「思い切って告白しちゃいなよー」
「そんなー。無理だよぉ。私なんかじゃ相手にされないもん」
「あのね。そんなこと言ってたら誰かに獲られちゃうかもしれないんだよ? 明日にも別の娘があんたを超して告白しちゃうかもしれない。OKされちゃうかもしれない」
「う〜〜。でもでもぉ〜」
「あのね。告白できなかったら一生後悔するかもよ? だったら当って砕けろでいくしかないじゃん!」
「言うだけなら簡単だよ〜……」
二人の会話は続いた。弱気になっている友だちのテンションをあげようとする少女。
無責任なのか、それとも、自分がよっぽど上手くいったのか自信満々に告げている。
好きな人がいるなら告白すべし。
もし、振られれば傷は深いけれど、その代わり立ち直りも早いし、後悔もしない。
でも、もし告白しなかったら、あの時告白しておけば、と一生後悔することもある。
もちろん、うまくいけば万々歳。
だから思い切って告白するべき。
恋愛相談の基本的格言とも言えよう。
しかし、あたしは――とてもじゃないけどそんなこと口に出来ない。
―L―
「あとは……型に流し込んで、冷蔵庫で冷やして出来上がりね」
言いながら、あたしの目線はハートの型に湯煎したチョコレートを流し込んでいる妹に注がれている。
「本当にそれだけでいいの? 何か秘伝の隠し味とか入れなくていいの?」
「……普通でいいでしょ」
たかが手作りチョコレートにそんなものはいらない。料理の苦手な子というのは基本手順は気にせずにそういう偏ったポイントだけはこだわりたがるのだろう。まずは普通のものを作れれば良いのだ。
凝ったものを作りたければ、前日にやる気を出す前に、練習を重ねておけばいいのだ。
味にこだわりたいのなら市販のを探した方がずっといい。
「こういうのは、気持ちが、大事……でしょ?」
安心させるみたいにとびきりの笑顔を椋に向ける。
椋が少しだけ頬に朱を散らして、「うん」とはにかんだ。
実際にそうだと思う。
チョコレートは思いを贈るものだ。
味ではなく、そこにある思いが大事。
あたしは料理は苦手ではないけど、お菓子作りとなれば、また別だ。
チョコレートで味を求めるならプロには敵わないのだから、有名店にでも買いに行けばいいのだ。
けれど、素人なのに「手作り」の考え方がなくならないのは、そこに思いがあるからだ。
思いを伝えたいからだ。手間をかけた一生懸命さ。本人の愛情を込めるという側面があるからなのだろう。
男の子が実際にそれにこだわるかどうかはわからない。
少なくとも女の子が手作りをする理由はそうなんだと思う。
椋は料理が苦手だ。正直、買った方が間違いなく無難。
それでも作りたいっていうのは、やっぱりそこに想いがあるからなんだろう。
市販でもラッピングで個性を出す方法もあるけれど、手作りならトッピングで個性も出せる。
メッセージなら手紙を添えるだけで出来る。でも、心のメッセージは手作りならではなのかもしれない。
「明日……渡すんだよね」
「……うん」
椋の好きな相手は、あたしと同じクラスで、あたしの友だちで、あたしの――
「やっぱり、こういうのは思い切っていくしかないよね……?」
同意を求める椋の声に、あたしは一瞬の息苦しさを感じる。
「……そうかもね」
そうではないことを一番知っているはずなのに、あたしは曖昧な答えしか返せなかった。
―O―
双子の姉妹。
あたしと椋。
あたしは昔から活発で、ノリが良くて、異性と話すのもほとんど抵抗がなかった。
一方、椋はどちらかと言えば控えめで、男子どころか同性としゃべるのでさえ緊張しているような少女だった。
もともと性差もあまりない幼い頃のこともある。あたしは男子と同じような遊びにも参加していたし、同世代の子とままごとなんかするよりもそっちの方が楽しかった。
しかし、思春期が来るとあたしも普通に女の子なんだなぁ、と思った。
クラスの男子に恋をしたのである。
今までどおり他の男子とは普通に話せるのに、彼にだけは緊張している自分に気づく。
だけど、告白はできなかった。
クラスの女子と比べ、当時のあたしは発育も遅く、髪もまだ短くて、とてもじゃないけど女の子らしいって思えなかった。
他の淑やかな子に比べて、劣っていると感じた。
いつもみたいに、気軽に近づけない。
さらに、間の悪いことに。クラスの男子が女子にナイショで、異性の好みに話しているのを盗み聞きしてしまった。
「やっぱり、田中は美人だよなー。胸も大きいし」
「プール開きのときとかさ、もう。他の女子とは違って、ホントにどきどきするよなぁ、田中さん」
「佐々木なんか可愛いと思うなぁ」
「あー。佐々木さん、いいよね。Aランク!」
「山田もいいと思わない?」
「山田も背が高くて、髪も長くて大人っぽいよな。それに優しいんだよ」
「藤林なんて、どうなの?」
「藤林? 姉の方? 妹の方?」
「妹に決まってるだろ? あの恥らう姿がなんか、可愛いよな」
「姉の方は?」
「あいつ、男みてぇじゃん。オレらといっしょにサッカーしたりとか。髪も短くて猿みたいだし、スカート姿も見たことないな。もしかしたらちんちんついてるのかもしれないぜ」
その言葉に男の子たちは爆笑している。
あたしと言えば、泣かずに済んだのが奇跡だった。
それ以上聞いていられずに、あたしは逃げ出した。
誰にも見つからないところで、ひとり泣いた。
結局、想いの彼は、クラスで人気の佐々木さんと付き合うことになった。
それで、あたしの初恋は告白も出来ずに終わった。
中学校に上がったあたしは身体も他の女子と同じように成長していた。髪の毛もあの頃に比べてずいぶん伸びた。
男の子とは相変わらず上手く話せた。料理も好きになった。女としての自分に少しずつ自信が持てていた。
そんな中で、あたしは二度目の恋をする。
相手は、中学に入ったすぐに仲良くなった親友の田辺容子さんの幼なじみの杉浦智樹くん。
初恋のときと違って、自信の分だけ彼に気軽に話しかけることが出来た。
生来のノリのよさで彼と仲良くなった。恋人のそれとはカタチは全然違うけれど、小学校のときみたいに全く話せずに遠くから見ているだけで、気がつけば終わったいたということにはならないと思った。
容子と杉浦くんとあたしの3人はずっと仲が良くて、いっしょにいる時間が長かった。
けれど、告白できるかどうかはまた別問題。
いくら外面が変わっても内面は弱腰のままのあたし。
やっぱり勝手に想うだけで、表に出せないまま。
1年、2年、そして3年が過ぎようとしていた。
容子や杉浦くんとは違う高校に進学することが決まっていたこともあるだろう。
このままで終わらせたくなかった。告白できなくて後悔したあの頃とは違う。
せめて、この気持ちだけでも伝えよう。
そして、あたしは杉浦くんに告白をした。
結果は玉砕だったけれど、それでも清々しかった。
涙も出たけど、あの頃よりも自分が好きになれていた。杉浦くんを好きになって良かったと思った。
しかし、その告白ですっきりしたのはあたしだけだったらしい。
容子の態度は急によそよそしくなって、あたしから距離を置いた。
時折、激しい目でこちらを睨むこともあった。
何がなんだか、わからなかった。
あたし杉浦くんのことが好きだったけど、親友として容子のことも好きだった。
なのに、どうしてこうなっているのだろう?
卒業式に仲直りをしようと思って、容子に近づこうとすると、一言だけ。
「……泥棒猫っ」
氷よりも冷たい言葉を浴びせられた。
言葉の意味に、脳が追いつけない。それでも、心臓を切り刻まれるような、胸のイタミ。
それが容子から聞いた最後の言葉だった。
以前から杉浦くんと容子が付き合っていたのを後で知った。
いっしょの高校に進学した二人もだんだんケンカが増えて、別れたと聞いた。
あたしの思われ方も悲惨だったが、それ以上に、あたしの自己満足の告白が、自分だけでなく二人のの関係まで気まずくさせてしまったのだ。
好きな異性と、親友を同時に失った。
もう彼らとは2年近く、連絡をとっていない。
小学校のとき。伝えられなかった思い。後悔した、悔しかった。
中学校のとき。伝えられたけど、関係を壊してしまった苦しさ。初恋よりも後悔した。辛かった。
あたしは朋也のことが好き。
それは間違いない。確信している。
けれど、その想いを告げる気なんて、ない。
あたしは、弱虫だ。臆病者だ。踏み出す勇気がない。
けど、それでいい。
あたしが恋をして、思いを告げると全て壊れてしまうのだ。
だって、今度のライバルは椋なんだよ?
たった一人の双子の妹。あたしの大好きな、可愛い妹。
男の子と話すのが苦手な妹が、初めて好きになって、あたしに相談してきて、それを手助けしてあげようとしているんだよ?
きっと、この思いを告げようとしたら、2年前より悲惨な事態になる。
――だから、あたしは。自分からは決して告白できない。
―V―
バレンタインデー。
女の子が好きな異性にチョコレートと共に思いを贈る日。
高校生活2度目の2月14日。
「はんっ。こんなことで騒いでるヤツの気が知れないね」
「だったら、いつもみたいに遅刻して来ればいいじゃない」
「べ……別に、僕はチョコレートなんてどうでもいいんだけど……ただ、そう出席日数がやばいだけさ」
「おまえ。その言い訳、全然、格好よくないからな」
「言い訳じゃないんですよっ。その証拠に、今日は頼まれたって全部断りますっ」
「あら? 陽平の分も義理チョコ用意したんだけどいらない?」
「杏さまっ! 卑しい僕に、ぎぶみーちょこれーとっ!」
「プライドないのか……春原」
「しょうがないわね。はい」
陽平の差し出された両手にちょこんとそれを乗せた。
爽やか笑顔のあたし。
引きつった笑顔の陽平。
「これは、なんの冗談でしょうか?」
「義理チョコ」
「いや。それにしてもしょぼすぎませんか? これ?」
「クラス全員分配るには単価安くしないと」
「……お徳用チョコを一つずつ配るなんて嫌がらせになるんじゃない? せめてチロルチョコくらい……」
「大丈夫よ。陽平だけ1個で、他のみんなは2個ずつあげるから」
「僕の価値ってどれくらいなんですかっ!?」
「わかったわ。不満ならあんた1個に対してみんなは3つずつに……」
「さらに悪化してますがっ!」
まだ何か喚いている陽平を無視して、あたしは隣を見た。
岡崎朋也。あたしの――そして、妹の思いの人。
「朋也にもあげるわよ。なんと、陽平の4倍」
「……それは喜んでいいのか微妙なところだな」
「まぁまぁ、いいじゃない。せっかくだから受け取りなさい、あたしの思いを」
あたしは、朋也の手に、お徳用アルファベットチョコ――単価にすれば10円にも満たないそれを、4つ握らせた。
「それにね。アンタのことを好きな子が本命チョコを渡してくれるかもしれないわよ」
意図に気づかれないように、あたしは次の言葉を放っていた。
「は? 俺みたいな不良相手に普通に話しかけてくるヤツなんておまえくらいなものだぞ?」
……あのね、朋也。
話しかけたくても、話せない。
遠くから見ていることしかできない恋もあるの。あなたは知っている?
言い出せなくて終わってしまう恋があるの。
言い出すことで終わってしまう恋があるの。
告白ってすごい、勇気がいることなんだ。
だから、あなたへ言えない思いを抱えてる女の子いるんだよ。
あたしだけじゃなくて、きっと、いるんだよ。
あたしはそれらの言葉を全て飲み込んで、いつもみたいに友だちの笑顔を作った。
いつもみたいに冗談でつなげてふざけあった。
これが、今のあたしの限界。
これ以上の姿を朋也に見せるわけにはいかないの。椋に見せるわけにはいかないの。
椋を失いたくない。朋也を諦めたくない。
そんなあたしが可能な限りできる、隠れたサイン。小さな意思表示。
気づいて欲しいような、欲しくくないような。
理解して欲しいような、見透かして欲しくないような、そんな気持ち。
あたしの傷ついた心で可能な精一杯の告白を。
4つのチョコに託したあたしの本心を。
本当は弱虫で臆病なあたしの本心を。
遠くから見ていても、
近くで友だちとして居ても、
近づけば近づくほど、崩壊が怖くなって、
今までの失敗から、もう自分から告白しちゃいけないって思ってるのに、
それでも、溢れてしまった。
あたしの、小さな勇気で、さりげないバレンタインの本命とはとても呼べないチョコレートで、
それでも、あたしには4つ以上の気持ちの詰った、想いのカケラを、あなただけに、
―E―
「もしさ、あんたのこと。好きって娘がいたら付き合う?」
それは、バレンタインで渡せなかった椋のために聞いているのか。それとも、自分のためなのか。
自分の心がわからない。
諦めたつもりで諦め切れない卑怯な自分の心。
そんなあたしが愛されるわけない――悪循環。
わかっているはずなのに――
「あたしのこと、椋だと思っていいから……」
「練習……なんだよな」
「うん……練習……よ」
あたしはキスをした。
朋也は、椋と付き合っているのに――あたしたちはキスをした。
同じ過ちを――
「あたし……あんたのことが好き……。
だから……もう。あたしに優しくしないで……」
わかってたはずなのに、椋を傷つけて、朋也も傷つけて……
あたしは繰り返して――
「ずっと朋也のことが……好きでした」
椋に背中を押されて――髪を切って……
初めて幸せな結末を迎えた――
「今年もお徳用チョコ?」
「なんと今年は去年の倍よ! 陽平の8倍」
「……だから、反応に困るっての……」
「やっぱり、告白って難しいわよね。伝わっても伝わらなくても、応えてくれるにしろ、くれないにしろ」
「なんかトゲのある言い方だな……。まぁ……アルファベットチョコは嫌いじゃないけどな」
1年経った今でも、去年のささやかな意思表示は意味があったのかわからない。
でもいいの。
今はこうしていられるから。
だから、朋也が。
この意思表示に気づくまで、バレンタインは毎年これでいこうと思う。
今年は8つアルファベットで、今の気持ちを、
I LOVE YOU
感想
home