「祐一〜」
 軽く扉をノックして、祐一の部屋に入ってくる名雪。その手には大量の紙束が抱えられている。
「祐一にSSの出演依頼がきてるよ」
「……出演依頼ね……」
「えっとね……ファンタジーSSの出演依頼だよ」
 祐一はうっとうしげに依頼書の束を眺めた。少し前ならカノンヒロインとのほのらぶとかが主流だったのだが、最近の依頼はアナザー系のファンタジーが主流だ。
「今度はなんだ? 髪が銀髪で瞳が朱か? 刀を持つのか? 背中に翼が生えてて出し入れ自在か? それとも……」
「ん〜……。女の子に見えるくらいの中性的な顔立ちの超絶美形で、悩殺スマイルでヒロインめろめろ。思ったことを口に出す自爆癖あり。ランクSSだけど力を封印していて普段はBランク。それでね……」
「もういい。ストーリーはどうなってるんだ?」
「祐一は魔族の子孫で人間に恨みを持っていて、七年ぶりに北の街に帰ってきてわたしたちに復讐するんだって」
 名雪が淡々と読み上げる依頼内容に、祐一は思わず頭を抱える。
「……本当にKanonのSSか? それ……」
「書いてる本人がそう言ってるんだから、たぶんそうなんじゃないの?」
 涼しい笑顔で名雪は答える。
「いや、お前はそれでいいのか? 名雪……」
 その問いに、名雪は唇に人差し指を当てて、んー、と考え込む。
「わたしはとりあえず寝てて語尾に『だお』をつけてればいいみたいだし、あゆちゃんは『うぐぅ』真琴は『あう〜』って言ってればいいみたいだからね……」
 本当にそれでいいのか? と名雪に聞きたい祐一ではあるが、いつものことなので半分あきらめているのが現状だ。
「それで? ヒロインは誰だ? 香里か? 佐祐理さんか?」
「えっと……オリキャラみたいだね」
 名雪は依頼書にさっと目を通す。
「え〜と、小柄で髪が長くて、プロポーションが抜群で、とにかく祐一にベタぼれで、料理上手で家事が万能で……」
 依頼書に記載されているオリキャラの美辞麗句を、名雪は淡々と読み上げていく。
「……で、口癖が『はみゅう』なんだって。よかったね、祐一」
「本当にお前はそれでいいのか? 名雪」
 一応ヒロインだろ、と祐一は突っ込みをいれる。
「わたしたちの出番はほとんど無いみたいだし、別にいいんじゃないの?」
 もはや名雪もあきらめの境地だ。なにしろ冒頭の再会シーンがある時にはなんの意味もなく遅刻させられて文句言われるわ、なにかというと祐一にイチゴサンデーを奢らせるわ、寝起きが悪いと罵られるわ、とにかくSSに登場するときに名雪はろくな目にあっていない。多少日和たくもなろうというものだ。
 似たようなのがあゆで、とにかく食い逃げばかりさせられて、そのたびに制裁を加えられているのだ。そのせいか最近はSSの出演依頼が来るたびに部屋の隅でひざを抱えるようになってしまった。気の毒に……。

「それとね、祐一にはクロスオーバーSSの依頼がきてるよ」
「クロスSS?」
 またいやな予感のする祐一。
「祐一はこのゲーム知ってる?」
「ああ、最近発売になったばかりのやつだろ?」
 名雪の言うゲームのタイトルに、祐一は聞き覚えがある。
「わたしたちの奢り集りに嫌気がさした祐一が、このゲームのヒロインとカップルになるっていうストーリーらしいよ」
 当然、わたしたちヒロインズの出番は無し、と名雪は付け加える。
「……本当にKanonのSSなんだろうな? その内容は……」
「書いてる本人は、そう言ってるよ?」
 名雪の涼しい声に、祐一は深くため息をつく。
 とにかく主人公の名前が『相沢祐一』でありさえすれば、KanonのSSと称していいらしい。
 なにしろ、そうしないとリンクサイトに登録できないという事情がある。
「そう言うアナザーなファンタジーとかクロスとかじゃなくて、もっとこう……ほのぼのとした日常の風景とかはないのか? 十八禁とか」
「ん〜、これかな?」
 名雪は山になった紙束の中から一枚の依頼書を取り出す。
「えっと……これはALLエンド後のアフターストーリーだね」
「おお、カップリングは誰だ? あゆか? 真琴か? それとも名雪?」
「オリキャラだって」
 それを聞いて祐一は豪快に足ズッコケをする。
「わたしたちが祐一に集り続けて嫌気が差したところに、幼馴染の恋人が転校してくるみたい」
「……そう言う設定のSSに出演するたびに思うんだけどな……」
 なんとか立ち上がりつつ、祐一はうめくような声を出す。
「そういう決まった相手がいるのに、なんで俺はお前の家に居候することになるんだ?」
「さあ?」
 名雪はこくんと小首を傾ける。そのしぐさは妙にかわいらしい。
「それに、どうしてそれで奇跡が起きるんだ?」
「わたしに聞かれても……」
 不思議な沈黙が二人の間に横たわる。なんというか、同じゲームの主人公とヒロインなのに、住む世界が違うような気がしたからだ。

「え〜い……オリキャラなしの依頼はないのか?」
「あるけど……お母さんとのカップリングだよ?」
「なんだそれは?」
 祐一は頭を抱えてしまう。
「三親等以内の親族がその……そういうことをしちゃいけないんじゃないのか?」
「どうせお母さんのジャムで、法律の方を変えちゃうよ……」
 いつものことなので、すでに名雪もあきらめている。それにこの手の話ではほとんど出番も無いことだし。
「多妻系のハーレムSSでもそうでしょ?」
 確かにそうだが、根本的になにかが間違っているような気がする祐一。まあ、最近のSSのカップリングにはかなりの無茶があるものだし。
 いくら無理は承知であるとはいえ……。
「なにかまともな依頼は……お?」
 祐一は紙束の中から依頼書を取り出し、ニヤリとほくそえむ。
「名雪……この依頼、受けるぞ……」
「なにかいいのがあったの?」
 祐一の見せる依頼書の内容に、名雪の目が点になる。
「祐一×名雪で十八禁。どろり濃厚SM緊縛プレイで朝までしっぽり生本番の依頼が来るなんてな……」
「あ……わたしちょっと急用が……」
 逃げようとした名雪の手を、がっしりと掴む祐一。名雪とはシナリオの進行上、Hが強制イベントだった仲だ。それ以来二人はプライベートでも肌をあわせることもあり、そのせいかこうして二人同時の出演依頼も来る。ちなみに他のヒロインとは回避の選択肢もあるため、こうした十八禁の依頼ではフリだけの場合もある。
「なにを今更恥ずかしがっているんだ? 俺とお前の仲だろう?」
「そうだけど……祐一の目が怖いよ」
「気のせいだ」
「気のせいじゃないよ」
「じゃあ、目の錯覚だ」
「目の錯覚でもないよ」
「とにかく、本番前にリハーサルを入念にしておかないとな……」

「それで……どうするの? 祐一……」
「まあ、依頼は受けなくちゃな……」
 SSを書くというのは自由だし、そもそも祐一は与えられる役をえり好みできるような立場ではない。
「苦労かけてるよな……名雪にも、秋子さんにも……」
「しょうがないよ、祐一は主人公だもん」
 祐一がどこか遠くの世界にいってしまったような気もするが、プライベートのときはこうして一緒にいることを選んでくれる。それだけが名雪たちの支えであるし、祐一にとっても支えなのだ。
 同じゲームのキャラなのに、いがみあったり殺しあったりするのはあまりいい気分ではないし。
 それに多くの出演依頼がくるものの、新規の依頼のほうが多く、継続しての依頼はほとんどこない。なんというか、作者が途中で更新を停止してしまうケースが実に多い。
 ストーリーによっては、かなりの性格改変を必要とされる祐一。作者の依頼に応えるために平時の努力は欠かしたことがない。そんな祐一を支えてくれているのが、名雪をはじめとした同じゲームのキャラたちなのだ。

 相沢祐一。
 数多くのSS作品に出演する人物。
 その彼の生活は、実はこうして支えられているのだ。

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