「うぐぅ♪うぐ♪うぐぅ〜♪」
その日、あゆはとってもとってもご機嫌。
何故なら、いきつけのたい焼き屋のおじさんが二匹もオマケしてくれたのだ。
んー、きっとおじさん大物になるね、間違いないよっ!
と景気良く誉めるぐらい超ご機嫌。
「たい焼き♪ たい焼き♪ 美味しいよ〜♪」
歌も絶好調! 気分は最高潮!
と周りから見れば変人としか思えないほどの浮かれっぷりである。
「あ、そうだ!」
ぴんっとあゆの頭に名案が浮かぶ。
「祐一君誘って、一緒に遊びに行こっと。うぐぅっ、楽しみだな〜」
きっと、祐一君と一緒ならもっと楽しくなる。
そう考えただけでうきうきとあゆの気分が盛り上がってくる。
これ以上テンションを上げてどうするのか……とつっこみたいところだけど。
「じー」
ふと、彼女は自分を見ている視線に気付く。
「うぐ?」
その方に振り返ってみると。
いた。
なにか凄いのが。
見た目は普通の女の子。
あゆもよく知る人物である。
でも、違う。
何が違うってオーラが違う。
いつもの儚げな印象がない。
それどころか、鬼気迫るような執念を放っている。
うぐぅ……もしかしてこれが、身の危険って奴なのかな……。
何故か感じるやばげな雰囲気にあゆは声を掛けるべきか悩む。
だが、その人物は引いているあゆにお構いなしで話しかけてきた
「あの……あゆさん、ちょっといいですか?」
うう、凄い。
凄いぷれっしゃーだよ。
ちょっと、胃が痛くなりそう。
というか既にキリキリと痛む胃に、これじゃ美味しくタイヤキが食べられないと凹む
「あゆさん、あの聞いてます?」
「……」
あゆの耳には聞こえていたが、あえてさらっと無視する。
なんというか、今返事をしてしまえば地獄の底まで引きずり込まれる。
そんな嫌な予感をひしひしと感じるのだ。
だが、あゆの想いとは裏腹に……
「む〜、しょうがないですね……。えいっ」
「むぐぅっ!?」
くちびるにねちっこく吸い付く感触。
目の前を覆う栞の顔。
「ふみょふぁまみれむままい(動かないでください)」
栞の手は何とか逃れようと暴れるあゆの顔をがっちりと掴んで逃さない。
その上、唇を割って何かを差し込んでくる。
「むぐぅっ!?」
しかもそのなにかはあゆの舌に絡もうとぐねぐねと動く。
「ふ、むっひゃらふぇー(す、すっちゃだめー)」
「ふぉほぉなひくしてください(大人しくしてください」
ちゅぱんっと栞は口を離すと、もう一度顔を近づけてくる。
「わ、もう駄目、駄目ふぁっふぇばー」
そして、うぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっという断末魔が辺りに木霊した。
『姉』
「ふふ、奪っちゃいました」
息絶え絶えにがっくりと力無く崩れ落ちるあゆを横目に、嬉しそうな栞。
なんでボクがこんな目に……。
あゆはあまりにも理不尽に奪われた物の大きさにしばらく立ち直れそうにもなかった。
「眠り姫を起こすのはやっぱりキスですよね」
「ボク、全然っ寝てな」
「嘘ですね」
栞はあゆの言葉を遮り、
「だって眠っていないのに、あゆさんが私に気付かないなんて事あり得ないじゃないですか」
きっぱりと言い切った。
「うぐぅ、どうしてそうなるの……」
「え、どうしてってそれは……」
何故か栞は顔を赤らめ、もじもじと体をくねらせる。
時折ちらちらとあゆを見る目が何か妖しいげな色を帯びているのは気のせい……と思いたい。
もちろんあゆもやぶ蛇をつつく気がしてこれ以上問い詰めるのは止めた。
「ところで、あゆさん。その袋はなんですか?」
あゆがずっと抱きしめていた袋が指差される。
あんな事されている間もあゆが根性で手放さなかった袋である。
中身はいうまでもなくたい焼き。
栞もその表情から察するにどうやら知っているようだ。
うぐぅ……栞ちゃん狙いはこれだったんだね……。
たい焼きの為だけに唇を奪われたらしいあゆは半泣きになりながら栞に尋ねる。
「……栞ちゃんにも一つあげるよ。たい焼きだから」
そう言いながらがさごそと袋を漁っている所をまってくださいと栞に止められる
「あれ? いらないの?」
「いえ、そうではなくて」
「うぐ?」
どうしたんだろ、とあゆの頭の中に疑問符が浮かぶ。
もしかしたらたい焼きが変なのかなと思い匂いを嗅いでみる。
その匂いは甘く優しい、何処にも変な匂いは感じられない。
「大丈夫だよ。お店で買ったのだし変な匂いもしてないよ」
「いえ、そうでもなくて」
「うぐ?」
栞が何が言いたいのか分からないあゆの頭の中にはますます疑問符が増えていく
「こことこことこことここを囓って貰えますか?」
そう言って栞はたい焼きの四隅を挿す。
「うん、別に良いけど……」
栞の意図は良く分からなかったが、言われた通りに囓るあゆ。
素直な良い子である。
四隅を囓った所為で不格好な十字型になったたい焼き。
あゆは、それを改めて栞に見せる
「えっと、これで良いのかな?」
「はい、とても良いです」
嬉しそうに、頷く栞。
「じゃ、あゆさん。それ頂けます?」
「うぐっ!?」
背筋がぞ〜っと震える。
今、あゆの耳はとてもききたくない言葉を受け止めた。
「えっと、その、食べかけなんて悪いし……」
「それが良いんです」
「あーそれにずっとボクが持ってたから冷めちゃったよ」
「それが良いんです」
「それに、なんだかボク変な汗かいちゃったから、たい焼きに染みちゃったかも」
「それが、良いんです!」
「……どうぞ」
根負けして、栞に食べかけのたい焼きを渡す。
栞はそれをこれ以上は無いほど喜びに満ちた顔で受け取った。
もっとも、あゆはなんだかまた大事な物を一つ無くした様な気がしていたが……
「ふふ、遂に十字架を受け取りました」
「それたい焼きだよ」
「これでスールの契りはばっちりです」
「うぐ? すーるって何?」
「ついに、念願が叶いました」
「うぐぅ……ボクの話聞いて……」
一人悦に入ってるらしい栞はたい焼きを握りしめながら怪しく笑う。
その強く握りしめる手からぼたぼたと餡が落ちる。
(うぐぅ……もったいないなぁ……)
「と言うわけで、あゆさんっ!」
「え!? な、なにかな?」
場違いな感想を抱いていた所にびしっと目の前に指が突きつけられる。
「今日から、お姉様と呼ばせていただきますね」
「え!? えっえっ!?」
あゆは唐突な展開に目を白黒させる。
「あ、お姉様から頂いたこの十字架は、後で大事に私の血肉へと変えさせて頂きますので」
「な、なにかが……背負いきれない何かが……来てるような……」
「お姉様、お慕いしています……いえ、押し倒したいです」
ぽっと頬を染め、恥じらいながら過激な言葉を零す栞。
その瞬間、一番理解したくない事実を理解してしまったあゆは今日最後となる悲鳴を上げた。
「ふふ……」
あれから数日、毎日のようにまとわりついてくる栞にあゆは辟易していた。
何処に行っても、何故か栞はあゆの前に現れる為逃げる事すら出来ない。
今日も商店街で捕まってしまい、がっちりと腕を組まれてしまっている。
ぎゅっと栞抱きしめられている腕。
そこにはわずかばかりに主張する柔らかい感触が伝わる。
といっても変な趣味とかなんにも無いあゆにとっては嬉しくもなんとも無いわけだが
「ねぇ……栞ちゃん、歩きにくいから放してくれないかなぁ……」
もう、何度目になるか分からない抵抗を試みてみる。
「嫌です」
キッパリと言い切られる。
「うぐぅ。でも、みんな見てるし……ね?」
そう、さっきからじろじろと町ゆく人が見てくる
そのなま暖かい視線からどう思われてるかは想像に難くない。
ボクはノーマルなのに……。
自分ではもうどうしようもない世間の冷たさにあゆは心の中で涙を流すばかりだ。
「お姉様……私の事嫌いですか?」
キラキラうるうるとした瞳で訴えてくる栞。
ここで嫌いだよ……と言えればどんなに楽になるだろうとあゆは思う。
「そんなこと……ないよ」
良くも悪くも心優しすぎるこの少女にはそんな事は無理なのだが。
「じゃ、私の事好きですか?」
きらーんと栞の目が妖しく光る。
その言葉にだらだらと嫌な汗をかく。
そ、そうだここで嫌いじゃないけどそう言う気持ちは持ち合わせてないよと言えば栞ちゃんも分かってくれる……そんな考えがあゆの頭を過ぎる。
「ええっと、好きかと言われれば好き……むぐぅ」
数日前のデジャブ。
数分後。
またまた、崩れ落ちるあゆ。
「ふふ……お姉様ったらこんな所で告白されたら私、恥ずかしいですよ」
テレテレと一人悶える栞になにかを言う余裕もない。
「あ、そうだ。ちょっとあそこでアイス買ってきますね」
そう言ってコンビニへ入っていく。
「うぐぅ……栞ちゃんちょっとぐらいボクの話聞いて……」
そのため項垂れるあゆのその言葉を聞く人はいなかった。
「はい、あーん」
「い、いいよ。自分で食べられるから」
今日も今日とて栞に見つかりあゆは喫茶店に連れ込まれていた。
一緒のジュースを二人で飲むという拷問の後、今はパフェを食べさせられようとしている。
もちろん比喩でも何でもなく、栞の手で。
「お姉様、こういうコミュニケーションは大事なんですよ。人間には倦怠期とかがあるんですから」
「うぐぅ……ボクにはそうなってくれた方がありがたいんだけど」
「でも、私とお姉様じゃそんな事無縁ですよね」
「……相変わらずボクの話は聞いてくれないんだね」
はらはらと涙を流すあゆとくすくすと笑う栞、わずか数日で商店街の名物ともなってしまっている。
「ボクは何処で道を間違えたんだろ……」
ぼそっと呟くあゆに
「お姉様、今までのほうが道が間違えてたんですよ」
キッパリと言い切られる。
「うぐぅ……」
もはやただ現状を嘆くしかないあゆは、さめざめと涙を流す。
そんな折、からんからーんと音をベルが響かせ新たな客の来店をしらせる。
「あ……」
目の前の栞の表情が固まる。
その珍しい姿に驚くあゆ。
「栞ちゃんどうしたの?」
その尋ねる声にも反応する事もなく固まったまま。
しかたなくあゆは栞の視線の先を追ってみる。
「あれ? あゆちゃん?」
そこには祐一の同居人としてあゆもよく知っている人物である名雪がいた。
その後ろにウェーブがかった髪をなびかせた同い年くらいの少女を伴って。
「……だったんだよ」
おっとりとしたペースでなんとか話を続ける名雪。
そのぽけぽけとした空気は普段なら必要以上に場を和ませるのだが、今日ばかりは役に立っていなかった。
そう、重い。
雰囲気がやたら重いのである。
あの後、折角だからという事で同席することになったのだが、何故か栞と名雪の連れてきた少女との間に漂う空気が尋常ではなく、それが場の雰囲気を支配してしまっている。
「ねぇ、名雪さん」
くいくいっと制服の袖を引き名雪の注意をこちらに向ける。
「栞ちゃんとあの人知り合いなの?」
その言葉に名雪はわからないっと首を振る。
「わたしも、栞ちゃんって子と初めてあったから……」
「うぐぅ、そうなんだ……」
お互い二人の接点が分からない以上どうする事も出来ない。
当然本人達に聞ける空気ではない。
「えっと、そういえばあの人なんて名前なのかな?」
あゆはこの空気の所為でお互いの自己紹介すらまだ出来てない事を思い出し改めて名雪に尋ねる。
「香里、美坂香里だよ」
「え……」
その、名前を聞いて驚く。
「みさかって栞ちゃんと同じ名字だよ」
「え? そうなの?」
あゆの言葉に名雪も驚く。
もしかして……、ある疑念があゆの頭をよぎる。
「二人って姉妹なのかな?」
あゆが思わず口にしてしまった言葉にびくっと体を震わせる栞。
そして何か言葉を発しようとした栞へ
「あたしに妹なんていないわ」
香里から冷酷な言葉が投げかけられた。
場を支配する沈黙。
それに最初に耐えられなくなったのは意外にもその言葉を発した香里だった。
「ごめん……名雪。あたし帰る」
そう言うとコーヒー代を置いて立ち上がり、三人に背を向け店を出て行こうとする。
「あ……」
その様子をみて何か言葉をかけようとする栞。
だが、止めようとさまよう手は宙を彷徨ったまままた膝の上に置かれる。
香里の方も栞の声に一瞬反応したものの振り返ることなく店を出て行ってしまった。
為す術もなく成り行きを見ていた名雪だったが、はっと我に返ると二人に向けた謝る。
「ごめんね、香里普段はあんなんじゃないんだけど……きょうはちょっと調子よくないみたいで……」
あわあわと必死で言い訳する名雪に
「いえ、気にしてないですから」
栞は無理矢理笑顔を見せた。
結局、あのまま名雪や栞と別れあゆは帰路についていた。
あの二人の不可解な行動……関係ないわけが無い。
でも、姉妹じゃないと香里という人は言った。
「うぐぅ……わかんない」
あゆの脳では既にパンクしそうで最早どうなっているのか上手く整理する事も出来ない。
結局、栞が話してくれるのを待つしかないのかもしれない。
そこであゆは、ふと自分が栞を本気で心配している事に気付く。
確かにあゆは栞の事を持て余していたが、なんだかんだ言って一緒にいろいろ騒いでいたのは楽しかったし、本心から栞を嫌いなわけでもなかった。
もっとも、だからといって恋心とかそう言うのが芽生えてるとは死んでも思いたくないけど。
「お人好しなのかなぁ……」
あゆはアレだけの事をされているのに栞を嫌いになれない自分に対しそう思う。
でも、自分にとっては数少ない友達なんだからそれで良いと思った。
「ちょっと、変わってるけどね」
くすっと思い出し笑いをしながら、顔を上げる。
「あれ?」
物陰に一人の少女が佇んでいる。
ウェーブがかった髪からして、人違いという事もあり得ないだろう。
間違いなく先程逢った少女、香里だ。
香里はこちらに向かってくると挨拶もそこそこに、
「ごめんなさい、ちょっとお話良いかしら?」
と話しかけてきた……。
「ごめんなさい、あたしはあの子の姉じゃないって言ったけど……嘘なの」
公園のベンチ。
並んで座る香里は、開口一番あゆにそう告げた。
あゆは、何かを言おうとして止める。
何を言って良いか分からなかったからだ。
「あたし、これ以上あの子の姉である事に耐えられなかったのよ」
とても辛そうに言葉を漏らす香里。
あゆもそれを見て今度こそ言葉をかける。
「うん、とてもよくわかるよ」
「あの子、病気なの」
「やっぱりそうなんだ……」
「絶対、治らない病気」
「アレは治らないよね」
「今の医学じゃどうしようもないって」
「ボクもそう思う」
そこまで言った後しばし訪れる沈黙。
そして香里は自嘲気味に話を続ける。
「あたしは、それに耐えられなかったの。あの子が死ぬ迄あの子の姉でいたら、きっと私の心は壊れてしまうから……」
「確かに大変な事だと思うよ」
「だから、あたしはあの子の姉である事を捨てたわ。卑怯な女なの自分の心を守る為だけに……」
「でも、それは誰だって香里さんを責められないと思うんだ」
「でも……」
「ボクだって、何時まで耐えられるのかわからないもん。香里さんはそれに何年も耐えてきたんでしょ? それだけで凄いと思うよ」
「そんなこと……ないわ。あたしはあの子の事を好きだっただけ。だから耐えられたの。でも、それが重荷になって、自分では支えきれなくなって結局逃げ出したわ」
「ボクも栞ちゃんの事好きだよ。あくまで友達としてだけど……だから、確かに重荷もあるし、逃げ出したいとも良く思う。だけど栞ちゃんも望んでるから一緒にいてあげようと思ったんだ」
「……貴方は強いのね」
「うぐぅ、そんな事無いよ」
「照れなくてもいいわ、本当の事だもの」
「でもね、香里さん」
そう言ってあゆは初めて香里と目を合わせる。
「やっぱり本当に栞ちゃんを愛している香里さんが姉として接してあげるのが一番良いと思う」
「あたしにはもう無理なの……」
「そんな事無いよっ。香里さんは栞ちゃんの事愛してるんでしょ?」
「ええ」
俯きながらもはっきりとした答えが返ってくる
「栞ちゃんもお姉さんを求めてる……。二人とも想い合っているのにすれ違ったままなんて悲しすぎるよ」
「でも、あの子は……」
「香里さん、今のままだと香里さんは一生後悔すると思うよ。まだ、間に合うんだから……栞ちゃんをちゃんと幸せにしてあげて」
「……」
「このまま二人とも離ればなれになるなんて悲しすぎるよ」
あゆの励ましにただ悲しみに彩られていた香里の目に生気が戻る。
「そうね……」
その一言が香里の口から漏れたとき表情は決意したものに変わっていた。
「私は何時まで姉でいられるかは分からないわ」
「香里さん……」
「でも、もう逃げたりしない。その間だけでも今度こそ栞を幸せにしてみせる」
香里は立ち上がると歩き出す。
だけど、数歩歩いた所で立ち止まり、
「貴方に話を聞いて貰えてすっきりしたわ」
そう言って香里は笑顔で振り返る。
「ありがとう」
そして、あゆの返事を聞く事もなく立ち去っていった。
一人残され暫くぼーっとしていたあゆも日が暮れてきた空を見て立ち上がる。
「何はともあれこれで一件落着かな」
多分、今頃は戻ってきた本当に愛するお姉様に甘えてる頃だよね、そう思ってここ数日の苦労から解放された事をあゆは嬉しく思う。
やっぱり本当に愛し合ってる二人がそう言う関係でいるのが一番だとあゆは思う。
まぁ、正直なところ香里に押しつけたかった気持ちが無いわけでもなかったけど……。
「でも、あの手の人でもやっぱり恋愛事であんなに悩むんだぁ……」
そんなあたり前の感想を抱きながらあゆは帰路についた。
雪が溶け、暖かい息吹が辺りに漂う季節。
あゆには色々な事があった。
まぁ、その辺りの詳しい話は置いておく。
長くなるから。
「うぐぅ……祐一君遅いなぁ……」
ベンチで想い人を待つあゆ。
その晴れやかな笑顔はこの季節にぴったりだった。
あれからあゆは栞とも香里とも会っていない。
正確には色々あった所為で会えなかったからだが……。
でも、二人はきっと幸せにやっているんだろう。
「あの……」
ふいに声を掛けられる
「うぐ?」
そちらへ向くと懐かしい顔。
「栞ちゃん、久しぶりっ」
「はいっ」
噂をすればってやつなのかもしれない。
「元気そうだね、あれから香里さんとは上手くやってる?」
「はい、おかげさまで」
その顔は今まで見た事もないほど晴れやかなものだった。
「うぐぅ、よかったよ」
心の底からでたあゆのその言葉に栞は微笑む。
「それで、あの時の事謝りたくて……」
「別に気にしてないから良いよ」
「でも、私はあの時姉を求めていました、それを押しつけるような事をして……すいませんでした」
「気にしなくて良いってば」
「でも、本当は私ずるい女なんです」
「うぐ?」
「姉を求めている事を……本当の自分の気持ちを満たすのに利用していただけなんです」
なんだか話がずれてきてるような……そんな考えがあゆの頭をよぎる。
「病気も直りました、お姉ちゃんとも仲直り出来ました」
「あれ、病気って……」
女の人を好きになることだよね?っとあゆが問い返す前に、その言葉を遮られる。
「だから、改めて今度はちゃんとした恋人同士てしてお願いします」
だらだらと嫌な汗が流れる。
あゆはどこかで自分が取り返しの付かない過ちを犯していた事に気付いた。
「これからもよろしくです、あゆお姉様」
にっこりと微笑む天使のよう顔。
その死刑宣告とも言える一言を聞いて、あゆは久々に高らかと悲鳴を上げた。
感想
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