終末
俺はいつもの通学路をいつものペースでいつものように歩いていた。
『日常』という物がどういう物かわからないが、昨日と同じ――といえば今日もまた
『日常』という物なのだろう。
ミンミンと何が楽しくてそんな大声で鳴いているのかわからないセミの声を聞きながら俺は暑さにボヤけた頭でそんな事を考えた。
ああ、今日も暑いな。
しかしながら、世間一般は『日常』ではないらしい。
というのも一ケ月ほど前だっただろうか、テレビで世界の終末が告げられた。
もうそんときゃ驚いたのなんのって。
見ていたバラエティ番組が突然、アナウンサーのおっさんの顔になったときも驚いたが、その後のおっさんの言葉にはもっと驚いた。
「これから二ヵ月後、世界は終わりを迎えます」
何の冗談かと思ったが、それから総理大臣やどっかの大統領が真面目な顔で会見をしていた。
大騒ぎの家族を尻目に俺はとりあえず、中断した番組はいつ再開されるのかが心配だったんだけども。
原因なんかよく知らない。
なんでもでっかい隕石が落ちてくるとか地球の寿命だとか、難しい事をどっかの教授が説明したが原因を知ったとこでどうにもなりそうにないんであんまり聞いてない。
もちろん世間は大騒ぎ。
俺の住んでいる町でも暴動なんかが起こって銀行や店が襲われた(もう世界も終わりだってのに金なんかとってどうするんだ?)けども、ここ最近はそんなこともなく世間は落ち着きを取り戻していた。
俺は始めこそどうせ死ぬんなら学校なんて行かずに家でのんびり暮らそう、と思ったけども結局一週間ほど経ったら学校に行くことにした。
なぜだか自分でもよくわからないけど学校に行ってみると、クラスメイトの半分ぐらいが教室にいたことには驚いた。
さらには教師も普通にいて、授業も行われていたりする。
しかし、本気で暑いな。
どうせ世界が終わるなら春や秋のほうが過ごしやすくて快適な終末ライフを送れたのにな、なんて意味のわからないことを考えてみる。
「よう」
そこまで考えたとき、背後から聞きなれた声がする。
俺は振り返ることなくヒラヒラと後ろに向かって手を振ると歩くスピードを少し落とす。
「今日はやけに早いんだな」
「まあな」
これは『非日常』だな。
俺の隣に来た男――親友にして悪友・相沢祐一は俺の皮肉にサラリと返す。
そこまで言ったところで俺は相沢が何かを引っ張ってきていることに気が付いた。
「それ、なんだ?」
「ん?名雪だが?」
なるほど、相沢が掴んでいるのは水瀬名雪、俺のクラスメイトにして相沢の従姉妹の少女の手だった。
問題はその少女が半覚醒状態、つまり寝ているという事なのだが。
「あー、んー」
なんか色々言いたい事はあったけども。
「ま、いっか」
「――お前のそんな所は嫌いじゃない、これ舞のマネな」
舞って誰やねん。
疑問は余計に増えたが、茹だる様な暑さに何もかも奪われ俺達はただ学校に向かって歩いいた。
「おはよう、北川君、相沢君、名雪――は言うだけ無駄ね」
教室に入った俺達に我らがクラス委員長・美坂香里が挨拶をする。
俺と相沢も挨拶を返し、各々の席に向かう。
俺も席に座ると前の席の相沢がグルリとこっちを向く。
ついでに言うと水瀬は席に着くなりヘタリとまるでしなびたアサガオのように机に突っ伏していた。
「しかしなんで俺達は世界が終わるって時に学校なんかに来てるかねぇ」
相沢はやれやれと大きくため息をついた。
相沢の言葉に俺は心の中で強く同意する。
こんな状況になる前、ふざけて『世界がもうすぐ終わると知っていたらどうするか』という話題で相沢と盛り上がった事がある。
その頃の俺達は、告白する!だとか、百花屋のメニュー制覇!とか馬鹿なことを言い合った気がする。
でも実際そんな状況になってみるとごく普通に学校に来ている。
どうしてだろう?
「言われて見ればそうね。――でもあたしにはなんとなくわかる気がするわ」
「え?」
思わず、俺は聞き返してしまった。
美坂は俺の顔を見て軽く笑う。
「学校無くなったらあたし達って会う事無いじゃない。それって結構寂しくない?」
んー。
言われて考えてみる。
終末宣言から一週間ほど俺は学校に来ていなかった。
その時どう考えて暮らしていたか。
とりあえず、退屈だった。
「……そうかも」
「でしょ」
見ると相沢はすでに自分の机に突っ伏して寝ていた。
なんだかんだ言ってもこいつも結構学校にいる間、寝てる。
水瀬さんと血の繋がっている証拠とでも言うのだろうか。
「しかし今日はあっついなー」
「そうね」
俺の言葉に返事しながらも美坂は教科書を見て自分の机の上にあるノートに何やら書き込んでいた。
真面目な美坂の事だ、おそらく授業の予習か何かだろう。
窓の外からは相変わらず蝉の声。
いつもと変わらない日常。
まあ、結局は。
「俺達って世界が終わるまでこんな感じなんだろうな」
「たぶんね」
感想
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