Beyond the recollection





俺がこの街に引っ越してきて既に二週間が経っていた。
その間、俺は様々な人と再会し、出逢った。

その中で、川澄舞と倉田佐祐理と出逢った。
俺は彼女達と行動をよく共にし、友好を深めていった。もともと舞と出逢ったのは夜の学校という普通ではありえない場所。俺は舞の行動が気になり毎日夜になると学校に出かけていた。
そんな日々が続いていた。こんな日が続いたらいいのにそんなことを思っていた。

だけど、いつまでも続く幸せがあるとは限らない。そんな簡単な事を忘れてしまうくらい楽しい日々だった。

きっかけは舞の誕生日だった。俺と佐祐理さんは舞のためにアリクイのヌイグルミを買った。俺と佐祐理さんはそれを夜、舞に渡そうという話をしてその場を離れた。

だけど、その行動自体が浅はかだった。俺はあることに気がつかなかった。俺とすれ違って先に学校に来ていた佐祐理さんは学校内で魔物に襲われた。その日舞は俺に明日決着をつける、と言った。それは昨日の事だ……


そうして、俺たちは今日夜の学校にいる。全ての決着をつける為に。











静かな、何も物音がしない学校を俺は全力で走っていた。足元には大量のガラス片が散らばっており、それを踏み潰して響く音だけが俺の耳に伝わる。
俺は正直焦っている。何でどうしてあともう一体魔物が残っている事に気がつかなかったんだ……。

いや、魔物じゃない。あれは舞の力そのものだ。昔、切り離した。
俺は舞に言わなければいけない。舞自身、既に忘れてしまっている事を。

その時、立ち止まった俺の耳に足音が聞こえてきた。それははっきりと聞いて取れるほど近くから出た音だった。俺は迷わずその音がした教室に踏み込む。

「待つんだ、舞!」
其処には剣を持った舞が、居た。その剣の矛先には少女の姿。
そうして俺は話し始める。思い出したことを。

「魔物なんてどこにもいない。最初からどこにもいなかったんだ。終わったんだよ、お前の戦いは……」
舞は何も答えない。でも、俺は続けた。
「お前はずっとこの場所を守っていたんだな……十年間と言う長い時間だ」
ああ、なんていうことをしてしまったんだ、俺は。舞から十年と言う長い月日を奪ってしまった。
「もう、終わったんだ」
繰り返し、いい聞かせるように

「祐一……あのときの子は祐一なの?」
「ああ、そうだ舞。さっき思い出した」
「どうして、あの時来てくれなかったの?」
瞳を潤ませながら舞は言う
「あれは、本当の別れだったんだ、舞。決して舞の力が怖かったわけじゃない。そうだったら俺たちは今ここにはいないはずだろう?」
弁解がましいが、俺の本音だ。
「でも……私は魔物を撃つ者だから。もう一匹魔物は残っている」
剣を握る手に力を込める。
「もう、いいんだ舞。思い出そう昔の事を。そうして、もう戦いは終わったんだ」
三回、繰り返す。

「……でも、何をしてよいか分からない」

うつむいて、力なく言う

「戻ればいいんだ。昔俺と遊んだときに……そしてもう、剣は捨てるんだ」
「そして夜の校舎に訪れる事もしなくていい」

いつしか舞は、剣を握る手を下ろしていた。
剣とは人間の力の象徴。その力を持って人ではない力を断とうとした。それがどれだけ深く、自分の深遠までも絡め取った茨であろうとも。

「受け止めよう、自分の力を。そして剣を捨てよう、舞」
「……剣を捨てた私は弱いから」
「いいさ、舞。弱くても俺や佐祐理さんがいる。三人で一緒にいよう。動物園やゲームセンターとかに行こう。三人でいれば楽しいさ。俺も舞のことをずっと見守ってやれるし」
「……本当に」
「――ああ、佐祐理さんもきっと良いって言ってくれるさ」
「……私の思い出のものとかいっぱい持っていってもいい?」
「ああ、もちろん。今からもう楽しみだな」

俺は素直に喜んだ、これなら舞は自分を受け入れられる。

「……祐一。ありがとう」
「ああ」
「本当にありがとう」

舞はにわかに微笑んで繰り返した。
そうして……

「祐一の事は本当に好きだから…」
「いつまでもずっと好きだから…」
「春の日も…」
「夏の日も…」
「秋の日も…」
「冬の日も…」
「ずっと、私の思い出が…」
「佐祐理と…祐一と共にありますように」

いきなり自分のほうに剣を向けると、そのまま腹部に突き刺していた。

「……!!」

俺は何も出来なかった。
舞の身体が崩れ落ちる。重力にひかれて。
俺は咄嗟に飛びつき、それを抱きかかえた。酷い出血で時間も経たず俺の腕は舞の血に濡れる。

「               」

舞は話しているつもりなのだろうが、既に声が出ないらしく俺の耳には届かない。

それを見て俺は急いで舞を病院に運んで行こうと思い即座に行動に出る。両腕に舞を抱え学校から飛び出す。雪道であろうと関係ない。走りにくいなどと考える余裕は既に無かった。その間、両腕は舞の体温が刻一刻と冷めていくのを感じていた。舞が死ぬなんて、俺は認めたくは無かった。

病院の正門に着いたとき、俺の両腕には舞の血がべっとりと付着し、舞の顔は既に真っ白で息も絶え絶えな状態に陥っていた。
病院に飛び込み、看護婦が俺を見る。何か注意しようとしたのか口が開きかける。
が、その看護婦の視線が俺が抱えている舞に合う。

看護婦は急いで何処かに電話し、数人の看護婦が俺から舞を引き離し台車に載せる。
危険な状態なんだろう、医者が怒声を上げながら看護婦に指示を出す声が少し離れた所にいる俺にもはっきりと聞こえた。
しばらく俺はそのままの体勢で固まっていたが、のろのろと自分の身体を動かし近くにあった椅子に座る。自分の身体なのにまるで他人の身体にいるような感覚だった。
椅子に座り少し落ち着くと。意識は遠く、遠くなっていった――



















かちっ、かちっ、と時計が時間を刻む音で目が覚めた。定期的に刻まれる音。

「――ん? ここは……」

目を覚ますと俺は見知らぬところにいた。夢の中では舞が自分で自分に剣を刺し俺が病院に連れて行くなんて言う変な夢だった。俺はゆっくりと体を起こす。其処は意識を失うように眠る直前までいた、あの病院。

急いで時計を見る。俺が舞を担ぎ込んでから結構な時間が経っていた。未だに医者が手術室から出てきた気配は無かった。俺は薄明かりの中手術室に通じる廊下の向こうを現実感が全く沸かない中、見ていた。

自動ドアが開く音がした。俺は急いで手術室の廊下の向こう側に向かって走る。手術室の開いたドアの前には独特の手術服を着た中年の男が一人、ぽつんと立っていた。

「あなたは、患者さんの関係者ですか?」
「はい、そうですが」

その声は自分でも驚くほど、声が掠れていた。

「私達は最善の努力を尽くしました。しかし残念ですが、患者さんは亡くなられました。患者さんのご冥福をお祈りします」

慇懃な口調でしかし冷たく言い放つと男は、頭を下げ廊下の向こうに消えていった。
慣れているのか、その足音に乱れは無かった。

信じたくは、無かった。やっと、舞のことを思い出せたのに。ずっと、佐祐理さんと俺と一緒に暮らそうと約束したのに。それらは既に叶わない夢となってしまった……。
俺の頬には涙が伝っていた。そうしてようやくこれが現実なんだと頭が理解した。
そして泣いた。そうしないと押しつぶされそうだったから。





パタ……パタ……パタ……



唐突に静かな廊下に足音が響く。それはこちらに向かっている様だった。
俺は精一杯の虚勢を張るために頬に伝っていた涙を拭う。悲しんでいる姿を誰にも見せたくは無かった。同情が欲しいわけじゃなかったから、俺は椅子にうつむいて座る。赤い目を見られないために。



パタ……パタ……



その足音は俺の目の前で止まった。俺にはスリッパを履いた人の足が見える。
どうして俺の前で止まるのか? 正直早く行ってほしい。所詮他人には関係の無い事だから。でも、それは間違った。

「祐一さん、どうしてこんな所にいるんですか〜? もしかして佐祐理に逢いたくなってこんな時間にお見舞いですか〜。それは嬉しいですねっ」

それは聞き知った声。

「え、佐祐理さん……?」

目じりに残っていた涙を拭く。其処には入院服を着て何時もの笑顔の佐祐理さんがいた。何時もと変わらない表情で。

「はい、あなたの佐祐理ですよ。それでどうして祐一さんはこんな時間にここにいるんですか?」

その質問はキツイ内容だった
俺は理由を話すべきか、話さざるべきか迷った。彼女は俺を除いたら舞に“最も近かった”から。今は舞の力だった魔物によって傷つき入院している彼女に「舞は力を受け入れられずに死んでしまった」などと話しても良いのだろうか? しかしいずれ知ってしまう事だと思う。それなら俺の口から直接言ったほうがよいのではないのか……

「大丈夫ですよ祐一さん。私は何でも聞きますから」

返事に窮している俺を見て佐祐理さんが助け舟を出す。その目は真剣だった。だから俺は話す事に決めた。たとえそれが彼女を傷つける事だと知っていても。

「……しっかり聞いてくれ佐祐理さん。舞が――舞は死んだんだ」

佐祐理さんの目を見て呟く。普段なら聞き逃してしまうほどの声の大きさでも宵もふけた病院では十分な大きさだった。言った後俺は、泣き崩れる佐祐理さんを想像していた。泣いて俺に罵声を浴びせて欲しかった。でも次の言葉は想像をはるかに超えるものだった。

「祐一さん? ――舞って誰ですか?」

全く誰の事を言っているのか分からない、といった様子だった。

「でも、祐一さんが知っている方なら悪い方ではありませんね。悲しい事です、人が死ぬって………もう逢えなくなりますから」

おかしい、何があった? 何故佐祐理さんは舞のことをまるで知らない人のように言うんだ。俺より長い付き合いで舞のことをいつも考えていた人が何故このように他人事のように言えるのか?

「どうしたんだよ佐祐理さんっ!! 舞が、舞が死んだんですよ!! 悲しくは無いんですかっ!!」

訳も分からず、俺は佐祐理さんに吠えた。完璧に頭が混乱していた。舞のことを一番よく知っている人が知らないと言う。それが全く訳が分からなかった。

「舞さんって、私もあったことがあるんですか? すいません本当に分からないんです」

本当にすまなさそうに俺に頭を下げてまで謝る佐祐理さん。その姿は嘘をついているようにはまるで思えないし冗談でこんな事が出来る人じゃあないってことも俺は知っている。じゃあどういうことなんだ……。俺は全くわからなかった。

「いや、俺の方こそごめん……じゃあ俺、家に帰るから」

これ以上ここにいたら今日は本当に気が狂ってしまうもしれない。舞は死んで、その舞の親友だった佐祐理さんは舞を知らない、と言う。
本当にどうしてよいか分からなくなった。

「はい、じゃあ祐一さん。明日お見舞いに来てくださいね」

彼女の笑顔が今の俺には唯、辛かった。
















(祐一side)



舞が死んでから、数週間が経った。その事を知っているのは俺だけだった。
舞が死んだ翌日俺は佐祐理さんに逢いにいった。舞のことを聞きに行ったんだ。――だけど結果は前日と一緒だった。

「そのような人は私は知りませんよ」

と一つの答えのみだった。前までとは呼び方も違い完全に他人行儀の扱いとなっていた。その答えを繰り返し俺は、最後の手段に出た。

「なんで、佐祐理さんは入院している、その原因は何だった?」

これだった。佐祐理さんが入院した原因は夜の校舎で舞の力に襲われ怪我をした為だった。これなら佐祐理さんも舞のことを話してくれる、そう思っていた。――だが

「ふぇ……忘れたんですか祐一さん。これは佐祐理が夜に学校に忘れ物を取りに行った時階段から落ちていたところを祐一さんが助けてくれたんじゃないですか」

答えは俺の予想とは全く違っていた。確かに俺は佐祐理さんを発見し病院まで付き添った、そして夜の学校で怪我をしたという所も。しかし怪我をした原因が階段から落ちた事にすり替わっていた、これは俺が知っているはずの事実とは異なる。

――つまり佐祐理さんの記憶から舞の記憶が完全に消された、又は最初から無かった事とされてしまっていた。










結局、俺は誰にもこのことを話す事はできずに高校三年になった。話したところで誰も知らないのだから。入院していた佐祐理さんも卒業式までには退院でき、無事卒業式に出席する事が出来た。



(舞も生きていたら、ここにいて一緒に卒業していたんだろうな)

ここには居ない、誰も憶えてはいないが俺だけが覚えている。俺は、心中は複雑ながら卒業式に参加した。
式後、俺は佐祐理さんと逢った。

「卒業おめでとうございます、佐祐理さん」
「あはは〜。ありがとうございます祐一さん。これで約束を果たせますね」

俺は首を傾げた。

「佐祐理さん、約束ってなに?」
「ふぇ……祐一さん、佐祐理のお見舞いに来てくれたときから少し変ですよ。本当に忘れてしまったんですか?」

瞳に涙を溜めて次の語を繋いだ

「私が卒業したら一緒に暮らそうって約束したじゃないですか」

その言葉に俺は舞が死んだ時に近いほどの衝撃を受けた。それは俺が舞とあの夜の学校で交わしたものだったからだ。それを佐祐理さんが知るわけが無い。――俺が言わない限り

「そうだった。ごめん佐祐理さん。最近俺忘れっぽくてさ」

嘘をついた。本当は佐祐理さんでは無くて舞と約束したのに。でも俺にはもう約束を破れそうに無い。――それが本当は交わした相手が違っていても

「もう……でも思い出して頂いたのなら許しますよ〜」
「ああ、もう忘れないからさ」
「お願いしますよ〜、祐一さん」

笑顔で、俺に笑いかけてくれるなら――。



その事があり、俺は今佐祐理さんと一緒に暮らしている。親の説得に苦労するかと思ったが案外あっさりと承認された。俺と佐祐理さんは街中にあるそこそこ安いアパートを借りてそこで一緒に住み始めた。佐祐理さんの父親からはもっと良いところを借りろ、と言われたが未だ学生である俺たちにはちょうど良いところだった。


そして一緒に暮らし始めて色々なものが変わった。


たとえば朝。前は名雪をたたき起こしてから一日が始まったが今は、佐祐理さんの声で朝目覚める。


たとえば昼。前は屋上の前の小さな場所で食べていたが今は、佐祐理さんが作ってくれたご飯を北川にからかわれながら食べている。


たとえば夕方。前はすることも無くまっすぐ家に帰っていたが今は、佐祐理さんと商店街で待ち合わせ一緒に晩御飯の買い物に行く。


たとえば夜。前は秋子さんと名雪と一時期家にいた真琴と食べていたが今は、佐祐理さんと二人で少ない人数ながら以前と変わらぬ楽しみがある。


本当に色々と変わった。楽しい時間はあっという間に過ぎる。俺は高校三年を楽しく過ごし大学へと進学した。そこは佐祐理も通っている学校。俺はそこの校門に立っている、横には佐祐理。


「もう、大学生なんだな。俺は」
「そうですね、一緒に住み始めた一年前がついこの間のように感じられますよ〜」
「ああ、そうだな。じゃあ行こうか。佐祐理」
俺は手を差し出す。

「はい」
今の俺には守るべきものが出来たんだから――。


色々と変わってゆく。深々と降り積もる雪のように、日常に埋没した俺は過去を振り返ることを忘れてしまったんだ……。
















(佐祐理side)



最近祐一さんの様子がおかしい事に気がつきました。ちょうどあの日の夜、私のお見舞いに来た、という時から。あの日から祐一さんは私に『まい』という人のことを聞いてくるようになったんです。毎回聞かれる度に

「そのような人は私は知りませんよ」

と祐一さんに言うのは辛い。そういうたびに彼が傷つくような気がしたから。祐一さんにとってその方は本当に大事な方だったのでしょう。それを何回も何回も繰り返しある時。
「なんで、佐祐理さんは入院している、その原因は何だった?」

と、祐一さんは私を助けてくれた事も憶えていないようです。ずっと傍に居てくれたのにと思いながらも私は

「ふぇ……忘れたんですか祐一さん。これは佐祐理が夜に学校に忘れ物を取りに行った時階段から落ちていたところを祐一さんが助けてくれたんじゃないですか」

そのことを言うと祐一さんは
「――そうだったな。ごめん色々あって頭が混乱しているんだ」

そう言って、部屋からでて行ってしまいました。

(祐一さん……一体どうしたんですか)
私は、追いかける事もできずただ彼が出て行ったドアを見る事しか出来ませんでした。今は祐一さんのことが心配です










数週間後、私は無事に退院でき、卒業式に出席する事が出来ました。祐一さんもあれからは落ち着きを取り戻し前と同じように私に接してくれるようになりました。
私はその卒業式のことを鮮明に覚えています。


あまり着慣れない着物を着て私は卒業式に出席しました。別に制服でもいいのですがなぜか着物を着ないといけない気がして着物を着ました。
卒業式では皆に祝福されて、とても嬉しかった。――でも私が一番祝ってもらいたい人は

「卒業おめでとうございます、佐祐理さん」
彼だ、彼が居ると心まで温かくなる。一弥のことでずっと後悔している私の心まで――

「あはは〜。ありがとうございます祐一さん。これで約束を果たせますね」

彼は首を傾げた。

「佐祐理さん、約束ってなに?」

心底覚えが無いといった表情で聞き返してくる祐一さん。私は泣きかけるのを我慢して
「ふぇ……祐一さん、佐祐理のお見舞いに来てくれたときから少し変ですよ。本当に忘れてしまったんですか?」

いったん言葉を切って繋げた。

「私が卒業したら一緒に暮らそうって約束したじゃないですか」
少し、間が空きました。祐一さんは何か考え込む表情を見せています。きっと思い出そうとしてくれているんでしょう。憶えていて欲しい、私は正直にそう思いました。


「そうだった。ごめん佐祐理さん。最近俺忘れっぽくてさ」
何時もの、申し訳なさそうな表情を見せて謝ってくれる祐一さん。その表情に私弱いんです……


「もう……でも思い出して頂いたのなら許しますよ〜」
「ああ、もう忘れないからさ」
「お願いしますよ〜、祐一さん」

祐一さんと、ずっと一緒に…… 



卒業式のことがあり、私は今祐一さんと一緒に暮らしています。私は最初からお父さまに話していたので、すんなりいきました。私と祐一さんは街中にあるそこそこ安いアパートを借りてそこで一緒に住み始めました。私のお父さまからはもっと良いところを借りろ、と言われましたけど未だ学生である私達にはちょうど良いところでした。


そうして、一緒に暮らし始めて色々な事が変わりました。


たとえば朝。前まではただ起きるだけだったのが今は、愛しい人を朝に起こせるようになりました。


たとえば昼。前まではお昼を一緒に食べていましたが今は、逢えない事でまた祐一さんのことが愛しく感じます。


たとえば夕方。前までは友達と遊んだりしていましたが今は、商店街で学校帰りの祐一さんと待ち合わせをして晩御飯のお買い物に行きます。


たとえば夜。前まではお父さまとお母さまと一緒に食べていましたが今は、祐一さんと食べる事だけで幸せを感じます。


本当に色々変わりました。祐一さんも私が進学した学校を受験して合格したり。
私がまた大学を先に卒業したり。
祐一さんが、私の卒業式の時『結婚しよう』といってくれたり。

本当に色々ありました。そうして寂しい事もありましたがそれ以上に幸せを貰いました。そして現在――










「佐祐理。大分お腹が大きくなったな」
「ふぇ、そうですね祐一さん。お腹に子供が居ますからね〜」
私達は学生結婚という形を取った。祐一さんは学校に行く傍ら子供を頑張って育てようとアルバイトにも励んでいます。

「そうだな、そろそろ名前を考えておくか」
「じゃあ男の子だったら祐一さんの祐から取って、裕介。女の子だったら舞ってどうですか?」
その言葉を聞いた祐一さんはびくっと身体を震わせます。

「佐祐理。舞って名前をつけようと思った理由は何だ?」
――まるで、何かにおびえるように。



「なぜか、そう名づけないといけないと思ったんです」
「……そうか」
それっきり祐一さんは何も言わずに寝室に行ってしまいました。
その後、子供が生まれるまで祐一さんはずっと何か悩んでいるようでした。


そうして、生まれた子供は――
















(舞side)



最近、夢を見る。夢の中で、羽を持った少女が私に話しかけてくる。それは、今日も――

「やっほ、舞さん。こんばんわっ」
「……こんばんわ」

私達はこうして夢の中で会話をする。その内容は殆ど憶えてはいないけれど羽を持った少女の事は覚え続けている。一回少女の名前を聞いたことがあるけれど、忘れてしまった。

何時ものようになんでもない会話が続く、少女が喋って私が相槌を打つ。そんな会話。
でも、今日は違った。少し会話が途切れたときに

「実はね、今日で舞さんに会えるのは最後なんだ」
羽を持った少女は残念そうな表情で言葉を続ける。

「そろそろ、舞さん達の運命を決める選択があるんだ。それをどう使うかは舞さんしだい。舞さん達は祐一君に選ばれたんだからね」
「……あなたは祐一を知っているの?」
「うん、まぁね。とりあえずボクが祐一君を知っているかどうかは置いておいて、舞さん、選択のときは近いよ。たぶん起きたときにはこのことの殆どを忘れていると思うけど、舞さんが自分で納得できるような選択が出来る事を祈っておくよ。ボクは願いを叶える者だからね」
徐々に少女の身体が透けてくる。それが何時もの夢から覚める合図。

「もう、朝が近いんだね……それじゃあボクとはここでお別れだね」
「……まって」
私は呼び止める。どうしても聞いておいておきたい事がある。それは起きてしまったら忘れてしまっている事、だけど知っておきたいこと。私は知っておきたい。

「あなたの、名前は……?」
少女は笑顔で言葉を紡ぐ。

「ボク? ボクはね―――」
そこで、少女の姿は光の中に消えた。
最後のほうで、私は少女の名前が聞こえた気がした。



朝、何時ものように起きる。
今日は身体の調子がいい。何かが起こりそうな気がした。制服を着て家を出る。

「おはよ〜舞。今日もいい天気だね」
「……うん」
私の親友の佐祐理がいた。いつも明るいけれど偶に暗い目になるときがある。
だけれどそれは祐一の前では出た事がない。それに祐一に向けられる佐祐理の笑顔は他の人とは違う。私は佐祐理の過去は知らない。だけれどそれを救えるのは祐一しかいない。直感でそう思っていた。

今日の登校中はそんなことばかり考えていて、祐一と佐祐理が何か言っている事に気がつかなかった。

学校は特別、何もなく普段通り。特に必要の無い授業を受けて時間を潰す。
少し違っていたのは、お昼のとき祐一と佐祐理が仲よさそうにしていた事ぐらいだった。祐一と佐祐理が仲がよいのは良い。私もそのほうが嬉しい。私は佐祐理に幸せになって欲しい。私はもう佐祐理から一杯幸せを貰ったから。祐一には佐祐理の傍に居て欲しい……それが私の願い。

そんな普通の日になるはずだった。思っているだけで行動に出せない日々。他の事なら直に行動に移せるのにこの事に対しては何故か自分にも分からなかったけど行動に移せなかった。

でも、そんな日も何時かは終わる。暗いトンネルから出口の明かりが見えるように。そんなことを忘れていた。
この日、佐祐理が魔物に襲われた。そうして決めた。

私は祐一に手伝ってもらい魔物との戦いを終わらせるために明日に備える事にした。













いつも通りに目は覚める。
たとえ今日が、最後の戦いに向かう日であっても。
何時ものように制服を着て学校に行く、横に佐祐理が居なくても。

その日、学校では何も頭に入らなかった、考える事は。



――今日全てを終わらせる。



これだけだった。そうして日は暮れ、決着をつけるために学校へ向かい今に至る。




「見つけた……」
誰もいない教室、その中心に私と戦いを繰り広げていた魔物が居る。
私は教室に入りその魔物に狙いを定める。向こうは手負いだけどこっちも手負い、でも今日終わらせる。

私は剣を握る手に力を込める。手足に殆ど力は入らないけど全力を込める。

一歩――
二歩――
三歩――

徐々に距離を詰めて行く。
そして魔物まであと少し、といったところまで来た時不意にドアが開いた。
其処には、さっき牛丼を買いに行ったはずの祐一が立っていた。

「待つんだ、舞!」
全力で走ってきたらしい。肩で息をしていたけど言葉だけは途切れさせまいと祐一はしているように見えた。
「魔物なんてどこにもいない。最初からどこにもいなかったんだ。終わったんだよ、お前の戦いは……」
教室に入ってきての祐一に第一声はこれだった。
「お前はずっとこの場所を守っていたんだな……十年間と言う長い時間だ」
最初は祐一が何を言っているのか分からなかった。
「もう、終わったんだ」
祐一は繰り返し、いい聞かせるように私に言う。そうして思い出す。いつの間にか記憶から薄れてしまっていた事。

「祐一……あのときの子は祐一なの?」
「ああ、そうだ舞。さっき思い出した」
「どうして、あの時来てくれなかったの?」
私は涙を堪えながら言う
「あれは、本当の別れだったんだ、舞。決して舞の力が怖かったわけじゃない。そうだったら俺たちは今ここにはいないはずだろう?」
祐一の目は嘘を言っていない目だった。。
「でも……私は魔物を撃つ者だから。もう一匹魔物は残っている」
私は剣を握る手に力を込める。
「もう、いいんだ舞。思い出そう昔の事を。そうして、もう戦いは終わったんだ」
三回、繰り返す。

「……でも、何をしてよいか分からない」

「戻ればいいんだ。昔、俺と遊んだときに……そしてもう、剣は捨てるんだ」
「そして夜の校舎に訪れる事もしなくていい」

私は剣を握る手を下ろしていた。
剣とは人間の力の象徴。その力を持って人ではない力を断とうとした。それがどれだけ深く、自分の奥に根があったとしても。

「受け止めよう、自分の力を。そして剣を捨てよう、舞」
「……剣を捨てた私は弱いから」
「いいさ、舞。弱くても俺や佐祐理さんがいる。三人で一緒にいよう。動物園やゲームセンターとかに行こう。三人でいれば楽しいさ。俺も舞のことをずっと見守ってやれるし」
「……本当に」
「――ああ、佐祐理さんもきっと良いって言ってくれるさ」
「……私の思い出のものとかいっぱい持っていってもいい?」
「ああ、もちろん。今からもう楽しみだな」

祐一の瞳には期待の色。でも私は……

「……祐一。ありがとう」
「ああ」
「本当にありがとう」

私は微笑んで繰り返した。
そうして……ようやく行動に移せる。

「祐一の事は本当に好きだから…」
「いつまでもずっと好きだから…」
「春の日も…」
「夏の日も…」
「秋の日も…」
「冬の日も…」
「ずっと、私の思い出が…」
「佐祐理と…祐一と共にありますように」

私は剣を自分に向けると、そのまま腹部に突き刺した。

「……!!」


祐一の目が大きく見開かれる。
私の身体が崩れ落ちる。重力にひかれて。
祐一は咄嗟に飛びつき、私を抱きかかえた。

祐一に抱きかかえられて私は、羽の少女を思い出した。

「ボク? ボクの名前は―――……」
少女の名前を私は最後に思い出し、瞼を閉じた。

閉じたその先には、少女が光の中で手を振っていた、少し寂しそうな笑顔で――。

「さぁ、行こう。舞さん」
少女は手を差し出す。私はその手を取って旅立った。





「羽の少女、祐一と佐祐理に奇跡を……」
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