目を覚ますと、そこは病院の一室のようだった。

 「香里……」

 声のした方を向くとそこには相沢君がいた。
 目尻に小さな涙の粒が見えていた。

 「よかった……。香里までいなくなったらどうしようかと……」

 その言葉を最後まで聞かず、あたしは体を起こす。

 「香里……?」
 「あたしね……今まで栞と話していたの」
 「……そっか」

 やっぱり驚かないんだな。と、思う。
 相手が相沢君じゃなかったらこんな話はしなかったと思う。
 これで訝しげな顔でもされたら話さないつもりだったけど、あたしは窓の外を眺めながら続きを話し始めた。

 「二人で、いろんな物を見たの。いろんな事をしたの」
 「…………」
 「花畑に行ったわ。縁日で射的もしたの。栞の輪投げには笑っちゃったわ」
 「…………」
 「別れの時が来た時、あの子、なんて言ったと思う? あたしの妹に生まれて良かった。って……」
 「……香里」

 直接顔を見なくても判る。相沢君が今、どんな時よりも真剣な顔をしているという事が。
 でも、あたしは顔を向ける事が出来ない。
 抑制をきかせた声で感情をごまかす事は出来ても、今流れてるこの涙はごまかせないから。
 ……だけど。

 「「泣くな」なんて言う資格は俺には無いし言う気も無いけど、一人で泣くのは止めないか?」
 「え……?」

 相沢君には判ってしまう。
 反射的に顔を向けてしまって泣いている顔を見られてしまったけど、もうどうでも良くなった。

 「そういう事を言うなら、胸を借りても文句は無いわね?」

 涙顔で最後の虚勢をはって、倒れこむように頭を預ける。
 それから後は、ただ、声を上げて泣いた。
 相沢君はあたしが泣き止むまでずっと肩を抱いてくれていた。




 それから一週間、あたしが退院してから更に数日過ぎたある日の事。
 あたしは自分の掌を見つめていた。
 あの世界で栞から貰った「光」。
 あれは、栞があたしの幸せを願う心だと言っていた。
 それなら、栞は今もあたしと共にあると考えてもいいのだろうと思う。

 考えが浮かんだ瞬間、あたしは受験が終わっている来年のこの時期に向け、ある事を計画した。





 そして、その日から一年経って、受験を終えたあたしは今、列車に乗っている。
 相沢君はこの時期になると、さすがに栞の事を思い出すのか、
 少しだけ表情に影が刺す事があるけれど、それ以外は出会ったあの頃と同じ笑顔を見せてくれる。
 そんな相沢君に、あたしは最近告白した。
 栞に言われたからとかじゃなくて、彼の事が本当に好きだったからだ。
 答えはまだ貰っていない。この旅行が終わって、あの街に帰って来た頃に貰う事になっている。

 どうしてそんな事をしたのか、なんて聞かないで欲しい。
 別にどんな答えが返ってくるのかが恐い訳じゃない。何と言うか、けじめのような物だ。
 あたしも、相沢君のように笑いたいから、この旅行を計画した。
 あの世界があたしの記憶を元に作られていたのなら、実在するはずだと徹底的に調べ上げた。
 栞の事を、吹っ切る為に。

 人は、思い出がないと生きていけない。
 でも、思い出だけでは生きていけない。
 だけど、あたしには忘れる事も捨てる事も出来ないから。
 思い出を糧に出来るように一度だけ、あなたと辿った旅路を辿っていく。

 あの日、二人で乗った夢想列車の旅路を。
 もう一度だけ、二人で。


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