「奇跡は起きないから奇跡って言うのよ」


 これはお姉ちゃんが言った言葉。


「奇跡は起きないから奇跡って言うんですよ」


 これは私が言った言葉。


「起きる可能性が少しでもあるから、だから、奇跡って言うんだ」


 これは祐一さんが言った言葉。


「…私には無理です」


 そしてこれが私の言った返事。





「…私には無理です」


 確かに私はそう言った。


 だけど


 奇跡は起きた


 私は生きている


 今も祐一さんの隣にいる。










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「私が願う事」
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「…なあ、栞」


 祐一さんが、さみ〜、と呟きながら話しかけてくる。


「なんですか、祐一さん?」


 私はスケッチブックにパステルを走らせながらそれに答える。


「確かに俺は賭けに勝ったよ…」


 賭け…それは私が奇跡を起こせるかどうかの賭け。この公園で私と祐一さんがした約束。


「だけど…その賞品が栞の絵のモデルになるというのはむしろ罰ゲームなんじゃ……」


「…そんなこと言う人嫌いです」


 私はわざと拗ねた顔をして返事をした。

本当はこんな寒い日にモデルになって、じっとしているというのは辛いことだと分かっていたけど

……祐一さんが嫌がっている理由はそれだけじゃないって知っているから。


「せめてちゃんとした絵を描いてくれればモデルのやりがいもあるんだけどなあ…」


「なにか言いましたか、祐一さん?」


「い、いや何も言ってないぞ。気のせいだ」


 まったく祐一さんはひどい人です。普通はそんな事思っても言わないものですよ。


「祐一さん」


「ん?」


 あまりにも祐一さんが暇そうにしているので、私はこの前考えた事を話すことにした。


「これはこの前の話の事なんですけど……」


「この前の話?」


 祐一さんは何のことか分からないらしく首をひねる。


「私達が誰かが見ている夢の中にいる、って話です。
ずっと待ち続けたご褒美に、一つだけどんな願いでも叶えられるっていう話をしたじゃないですか」


 まさか忘れたんですか、と軽く睨む。


「あ、ああ。あの話か……。もしかして続きがあるとか?」


 祐一さんは私の睨みをさほど気にした様子もなかった。

どうやらあまり効果はなかったらしい。


「続きはありませんけど……。もし祐一さんが願いが叶えて貰えるなら、何をお願いしますか?」


「俺の願い、か……? そうだなあ……一番有り難いのは名雪の寝起きが良くなることだな」


「……もっと切実な願いはないんですか?」


 あまりに現実的な答えにため息をつく。


「俺にとっては非常に切実な願いなんだが……。
 あいつの寝起きが良くなれば栞と学校に行けるようになる」


「それはそうですけど……」


 確かに私も祐一さんと学校に行きたいと思ってはいる。

祐一さんは名雪さんを起こしてから行くので、私と行くことが出来ない。

そう考えるとあまり現実的な答えではなかったのかもしれませんが……。


「う〜ん、他には……謎のジャムを作るのを止めさせてくれとか」


「謎の……ジャム?」


 耳慣れない単語に思わず聞き返してしまう。


「え、ま、まあ、帰ったら香里に聞いてみろ。どの程度教えてくれるか分からないが……」


「? よく分かりませんが帰ったら聞いてみます」


「ああ、そうしろ。とてもあれに関しては俺の口からは言えない」


 なぜかそう言った祐一さんは、なぜか遠くを見ていた。


「それで、結局祐一さんの願いはなんですか?」


「……ちょっと前までは栞の病気が治ることだった。
今は……ずっとお互いを好きでいられますように、ってとこかな」


「よく本人の目の前で恥ずかしげもなくそんなこと言えますね……」

 
 急にまじめな顔をしてそんなことを言われたので、私はおもわず顔を赤くしてしまった。


「まあ、思ったことをそのまま口にするのが俺の取り柄だからな」

 
 でも、祐一さんは次の瞬間にはいたずらっぽく笑っていた。

 本当に真面目に言っているのか、からかっているのかよく分からない人です。


「それは欠点でもあるんじゃないですか?」

 
 私も完全にスケッチブックから顔を上げていたずらっぽく笑って返す。


「まあな。そのせいでこの前も香里に追っかけられた」


 そのときのことを思い出したのか苦笑いを浮かべる。


「ところで、栞なら何を頼むんだ?」


 私はいつものように口元に手をあてながら、しばらく考えてみる。


「そうですね……私はこれからも祐一さんと一緒にいられますように、ってお願いします」

 
 私にはないと思っていた未来。

 それを祐一さんと過ごしたい。

 それこそが……それだけが私が何よりも願うこと……。


「……それは願い事じゃないだろ」


「え?」


「栞はもう死を待つだけの病人じゃない。これからは栞が好きなように生きていいんだ。
だからわざわざ願う必要はない。そんなこと頼まなくても俺たちはずっと一緒にいる。そうだろ?」


 祐一さんがさっきと同じように急に真剣な顔で語りかけてくる。

 私は祐一さんの顔をまっすぐ見ながら、それに心からの笑顔で答える。


「……はい!」









 奇跡が起こらなければなかったはずの未来。


 起こらないと思っていた奇跡によって得た未来。


 それを私は祐一さんと一緒に生きていく。


 それが私の願い事だった。


 だけど今は違う



 だって、



 そんなことは当たり前のことだから










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