車はあたし達の故郷に近づく。とはいえ、そこはあたし達の世界とは僅かに異なる場所。

 車が止まったのは、見慣れた一軒の家の前だった。
「ここ、名雪の家よ」
「それはいいけど、なんか焦げ臭くないか?」
 彼が鼻をひくつかせていると、車の脇を、まだ制服姿の名雪が家の方に走り抜けていった。
 おっとりした彼女にしては珍しく、なにやら切迫した表情で。


第9位 「愛情を握ろう」 denさん   59.12 pts


「微笑ましいわね」
「いい親子だよな。なんか、ホッとする」
「ええ」
 あたしは微笑んだ。たった一つのお話で、こんなに暖かい気持ちになれるなんて。
 彼もどこか、感心したような、放心したような表情を浮かべている。ただ、その理由はちょっと別物のようだ。
「水瀬の手作りか……」
「……」
「っと。それはまあ、置くとしてだ。いいお姉ちゃんしてるよな。やっぱりこの話もキーパーソンは水瀬ってとこか」
「そうね。名雪が自然体でいるから、成り立ってる世界ね」
「ただまあ……相沢の奴があれほど壊滅的とは……」
「覚えておくべきかもね」
「だな。まあ、余程のことがなけりゃ、オレ達の前じゃ作りそうにないけどなー」
「彼だしね」
「奴だからな」
 彼は軽く笑って、エンジンをかけ直した。
「さあて、次いってみますか。ナビよろしく」

 すっかり暗くなってしまった街並みを、車はゆっくり抜けていく。
 心地よい振動に揺られながら、あたしは、あんな雰囲気がずっと続いてくれればいいのにな、なんて、らしくないことを考える。
 ふと窓から頭を出して後ろを振り返った。
 遥か遠くに、水瀬家の明かりが、優しくほんのりと見えるような気がした。

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