか、という面持ちであゆは俺に訊いてくる。
「ふぅ……仕方がないな。試験も近いしな。さっさと行くぞ、あゆ」
俺はこの一連の出来事のエンディングが《そこ》にあるとわかり、さっさと外出の支度をする。
「えっ、あっ、ちょっと待ってよ、ボクも着替えるからちょっと待ってよ」
「…………ああ、早く学校や森に行っても大丈夫な服装に着替えろよ」
「うん、わかったよ。ちょっと待っててね、祐一君」
そう言うか早いか、あゆは部屋を出て行く。そうして数分後ホームズルック的だったあゆの服装は見る影もなく、外出専用として、俺の前に姿を現した。
「ん? コートはやめたのか、あゆ?」
「う、うん、あの格好で外に出るのはやっぱり、恥ずかしいよ」
「そうかそうか、でもさっき学校まで行ってたんじゃなかったのか?」
「うぐっ、あれはだね、コートに細工がしてあって、姿が見えなくなるように出来るんだよ」
そんなことが出来るならもはやホームズは探偵でなくて怪盗だな。
「さっ、時間ももったいないし、早く行くか」
そう言いながら俺は、玄関の扉を開け放った。
「ハァハァ……さすがに、しんどいな」
外に出て数十分、ようやく目の前に切り株の存在を視認できるところまで上ってきて、俺は、そう口を開いた。
「ボ、ボクはまだまだ大丈夫だよ」
と、強がりを言ってはいるが、あゆも辛そうである。
「……なんだ、あれ?」
と、切り株の上に何かが置いてあるのに気づいた。
「多分、この鍵が必要なものだと思うよ」
あゆは確信を持ちながらポケットに入れていた鍵を取り出す。
「……宝箱?」
目の前に開ける街の風景と、切り株に置かれたものを目の当たりにした俺は無意識にそうつぶやいていた。
「宝箱だね」
「いったいどこから買ってきたんだ、こんなもの?」
「それはもちろん、……って、ボクが知るわけないよ!」
「ぁぁ、そういえばそうだな」
「はい、祐一君」
と、いきなりあゆは鍵を取り出し、俺に手渡す。要するに俺が開けろってことだな。
「ああ、わかった、じゃぁ、さっさと開けるからちょっと待ってろよ」
そうあゆに言うと、俺は切り株の前にしゃがみこみ、鍵穴に鍵を差し込む。そして、それを時計回りにまわすと、カチリッ! と音がした。それを確認し、俺は箱を開けた。
ミミックが現れた。
ミミックのこうげき。痛恨の一撃!! 相沢祐一は死んでしまった。
「おお、勇者祐一よ、死んでしまうとはふがいない。祐一の次のレベルまで…」
「ってなことになったらどうする、あゆ?」
「そんな物騒なことはないから大丈夫だよ!」
「しかし、自分で勇者として送り出しといて、ふがいないってのは酷くないか?」
「酷いのは祐一君だよっ!!」
むぅ、人が場を和ませようとしているのに、酷いとはなんだ酷いとは。
「はぁ……じゃあ開けるぞ、あゆ?」
と、言いながらあゆの返答を待たず、俺は宝箱を開けた。
「ん、なんだ、これ?」
中から出てきたのは紙切れ。俺はその紙を広げた。その広げた紙にはこう書かれていた。
「えっと、何々……あたいに惚れんなよ、ベイビー?」
「そんなこと全然書いてないよっ!!」
「いや、なんとなくだ」
「なんとなくで、感動をぶち壊さないでよっ!!」
感動する場面なのか、今?
「えっと、祐一君頑張れ……? なんだ、これ?」
「コホンッ」
俺が文字を読みきると同時に、あゆは咳を一つ吐き、間を持たせ、そうして
「祐一君、勉強で毎日大変だろうけど頑張ってね。ボクも影ながら応援してるからねっ!」
と、満面の笑みで俺に微笑みかけてきた。
「…………」
「………祐一君?」
「なぁ、あゆ」
「なぁに、祐一君。お礼とかはいいんだよ。ボクが好きでしたことなんだし♪」
ニコッ。微笑むあゆ。微笑む俺。
「Let's 天誅!!」
「うぐっ!?」
「散々引っ張っておいてこれかーー!」
「えっ、えっ? なに、祐一君!?」
いきなり大魔神の如く、形相を変えた俺に、危険を感じたのか後ずさりを始めるあゆ。
「今までその勉強の邪魔をしてる人間の言う台詞かー!!!」
「うぐぅーーーーー!!!」
茜色に染まっていく世界を、少女は必死で逃げていく。自分の完璧な計画がどこで間違ったのかを考える暇もなく……
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