水瀬名雪から呼び出しを受けた。
天野美汐は考える、さて水瀬名雪と自分にはほとんど接点がない。
真琴が帰ってきた際に相沢祐一の招きで彼女の家に
行ったときに軽く自己紹介をしあったくらいだ。
(どうしたものでしょう)
少し考え込む。
呼び出すということは何かしら用事があるのだろうが、
彼女にはそれがてんで思いつかない。
「はぁ、なら行ってみるしかないですね」
そう、何を思って自分を呼び出したかは分からないが、
答えないというのは人として不出来だろう。
結論至ってからの行動は早かった。
美汐は身支度を整えると休日の学校へと向かった。

鞘当


春になり、あの冬の日に降り積もっていた雪はない。
校門をくぐり美汐は中庭へ向かった。
果たしてそこに、水瀬名雪はいた。
「こんにちは、水瀬先輩」
「うん、こんにちは、美汐ちゃん」
まずは挨拶、対人関係の基本である。
普通ならここで軽い世間話をしながら本題に入るのだろうが、
生憎、美汐は世間話をする気はなかった。
「それで、どうなさったのですか、水瀬先輩」
あっさりと本題に入る。
「あ、うん、えっとね…」
そのような美汐の態度に名雪は戸惑った様子で何かを言おうとしているが、
出てくるのは、その、とか、えっと、などといった、意味をなさい呟きだけ。
だが、それに対して美汐は何も言わず、ただじっと待つ。
美汐が声をかけてから大体二分ほどたって、名雪は意を決したように美汐を見やると
はっきりとした声で言った。
「あのね、私、祐一に告白しようと思うの」
「そうですか」
それに対し美汐は、明日の天気を聞かれ、晴れだと思うよ、くらいにあっさりと返事をした。
「あの、何も言わないの?」
「何をですか?」
美汐には何故、名雪が不思議がっているかが分からない。
告白するもしないも個人の自由だ。
それに関し、自分がとやかく言うことはない。
「祐一には真琴がいるでしょ」
「ああ、なるほど、それはそうですね」
確かに、相沢祐一には沢渡真琴とという恋人がいる。
だが、それは瑣末事に過ぎない。
むしろ、あやふやな情愛をはっきりさせるのはいいことだ。
「それに…」
「それに、なんですか?」
今まで何を言われても動じなかったが次の一言で美汐は少し固まった。
「美汐ちゃんも、祐一のことが好きじゃないの?」
「それは」
言いかけて、止まる。
美汐は考える、果たして自分は相沢祐一にどのような感情を抱いているのだろうか?
嫌いではない。
だがそこに恋愛感情があるかと問われれば、否と答えよう。
強いて言うならば、そう。
「相沢さんのことは嫌いではありせん、むしろ好意を感じる人です」
「それじゃあ」
「ですが、恋ではないんです、言うなれば同士への敬意です」
「けいい?」
「ええ、自分には出来なかったことをした人への」
そう、真琴が消えても強くあった相沢祐一は、
そうあるべきだった天野美汐の理想の姿だ。
ならそこに感じるのは尊敬の念だ。
そう考え美汐は薄く笑う。
ある意味自分は恋愛感情よりも深く彼を慕っている。
「美汐ちゃん?」
「いえ、何でもないです、水瀬先輩、告白はご自由に、ですが…」
「ですが?」
「私は結局のところ沢渡真琴の味方です、それをお忘れなきように」
そう言うと美汐は名雪に、それでは、と言い残しその場を去った。
告白の結果がどうなるかは分からない。
分からないが、それも結構。
これも『あの子』たちが求めた人の営みの一部だ。

ともかく天野美汐は考える、真琴か祐一に相談されたときに何と答えようかと。
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