幼かったあの頃のわたしは、
自然と女の子同士で遊ぶ時間が多くなっていった。

思春期の前、男の子も女の子も友達のからかいや悪戯に、
戸惑いや照れくささを感じ、お互いを避けるようになる。

二人で遊ぶことなど、遠い出来事となる。

想いは深い底に沈み、やがて忘却の彼方へと消える。
お互いが、その想いに気が付き、認め合うまで。

あの人が、わたしと遊ばなくなったのも自然の流れ。
わたしが、あの人がいなくなって泣かなくなったのも自然の流れ。

そう、今ならそれが判る。

夢。
白い夢。

透明なような、霧がかかったような、淡い、幼き頃の夢。
そのかなわぬ夢は、忘却の彼方で思い出の隅に隠れていた。
そう、実際に二人が再び出会うまで。

そして、断片的に消えていた夢は、二人の再会によって
一連の糸となる作業に入った。

夢の糸は細く、からみあい、切れ切れだったけれど、
わたし自身が気がつく頃には、しっかりとした形になっていた。

しかし、その形を成し、姿が判る頃には、
わたし一人で、糸を紡ぐ事が出来ないということが判っていた。

あの人の想い。
わたしへの想い。

あの人は、わたしへの想いを持っているのだろうか。
わたしの事を、どう想っているのだろうか。
あの頃、交わした純粋な想い。約束。思い出してくれるだろうか。
私の想い。気づいてくれるだろうか。

ううん。この想いは同じ物。あの頃同じ時を、同じ風景を、
同じ想いを、きっと持っていたはずだから。

きっと、きっと、きっと.......必ず。

そう、わたしはその想いを願いに変えて暖めてきた。
想いが膨らんでも、弾け散らないよう、大事に大事に。

やがて、その想いが膨らみ押さえ切れなくなった時、
あの人はわたしに背を向けた。

わたしの紡いで来た糸は、ぱちんと切れた。
なぜ? なぜ? どうして?

わたしが、この想いに気がつくのが遅かったから?
からまりを解くのに手間取ったから?

それとも

あの人が、わたしの想いに気がつかなかったから?
わたしを、一人の女の子として見てくれなかったから?

ううん。違う。

きっと、それはあの人の想いに、わたしが気がつかなかったから。
あの人が他の想いを深く、強くしていった事に、わたしは最後まで
気がつかなかったから。

人の想いは変わり行くものだと、気がつかなかったから。

わたしの想いに、他の想いがからまり、わたしより太く強い糸が、
あの人と結ばれてると、わたしは気がつかなかった。
わたしの想いと同じものを、きっと、必ず、ずっと持っていると
信じていたから。

わたしが、わたしが今の幸せから、更なる一歩を踏み出さなかったから。

わたしが、その一歩を踏み出すのが怖かったから。

悪いのはわたし。
あの人がわたしの事で、傷つき、悩む必要は無い。

でも、あんな形で、わたしの糸が切れるとは思っても見なかった。
あんな悲しそうな顔を見たら、あんな嬉しそうな顔を見たら、
今更もがいても、結び付けようとしても、わたしが入り込む隙間が
無いのに、気がつくのには時間はかからない。

けれど、それは残酷。
残酷だよ。

膨らみきった想い。伝えられなかった言葉。
切れて、宙ぶらりんに、風に流される糸。

灯りは消え、真っ暗で何も見えない。
切れた糸は宙を彷徨い、激しく体に叩きつける。

痛い。とっても痛い。
手探りで、痛みと戦いながら、暗闇の中、
必死で切れた糸の先を、わたしは探す。

必死に、無駄だと思いつつも糸を紡ぎなおそうとする。
手探りで光明を探すわたしの心。

弾けそうな蕾から、想いがぽろぽろと、涙と一緒に抜け落ちる。
でも、ここまで膨らんだ想いは、しぼむのに時間がかかる。

いっそ、想いを伝え、気持ちをぶつけ、そして、その上で
背を向けられたのなら。
その方が、弾けた想いも、涙の数も、後悔の日々も
きっと、きっと早く消えていっただろう。

いっそ、この想いを憎しみに変えて、顔や声を二度と聞かなければ、
わたしの心も早く癒せるかも知れない。

でも、それは出来ない。できやしない。
我慢しないといけない。
忘れないといけない。

しかも、祝福しなければいけない。

だって、あの人は私の.......いとこだから。

どんなに傷ついたとしても、姿や声を聞かないのは一時の事。
一生のことじゃない。

だから、せめて、前を向いて歩いていけるように。
いつでも笑顔を向けられるように。
いつもの通り、たのしくお喋りや遊びに行ける様に。

そして、この事がいつか笑い話に出来るように。

今夜、家族が旅行中で、あなた一人しかいないそうですね。
だから今夜、あなたの家に行きます。

わたしに、これが一生の思い出となるための力を、道筋をください。
大きな、大きな一歩を踏み出すために。

あの人の事を、この今の想いを、消し去るために。
新しい思い出を、わたしにください。


○月○日               水瀬 名雪

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