――そこは、戦場だった。
 
「真琴」
「祐一」

 互いの名を呼び合う。
 それは、同じ目的を持つ同胞への呼びかけ。
 普段は、対立する2人も、今だけは戦友と呼べるだろう。

「準備は、いいか」
「祐一こそ」
「ああ、俺はいつでもいけるぜ」
「真琴もいつでもいいわよ」

 2人は頷きあうと、戦場に目を向ける。

 そこは、普段は立ち入ることを許されない場所。
 だが、そこの主たる2人――家主とその娘――は外出中だ。
 2人はそのときを狙って、その場に足を踏み入れようとしていた。

「――行くぞ」
「うんっ」

 身に着けた『エプロン』の胸に手をやる。
 そこに取り付けられたポケットから、メモを取り出した。
 さっき電話で、料理が得意な友人から聞き出したものだ。

「……まずは、野菜だな」
「りょうかいっ」

 戦場こと、キッチンでの死闘が始まりを告げた……。





「――それで、こうなったんだ」
「……すまん」
「あう〜、ごめんなさいっ」

 帰ってきた名雪が、目にしたのは戦場跡。
 普段は、綺麗に片付けられているキッチンの崩壊した姿だった。 
 
 フライパンや鍋は焦げつき。
 割れた皿が、隅に寄せられ。
 壁には、汚れがこびりついている。

「……なにか、天井に張り付いてるんだけど」
「玉子焼きだ」
「引っ繰り返そうとしたら飛んでいっちゃったの」
 
 こめかみを押さえる。
 いくつ食材を無駄にしたのかは、考えたくなかった。
 冷蔵庫の中は、空になっているような気もする。

「……どうして急に料理なんて始めるかなぁ〜」
「普段世話になってる水瀬親子に恩返しをだな――」
「何もしないでいてくれるのが一番なんだけど」
「うっ」
「あうっ」

 名雪のきつい一言に、居候コンビは仲良く胸を押さえた。
 その2人から、天井に張り付いた物体に目を移す。
 ……真っ黒だった。

「2人とも、玉子焼きもできないレベルなんだから……」
「り、料理は愛情が大事だって言うだろ」
「そうよっ。漫画でも、そう言って、おいしそうに食べてたものっ」

 決死の反論であったが、

「そうだね。でも、愛情だけじゃ美味しくならないよ〜」

 ――とどめの一言だった。

 しゅんと、2人そろってうなだれる。 
 そんな様子をしょうがないなぁ〜、という目で名雪は眺めていた。

「とりあえず、お片づけしようよ」
「……おう」
「……うん」

 凹んだままのろのろと動く背中に、

「終わったら、愛情だけで何とかなる料理教えてあげるね」

 名雪の言葉に、2人は顔を上げた。

「あるのかっ!?」
「ほんとっ!?」
「あるよ〜」

 名雪の返事に2人は顔を見合わせ、

「とっとと片付けるぞ」
「うんっ」

 さっきまでの様はどこへやら、きびきびと動き始めた。
 ころっと、態度を変えた2人を見ながら、名雪も焦げた鍋に挑み始めた。












 秋子が帰宅したのは、名雪で無くても眠りにつく時間だった。
 子供たちの声で賑やかな家も、今は静まり返っている。
 
 リビングの電気をつける。

「あら?」

 だれもいないと思っていたリビングに、子供たちがいた。

 ソファーにもたれかかった祐一の膝を枕に、真琴が眠っている。
 かと思えば、名雪が祐一の肩に頭を乗せていた。
 2人分の重さを感じている割に、祐一は不思議と穏やかな寝顔だった。

「ふふっ、仲良しね」

 言いながら、取ってきた毛布を3人に掛ける。
 しばらく、普段目にすることの無い3人の寝顔を眺める。

 ふと、リビングのテーブルにメモがあることに気がついた。
 そのメモには、


『おかあさんへ
 お仕事お疲れ様。夜食を作っておいたので食べてください 名雪』
 

 秋子が仕事で遅くなるときには、毎回残してくれるメモだった。
 だが、今日のメモには、続きがあった。


『真琴も作ったの、食べてね 真琴』

『いびつな形ですけど、食べてください。お仕事お疲れ様です 祐一』 
 
 
「あら、何を作ってくれたのかしら」

 言いながら立ち上がり、冷蔵庫へ向かう。
 冷蔵庫を開けた中には、皿に盛られた、

「おにぎりね」

 取り出してみると、だれがどれを作ったのか、すぐにわかった。


 大きくて、歪なボールのようなおにぎり。

「これは、祐一さん」

 小さくて、何とか俵型にしようと努力した後が見えるおにぎり。

「これは、真琴ね」

 最後に、綺麗な俵型のおにぎり。

「そして、これは名雪」 

 それぞれの個性が出ていた。
 けど、3種類とも握られていたものは同じ。

 
 それは、秋子を想う愛情。


「ありがとう、名雪、真琴、祐一さん」

 3人に感謝しながら、ひとつ手に取る。

 
 祐一のおにぎりは、大きくて一口では食べられない。
 だから、少しづつ齧っていく。
 照れている祐一のそっぽ向いた横顔が浮かんだ。

 真琴のおにぎりは、小さくて一口サイズ。
 でも、少しづつ齧っていく。
 ちょっと不安げに、こちらを見ている真琴の顔が浮かんだ。

 名雪のおにぎりは、秋子が一番食べやすい大きさ。
 やっぱり、少しづつ齧っていく。
 いつもの笑顔で、2人を見守る名雪の顔が浮かんだ。

 
 
 3人のことを考えながら、ちょっとづつ食べていく。
 ――食べ終わるのが、もったいないと思いながら。
 
「……ごちそうさまでした」

 冷たくて、具も入っていないおにぎり。
 だけど、暖かくて、とても美味しかった。

 食べ終えると、片付けもせずにリビングへ。
 固まって眠る3人のそばへ行くために。
 
 さっきと同じく、仲良く眠る子供たち。
 そっと起こさないように、それぞれの頭を撫でる。

「ありがとう」

 ――いっぱいの感謝を込めて。



 撫で終わると、そのまま秋子も横になる。
 枕は、祐一の膝。

「仲間はずれには、しませんよね」

 悪戯っぽく微笑むと、毛布を引き寄せる。
 朝、どんな反応を見せてくれるかを想像しながら。
 
 ――暖かな家族に囲まれて、

「おやすみなさい。わたしの子供たち」

 そっと目を閉じた。







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