馬の多い風景


「岡崎さん、こっちです」

 声が聞こえた方向に顔を向けると、手を振る小さな姿が見えたので俺はそちらに歩み寄った。

「よっ」
「おひさしぶりです」

 創立者祭の前日、俺は卒業以来2ヶ月ぶりに母校を訪れた。
 今日は、演劇部のステージ発表の通し稽古を、風子と一緒に見ることを約束していたのだ。

「スリッパは用意してあるので、まっすぐ体育館に行きますね」

 創立者祭の準備のために、体育館は機材の搬入・搬出の利便をはかって外に通じる扉のすべてが開放されていた。
 風子の導きでその一つから中に入る。観客席のパイプ椅子は既に並べられていた。


 演劇部が新生したのは、一年前の創立者祭直後のことだった。あの時の渚の一人舞台は、想像以上に観客の心を打ったようだ。
 上演直後から実行委員会や生徒会には演劇部についての問い合わせが殺到し、幾人もの生徒が演劇部の部室を訪ねたのだという。

『わたしのした事がこんな形となるなんて、感激です』
『よかったな、渚。おまえの熱意が伝わったんだ』

 だが折悪しく、渚は一つの目標を果たして疲れが出たためか、伊吹姉妹の対面の件で神経を使ったりしたためか、その頃から再び体調を崩して、すれ違いのように学校を休むようになってしまった。
 もちろん俺や春原も、渚がいなければ演劇部員として活動する理由はない。その為に俺達が新生演劇部と一緒になって舞台を作るようなことはなかった。
 しかし今でも、渚は名誉部長として称えられ、現在の演劇部部長からときどき活動報告を受けているそうだ。
 今度の創立者祭上演では、できれば渚に本番直前の通し稽古を見て感想や意見を言ってもらいたい、と申し出があったそうだ。だが、ここ最近の渚の体調は、1時間近く集中して演劇をみる程には芳しくなく、俺は代わりに見に行ってきて欲しいと頼まれていた。
 それで何故風子と一緒に、という話になったのかというと、今度の舞台では美術部が大道具の作成に協力したので、美術部員(風子は退院後、美術部に入った)にも本番に先行して見てもらいたいと申し出があったからだそうだ。

 観客は十人程度しかいないなので、遠慮することもなく俺たちは適当な席に腰をかける。
 しばらくして演劇部の部長らしい女子生徒が、幕前に現れこちらに向かって一礼した。

「それでは今から通し稽古を始めます。よろしければ観おわったあとは感想をいただけると嬉しいです」

 もう一度礼をして舞台袖に隠れていく。俺は腰を引いて一度座りなおし、幕が開くのを待った。


 上演された内容は、複雑な家庭環境に育った少年の成長を描いた青春ドラマで、良く言えば感動物、悪く言えばお涙頂戴物といったところだった。


 閉幕した後しばらくそのまま待っていると、幕前にキャストとスタッフが勢ぞろいして現れ、こちらへ頭を下げ、ありがとうございました、と声をそろえた。

「それではこちら側の方から順に感想をお願いします」

 演劇部部長の指した側から順々に観客が感想を述べていく。さて、俺はどう言ってやろうか、と考えていると、もう風子に番がまわってきた。

「ありがとうございました。……それでは、次に、伊吹さん、お願いします」

 だが風子は目を伏せて、もごもごと口を濁す。風子らしくない態度に逆に注意を引かれた。

「特にはないです。もう他のみなさんもいろいろ言ってらっしゃるんで」
「あ、いえ。気づいたこと、何でもいいんで」

 そう言われると風子は顔を上げ、きっ、と顔を引き締め口を開いた。
 

「それなら言わせてもらいますけど、全然面白くなかったです」


 ざわめきが一瞬起こり、そして沈黙が訪れた。

「この頃風子は、嫌なものには感想を言わないようにしてたんですが、聞きたいというのなら言わせてもらいます。この舞台で結局何を伝えたかったのかわかりませんでした。まずそれが知りたいです」

 風子は一旦口を閉ざして演劇部の連中に目を向けたが、誰も何も言わないので、そのまま言葉を続けた。

「それまでさんざん主人公を殴ったり馬鹿にしてきた父親が、最後のほうになって突然、主人公のことを愛していた、と言い出すのは何なんですか。その父親の告白に対して手のひらを返したように父親に親しい口を聞き出す主人公も気持ち悪いです。全体を通して主人公は高校生にしては行動が単純すぎてあまりにも幼いです。それから主人公の親友が交通事故で入院して死ぬ間際に、いじめをしていた過去を話し出すのはどういう理由ですか。主人公への嫌がらせですか。第一死ぬ程の怪我をしているのなら面会謝絶になるはずなのにおかしいです。こんなシーンは無かった方がよかったと思います。それから、」
「ちょ、ちょっと待って下さい」

 と、風子の背後で観客の一人の女子生徒が声を上げた。

「言いすぎだと思います。感想は人それぞれですけど、そこまできつく言うことはないじゃないですか」

 風子は急に自分の発言を遮られ、不満げに口を尖らせた。

「風子は感想を聞かせて欲しいと言われたから自分の感想を言ったまでです」
「……」
「まだ言いたいことはありますけど、そんなに嫌ならこれくらいでいいです」

 そして腕を組んで椅子に腰掛けなおした。

「えーと、舞台をちゃんと見ていれば、伊吹さんの疑問点はいくつかは無くなると思いますが……」

 ひとりの男子生徒が頭を掻きながら困った顔をして答え始めた。この舞台の演出担当らしい。

「主人公の父親は不器用な人で、うまく愛情を表現できないのですが、あのシーンでようやく素直になれたんですね。そうなった過程が今回の舞台のメインなんですよ。それから親友の一也の罪の告白は、主人公への信頼と友情の証を意味しています。確かに現実的に見ればおかしいかもしれませんが、舞台というのは表現のために敢えてリアリティを無視するところがあるので、そういうお約束で成り立っているものだと思ってください。それに、高校生らしくないとのことですが、漠然と思春期の少年を表現したかっただけで別に彼が高校生であるとは明言していません。自分達演劇部員は高校生ですから伊吹さんはなんとなく高校生だと思い込んだのかもしれませんが、」
「なっ……」

 風子は眉を上げ、キッと彼を睨み付けた。

「3年前の回想のシーンで、主人公は数学のテストの話をしていたじゃないですかっ。『数学』ってことはその時既に中学一年生以上、それから3年たっているのなら高校生と考えるのが普通でしょう」

 細かいなぁ、と誰かが呟いた。しかし風子の口は止まらない。

「何が『ちゃんと見ていれば』ですかっ。自分達がちゃんとしていないで風子にはちゃんと見ろってどういう了見ですか。最悪ですっ。さっき風子は『何を伝えたかったのか知りたい』と言いましたけど、もういいです。どうせ何も伝えようとしていない舞台だったんですから」

 押し殺すような怒声が上がる。たまりかねて俺は風子の肩に触れたが彼女はムッとした顔でそれを振り払った。

「いやまあ、伊吹さんのいうことにも一理あると思いますが、それにしても厳しすぎやしませんか?」

 そう声を上げたのは、既に感想を言い終わっていた観客の一人で、縁なし眼鏡の男だった。

「風子はっ、」
「まあまあ。厳しい言葉は、悪意と誤解されやすいですから、なかなか伝わらないものです。それが正当な指摘であっても、です。きっと言葉を選べば演劇部の方たちもわかってくれるんじゃないですか? だからもう少しやんわりと言うべきだと思いますよ」

 険を帯びていた風子の瞳が正常な光りを取り戻した。

「……風子は美術部ですが、自分の彫刻をつくるときは見たり触ったりした人たちを和ませたいと思いながら彫っています。仮にも他人に自分たちの作品を公開するならその人たちに気を使って欲しい、と思います。だから今の人の無神経な言い方に怒りました。それぐらいは怒らせてください」
「でも、あくまでこれは高校演劇。プロではないのですから」

 別の観客席からまた一人、髪をおさげにした女子生徒が発言する。

「プロならばお客様第一、アマならば自分第一。これに尽きると思います。プロの人はお客さんの意見を聞き、より楽しませようと自分の演じたいものよりお客さんが要求するものを優先して提供します。それがプロです。しかし、アマチュアはそういった制約がないので、自由に自分の表現したいことができるのがいいところです。その結果として面白くなかったのならば仕方ありません。嫌なら観なきゃいいだけのことです。お金を払って見ているわけじゃないのですから、気に入らないからと言っていちいち文句を付ける権利はないと思います」
「風子だってお金をもらって感想を言っているわけじゃありません」

 風子は彼女の言葉をあっさり切り捨てる。せっかく穏やかになりかけたのにまた雲行きが怪しくなった。

「嫌なら観なきゃいいとか言ってますけど観なきゃ感想を言えません。観る前に面白くないと分かっていれば初めから観ませんでした」
「あ〜っ、そういうことを言ってるんじゃないんですよ?」

 女子生徒はおでこに手を当てる。

「まあ、所詮平気で人に罵声を浴びせるようなひとですから、常識など通用しないとはわかっていましたけどっ」

 彼女はそう捨て台詞を言って腰を落とした。

「僕も気になったのですが……」

 自分の番を待っていたかのように今度は演劇部の男子生徒のひとりが口を開く。

「こっちに対して『無神経』といっておきながら、感想を言うときにいきなり『嫌なもの』などと無神経なことをいうあなたに矛盾を感じるのは私だけでしょうか? 演劇部は上演内容の感想を聞いているんですよ。『嫌なものには感想を言わない』なんて伊吹さん自身の問題じゃないですか。そんな聞かれもしない事を言うのはやはり無神経としか言いようがありません」
「意味がわかりません。あなた方が無神経であるかどうかということと、風子が無神経であるかどうかということに何の関係があるんですか。もし仮に風子が無神経だったらあなたは無神経でなくて、風子が無神経でなかったらあなたは無神経なんですか? 馬鹿げてます。聞かれてないことを喋ってはいけないというのなら風子だって自分の感想に対する感想なんてこれっぽっちも聞いてません」

 ふう……。と別の演劇部の男子生徒が聞こえよがしにため息をついた。

「いいかげんにしてくれませんかね。厳しい言葉でも愛ある叱咤なら我々もちゃんと聞きますよ。しかしあんたの言葉にはそれが絶無だ!観客と言う立場にあぐらをかいて好き放題感想という名の罵声を飛ばしたかっただけのくせに!」

 ――――しらけた空気が流れる。

「ちょっと、いいですか。元演劇部員として送り手受け手の両方の立場から中立的な発言をさせてもらいます」

 今度は観客席側から面長の男子生徒が手を上げた。演劇部の一人が、そいつの名前らしい単語をつぶやく。どうやら去年度まで演劇部に所属していた生徒らしい。

「今まで聞いていましたが……。どう考えても伊吹さんの言ったことは感想ではなく暴言の領域ですね。伊吹さんは演劇部の方々に気を使えとおっしゃった。それならば伊吹さんも演劇部に気を使って下さいな。伊吹さんの暴言で傷ついた人が萎縮して自分達の個性を殺してしまったりやる気をなくしてしまったらどうしますか? この演劇部は去年、古河さんという方がたった一人で奮闘して復活させたんですよ。そして現在ここまでにぎわうようになってきた。また廃部に追い込むつもりですか? マゾヒストじゃあるまいし、自分達が一生懸命作ったものにケチを付けられて喜ぶ人などいません。そこらへんのことを考えてほしいですねえ。伊吹さんは美術部だそうですが自分の作品を貶されたらいやでしょう。それと同じです」

 渚の名前を出されたことに少し腹がたった。

「皆さん」

 面長の男子生徒はぐるりと辺りを見回す。

「感想というものは揚げ足取りや個人の好みの押し付けじゃありません。演劇とは自己表現の場です。受け取る側は送る側が何を伝えようとしているかをよく考えてからそれに沿った感想なり意見を述べるべきなんです。人から意見を言われるまでもなく舞台回数を積んでいればおのずと自分たちで切磋琢磨して技術は上昇する。だから感想というのは感じたままを述べるだけでいいんですよ」

 自分の発言に満足したのかその男子生徒はゆっくりと座りかけたがそれを風子の言葉が遮った。

「どこが中立なんですか。一方的に観客に対して感想のあり方を押し付けているだけじゃないですかっ。風子は風子の基準で感想を言っています。あなたの言ってることは結局、『感想を言うときは自分の言ったとおりにしろ』と言ってるだけじゃないですかっ」

 すると一転、そいつの顔が真っ赤になり醜く歪んだ。

「釣られてやりますよ。ええ」

 そいつはすぅ、と息を吸い込んだ。あごを突き出し、半眼で風子を見た。

「ハッ、さすが伊吹さんは揚げ足取りの名人ですね。『感想を言うときは自分の言ったとおりにしろ』? 誰もそんなことは一言も言ってませんが、何か? 僕はただ感想を言うときは相手に気を使えと言っているのに、話をそらさないでもらいたいですね。さっきの伊吹さんの感想?でしたっけ。ただ単に理解力がないのを他人のせいにしてるだけじゃないですか。一から十までセリフとして言わなきゃ気がすみませんか? 僕ならそれぐらいのことは脳内補完しますけどね。その程度のことすらできませんか? 意外に読み解く力は持ち合わせておられないようで。ハハハ。伊吹さんの言ってることは、つまり『感想を言うときは自分の言ったとおりにしろ』ということですね!」

 俺はつい、立ち上がってしまう。

「あのさ、演劇部、目的変わってないか? 演劇ってのは他人にみせてナンボのもんだろ? 『観客に感動を与えたい』という目的が『観客から感動したと言われたい』になってないか? 自分らに都合のいい感想しか聞きたくないなら、人前で発表なんかやめちまえよ」
「岡崎さん」

 風子が俺の袖を引っ張る。

「…………言ったことを言わないと言い、言ってないことを言った、なんて言う人には何を言っても無駄です。こんなに無駄な時間を過ごしてしまったのは風子、生まれて初めてです。もう、なんか、どうでもよくなってしまいました」

 ぷい、と風子は顔を背けると、タタタッ……と出口の一つに向かって走り去った。
 逃げた、という誰かの呟きに、頭が沸騰しそうになったがグッとこらえて風子を追うことを優先した。

 だが、つい、パイプ椅子を乱暴に蹴って列を乱してしまった。



 水のみ場のところでガラガラと何度かうがいをしていた風子を見つけた。

 風子、と声を掛けると、風子は驚いたせいかバブッと口から水をこぼした。

「あ、悪ィ」
「何するんですかっ」
「いや、今のは悪気はなかった」
「変なところに水がかかってしまいました」

 俺から顔をそらしポケットからハンカチを取り出してパタパタと叩くように顔をぬぐう。

「岡崎さん、よく暴れませんでしたね」
「何だよ、暴れるって」

 だが、よく見ると、風子の身体は小刻みに震えていた。
 あんな言い合い――いや吊るし上げを食らって平気でいられるわけはないか。俺に対する悪態も、常態にもどるための強がりなのだろう。

「まあ、俺もキレかかってた。風子をうまくフォローできなかったことは悪いと思っている」
「別にそんな事は期待していなかったから別にいいです」

 俺がもっと頭の回転の速い奴だったら、うまいこと言い返すかまとめるかなりできていたかもしれないと思うと悔しい。

「あのさ、風子」

 俺は、かつてバスケ部に所属していたがドロップアウトしたこと、その後なりゆきで春原の急造チームの一員となってバスケ部と試合をすることになったことを話した。風子は無言だったが、聞いてはいるようだ。

「やるからには試合に勝ちたかった。だが俺は『肩が上がらないから手加減してくれ』なんて死んでも頼まないぞ」

 風子が俺を見上げる。

「風子だってあいつらが全力でやっていると思ったから全力で感想を言ったんだろ? その気持ちを裏切られたから怒った。俺は風子の態度に間違いはないと思う」

 風子は目を閉じ、こつん、と俺の胸に頭をもたれかけた。

「……少しだけ岡崎さんの胸を貸してほしいです」

 じわ、と俺のシャツ越しに湿った感触が伝わる。俺は渚に心の中で一度謝ると、手を風子の後頭部に当ててそっとその身を引き寄せた。
 正直なところ、俺もあの舞台には内容的に反感を覚えるところがあった。だから風子に同調できるのかもしれない。
 もし楽しめていたら、どうだっただろうか。



「あ、ここにいらしたんですか」

 しばらくすると一人の女子生徒が息を切らして駆けてきた。最初に挨拶していた演劇部員だった。

「今回の舞台の脚本担当の者です」

 一礼して、すっ、と眼鏡を整える。
 俺はそっと風子を後ろに隠すように立ち位置を変えてその女の子に対峙した。

「あー、あのよ。そっちが腹を立てる気持ちもわかるが、もう、風子に対する追い討ちはやめてくれないか」
「あはっ。追い討ちなどではありませんよ。むしろ感謝しているくらいです」

 彼女の口調や表情は皮肉を言っているようには見えなかった。だがとりあえず警戒は解かず彼女の話を聞くことにする。

「伊吹さんには、あまりさっきのことを気に病まないで欲しいのです」
「…………」
「演劇部はこれまで何度か上演を行なっていますが、その都度観客の人にアンケート用紙を配って感想を聞いているんです。その中には、匿名ということもあってか、結構酷い事を書く人はいます。『時間の無駄だった』とか『こんなのは演劇じゃない』とか。でも、匿名なので部員のみんなも、怒りのやり場が曖昧になって、ネタにして笑うとかぐらいしかしてなかったんですが、今回のように怒りの矛先が『伊吹さん』という個人へとハッキリと向けることができたためにあんな事になったんでしょう」
「じゃあ何か。風子は匿名の悪口感想全般に対するいけにえになったってことか」
「嫌な話ですけど、そうですね」
「あんたはクールだな」
「いえ、怒ってますよ。否定的な感想であっても、さらなる成長のために敢えて受け入れる人だっているのに、それをマゾ呼ばわりされて怒らないわけないじゃないですか。トラブルが起こると、漠然とした正論をとなえて場をまとめあげようとする人って必ず出てくるんですよね。そういう人ほど反論されると火のついたように怒りだすんですが」

 そう言って彼女はフフ、と笑った。

「そりゃ、自分が一生懸命書いた話を貶されたのですからムッとしたところもあります。けれどそれは、人に褒められたいと思った場合のリスク、なんですよね。例えば恋愛にしろ、ギャンブルにしろ、自分にとって有利なことが起こる事を望むならば、不利な事が起こる場合も覚悟しなきゃいけないと思います。いつも思い通りにならなかったら逆上するなんてのは只の我侭ですよね」
「あんたみたいな人がもっといれば、腹割って話すこともできるんだがな」

 わずかな救いがあったことで俺はホッと肩を落とす。

「また、次の舞台の機会にはお二人に観に来て欲しいです」
「嫌です。お断りします」
「風子」

 一秒も開けず風子は即答し、俺はつい風子を小突く。

「どうせ風子は今後何を言っても、何も言わなくても悪く取られるに決まってるんですから。演劇部へのアンケート用紙も、悪いことは全部風子が書いたことにされるんですから。そんなところにノコノコ足を運ぶ気にはなれません」
「ではせめて、私の書いた脚本を読むだけでも。私は風子さんのように忌憚のない意見を言ってくれる人、好きですよ」

 俺は再び風子の背中を軽くつついて目で訴える。風子は一度唇を噛みしめるように舐め、そして、それぐらいなら、と彼女に頷いてみせた。彼女は小さく微笑んで頷き返した。



「演劇部の人に向かって言った感想に後悔はありません。でも、あの場の空気を悪くしたのは風子のせいです。渚さんにも申し訳ないです。これからどうやって報告しましょうか」

 今日の舞台の内容を伝えることになっていた俺たちは、学校から古河パンまでの道のりを並んで歩く。その足どりは迷いでノロノロとしていた。

「まあ、渚には心配かけさせられないから、今日のことをそのまま話すわけにはいかないな。でも、見る側見せる側の問題について渚がどういう意見を持っているかは聞いてみような。風子も聞きたいだろ」
「はい。そうですね」

 その顔には、渚も自分と同じ意見だったらいいな、という表情がありありと浮かんでいて俺は苦笑する。だが、俺も同じ気持ちだった。
 俺たちは早く渚の顔を見たくなって、踏み出す足のリズムを速めた。









 ――――でも結局、渚に怒られた。
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