「相沢君!!」

「………は?」


現在祐一は水瀬家の自室にいる。

そしてこの水瀬家の中には祐一のことを『相沢君』と呼ぶ人物はいない。

いや、そんな事よりもそもそもこの家には祐一以外の男性は存在しない。

いやいや、そんな事よりもそんな事よりも祐一はすでに相手の姿をその目で捉えていた。


「………久瀬?」

「………相沢君」


何時ぞやの人を見下したような視線や声では無く、その視線も声も妙に熱っぽい。

祐一の背中にツーーと冷たい汗が流れる。

そして久瀬は、その言葉を紡ぎ出した。


「好きだぁーーーーーーーーーー!!!」






大変お見苦しいのですが、もしよろしければもう少しお付き合いください






火事場の馬鹿力というものがある。

詳しい説明は省くが様は命にかかわるような緊急時に、信じられない力を発揮する事と考えてもらえればいいです。

過去に祐一は夜の学校で命にかかわる程の出来事に遭遇した事がある。

そして今、男・相沢祐一はその時よりも生命の危機を感じていた。

だから久瀬がその言葉を言った瞬間に、窓から飛び降りて裸足で全力疾走した事も、ある意味当然の事だと言えるのかもしれない。


「何で逃げるんだい、ハニーーっ!」

「て、追ってきてるしっ!!」


火事場の馬鹿力云々の説明が馬鹿らしくなるくらい、いとも簡単に二階の窓から飛び降りて祐一を追ってくる久瀬。

その距離も徐々に徐々に詰められて来る。


「何でそんなに速いんだよ!」

「ハッハッハッ、生徒会長たるものいかなる事もパーフェクトでなければならないのだよ、ハニ〜〜〜ッ」

「ハニーって言うなーーー!!!」


そう言って祐一はどこぞの小さな公園に入った。

そして運のいいことに入り口付近にあった空き缶がいっぱい入ってるゴミ箱を倒して久瀬の進行を妨げる。


「トウッ!」

「んな!」


しかし久瀬は足を止める事も引っ掛ける事も無く、華麗に跳躍して見せる。

それに気を取られた祐一は足を引っ掛け砂場の方に転倒してしまう。

そして、振り返るとそこには


「さあ、共に愛を語り合おうではないかハニ〜〜………」

「ま、魔物っ」


錯乱した祐一の脳内ではそういう結論に達したらしい。

尻餅をついたまま後ずさる祐一に、何故か(?)爽やかな笑みを浮かべつつ手をにぎにぎしながら近づく久瀬。

と、その時祐一の頭にぽかっと後ろからチョップされたような衝撃が走る。

振り向くとそこには手を手刀の形にした私服の舞が立っていた。

どうやらチョップされた様にも何も本当にチョップされたみたいだ。


「……祐一、散らかしちゃダメ」


そう言って先ほど祐一が倒したゴミ箱を指差す舞。


「……なんで舞がこんな所にいるんだ?」

「……自治会の掃除当番」


よく見るとそこは、舞と佐祐理が2人暮しをしてるアパートの近くの公園だった。


「そうか……って、そうじゃなくて、たのむ舞! あの魔物を叩き切ってくれ!!」


そう言って手をにぎにぎしつつも舞の登場からここまで何故か動かず静観している久瀬を指差す。


「久瀬に見える」

「久瀬だけどっ、俺にとっては魔物並に脅威なんだよ!」

「よく、分からない」


そんなこと祐一にだって分からない。

だが今は、祐一にとって分かる分からないではなく、この状況を切りぬけるか切りぬけないかが重要である。


「ようするに、俺を助けてくれっ」

「……祐一、『日常の中では俺はお前を守ってやれる』と言った」

「アレはどう見ても非日常だろう!! 頼む、舞…」


沈黙が流れる。

祐一は必死の表情で、

舞は見る人が見れば分かる程度に困惑の混ざった無表情で、

そして久瀬は相変わらずさわやかな表情で手をにぎにぎしている。


「……分かった」


そう言って舞は祐一をかばう様に久瀬の前に出て、本当にどこからともなく剣を取り出した。

この際「剣は捨てたんじゃないのか」という突っ込みは無しである。

祐一は生まれてこのかた、男性から求婚を受けた事は無い(当たり前)。

その上その相手が人外なほどの身体能力を有して追撃してきた現実に、相当精神が参ってる様だ。

そして沈黙を守っていた久瀬もここでやっと口を開いた。


「…川澄君、どうしても僕の邪魔をするのかい」

「私にも、良く分からない。どうして祐一を狙う?」

「フッ、それは僕が、相沢君を愛してるからだよ!!!」


そのままハーハッハッハッと笑う久瀬に心底怯えた表情を見せる祐一。


「祐一は、男」

「それがどうした! 川澄君、君に停学処分が下った時に相沢君と倉田さんは、
 2人で署名活動をして君の復学を生徒会に訴えてきたんだよ。
 そして相沢君は君を想うあまり、この生徒会長であるこの僕の襟首をつかみあげ、暴力を振るおうとしたんだよ! 
 自分の身を省みず、君の為に! …その想いの詰まった彼の瞳を見たときから、僕の心は揺れ動いた」


ここで「ただ我を忘れただけだ」と言うのはタブーだろうか。

てか、そんなことで惚れないでください頼むから。

そう祐一は思いつつ、ふと舞の様子がおかしい事に気づく。


「舞?」

「……ぐしゅぐしゅ、良い話し…」

「えぇーーーー!」

「分かってくれるか川澄君!」

「うん、協力する」

「ちょっ、待て……」


そして舞は祐一の後ろに回りこみ羽交い締めにする。

背中に当る豊満な胸の感触を感じる余裕も無く、目の前の脅威に怯える祐一。


「さあ、ハニ〜〜、ともに愛について語り合おうではないか…」


そして祐一はただただ願う。


「い、いや……」


どうか全部夢であってください、と。


「言葉と……身体でね…」

「いやだぁぁぁぁっっっーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 ーーーーーー−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−っあ、あれ…?」


ガバッとふとんから跳ね起きる祐一。

………『ふとん』から?


「は、はは…」


そして口から漏れるのは、


「ははは…」


安堵から来る笑いだった。


「ははは、ハハハ、ハッハッハッ、HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAッ! 
 そうさ当たり前じゃないか! あんな事現実にあって良いわけ無いじゃないか!! 
 そうさ、これで良いのさっ。夢落ちサイコーーーーーーーーーッ!!!!」


訂正、これはある種の魂の叫びである。



一通り叫び終えた祐一は喉も乾いたので食卓に向かう。

そして部屋を出た時、丁度名雪が一階から上がってきたところだった。

祐一は名雪に挨拶をしようとしたが、名雪は祐一の姿を確認したとたん口元を押さえる。

そして元々潤んでいたその瞳に、さらにブワッと涙が溢れ出した。


「な、名雪さん?」

「…ごめんね! 祐一!」


そう言って名雪はすばやく自分の部屋に入る。

ガチャン

そして部屋の鍵が、かけられた。


「ちょ、名雪っ。なんだよそれ。なんで泣いてるんだよ。なんで鍵しめるんだよ。何がごめんなんだよ、名雪ーーー!!」

 
部屋の中から「ごめんなさいごめんなさい」と小さく名雪の声が聞こえるような気がする。


「………………」


すさまじく嫌な予感を抱えつつ、祐一は一階に向かった。

そして、リビングへと続く扉を、開けた。


「いやー、秋子さんの料理はおいしいですね」

「あらあら、○○(ご自由に久瀬君の名前をお入れください)さん。祐一さんはわたしにとって息子同然なんですから『お義母さん』と呼んでください」

「はい、おかぁ―――――――――


―――――――――――強制的にフェドーアウト。

次こそは、次目覚めた時こそは、すべて夢であることを願って。


………………

…………

……


「おはようハニー」

「いやだーーーーーー!」






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