彼はにやにやしながら、サイドブレーキを引いた。
「どうしたぁ? あんまり気が進まないっぽいけど?」
「ええ。自宅の前で止まるのは、確かに変な気分ね」
「どーせ、それだけじゃないんだろー」
彼はにやにやしながら、あたしの家の中の物音に耳を澄ませる。
相沢君もそうなんだけど、どうして彼は、こういう要らないところだけ鋭いんだろう。肝心なときはなんにも見えてないくせに。
第8位 「ふたりの事情」 Vis de Manaさん 59.34 pts
「……」
「……あ、あたしじゃないのよ? あくまでもこの世界の……」
「ぷくく……」
「笑ってないで、なんか言いなさいよ」
「す、すまん。美坂が薮蛇になっちまったのが、なんかこうオレ的に」
「わ、悪かったわねっ。でも、あの一言は失言かもしれないけど、噂はあたしのせいじゃないわよっ!?」
「そ、そそ。か、噛み合わせだよな。噛み合わせ。じゃなくて巡り合わせ。いてててて」
つい興奮して、つねり上げてしまっていたらしい。
いてーいてーと言いつつ、彼は片手でつねった所をさすりながら、懸命に笑いをこらえている。
「栞も元気になった、みんな楽しく暮らしてる。それだけでいいじゃない」
「そうだな。それが一番いいよなー」
とってつけたようなあたしの台詞に、彼は適当な返事をしながらまだくすくす笑っている。
照れてるのもあったし、ちょっと頭にきたのもあって、あたしはもう一度つねってみた。
「いてててて! わかったわかった!」
車は急発進して、お風呂から賑やかな声が聞こえてくるあたしの家を後にした。
笑いを収めて、彼が言った。
「……いい姉妹だよな」
あたしの頬に、ふっと笑みが浮かんできた。
「当然でしょ。あたしと、あたしの自慢の妹だもの」
彼はちらっとあたしを見て、柔らかな笑顔で言った。
「そうだよな」