「風子とつきあってくださいっ」
「ああ」
こうして風子と岡崎さんは付き合うことになりました。
――でもつきあって４ヶ月目の今日、風子は大失敗をしてしまいましたっ。
はじめての…
「い……伊吹風子、一生の不覚です……」
家に帰ってから、風子は食卓で一人ずっとうなだれていました。
ああ、どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。今までこんなことにならないように十分対策をとってきたのに……。
考えれば考えるほど自分が情けなくなってきます。
「ああ、もう……」
頭をかかえます――本当に風子どうすればいいんでしょうか、まったくわかりませんっ。
「どうしたの、ふぅちゃん？」
「わわっ」
背後から声が聞こえてきて、風子は驚いて食卓のいすから倒れおちてしまいました。
「い……いたいです……」
「だ、大丈夫、ふぅちゃん？」
風子を覗き込みながら、お姉ちゃんがそういいました。
「お、お姉ちゃん、いつの間にきたんですかっ」
「ついさっきだけど……驚かしてごめんね、ふぅちゃん」
「い、いえ……気づかなかった風子も悪いですし」
そういって風子がいすに座ろうとしたときでした。
「で、何をそんなに悩んでいたのかな、ふぅちゃん？」
お姉ちゃんがにっこりと風子にたずねてきました。どうやら、悩んでいるのがバレているみたいです。
しかもお姉ちゃんはその話をすごく聞きたそうにしています。こうなると仕方ありません。話すしかないです。
逆らうだけ無駄です、それに――今思えばお姉ちゃんに聞けばなんとかなりそうです。
お姉ちゃんにきいてもらうことにしましょう。
「岡崎さんにはめられたんですっ」
「ハメられたんですかっ」
お姉ちゃんがニコニコとしてそういいました。妹がはめられて何がそんなにうれしいのでしょうか。
イマイチよくわかりませんでしたが、話し始めることにします。
「あれは一時間前のことでした―――」
一時間前
「うーん、なかなか決まらないです……」
風子は近くの公園で一人いました。手にはお姉ちゃんからもらった洋服のカタログ。
お姉ちゃんに『ふぅちゃんもそろそろお姉ちゃんから自立して洋服を買ってね』といわれて、もらったのです。ところがどんな服がいいかなんて風子、さっぱりわかりません。今まではお姉ちゃんが選んできてくれたのを着ていただけですから。――いきなりやれといわれても難しいです。
「うーん、難しいです……」
ページをめくってもめくってもたくさんの服が現れます。この中のどれを選べばいいのでしょうか。
『ふぅちゃんの好きなのを選べばいいのよ』
そうお姉ちゃんははいってはいましたが……うーん……。
それにもうひとつの問題がありました。岡崎さんです。
岡崎さんと風子は数ヶ月前からつきあっている仲です。変な服を選んで岡崎さんにからかわれたくはなかったです。
岡崎さんはことあるごとにこのアダルトな風子を子ども扱いするプチ失礼な彼氏ですから。
「ああ、もうどれを選べばいいんでしょうか」
もう迷いすぎて頭がパニックになりそうです。
「お、風子なにみてるんだ？」
「洋服のカタログです、たくさんあって迷っている最中です」
「へぇ……やっぱり風子もそんなの見るんだな」
いきなり会話に入ってきてそんなことをいうなんて失礼な人ですね。風子はとりあえず無視してカタログを見続けることにしました。
「うーん、そうやって写真をみるより実際に実物みたほうがいいんじゃないか？」
「……たしかにそれはいえますね」
こうやって写真をみつめるよりはそっちのほうがよさそうです。
失礼な人かと思いましたがすこしはいいこと言う人みたいですね。
「じゃあ、風子、明日二人で買い物に行かないか？」
「ええ、それで…」
―――え？
ふ、風子は一体だれとしゃべっていたのでしょうか？それにどうして、風子の名前をしっているのでしょうか？
それにこの声は非常に聞き覚えがあるこえでした。
嫌な予感がしながら、顔をあげるとそこには岡崎さんがにっこりとした表情でいました。
「じゃ、風子、明日の１０時にお前の家に行くからな」
「そんなわけでつきあってから４ヶ月目で岡崎さんと初デートをする羽目になってしまいましたっ、最悪です」
「ちょっとまって、ふぅちゃん……」
お姉ちゃんがこめかみを押さえながら聞いてきました。一体どうしたのでしょうか？
「ふぅちゃんと岡崎さんって今まで一度もデートにいったことなかったんですか？」
「ええ、そうですが」
風子がそう答えるとお姉ちゃんがますます頭を抱えだしました。
「えーと、これは岡崎さんからも聞いたんだけど、ふぅちゃんと岡崎さんって、ふぅちゃんが学園に復帰して一日目に『つきあってくださいっ』っていきなりあったばかりの岡崎さんに告白して、岡崎さんがそれを受けて付き合い始めたのよね」
「はい」
「それなのにどうして、ただの一度もデートしていないんですかっ、これじゃ、さっきハメられたって聞いて喜んでいた私が馬鹿みたいじゃないですかっ」
お姉ちゃんが騒ぎ出しました。い、いったい何が悪かったのでしょうか？
「で、でもこけっとりーなしろがねーぜの鉄則によれば、２４、５で付き合い始めて、２６、７で、結婚するのが一般的なんですから十分早いですっ」
「そういう問題じゃ…って、ふぅちゃん、今結婚とかっていいませんでした？」
「こ、言葉の綾です」
「じゃあ、ふぅちゃんは岡崎さんと結婚したくはないの？」
「い、いえそんなことはないこともないこともないこともないこともないこともないですが…」
風子の様子をみてお姉ちゃんが笑い出しました。プチ失礼ですね。
「ごめんなさいね、ふぅちゃん。でもどうして岡崎さんとデートしたことないの？今までだって岡崎さんから何度か誘われているんでしょう？」
「はい、何度か誘われていますが、いつも断っています」
風子がそういうと、今度はお姉ちゃんが優しい声で聞いてきます。
「どうして断っているの？」
「風子はわからないんです、何をすればいいのか」
「え？」
「学校では風子、アダルトに岡崎さんに接しています、デート中もそんなことできる自信なんてないです」
こんなアダルトな風子をいつも子供あつかいする岡崎さんのことです。もし風子が経験したことのないデートなんてものをしたら、岡崎さんが笑うのが目に見えていました。
そう思いながら風子がお姉ちゃんの方をみるとお姉ちゃんが笑っていました。何がおかしいのでしょうか？
「うん、わかった、だったらお姉ちゃんがアドバイスしてあげようか？」
そのお姉ちゃんの提案はわたりに船でした。風子はお姉ちゃんのアドバイスをきくことにします。
それはその日の深夜まで続けられました。
そして現在。一夜明けて９時５０分。
もう少しで岡崎さんがやってくるでしょう。
風子は昨日お姉ちゃんから色々話を聞いて、その内容をすべてお姉ちゃんはメモにとってくれました。
「こまったときはこれをみてね」とお姉ちゃんから渡されています。
さっきちらっとみたのですが、他にも色々書いてくれているみたいでした。
風子は岡崎さんがくるまでなんども忘れ物はないか、とか髪はちゃんと整っているのか、とかヒトデのお守りをちゃんともっているかとか色々一人で確認します。お姉ちゃんは一時間前に用があるからと出ていっていました。だから今、ここにいるのは風子一人だけです。ですからきちんと準備出来ているかしっかり確認しないといけません。
ピンポーン
とそこでチャイムがなりました。
時計を確認すると、９時５５分。５分ほど早いですが、岡崎さんが来たみたいです。
「よう風子」
玄関を開けると岡崎さんがそこにいました。
「お、岡崎さん、おはようございますっ」
や、やばいです、すでに少し緊張しているみたいですっ。おちつきましょう。
すーはー。すーはー。
よしっ、落ち着きましたねっ。
「では岡崎さん、行きましょう」
「おう、で、どこにいく？」
―――え？
ま、まずいですっまったく考えていませんでしたっ。
岡崎さんが不思議そうな目でこちらをみています、最悪ですっ。
ああ、どうすればいんでしょうか、いきなり絶体絶命の大ピンチです。
そ、そうですっ、こんなときにこそお姉ちゃんのメモですっ。
「ちょ、ちょっとまってください、風子忘れ物をしてきましたっ」
「お、おお…」
いつものように華麗にごまかして、風子は急いで玄関をしめてメモをみます。
――――大変ですっ、書いていませんっ。
ああ、もう、本当に大ピンチですっ。
お、おちつけ、おちつくんです、風子。
そうです、商店街にいってから、決めるそれでいいではないですかっ、うん、それにしましょう。
岡崎さんにそういおう、そうおもって、玄関を開けます。
「商店街にいってからきめましょうっ」「特にきまっていないなら、モノクロにいかないか？」
……二人の声が重なりました。
そんなこんなで、風子はモノクロにきました。いきなり少し失敗したかもしれないですが、まだまだなんとかなるでしょう。
そう思いながら店内を見回します。
ここはお姉ちゃんと何度かきたこともある場所でした。店内にはたくさんの人がいて相変わらず色々な服がここにはおいてありました。
とりあえず風子は店内を見て回ります。
――３０分後。
うう、やはり色々ありすぎて難しいです。
というかどうしてヒトデの絵柄をかいた服はないのでしょうかっ。あれがあれば一発でそれに決めますのに。
というか３０分もかかってまったく決まりませんっ。ああ、一体どうしましょうか。こんなんで大丈夫でしょうか？
と、そこまで考えたときあのメモの存在を思い出します。
――こういうときこそメモですね。岡崎さんにみつからないよう、メモをみます。
あ、ありました。
『もし服が決まらなくても安心して、数時間一緒にまわって「やっぱりまた今度にしますっ」っていえば、きっと岡崎さんは納得するから。それに岡崎さんが何かいってきたら「女の子だったらこれくらい当然ですっ」とでもいってあげて』
ふむ、そういうものですか。安心しました。
「ん？どうした？」
気がつくと岡崎さんが風子を覗き込んでいました。
風子はとっさにみつからないようにメモを隠します。
「な、なんでもないですっ」
あ、あぶなかったです……このメモがみつかったら今までの風子の苦労が水の泡です。
岡崎さんは少し不思議そうな顔をしていましたが、なんとかごまかせたようです。
そんな感じで店内を３時間ほどまわりました。
「また今度決めますっ」
と岡崎さんにいいます。
「そうか、しかしずいぶんと時間かかったな」
「女の子はこれくらい当然ですっ でりかしいのまったくない岡崎さんにはわからないかもしれませんが」
風子がそういうと岡崎さんは「そんなものか」と納得したようでした。
よし、これで今日のデートは成功ですねっ。
服は買えませんでしたが、特におかしなところもなかったでしょう。
と、風子がおちついたそのときでした。
「だったらこのあと飯でもくってから、映画でも見に行かないか？」
「――え？」
その言葉は不意打ちでした。
「ちょうど映画のチケットももっているんだ」
そういって岡崎さんは映画のチケットを二枚取り出しました。
よ、用意周到ですね…。
風子は昨日のお姉ちゃんとのやり取りを思い出します。
『もし、ふぅちゃんが岡崎さんに、帰りにどこかに誘われたら絶対にいってね』
『きっと岡崎さんは服をかっただけで終わらすに決まっています』
『もし、よ』
『そこまで心配することはないと思いますが、とりあえず誘われたらいきますね』
昨日はそういいましたが……本当にこんなことになるとは思ってもいませんでした。
しょうがありません、か、覚悟を決めましょう。
「……いいですよ」
風子たちは商店街にある、カフェ『ならずや』で食事を終えてから、映画館に向かいます。
「この映画、風子も岡崎さんといっしょにみたかったですっ」
カフェでかくれてみたメモに『もしどこかに行くことになったら「○○に岡崎さんといっしょにいってみてみたかった」とかそういうことをいってあげてください。そうすると好感度アップですよ』とかいてありましたのでそれを実践します。
「おお、ちょうどよかったな」
岡崎さんは笑顔でうなづきました。
よし、成功ですね。そんなことを考えながら二人で映画館に入ります。
映画館には休日だからかカップルがほかにもちらほらと見えました。
映画が始まります。
映画の内容は、幼馴染二人の話でした。
二人が互いにお互いのことを好きなのに、子供心にそれにきづかず、あるきっかけによって、二人が急に親密になっていくという話でした。
『あなたのこと、気になっているのはわかるけど本当に好きなのかわからない』
クライマックス、ヒロインの女の子が相手の男の子にそういっています。
『だから』――そういってヒロインがいきなりキスをしました。
あせる主人公。そして、ヒロインがいいます。
『あなたのことでまだしらないこと、それがキスの感覚だとおもったから』
うわー、すごい台詞です。
そして、その台詞がながれて、映画が終わりました。
それに非常にいい映画でした。岡崎さんといっしょにみた甲斐が…
って、ややややややややややややばいですっ。
風子は恋愛映画を岡崎さんといっしょにみたいっていたのですかっ。
よりにもよってどうしてこういう映画をチョイスしているのでしょうか。
ま、まさか――ひょっとして風子誘われているのでしょうか、誘惑されているのでしょうか。
プチ最悪ですっ。
お、岡崎さんが変な気を起こしていないといいのですが。き、キスなんてまだまだはやすぎますっ。
映画館を出て外に出ると、外はもう夕方になっていました。
夕焼け空が風子たちを照らしています。風子と岡崎さんは映画館をでて一言もしゃべっていません。
ただ、歩いているだけでした。
なんとなく話しかけづらい雰囲気がつづいています。
そういえば、とふと思い出します。
『あのね、ふぅちゃん、岡崎さんと帰り別れるときにこの封筒のなかに入っている紙に書いてある言葉をいってね、そうすれば万事上手くいくわ』
とあのメモ以外にも封筒を渡されていたことを。
岡崎さんにみえないようポケットから封筒をとりだし、メモを読みます。
この雰囲気でずっといると間違いが起こってしまうかもしれませんっ。急いで台詞をいって去りましょう。
「きょ、きょう、おねえちゃんはいないんで、ふうこのへやにきませんかっ」
ふう、これで安心…。
――って今風子なんていいました？
岡崎さんのほうをみると、驚いた顔をして、風子をみていました。
いまいったことを頭の中で反芻します。
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――――――――――――ってなんてこといわせるんですか、お姉ちゃんっ。
こ、これは非常にやばいです、大ピンチですっ。
このままじゃ風子のてーそーが大ピンチですっ。
あ、そうです、こんなときこそお姉ちゃんのメモです。
―――大変ですっ、何も書いていませんっ。
「風子、何見てるんだ？」
ヤバイです、岡崎さんが不思議そうにこちらをみています。
「な、なんでもありませんよ」
「今何か隠さなかったか？」
「な、なにもかくしてませんっ」
岡崎さんがあらかさまにあやしそうにこちらをみています。
そしてしばらくして、岡崎さんはこういいました。
「なぁ風子、この前みせてもたったヒトデのお守り、見せてくれるか、またみたくなってな」
岡崎さんにそういわれ、風子はヒトデのお守りをとりだしました。
「やっぱりこのヒトデのお守りかわいいよなっ」
岡崎さんがそういって風子は驚きました。
岡崎さんがはじめてこのお守りをみたときはよさがわからなかったようでしたが、わかるようになってくれたみたいです。
風子はそのことがとてもうれしかったですっ。
ああ――やっと岡崎さんもヒトデの魅力にきづいて くれたんですねっ。
と思っていたらいつのまにか風子が持っていたはずのメモがなくなっていました。
しかもなぜか目の前にいる岡崎さんがもっています。
「なぁ風子、お前はこれをみながらデートしていたのか？」
そういいながら風子に紙をつきつけてきました。
ど、どうしてあのメモを岡崎さんがもっているんでしょうかっ。大ピンチですっ。
「今回のデート内容と、そのメモは一切関係ありませんっ、大体風子はアダルトですから、そんなメモなんてなくても大丈夫ですっ」
そう、風子がいうと何度かうなづいて、さらに岡崎さんが聞いてきました。
「そうだよな、風子は普段からアダルトだから、こんなメモなんてなくても俺とのデートなんて楽勝だよなぁ」
「はいっ」
ふぅ……流石は風子。なんとかごまかせました。
風子がそうこたえると岡崎さんは納得したように笑いながらなんどもうなづきました。
ああ、ちゃんとごまかせてますっ、安心ですっ。
「そうか、風子は子供っぽいからって理由で俺とデートしなかったんだな」
「…………そそそそそそんなことはありませんよっ」
やばいです、どうしてバレたのでしょうか、大ピンチですっ、い、いえ今ならまだごまかせます。
ごまかすんですっ、風子。
「安心しろ、風子。俺も、デートなんて一人でできないんだから」
「そんなことありませんっ、今日も用意周到だったじゃないですかっ」
岡崎さんのその言葉に思わず風子は声を荒げてしまいました。
しまった、と思いましたが、岡崎さんはなんでもないように、ポケットからメモ用紙をとりだしました。
「これなーんだ？」
それをみると、ふぅちゃんが、なやんでいたらリードしてあげてください、とか服を買う場所がきまっていないようだったら、モノクロにいってくださいとか、服を選んだあと映画に誘えとか、そういうことが書いてありました。お姉ちゃんの字で。……一体どういうことなんでしょうか？
「俺もさ、風子と同じだ。初デートで何をすればいいのかわからなくて、公子さんに頼ったんだ、朝公子さんが来てくれてさ。俺も、せっかく風子がＯＫしてくれたデートをうまくいかせたくて」
岡崎さんがすまなさそうにいいました。そういえば朝お姉ちゃんがいなかったのを思い出します。岡崎さんも、風子と同じだったんですか……。
「――って、岡崎さん、風子をだましていたんですかっ、最悪ですっ」
「でも、それは風子も同じだろう？」
「はい……」
そういわれると、何も反論できません。
「まぁこんな俺だけどさ、これからもデートしてくれるか？」
「それは風子の台詞ですっ」
「そうか」
そういって、岡崎さんは笑いました。
――そんな感じで風子と岡崎さんの初デートはおわりました。
これがお姉ちゃんのシナリオだと風子がしったのはもうすこし先の話でした。
――ついでにいっておくと。
もし風子が岡崎さんに襲われたら襲われたでそれでいいや、とお姉ちゃんが『本気』で思っていたのを知ったのはさらに先の話でした。
――ってプチ最悪ですっお姉ちゃんっ。
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