「おかあさん。わたし、ゆういちとおそろいがいい」

 大好きな祐一君が訪れたので、珍しく名雪ちゃんが新しいお洋服をおねだりした時の事です。デパートの試着室で、鏡に映る自分の姿を真剣に検分しながら、服に合わせて彼女の三つ編みを解いている秋子さんにそう言いました。

「了承」

 それは祐一君がまだ雪の街に、従姉妹の家に遊びに来る事を楽しみにしていた八年前の出来事でした。






名雪はおそろいs







 珍しい名雪ちゃんのおねだりに、秋子さんは本気になりました。

(どうも祐一君は女の子につれない所があります。歪んだ男性上位主義に捕われてて、これでは将来が心配ね。それを矯正するためにも、まず女の子の格好をして女心を知るべきです。ぜひとも名雪とおそろいの格好でおめかししていただきましょう。名雪のおねだりは関係なく、彼の将来のために)

 ノリノリで自己正当化をする秋子さん、やる気満々です。

(そうですね、祐一君は仔狐を拾ってきて隠れて飼っていたはず。あの仔が粗相したように見せかけて、祐一君の着替えを使えなくしてしまいましょう)

 抜け目無く自分の責任回避を怠らない、しっかり者の秋子さん。きっと旦那さんをその魅惑的なお尻に敷いていたに違いありません。
 幸い、祐一君と名雪ちゃんは外に遊びに行っていて今はいません、チャンスです。二階の祐一君が泊まっている部屋、子供らしくやや散らかった部屋に秋子さんは侵入します。
 祐一君のバッグから着替えを取りだし、一ヶ所にまとめてから仔狐ちゃんを探します。「男の子はベッドの下に隠し事をする」という聞きかじりの知識を元にベッドの下を覗く秋子さん。奥に仔狐を発見、祐一君ちょっと底が浅いです。そんな事ではいつか水瀬家に居候する時に、家主さんに性的嗜好を詳細に知られちゃいますね。
 祐一君の言い付けを守ってベッドの下の奥深くに隠れている仔狐ちゃん。秋子さんが四つんばいになってベッドの下を覗いて声を掛けますが出てきてくれません。なんとか引っ張り出そうと、身をよじってベッドの下に潜り込もうとしていると、振動でポケットに入れていた財布の鈴が鳴ります。すると、その音に惹かれるように、仔狐ちゃんはあっさりと出てきました。
 秋子さんは仔狐ちゃんを抱き上げて、祐一君の着替えの山の上にチョコンと座らせました。

「さあ、狐ちゃん。ほら、しぃーしぃーなさい」

 と、催促しますが仔狐ちゃんは首を傾げるだけ。放尿してくれません。

「困りましたね」

 ため息を一つ吐いて、ポツリと呟きます。

「……今日は寒いですから、夕食はおでんにしましょう。色に揚げられたはんぺんやがんもどきとか、色に焼かれたちくわとか、色の出汁に染まった大根や卵とか、狐肉のつくねとか、とても美味しくて温まりますね」

 仔狐ちゃんは恐怖にプルプルとふるえながらお漏らししました。作戦成功です。





 お昼になって、外で遊んでいた祐一君と名雪ちゃんが帰ってきます。
 雪合戦でもしたのか、主に名雪ちゃんが雪まみれ。

「雪まみれで寒いでしょう。二人とも、すぐにお風呂に入りなさい」 

 秋子さん、チャンスだとばかりにイイ笑顔で二人をお風呂に入れようとします。

「で、でも」

 赤い顔する祐一君、女の子と一緒のお風呂に入るのが恥かしいみたいです。大きくなったらむしろ自分から入りたがるくせに、我侭ですよね。

「祐一君。名雪が風邪をひいてお嫁に行けなくなったら、祐一君が責任とってくれるの?」

 無茶を言う秋子さんに押され、名雪ちゃんとお風呂に入る祐一君。
 それを確認して、秋子さんはすばやく二人がさっきまで着ていた服を洗濯機に放りこみます。

「嫁入り前の娘の柔肌を視姦したのだから、責任はとってもらいますよ」

 ひどい事を心に誓う秋子さん。逃げ道は塞がれた様子。
 秋子さんが勝手な未来を幻視している内に、祐一君と名雪ちゃんがお風呂からあがります。その顔の赤さは、単にのぼせただけではないですね、きっと。
 その様子を表情には微笑みを浮かべつつ、内心でガッツポーズをとる秋子さん。

「困ったわ、祐一君の着替えがないみたい。二階から取ってきますね」

 わざと祐一君に聞かせるように言います。祐一君は隠している仔狐ちゃんの事がばれないように、自分で着替えを取りに行きました。
 その間に名雪ちゃんに用意していたお洋服を着せます。落着いた青色にふわふわの白いレースで縁取られたワンピースドレス。いつもの三つ編みではなく、梳いて流したロングストレートの髪。髪を弄くりながら恥かしげにはにかむその様子は、秋子さんの親バカぶりを差し引いても可愛らしいことこの上ありません。秋子さん、名雪ちゃんを可愛い、可愛いと猫かわいがりにします。
 秋子さんが娘の可愛らしさにダメな親の典型になっていると、祐一君が戻ってきます。浮かない顔をしていた祐一君、綺麗に着飾った名雪ちゃんをみてポカンと口を半開きにして呆けます。

「ゆういち! おかあさんに新しいお洋服買ってもらったの。かわいい?」

 スカートの裾をふわりとなびかせてターン。幼女といえどその身は女、ここが勝負所と果敢に攻めてきます。
 祐一君、反射的に頷きそうになり、慌てて首を振って持ち前の天邪鬼さを発揮します。

「名雪。そういうのはパーティーとかでするんだぞ。家でそんな格好はへんだ」

 せっかくおめかししたのに否定的なことを言われて、名雪ちゃんは眉根を寄せ、目を潤ませ、口をへの字にして涙をこらえます。祐一君、秋子さんが顔は菩薩で心は夜叉になってますよー! 素直になってー!

「でも、パーティーに行けば充分かわいく見えると思うぞ。王女様はむりでも、お姫様ぐらいには見えるな」

 顔をそむけて、祐一君はボソボソと呟きます。本当に素直じゃないんだから。
 それを聞いた名雪ちゃん、顔をトマトみたいに真っ赤にさせてモジモジして嬉しさを表します。秋子さんも心の夜叉を鎮めてくれました。ちなみに王女様は王族の娘、お姫様は身分の高い人の未婚の女性を指します。なんだかんだ言っても全面的に褒めてますね、祐一君。
 
 「くしゅん!」

 忘れてましたが、祐一君は風呂上がり。着替えもないからバスタオルを巻いただけ。雪国の冬の寒さに、小鳥のように小さく身を震わせて、くしゃみをします。

「祐一君、着替えどうしたの?」

「え〜と、実は着替えがないんです」

 祐一君、バツの悪い顔で報告します。

「あら? 着替えはまだあったでしょう?」

 自分で使えなくしたくせに、白々しいですよ秋子さん。

「あったけど、汚れちゃった」

 必死に誤魔化す祐一君。
 話は変わりますが、この時祐一君に「お前の所為だ」とポカリとやられた悔しさから、仔狐ちゃんは「あれは冤罪だ」と言うために人間になる事を願ったのかもしれません。

「そう。じゃあ名雪が着ている服のスペアを着てください! 幸い二人のサイズはほぼ同じですし」

 嬉しそうに秋子さんはポンと胸の前で手を打ちます。反対に祐一君は渋面になりました。

「でも、女の子の格好なんて……」

「祐一君。そんな格好でいると風邪をひいちゃいますよ。それとも、名雪なんかとおそろいなんてイヤだって言うんですか?」

 頬に手をあてて、ヤクザばりのメンチを切る秋子さん。寒さ以外の事で歯をカチカチと鳴らして震える祐一君は、名雪ちゃんの服を着る事を了承してしまいました。





「イヤッ見ないでぇ! 許して、写真はダメェ〜〜〜〜ッ!」

 結局、名雪ちゃんとは色違いの、ふんだんにレースとリボンで彩られたドレスを着せられた祐一君。証拠の写真も撮られ、生涯物の恥辱に幼い肢体を震わせます。顔を両手で覆い、身をよじって恥じらう姿が水瀬親娘の劣情にストライク!
 余談ですが次の年、祐一君はこの事から名雪ちゃんを避けるようになり、一人で遊んでるうちに母との別離に泣く少女に出合う事になります。運命って残酷ですね。





「おかあさんと、おそろいがいい。おそろいで、お散歩にいきたいな」

「……りょ、了承」

 祐一君とおそろいで喜色満面な名雪ちゃん。耳にかかる髪を払いながら上目遣いで窺うと、秋子さんは引きつった顔で了承します。
 こうして、雪の降る街並みを、手をつないで歩く三人の姿が見受けられました。
 襟刳りをひらひらのレースでケープのように覆い、膨らんだ肩と二の腕から手首までを細く絞りレースで飾った袖、腰を大きめのリボンで締め、ふわりとした長いスカートの襞と裾をレースで彩ったそれは、まるでお姫様のドレスのよう。名雪ちゃんと祐一君と秋子さんは、色とサイズこそ違いますがおそろいの格好をしています。
 名雪ちゃんや、意外に似合う祐一君はともかく、イイ年した秋子さんは……ちょっと、本当にちょっとだけ変です。





 恥ずかしがる二人を引っ張って、名雪ちゃんは内心思いました。

(おそろいがいいって、ほんとはゆういちみたいに活発な短い髪型もいいなとか、おかあさんもいつもの三つ編みじゃなくてわたしと同じロングのストレートにしてとか、そんな意味で言ったんだけど……。でもいいもん、おそろいでたのしいから)

 望んだこととは違っても、大好きな二人とおそろいでご満悦な名雪ちゃんでした。





 さて、ここまで長々とお話に付き合っていただいた理由がもうおわかり頂けたでしょうか。
 え? わからない?
 つまり、KANONで誰が祐一にとって最も恐ろしいかを言いたかったんです。
 人ならざる力を持ち、剣の使い手の舞?
 あやかしの狐たる真琴?
 死病と闘ってきた栞?
 奇跡の紡ぎ手のあゆ?
 優れた頭脳を持つ香里?
 有力者を親に持つ佐祐理?
 歳に似合わぬ落着きを持つ美汐?
 大人の包容力を持つ秋子?

 確かに彼女達は優れているとか強いとかの形容が似合うでしょう。
 しかし、対祐一という面を遺憾無く発揮できるとは言い難い、あれで結構したたかなんですよ、彼。そんな彼を持ち前の天然っぷりで翻弄する、祐一キラーの名が相応しい名雪こそ最も恐ろしい相手と言えるでしょう。
 それを私はタイトルで表してみました。
 え? 意味不明?

 ありゃ! これは失礼。
 私、まだキーボード入力に慣れていないから慌ててしまい、キーを押し間違えたんですね。
 ローマ字→日本語変換で、「SI→し」と入力するところを「IS→いs」にしてしまいました。
 訂正、訂正、っと。
























名雪はおそろいs


↓  訂正


名雪はおそろしい












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