丘の麓の、少し古風な造りの家の前で停まる。エンジンを切ると、辺りには蝉の声が満ちていた。
「日本の夏って雰囲気だな」
彼がそう言った途端、ガラス戸を叩くけたたましい音が家の方から聞こえてきた。
「あれも夏だな」
そちらに視線をやりながら、そうかもしれないとあたしも思った。
第6位 「彼岸の風鈴」 Mumurikuさん 60.73 pts
いつのまにかヒグラシの声が目立ってきた。
「結局、自分を許すのは自分だけ、変わるきっかけも自分で掴むものってことなのかしら」
美坂らしい考え方だけど、そいつはどうかな、と彼は言った。
「むしろオレは、その子の想いが、天野ちゃんにやっと届いたのかなって思ったけどね」
そういう見方もあるかもしれない。
「なんにしても、途中はらはらしたけど、前向きになれて良かったよな」
「ええ」
それについては、同感だ。
「あと、掘りごたつのクーラーって、ちょっといいかもなって思った。早速明日から……」
「……その前にまず、掘りごたつを作らないとね」
大事なところを指摘して出鼻をくじいたつもりだったのに、彼は無駄に爽やかな笑顔で頷いた。
「おうよ。大リフォームだぜ。完成の暁には、あたりに来いよな」
あたし、冷え性なんだけどな……
海水浴に行こうと賑やかに歩いている三人を追い越して、私たちの車は陽炎の立つ道を走り出す。
夏の海は遥か彼方だけど、山あいのここにも夏の陽射しはある。
「そういや海水浴、今年は行かなかったんだよなー」
「来年があるじゃない」
何気なくそう言うと、彼は一瞬固まった後、何かを期待するような顔つきになった。
「来年かぁ。そうか。そうだよな」
大体何を期待してるか分かってるけど、あたしは何も言わないで置いた。