暫く走れば、そこはもうあたしたちのそれとは違う、似ているけど別の世界。

 夜明け前。雨が降っている。昨夜から降り続く雨だ。
 彼は車を停めて、窓の向こうの誰かを見詰める。
 窓の向こうの誰かは、あたし達に気付くこともなく、また眠ってしまったように見えた。


第10位 「雨の香がする」 神代 悠さん   58.24pts


「誰にでも、あるよな。こういうときって」
「あら」あたしは、にやっと笑う。「あなたには、ないと思ってたけど」
 彼はおいおい、と肩を竦めた。
「人をただの能天気みたいにゆーなよ。当然あるさ」
「へーえ」
「信用しろって……。まあ、誰にでもあるネガティブな瞬間だからこそ、それを切り取って見せてくれたから、心に響くわけだ」
「そうね。名雪……抱え込むタイプだし」
「そう。あいつらしいよな。だから、違和感なく受け止められた」
「ええ」
「オレでよければ即攻で慰めてやるんだけどな。ちぇっ」
「あら、そう」
 じろりと横目で睨んだのに気付いたのか、彼は慌てたようにハンドルを握り直す。
「つ、次の話に案内してくれないかなー」
 あたしは暫く冷たい視線を送ってから、そうねと頷く。

 まだちょっと慌てたような発進をした車の中で、あたしは夜の雨の中にだんだん遠ざかる彼女の窓を眺めた。
「彼女に幸あれ」
 彼がぼそっと、まるで似合わない、気障っぽい台詞を言う。
「そうね」
 あたしも素直にそう言った。窓は闇と雨の中に霞んで、もう見えなくなっていた。

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