「ふう……」

 俺の溜息が冬の寒さに白く変わり、そして消えていく。
 もう、三月も下旬に入ったというのに、この街に春が訪れるのはまだまだ先のようであった。
 そんな当たり前のことさえも悲しい。
 この長く続く冬の寒さまでが、俺を追い詰めている……
 無性にそんな気分になってしまい、俺はただ何度も溜息をつく。
 この屋上に来てたいした時間が立ったわけでもないのに、自分の溜息が冬の空に吸い込まれるように消えていくのを見たのは、本当に何度目であろうか。
 屋上を囲むフェンスに身を寄せ、真下のグランドを見下ろしてみる。
 そこにはサッカーボールを追いかけ、グランドを駆け回る十数人の女子生徒が見えた。
 体操着姿の女子生徒達、その中には名雪や香里の姿もあった。
 当たり前である、現在俺達のクラスは体育の授業の真っ最中なのだから。 
 楽しそうにボールを追いかけるクラスメート達を見て、俺はあまりにも辛く切ない気持ちを抑えきれず、また溜息をつくのだった。
 
「相沢、こんな所にいたのか」

 背後からの突然声。
 驚いて振り返ると、そこには俺と同じく授業中のはずであるクラスメートが立っていた。

「北川……」
「相席してもいいですか?」

 どこか芝居口調で、しかし、どこか寂しげに北川が微笑む。
 俺が小さくうなずくと北川も俺の横に立ち、フェンスから真下のグランドを見下ろした。
 直後、幼さの残る整った顔が大きな悲しみに染まるのがわかった。
 しばらく、肌寒く、人気もない屋上で沈黙する二人。
 俺から北川に何か話しかけるべきか迷いもしたが……できなかった。
 北川は、俺と同じ悲しみを同時に背負ってくれている大切な友人だったから。
 こいつの中にある深い悲しみを、今まさに俺は共感しているのだから。
 何かを言えるはずがない。
 何を言っても、今の俺達は簡単には立ち直れない。
 それ程までに俺達の抱える悩みは大きく、そして、どうしようもないのだ。

「くそっ……」

 先に沈黙を破ったのは北川であった。
 フェンスの金網を力一杯殴りつけたのだ。
 ガシャンと一度大きな音を立てた後、また数度金網を揺さぶるように拳を叩きつける。
 完全な八つ当たりである。
 しかし、どこにもぶつけようのない北川の怒りと悲しみが、こんなことで少しでも薄れるなら、俺には止めることが出来ない。
 そんな、北川の目から一滴の雫が流れたような気がしたが、俺は見なかったことにした。
 何度かそんな行為を繰り返し、落ち着いたのか北川がつぶやくように声をかけてきた。

「相沢、本当に今日で最後なんだな……」
「ああ、これで本当に見納めってやつだ」

 北川がガックリと頭を下げる。
 聞かなくても分かっていたのだろうが、聞かずにはいられなかったんだろう。
 そんな友人の気持ちを考えると、ただ悲しい。
 俺は励ましてやろうと、北川の肩にやさしく手をおいてやる。
 しかし、その肩の振るえから伝わる北川の悲しみから、俺の悲しみも増長されていくのを感じて、何も言えなくなる。
 所詮同じ悲しみを現在進行形で背負う俺に、何が言えるわけでもないのだ。
 出来ることがあるとすれば、それは一緒に悲しみを抱えることだけだ。

「なあ、相沢……」
「ん?」
「俺達は残り一年、何を楽しみに学校生活をおくればいいんだ」
「難しい質問だな」

 また、沈黙。
 重い、とても重い沈黙。
 冬の寒さも、感じなくさせてしまう。
 感覚までも失わせる、精神を鈍らせる程に重い……

 沈黙。


「本当になくなってしまうんだな」
「そうだな。俺達の夢や希望も連れて、なくなっちまう」

 俺達は、同時に呟く。

 俺達の平凡な学園生活を薔薇色に染めてくれた。

 俺達に常に元気を与えてくれた。

 俺達の視線をいつも釘付けにしてくれた……

 失われようとしている。

 男のロマンの名を。 
 

「……ブルマ」

 

この果てしない大空より蒼く美しいブルー



 その名を呼ぶと、思わず涙がこぼれた。
 人前で泣かないのが、俺の数少ないポリシーのひとつであったが、とてもじゃないがこぼれる涙を抑えきれない。
 俺はとなりに北川がいることもおかまいなしに、ぼろぼろと涙をこぼした。
 この年になっても自分自身がこんなにも泣くことが出来るとは思っていなかった。
 それほどまでに失われようとしているものの存在は、俺にとって大きかった。

「相沢……泣くんじゃない」

 歪む視界の中、北川のほうを振り返る。
 奴も泣いていた。
 目頭を押さえ、声こそは上げないが肩を小刻みに震わせている。

「馬鹿、人のことを言えるかよ」
「これは泣いてるんじゃない! 目にゴミが入っただけだ……」

 あまりにベタな北川の言い訳に俺は苦笑する。
 涙は止まらなかったけど、少しだけ笑えた。
 
「……今日は風が強いからな、俺も目にゴミが入って思わず涙が出ちまったんだよ」
「なんだ。おまえもか」

 時より吹きつける強い風が、濡れた頬をヒンヤリとさせる。
 この風が俺達の悲しみも吹き飛ばしてくれたらいいのに。
 そんな馬鹿なことまで考えてしまう。
 ……泣くのはいやだったから。
 その行為自体が情けないと思うし。
 何より、俺達の夢であり希望であったブルマとの別れを涙で終わらせたくはなかった。
 ブルマが俺達に与えて続けてくれた、純真な笑顔でいたかった。

 ありがとう、この学校におまえがいて本当によかった。
 いい思い出をありがとう。
 おまえの事は絶対忘れないから……いつか絶対帰って来いよ。

 そういって笑って、見送ってやりたかった。
 
 ……だが、俺も北川もそんな強い人間ではなかった。
 だから、涙を止めることは出来なかった。 

 世間でも圧倒的に減少傾向にあるブルマ。
 俺達の高校でも、来年度からは女子の体育時の服装としてはショートパンツ着用が義務付けられる。
 それが俺達男子生徒にとって、どれほど辛く悲しいことだとしても、変わらない。
 夢や希望を忘れた大人達の手によって……
 
 ブルマは俺達の学校から姿を消すのだ。



 それから、どれくらいの時間がたったのだろうか。
 いつの間にか涙も止まり、俺達は屋上から無言でグランドを見下ろしていた。
 何の因果か、俺達の二年生最後の授業は体育だった。
 今年度最終の授業がこの授業であるわけだから、俺達のクラスの女子が、この学校でブルマを着用した最後の生徒になるのだ。
 最後の最後に名雪や香里の、自分のクラスメイト達のブルマ姿を見ることができた。
 これは単なる偶然ではなく、ずっとブルマを思い続けてきた俺達へ神様が与えてくれた、せめてものプレゼント。
 俺は無神論者であるが、今日だけはそんな気がしていた。
 だから、この目に一生懸命女子たちのブルマ姿を焼き付けておくことにする。

「北川……やはりブルマは素晴らしいな」
「ああ、究極に実用的であり、装飾品としても至高。有史以来人類がこれ程優れた衣服を着用した歴史は、世界中どこにもない」
 
 しみじみと北川がうなずく。
 まったくもって同感である。
 これほど優れたものを、日本はどんどん失っているのだ。
 俺には社会情勢とか景気の事とか、難しいことは分からない。
 しかし、日本はどこか狂ってきているのかもしれない……それだけは十二分に理解できた。
 少なくとも、日本社会が真実を見極める力を失ってきていることは、ブルマのことを考えればわかるのだから。

「おい、相沢見てみろ」
「お、名雪にボールが渡ったな」
 
 名雪がサッカーボールを蹴りながら、グランドを駆け抜ける。
 普段は、のんびり屋の従姉妹であるが、さすがは陸上部の部長さんだ。
 想像以上に足が速い。
 ドリブルしながらでも敵チームの女子がまったく追いつけていないのだ。
 思わずそんな名雪の意外な一面に魅入ってしまう。

「……いい脚してるなあ」

 北川が感心したようにつぶやく。
 さすが我が友、よく分かっている。

「ああ、スポーツをやってるだけあって引き締まった素晴らしい太ももをしている。肌の色も健康的でスラリと長い。まるでカモシカのような機能的であり、魅力的な脚をしている……名雪の清純なイメージもあって、実に女学生らしい好感の持てるブルマ姿だ。この”清純派スポーツブルマタイプ”は現在の日本ではかなり減少傾向にあるから貴重だぞ」
「さすが”東西一のブルマ評論家”と言われた相沢祐一。的確かつ率直な、それでいて聞いている者を萌えさせる意見だ」
 
 一部では有名な俺の肩書きを呼び、北川が満足そうにうなづく。
 これくらい当然である、俺はいままで何百何千というブルマ少女を評論してきたのだ。
 ちなみに北川が"いい脚してるなあ"と言ったのは何も足が速いというだけの話ではない。
 どれだけブルマ姿が似合っているかも含まれている。
 どちらかというと、そっちがメインだ。

「なら、相沢……美坂の方はどう思う」

 北川の問いと同時に、グランドではボールを持つ名雪と、敵方のディフェンダーである香里の直接対決が始まった。
 これまで見た目からは想像も出来なかった見事なドリブルで、三人抜きを達成し敵チームゴール前まで切り込んできた名雪。
 ここで香里を抜き去れば敵チームのキーパーと一対一、ゴールはもらったも同然である。
 名雪は果敢にも親友に真正面から挑んでゆく。
 直後、グランドの女子から歓声が上がった。
 香里が土煙を上げながら放った、凄まじい勢いのスライディングタックルで名雪からボールを奪い取ったのである。
 勢いあまって、転倒する名雪のすぐそばで軽やかに立ち上がった香里は、そのままボールをクリアーし、チームのピンチを救う。
 ”香里ひどいよっ”という名雪の抗議の声が屋上まで聞こえた。
 確かに女のくせに、学校の授業のサッカーごときであんな本気のタックルをするなよ……しかも親友相手に。
 まあ結果的に、チームの大ピンチは救われたわけであるが。
 ここからでも、香里がいつものクールな笑みを浮かべながら、なにやら名雪を言いくるめてるのが分かった。

「……香里は大人の色気が漂うな。ムッチリとした太ももがなんとも色っぽいのに、それでいて足首は細く女性らしいか弱さも感じさせられる。肌の色も白くてもち肌だ……高校生らしい幼さもわずかに残しながら、吸い付けられるような大人の女性の魅力も感じさせるブルマ姿。そのいつか崩れてしまいそうな危うい絶妙のバランスが素晴らしい。正直言ってエロい……”ムチムチ系エロブルマタイプ”だな」
「ああ、エロいな」

 俺の答えを聞くと北川はニヤリと笑った。
 自信に満ちた男らしい笑みだ。

「その分析自体には俺も同意するが、香里のブルマ姿にはちょっとした技法が使われているのには気が付かなかったみたいだな」
「技法?」

 女子のブルマ姿をよく見せる技法は俺も十数個知ってはいるが、香里のブルマ姿にどれかが使われているのは気が付かなかった。
 少し悔しくはあるが、北川はこの世界では俺より先輩である。
 積み重ねてきたものは奴のほうが上なのだ。
 俺は北川が今まで俺に示してきてくれた努力と熱意に敬意を示し、素直に教えを請うことにした。
 北川が香里を見つめながら説明をはじめる。
  
「よく見てみろ相沢……美坂は自分の体よりワンサイズ小さめのブルマを着用しているんだ」
「そうか!」

 俺は、思わず自分の目利きの甘さを呪った。
 こんな基本的なことを見逃すとは……

「なるほどな……あの太もものムッチリ感やどこか危うい魅力は、ワンサイズ小さめのブルマのせいか!香里め……プロ顔負けの技術を使いやがる」
「まあ、そういうことさ」

 俺もブルマに関してはプロ級の知識を持っているつもりだった、それなりの勉強もしてきた。
 しかし、北川にはまだ及ばないのかもしれない。

「さすがだな、人呼んで”ブルマのなんでも鑑定団”……50メートル先にあるブルマのメーカーとサイズ、素材をも一瞬にして見抜くと言われるだけはある」
「天気のいい日なら100メートル先でも、二秒以内に判別できるぞ」

 そういって北川は輝くような自信に満ちた笑顔を見せる。
 それは男の俺からみても、魅力的な笑顔であった。
 自分の仕事に絶対の自信を持つ職人のような頼りがいを感じさせる笑顔だ。

「全国に三千万人はいると言われるブルマ愛好者の中でもお前ほどの男はそうはいない、これからも頼りにしているぞ」
「これからも……か」

 ……突然北川の笑顔が崩れた。
 そうだった、この学校の中に関しては”これから”なんてものはない。
 こうやって北川と一緒にブルマ姿のクラスメートを見ながら、熱く語り合うことも出来なくなるのだ。
 なんて……残酷なことだろうか。
 黙りこんでしまった俺に気づき北川が、慌てて笑顔を浮かべる。

「相沢、気にするのはやめよう」

 それは、見てるのも痛々しい無理な作り笑い。
 北川本人も立ち直れていないのは手に取るようにわかる。
 しかし、俺は精一杯の笑顔を北川に返した。
 それは、やはり無理な作り笑いであったと思う。
 いまは、それでもいいんだ。

「北川……そうだよな、俺達は後悔しないように全力で戦った」
「ああ、結果はこうなってしまったが、あの戦いは決して無駄ではなかったはずさ」

 俺達の学校から、今日ブルマはなくなる。
 それはつらく悲しいこと。
 しかし、美しい思い出として俺達の心の中に留まることだろう。
 あの、北川とみんなと共に戦った一ヶ月間の思い出と共に。





 俺がこの学校に転校してきて一ヶ月程がたった二月の上旬。
 北川の突然の報告に俺は打ち震えた。

「なに! ブルマが廃止されるだと!」
「ああ、まちがいない。確かな筋による情報だ……近日中に正式な発表があると見てまちがいない」
「そんな馬鹿な……それがこの学校にどれ程の打撃を与えるか、理解できないとでもいうのか!」

 突然の予想もしなかった事態に俺は混乱した。
 俺が前の学校を見限りこの学校に転校してきた理由はいくつかある。
 ただ、まちがいなくもっとも重要だったのは、前の学校では昨年度をもってブルマの着用義務がなくなったことだ。
 しかも、今後入学してきた新入生と体操着を買いかえる者には全員ショートパンツを販売。
 事実上のブルマの廃止である。
 そのため女子の大半が体育の授業でブルマの着用しないという存在意義自体があやふや学校になってしまった。
 それでもわずかな心ある女子はショートパンツを購入せずブルマを身に着けてくれてはいた。
 しかし、ブルマを所持する二年生三年生のうち三年生は俺が進級すると共に卒業してしまう。
 入れ替わりに入ってくるにはショートパンツの新入生。
 そうなれば、前の学校でブルマの姿を見ることはほとんどなくなってしまう。
 そのことに絶望した俺は、転校という強行手段に出たのだ。

「……この学校でもブルマがなくなっちまうなんて」
「しかも、うちでは来年度から全員がショートパンツを強制着用らしいぞ」
「そんな横暴な! ならあと二ヶ月足らずでブルマがなくなってしまうじゃないか!」

 夢も希望もない北川の言葉に俺は叫び、思わず北川の胸ぐらを掴む。

「落ち着くんだ相沢」
「これが落ち着いていられるか!」
 
 出会って以来共にブルマを語り、ブルマの為に生きてきた友のあまりの淡白な反応に俺は我慢できなかったのだ。
 その時の俺は完全に平常心を無くしていた。
 それほどまでに絶望的な事態だったのだ。

 だからこそあの時の北川の頼りがいのある言葉と笑みは良く憶えている。

「なら、そのパワーを俺にかしてくれないか? 俺と一緒にブルマを守るために戦ってくれ」
「……どういうことだ?」
「共に反対運動をしよう。ブルマ廃止に対する反対運動だ」
「北川……」

 目から鱗が落ちるというのは、おそらくこういう時に使うのだろう。
 俺は感動していた。
 前の学校で消えていこうとするブルマに対して俺は何もしてやれなかった。
 いや、しようとしなかったのだ。
 しかし、この北川とい男はどうだろう。
 この男は何の迷いもなく戦いを決意した。
 ブルマを守るために、男達の熱い情熱を守るために立ち上がろうとしているのだ。
 その熱い思いが俺に伝わらないはずがなかった。

「相沢、力を貸してくれないか」
「ああ、もちろんだ! 共に戦おう同志よ」

 この日から俺達の戦いが始まったのだ。

 

 俺達が最初に始めたのは、教師達の説得だった。
 担任、学年主任、何らかの授業で俺達に関わる全ての教師達全員と話をした。
 ブルマの実用性から芸術性、男達に与える夢や希望、積み重ねてきた長い歴史、廃止後に男子生徒に与える悪影響、現代社会におけるその必要性……そして俺達がどれくらいブルマが好きかどうか等、全てを話した。
 しかし、残念ながらほとんどの教師は相手にもしてくれなかった。
 特に女性の教師の反応は悪く、ほとんど最悪だ。
 ひどい時には”無駄に太ももを露出させるあんな格好を強制させるのはセクハラだ”と俺達がまるで女の子の太ももが見たいという不純な動機で行動してるかの様に言われたりもした。
 俺達はただ太ももをみたいわけではない、ブルマと一体になった太ももに価値を見出しているのに。
 何人かの教師は俺達に冷たい反応をするようになったし、中には話もしてくれなくなった女性の教師もいた。
 それは学園生活を送るうえで明らかにマイナスだった。
 
 でも、俺達はあきらめなかった。

 俺達は普段関わることのない他の学年の先生達にも必死に話をした。
 相手が忙しいときは、外が真っ暗になっても仕事が終わるまで待って話をしたし、なかなかつかまらない時は休日に家を訪ねたりもして必死に俺達の思いをぶつけた。
 それは時間も根気もかかるとても辛いものだった。
 しかし、活動開始から10日ほどして、学校に在籍する全ての教師と話を終えた頃、初めて事態は好転した。
 普段話をすることもできなかった、校長先生との直接交渉の場が訪れたのだ。
 それは担任の石橋をはじめ、ほんのわずかだが俺達に共感してくれた男性教師達が作ってくれた大きなチャンスだった。
 味方についてくれた教師の一人が俺達に説明してくれた。
 平の教師達をいくら説得してもほとんど意味はない。
 結局は校長を、もしかすればもっと上の相手を説得しなければブルマ廃止を完全にとめることはできない……と。
 もっともな話であるが、実を言うとそんなことは最初から分かっていた。
 ブルマ廃止反対運動開始当初に、いきなり校長室に飛び込んで俺達が校長を説得しようすることもできなかったわけではない。
 ただ、それでは説得が成功する可能性はないに等しかったはずだ。
 おそらく相手にもされず俺達の反対運動は強制的に終了していただろう。
 しかし、いま作り上げた状況はちがう。
 何人かの教師が作ってくれた”交渉の場”なのだ。 
 校長の耳にも俺達が学校全員の教師と話をして、そして何人かの教師を味方につけてこの場を作り上げたという話は入っているのだ。
 だから俺達の要望が自分の方針と大きく違うものだったとしても、簡単に断ることはできない。 
 それは、部下達に対して自分の立場を悪化させかねないからだ。
 少なくとも、俺達の味方についた教師に対してはまちがいない。
 城を落とすにはまず外堀からという俺達の当初からの作戦だった。

 校長室での交渉は三時間以上に及んだ。
 話をしてみるとやはり校長はブルマ廃止に関しては賛成派であった。
 当然である。学校の決定にトップである校長の意思が介入していないわけがないからだ。
 だからこの状況を作り上げてから交渉しているのだ。
 案の定、校長は学校のトップという立場にありながら、一生徒に過ぎない俺達に強行な態度を示すことはなかった。
 終始穏便に俺達を説得しようとするばかりであった。
 だが校長が何を話そうと俺達を説得などできるはずはない。
 お互い譲れない状況で話の進展はいつまでたっても見られなかった。
 そこで校長は、ギリギリの妥協案を提示してきた。
 それは”二週間以内に全校生徒の9割の署名を集めることができたらブルマの完全廃止を撤廃する”というものであった。

「二週間以内に全校生徒の9割か……きついな」

 交渉を終え、すっかり暗くなった帰り道を歩きながら北川がつぶやく。
 その表情は、俺達が歩く夜道のように暗い。
 一応は希望の光は見えた。 
 しかし、それは暗闇を照らすには弱い、それこそ瞬きでもすれば、次の瞬間にも消えてしまいそうなあまりにも弱々しい光だ。
 
「ああ、特に女性票が問題だ」

 男子生徒の中には、口には出さなくてもブルマ廃止を快く思っていない者は多い。
 その気になれば、かなりの数の署名を集められると思う。
 しかし、女子生徒は別だ。
 逆にショートパンツへの変更を喜んでいる者が多数いる。
 俺達が、教師の説得して回るのを馬鹿にしたり、反対していた女子は少なくなかった。
 考えたくないが、女子のほとんどがブルマの廃止を望んでいるのかもしれないのだ。
 この学校は男女の比率はほぼ同じだから、学校の男子全員の署名を集めたとしても、少なくても女子の8割の署名を集めなくてはならない計算になる。
 俺達が苦労の末にようやく手に入れたものは、チャンスとはいえないものかもしれないのだ。
 ようやく手に入れた条件がこれでは、北川が弱気になるのもわかる。

「相沢、俺達の前に立ちはだかる壁はとてつもなく高いのかもな」
「分かっている」

 俺は頷いた。
 気弱になっているわけではない、むしろその逆だ。
 俺は精一杯の笑顔を北川に向けた。
 以前、北川が与えてくれた勇気を今度は俺が与えてやりたかったから。

「でも、俺達の力を合わせればきっと大丈夫だ! 戦い続けようブルマのために」

 北川は一瞬目を丸くして驚いた。

「そうだな……俺達はやれるよな」
「ああ、これからもずっと俺達の学校のグランドはブルマ少女だらけだ。三年になったら二人とも必ず窓際の席をゲットしようぜ、それで授業中はずっとブルマについて討論だ」

 俺がガッツポーズを見せると北川が微笑む。

「それは面白そうだな、学生はそうでなけりゃいけない」
「かならず実現させようぜ」
「……相沢、おまえがいてくれたよかった」

 そうい言って視線を逸らす北川。
 一瞬、奴の目が涙で潤んでいるのが見えた気がした。
 そんな北川に聞こえないように俺は小さくつぶやく。

「それはこっちのセリフだよ……北川」

 

 次の日から、俺達は署名活動を始めた。
 いつも遅刻ギリギリだった俺が普段の一時間も前に登校し、校門の前に”ブルマ廃止反対”と書かれたのぼりを立て、同じ文字の書かれたハチマキとたすきを身に着ける。

「太もも嫌いですか? 生アシ嫌いですか? 食い込み嫌いですか? 僕は大好きです!」 

 通学する生徒達に俺が演説をして、北川がノートとペンを持って走り回る。

「僕も大好きです! 署名お願いします! ブルマ廃止に対する反対の署名をお願いします!」

 二人で力の限り呼びかけた。
 声が枯れてきてもかまわず、俺は演説を続け北川も走りまわった。
 だが、ほとんどの生徒が変なものでも見るかの様な奇異の視線を向けるだけで、俺達の横をすり抜けていく。
 ほとんどの生徒は無視。
 たまに相手をしてくれる生徒も、困ったような表情を浮かべ、適当な言い訳をして逃げていく。
 結局、初日の朝に集められた署名はほんの数人分だけであった。
 それも顔見知りの男子生徒のみの同情票みたいなもので、成果はゼロに近かった。
 しかし、俺達はあきらめなかった。

「これは決していやらしい気持ちではありません。ブルマ姿の女子学生というのは日本が生み出した芸術です! そして成熟してしまう前の女性にのみ許される、期間限定の芸術作品なのです!」
「ブルマから生える女子の脚こそ芸術! 署名お願いします! ブルマ廃止に対する反対の署名をお願いします!」
  
 放課後も校門の前に立ち、学校帰りの生徒に向け署名活動をする。
 暗くなって、帰宅する生徒がまったく見あたらなくなるまで続けた。
 それでも成果は微々たるものであった。 
 
「男子生徒は美しい女子のブルマ姿にトキメキませんでしたか? もうすぐそのトキメキが失われようとしているのです! 私達の次の世代の男の子達はそのトキメキを知ることさえできなくなってしまうのです!」
「トキメキはブルマの中に! 署名お願いします! ブルマ廃止に対する反対の署名をお願いします!」

 次の日からも毎日署名を集め続けた。
 雨の日も、雪の日も俺達は叫び続けた。
 しかし、署名してくれる生徒はほとんど見つからなかった。
 それどころか、俺達の日常生活にまで支障が見られるようになった。
 周囲が俺達に冷たい態度を取るようになったのだ。
 署名活動自体は校長の許可をもらっているので、無理に止める者はいなかったが、学校の決定事項を覆そうとする活動をしているわけであるから、教師達の俺達へ対する態度は日に日に悪くなっていったし、元々仲の良い友人はともかくそうでない生徒は冷たい態度を取るようになってきて、中には俺達を完全に変態扱いするようになった者までいた。
 毎日誰かに陰口を叩かれたし、くだらないイヤガラセを受けることもあった。
 正直、精神的なプレッシャーは相当なものであった。
 そのため食欲も激減し、夜も眠れない日々が続いた為に体力も衰えていった。
 ほんの数日で体重が何キロも減った。
 俺のいい加減な人生でこれ程辛い思いをしたことはなかった。
 でも、俺は諦めなかった。
 三度の飯よりブルマが大好きだったし……何より、北川がいた。
 共に頑張ってくれる、励ましあえる親友がいたからだ。
 だから、諦めることだけはしなかった。
 
 
「ブルマ姿の女子は僕たちの男子生徒の希望です! 女神なんです! 女子生徒の皆さんはずっと僕たちの夢や希望でいてくれませんか! 僕たち男子生徒が生きていくにはブルマが必要なんです!」
「ブルマは地上に残された最後の楽園! 署名お願いします! ブルマ廃止に対する反対の署名をお願いします!」
 
 署名あつめを始めて一週間が過ぎた日の放課後。
 いまだ、たいした成果もあげられないまま演説を続けていた俺達の前に女神達が現れた。

 それはブルマ姿の名雪と香里であった。
 夕陽に照らし出された二人のブルマ姿は、思わず息を呑んでしまうほど美しかった。

「祐一、頑張ってるみたいだね」
「北川君も本当によく続くわね。あたしには全く理解できないけど」

 名雪はやさしく微笑みを浮かべていて、香里はいつものクールな表情だ。

「何しにきたんだよ……」

 俺は思わず二人に冷たい態度を取ってしまう、その理由は北川が代弁してくれた。

「また俺達を止めにきたのか? 二人とも止めようとするばかりでいまだに署名もしてくれないもんな」

 拗ねたように北川がそっぽを向くと、名雪と香里が顔を見合わせプッと吹き出した。
 驚く俺達を目の前に、しばらくの間二人は面白そうに笑い続ける。
 わけがわからない。
 
「何笑ってるんだよ」
「二人とも子供みたいな態度を取るからよ。私達の気持ちも知らないで……ほら、名雪」
「はい、祐一これ受け取って」

 そう言って名雪が俺に手渡したのは一冊のノートだった。
 開いてみるとそこには、百名近いの生徒のクラスと名前が記入されている。

「名雪、香里……これは」
「私の所属する陸上部全員の署名と、香里の所属するジャニーズ事務所過激応援団の全員の署名だよ」
「あと、あたし達のクラスのみんなも署名してくれたわ」

 俺と北川はポカンと馬鹿みたいに口を開いたまま何も言えなかった。
 名雪も香里もこの一週間俺達にかなり非協力的だったからだ。
 名雪は、俺達の活動をひたすら猛反対していたし(理由は俺が早く登校するために自分を起こしてくれなくなったら困るとかいう、ちょっとズレたものだったが)香里は絶対に実現不可能やら女子を敵にまわすからやめとけとか、俺達のテンションを下げるようなことばかり言ってきた。

 署名だって真っ先に頼んだが一週間前はあっさり断られたし、活動中も文句ばかりであった。
 そんな二人が俺達に協力してくれるとは思っていなかった。

「俺達に協力してくれるのか……」
「うん、最初は祐一がまた変なこと言い出したなって困ってたんだけど……、なんだか祐一本気でがんばってるみたいだし、手伝ってあげたくなったの」
「あたしは、学校で決定された事項を校長に直談判してまで覆すそうとするの二人を見てて、ちょっとそういうのも面白そうかと思ったのよ」

 笑顔の二人を見て、俺は思わずもっとも気になっていることを聞いてしまう。

「二人は……ブルマが嫌いじゃないのか? ほら、露出度が高いから他の女子は結構そういう奴多いし」
「ううん、別に嫌いじゃないよ。私陸上部だし、どっちかというと動きやすくていいと思ってるくらい」
「あたしは今さらお金出してショートパンツ買えっていうのが気に入らないわ。だって二年のあたし達は後一年しか使わないんだから。まあ、そういうわけで署名集め手伝ってあげるわ」
 
 そういって二人の女友達は微笑んだ。
 その笑顔を見て俺は分かってしまった。
 二人とも本当はブルマがいいとは思っていない。
 存続しようが廃止されようが、そもそも興味がないのだろう。
 だったら、なんで俺達を手伝ってくれるのか……
 なんだかんだ言って二人は困っている俺達を助けに来てくれたのだ。
 今の俺達に手を貸しても不利になることの方が多いはずなのに。
 それでも、二人は来てくれたのだ。

「祐一、北川君……みんなで残り一週間頑張ろうね」
「まあ、あたしの脚線美を見せれば署名なんてすぐ集まるわよ」

 俺と北川は思わず涙しそうになった、二人の純粋な友情に。
 しかも”清純派スポーツブルマ少女”と”ムチムチ系エロブルマ少女”俺の中で学校内五指に入るブルマが似合う美少女二人が、俺達と共にブルマの為に戦ってくれるというのだ、これで感動しないわけがない。
 思わず涙がこぼれそうになったが、そんな暇はなかった。
 ……嬉しいことに感動はこれだけでは終わらなかったからだ。

「あははーっ、先を越されてしまいましたね」
「はちみつくまさん」
 
 突然の聞きなれた声。
 振り返った先にいたのは学校内五指に入るブルマが似合う美少女の残り三人のうちの二人……佐祐理さんと舞だった。
 しかも、名雪達と同じくブルマ姿である。

「佐祐理さん、舞……」
「祐一さん。ブルマという文化を守るために佐祐理達にもお手伝いさせてください」

 佐祐理さんはいつもの無邪気な笑顔を俺に向ける。
 いつも佐祐理さんは魅力的だが、ブルマ姿で微笑む佐祐理さんはいつもの十倍素敵だった。
 学校指定の体操着とブルマを装着しながらも不思議と漂う気品。彼女が身につけるだけで平凡なブルマがまるで舞踏会に着ていくドレスのように輝いて見える。露になった太ももは上質の絹のようにきめ細やかで、さわり心地がよさそうだ。なのにいやらしいイメージがないという、誰もが納得するであろう上流階級のブルマ少女。
 彼女は”お嬢様系癒しブルマ少女”だ。

 ああ、もう! 今すぐ膝枕して耳掻きしてほしいぃぃぃ! 絶対マイナスイオン出てるよ、癒し効果抜群だよ。

「祐一さんには、舞の復学の時に署名集めがんばってもらいましたから……お手伝いするんだよね、舞?」

 佐祐理さんが尋ねるが舞は俺達からわずかに視線を逸らしたまま無反応。
 人見知りする奴だからか、署名集めがイヤなのか、どちらかわからないが黙ったままだ。
 しばらく、無言の時間が続いたが俺は意を決して問いかける。
 
「舞、俺達を手伝ってくれないか」
「祐一……」

 ようやくチラリとこちらを見て小さくうなずいた。

「分かった……ブルマ嫌いじゃないから……」

 ぶっきらぼうな口調で舞が返事をすると、佐祐理さんが”うんうん”と嬉しそうに何度もうなづいた。
 愛想の欠片も感じられない舞に他のメンバーは戸惑っていたが、俺と佐祐理さんには分かっていた。
 これでも、舞は精一杯頑張ってくれたんだ。
 勇気を出して俺のためにここに来てくれたんだ。

「ありがとう」
「……気にしないで。祐一にはいつも世話になっている」

 少し照れた舞の反応に俺は思わず苦笑してしまった。
 しかし、舞のブルマ姿はセクシーだ。まだほんの少し少女の面影を残す香里のブルマ姿と比べると良く分かる。
 ブルマから見える脚はスラリと長く色っぽくて思わず目のやり場に困ってしまう。さらにブルマを身に着けるには、ある意味違和感さえ感じさせる長身に大きな胸。それはまさに完璧な大人の色気をかもし出している。顔は童顔かもしれないが、同世代の女の子と比べれば明らかに規格が違いすぎる。
 舞は”アダルト系巨乳ブルマ少女”だ。

 チキショウ! あからさまにジロジロ眺めてドキドキしてぇぇぇ! いまなら何発でもチョップ受けてやるよ! いや、むしろいつもより強めに打ってください。

 「みんなありがとう……」

 北川と一緒に深々と頭を下げる。
 俺も北川もそうそう他人に頭を下げたりする人間ではないが、この時ばかりはそうせずにはいられなかった。
 自分達には何の利益もないのに、ただ俺達の為に立ち上がってくれた少女達。
 俺は涙を抑えきれず、北川と一緒に声をあげて泣いてしまった。


 次の日からは、俺達は六人で署名集めを始めた。
 驚くべきことに、これまでの苦戦が嘘のような順調さで署名が集まっていった。
 
「男子生徒のみなさんを見てください! 彼女達を見てもブルマの魅力に気が付きませんか! この紺色の芸術品と美しい少女達の肢体が生み出す奇跡を見てもその芸術性を理解してもらえませんか!」
「彼女達のブルマ姿でゴハン三杯はいけるだろ! 署名お願いします! ブルマ廃止に対する反対の署名をお願いします!」

 特に男子生徒の反応がすごかった。
 無理もない、これだけの美ブルマ少女四人で並んでいるのだ、その太もも前を素通りなんてできるはずもない。
 それもそれぞれがタイプの違う四人であったから、ほとんどの場合誰かがストライクゾーンに入ってくるのだ。
 この四人を目の前でもうすぐブルマがなくなる、この芸術的な生アシが見れなくなってしまう……と俺が演説すれば効果は倍増である。
 すごい時なんて署名待ちの列までできた。
 もちろん男子生徒だけではない、女子生徒を味方につけたことで他の女子達の反応も一気に和らいだ。
 名雪達それぞれの友人や顔見知りもサインしてくれる様になったし、寒空の下で体操着とブルマで頑張る少女達を見て、同情して署名してくれる女子もいた。
 そうなると不思議な連帯感でも生まれるのか、一人、また一人と積極的に署名をしてくれるようになる。
 
 そして何より驚いたのは、名雪達が参加してから二日目の朝、あの天野までが俺達に力を貸してくれると言い出したことだ。
 しかも、可愛らしいブルマ姿で朝早くから俺達を待ってくれていた。

「本当にいいのか」
「困っている相沢さん達を見てどうして手伝う気になったのかは、自分でも不思議に思っています」

 天野はそう言ったが、俺にはもうその理由は分かっていた。
 きっと天野も名雪達と同じだ。
 他人との関わりを避け続けてきたこの少女も、純粋に困っている俺達を見て……放って置けなかったのだ。
 
「相沢さんは、今……つかの間の奇跡の中にいるのですよ」

 そう言ってブルマ姿の天野がほんの少しだけ恥ずかしそうに微笑んだのが印象的だった。
 他の四人に比べれば明らかに発育が遅れている天野。しかし、いつもクールで何を考えているか分からない天野が、そのほっそりとした太ももを露にしたブルマ姿の時だけ見せる恥ずかしそうな、なんとも少女らしい表情が、普段の天野とギャップを感じさせ、男の保護欲をかき立てる。特に手を前に組み、こっそりとブルマを隠そうしているところが萌えだ。
 そんな天野を俺は”不思議系恥じらいブルマ少女”と呼んでいる。

 唐突にぎゅっと抱きしめて、もっと恥ずかしがらせたいぃぃぃ! それでそのまま叱られたい! 天野の困り顔は萌え! きっと萌え!

 こうして、学校内五指に入るブルマが似合う美少女の最後の一人、天野までが加わった俺達はものすごい勢いで署名を集めていった。
 今までは、勇気を出せなかった同志も多数いたのだろう。
 いつのまにか仲間も増え、久瀬を含めた生徒会のメンバーにまで協力者は現れたほどだ。
 学校内ではブルマ廃止に対する反対運動がどんどん流行していき、そうなると女子に多かった反対意見も減少していった。
 このまま校内でブルマ教でも興せそうな破竹の勢いだった。
 実際、数十名でのデモ行進も行ったし、一部マスコミにも取り上げられ話題になった。
 全国のブルマ愛好者から励ましの手紙を数え切れないほどもらったし、地元の有力者の中には金銭的な援助を申し出てくれる人もいた。
 辛かった最初の一週間が嘘のように、充実した激動の一週間であった。
 期限の二週間目の前日の夜には、全校生徒の9割どころか有志による地元住民の署名を含めて、およそ一万名の署名が集まっていた。
 自分達さえも予想しなかった次元で……奇跡は起きたことを確信した。
 これで校長が納得しないわけがなかった。


 俺達は、自分達の努力が……そして思いが報われたことを五人の美ブルマ少女に、そして手伝ってくれた全ての人々に感謝して、最後の日を迎えたのだった。
 
 だが結局俺達は思い知ることになった。



 奇跡は起こらないから奇跡という事を……


 
 いつもの様に、早めに登校した俺達七人の前に現れたのは校長だった。
 俺が抱えきれない程の署名の束を、自信満々に手渡そうとした瞬間……突然校長が土下座した。
 校長の話はひどいものだった。
 立場上あんな約束をしてしまったが、ブルマ廃止は市の教育委員会が決めたものだから自分にはどうにもできない。
 まさか、俺達がここまでの数の署名を集められるとは思っていなかったので、あきらめさせるつもりで出した条件だったそうだ。
 俺達の頑張りを見て、校長も市の教育委員会になんとか交渉をしてみたが、まったく相手にもされず。
 それどころか、これほどまで大きくなってしまった反対運動を強制的にでも終了させるように指示されたそうだ。
 土下座したまま、何度も謝罪する校長を前に俺も北川も五人の美ブルマ少女達も何も言えなかった。
 結局、ブルマ廃止を止める方法など元々存在しなかったのだ。
 なのに、俺達は夢を見て、必死にもがき苦しんで、なんとか立ち直り、勝手に勝利を確信して……
 
 そして、絶望することになった。

 こうして、予想外のくだらない結末で俺達のブルマ廃止に対する反対運動は終わりを告げた。

 



「結局俺達は、ブルマを守ってやることはできなかったな」

 鳴り出したチャイムと共に、校舎へ戻ってくるクラスメートを見下ろしながら俺は、何度目かの溜息をついた。
 それは、あまりにも悲しい思い出だった。
 溜息と一緒に消えていくにはあまりにも重すぎる思い出。 
 思い出すだけで、悲しみで胸が詰まる。

 あの後、名雪が”たまになら家でブルマを履いてあげてもいいよ”と言ってくれたが、それは俺の悲しみを増長させるだけであった。
 ブルマ少女の価値は、学校にいる時のみ発揮される刹那的なものである。
 学校のなかにいるからこそのブルマ少女だ。
 家の中でそんなものを履いていたら、ただのコスプレである。
 というより、そんな姿を秋子さんにでも見られたら、なんて言い分けしたらいいんだ?
 まあ、なんだか一秒で”了承”されそうだが。
 
 それはともかく、俺達の青春はあの日終わりを告げた。
 俺達は、自分達の存在理由も分からないまま、残りの学生生活を送っていかなければならない。
 それはあまりにも辛く悲しいこと。
 あの日の夜、共に朝まで泣き続けた北川も同じ思いを抱えているはずだ。
 二人で傷を舐めあうように生きていくのだろうか。
 この学校で最後となるブルマ少女達を見つめ、親友がどんな顔を表情をしているのかが気になり俺は北川の顔をチラリと見てみる。
 しかし、北川は予想外に晴々とした表情をしていた。
 その意外な表情に俺は驚きの声をあげる。
 
「北川?」
「そんな顔をするなよ……よく見てみろよ」

 北川の言葉に俺はクラスの女子達に目を向ける。
 一瞬、北川の言葉の意味がわからず、首をかしげた。

「相沢、俺達のやったことは決して無駄なことじゃなかった」
「どういうことだ」
「この季節、ブルマをそのまま着用している女子と、そうでない女子の比率を理解してない相沢祐一じゃないだろ」
「あ……」

 見れば、この街はまだ寒いというのにジャージ姿の女子が一人もいない。
 いつもはほとんどの女子がジャージ姿で、ブルマ好きの俺達に寂しい思いをさせていたのに。
 今日だけは全員がブルマ姿であった。

「北川……これはひょっとして」
「ああ、最後にブルマの晴れ舞台を用意してくれたんだと思う」

 うれしそうに北川が微笑む。
 あの日絶望して以来、初めて見る親友の笑顔。
 俺もその笑顔につられて微笑んだ。

「少なくとも、俺達の思いはみんなに伝わったんだな……」

 そういって俺は、空を見上げる。
 下を向いていれば、まちがいなく涙がこぼれたからだ。
 上を見上げていると、ゆっくりと広い大空が視界を覆う。


 空は青く透き通っていた。

 いまの俺達の心のように。

 あの戦いは無駄に終わってしまったけど。

 思い出は決してなくならない。

 俺達の胸の中でキラキラと輝き続けることだろう。

 この果てしない大空よりも蒼く美しいブルマに、そしてブルマ少女達に思いを馳せ、俺達は呟いた。


「「ブルマーよ永遠に」」
 










「なあ、相沢……どうでもいいが、使用済みのブルマってどうなるんだろ?」
「全然どうでもよくないぞ。全部俺達がもらい受けるに決まっているだろうが」 
「なら……戻ってクラスの女子全員に土下座だな」
「いや、可能なら学校の女子全員にだ」

 そして俺達は走り始める。 
 新たな夢に向かって。

 

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