30KBで格ゲーを作らないか?
<プロジェクト始動(記録者:美坂香里)>
その日、私が部室でキーボードを叩いていると、やかましく扉が開け放たれた。
せっかく詩の一文が浮かんだのに、どこの誰だと少々不愉快に思いながらそちらを見つめる。
「美坂! オレ達はお前みたいなやつを探してたんだ!」
「何でもっと早く言ってくれなかったんだ」
「ちょ、ちょっと、一体何のことよ!?」
闖入者は教室でも騒がしい北川&相沢君のコンビだった。
「香里ってプログラムも出来るんだろ?」
「ええ、そりゃまあコンピューター部の部長だからね」
これからの時代、パソコンを使いこなせるかどうかは大きい。
そう思って私はこの部を選んだ。
最初はそんな打算的に選んだクラブだったけど、何も考えずにキーボードを叩く事は嫌なことを忘れるのにも効果的だった。
それに、いつしか文章を書いたり、プログラムを組んだりと何かを作るのが密かな楽しみにもなっていた。
だから、どんな部で何をしているかはあまり他人には話さなかったのだけど……。
「いやー、生徒会長シメ上げて、コンピューター部の部長の名前聞いた時には驚いたぜ」
「危うく停学食らいかけたけどな」
ハハハハハ、と笑い合う男二名。
あんたたち馬鹿でしょう?
「それで、あたしに何の用よ」
「うむ、よくぞ聞いてくれた」
相沢君は偉そうにふんぞり返りながら折り畳んだ一枚の紙をポケットから取り出す。
って、ノートを破ったものじゃない。
まったく、ちゃんと授業聞いてるのかしらこの人。
などと呆れていると、相沢君が開いた紙をずんっと私の眼前に突き出した。
『30KB(キロバイト)で格ゲーを作ってみないか?』
栞……この人たち、頭の芯まで馬鹿だわ。
<容量検討(記録者:北川潤)>
何だかんだで呆れながらも美坂は30KBの格闘ゲーム作成に意欲を示してくれた。
さすがは学年一位、極限に挑戦するってのは燃える設定らしい。
一応俺も美坂ほどじゃないが、独学でPCいじりには慣れている。
メインプログラマは香里、俺はサブってことで仕事にかかることにした。
相沢は企画の発起人だ。
ていうか、なんでこんな話になったんだっけ?
ああ、そうだ。相沢がナローバンドでもすぐに落とせる格ゲーが欲しいとか言いだして、それで。
って、待てよ。相沢の奴、言うだけ言っといて何もやることないじゃないか。
……『言うだけならタダ』ってこういうのを言うんだろうか?
にゃろう、後であいつには徹夜でテストプレイやらせてやる。
まあ、相沢はいいとして、問題は容量をどうやって抑えるかだ。
格ゲーと言えば当然キャラのアニメーションが必要なわけで、そうなると画像だけで30KBを越してしまう。
この課題をクリアしないことには始まらない。
てか、すっげー難問じゃないかこれって。
アニメーションを極力排除して……駄目だ、棒人間格闘にしても30KBは無理だろう。
いや、待てよ?
いっそアニメーションを完全無しにすれば……。
いける、いけるぞ。
30KB格ゲーのプレイヤーキャラは……。
ドット(点)だ。
<スクリーン(記録者:相沢祐一)>
まさか、ドットで格ゲーなんて考えもしなかった。
だが、確かにドットならば容量を食わないだろう。
今、俺の目の前のPCにはその試作第一号が表示されている。
画面の左右上部に表示されている数字は体力なのだそうだ。
試作なので必殺技などは抜きの大まかなつくりだが、何はともあれ試してくれとのことなのでレッツプレイ。
プログラムなんて出来ない俺にはテストプレイくらいしか手伝えないしな。
さてさて、按配は……。
「……すまん、どこにキャラがいるのか分からん」
やっぱり、ドットは小さかった。
ていうか小さすぎじゃーーーっ!
マジ見えねえ、ってこの白い点がそれか!?
ていうか、こんなに目を近づけてプレイしないといけないって、目に悪すぎ。
「だってさ、美坂」
「やっぱり。じゃ10倍くらいに拡大しましょう」
おいお前ら、やっぱりって何だ!?
こんなのやらせたのはわざとか!?
<必殺技(記録者:北川潤)>
30KB格ゲーも開発が進み、ついに美坂による必殺技のお披露目となった。
テストプレイでコントローラーを握る相沢の目つきも真剣だ。
「よし、まずは定番の波動拳コマンドだな」
波動拳コマンド、下・斜め右・→・攻撃ボタンの順に入力するコマンドの俗称だ。
格ゲーでは最も馴染みのあるコマンドだろう。
相沢がそれを入力するとプレイヤーキャラのドットが赤色に変わる。
「おおー、色が変わったぞ!」
すげえ、確かに俺達の作った格ゲーで必殺技が始動している。
やっぱり格ゲーって必殺技がないと駄目だよな。
これでドット格闘も一気に華がつくってもんだ。
「って、あれ? 元の白に戻ったぞ? 何だったんだこれ?」
「え? 何って防御よ防御」
しれっとした顔で答える美坂。
俺は突っ込まずにはいられなかった。
「何で波動拳コマンドで防御なんだ!?」
「何でって、ドットじゃ上段も中段も下段もないから防御を崩せないじゃない」
「……ああ、そっか」
相沢と二人して納得。
しかし、美坂は本当に格ゲーの素人なのか?
あまりやったことはないとは本人の談だか、本当は隠れファンなのではないだろうか。
メリケンサックとか鞭とか似合いそ……俺も命が惜しい、これ以上の無用な詮索は止めだ。
「んじゃ、今度は昇竜拳コマンドで……」
相沢はそう言って、波動拳と並ぶもう一つの定番コマンドを打ち込む。
初心者には結構やりづらいことで有名なコマンドだが、そこは相沢。
ゲーセンで何度かやりあっただけはあってあっさりと入力に成功する。
画面のドットがバックステップの後、即座にドットを飛ばした。
「おお、飛び道具か」
ドットの放出したドットが相手に向かって飛んでいく。
相手は避けない、当たる!
そう思った瞬間、相手のドットが赤に変色した。
えーっと、防御だっけ?
それに相沢の放ったドットが弾き落とされる。
「って、何で飛び道具をガードされただけで俺がダメージ受けてるんだよ!?」
何故かダメージが相沢の操作キャラに入っていた。
打ち返されたわけでもないのに何故?
「え? 飛び道具って、それ捨て身タックルのつもりなんだけど」
「捨て身タックル? じゃあ、こっちのドットは何なんだ?」
相沢が飛び道具を撃ったつもりの本体を美坂に指し示す。
美坂はしばらくそれをじーっと見つめた後、ぺろっと舌を出した。
「あ…ごめん〜、バグだわそれ」
そういや、全然デバッグ(バグ取り)やってなかったっけ。
<BGM(記録者:北川潤)>
「しかし、味気ないな」
無音の格ゲーってのは寂しいものがある。
しかし、効果音を入れたら簡単に30KBをオーバーしてしまうわけで……。
せめてBGMくらいは入れられないだろうか?
「MIDIならどうにかならないか?」
「無理よ。オルゴール曲でも30KBの制限じゃ容量を食うわ」
「そっか? じゃあこんなんどうだ?」
どこから落としてきたのかよく分からないが相沢から一つのMIDIファイルを渡される。
って、何だこりゃ!?
1KBの半分すらない音楽ファイルって何なんだ?
不安に思いつつも組み込んで鳴らしてみる。
ピッ ピッ ピッ ピッ
定期的に鳴る短い電子音。
黒い画面に踊る二つのドット、上部にはなにやら変動する数字。
「なあ、美坂…これ何に見える?」
「新手の医療機器…かしら?」
<デバッグ(記録者:相沢祐一)>
数日後に迫った文化祭をドット格ゲーの披露の場と決めた。
しかし、それにより予定が大幅に繰り上がってしまった。
今、香里と北川は必死でデバッグ作業を続けている。
香里に至っては昨日寝ていないとのことだ。
俺に出来ることと言えば、テストプレイを繰り返してバグの報告をすること。
しかし、それは二人の作業を増やすための作業である。
人前に出すためには避けて通れない道とはいえ、何もできない自分に心が痛む。
しかし、今日はそんな二人を協力サポートするためのアイテムを用意してきた。
もうすぐ到着するだろう。
「みんなお疲れ〜。これで頑張ってね」
アイテムの調達係を頼んだ名雪が二人の前にビニール袋を置く。
「名雪、何これ?」
「うん、祐一に頼まれたんだ。二人の力になる道具だって」
袋の中に入っていたのは……。
ゴキブリホイホイ、蚊取り線香、蝿叩き、殺虫剤、防虫剤等々。
「相沢君…何かしらこれは?」
「何って、バグ(虫)取りアイテムの数々だ。バグを殺したり防いだりする効果がある」
プツンッ――(何かが切れる音)
香里には蝿叩きでひっぱたかれ、北川には殺虫剤をぶっかけられた。
「二人とも、ジュースでも買ってこようか?」
「ありがと、コーヒーをお願いするわ」
「オレも」
「うん、祐一が迷惑かけてるみたいだけどごめんね」
床に転がった俺を無視して作業に戻る二人と、部室を出て行く名雪。
まあ、なんだ…これも一つの教訓だろう。
徹夜明けの人間に冗談は通じない。
<タイトル(記録者:北川潤)>
仕上げもなんとか順調に進み、文化祭前日に完成というメドがついた。
少しはゆとりが出来たので、美坂と二人で相沢の作業を見物に行く。
相沢には説明書の作成を頼んでおいた。
テストプレイをさんざんやった相沢には適任だろう。
『仮面ライダードット・ドット万太郎・ドットこハム太郎・ウルトラマンドット・ドットショッカー・ドットマンX、その他多数! あのテレビやゲームの人気者達が今、ドット(点)になって壮絶なバトルを繰り広げる!!』
「おいっ、なんだこれは!?」
「何って、ただのドットよりこの方が盛り上がるだろ」
うわ…開き直りやがった。
「相沢君…あなた詐欺師になれるわよ」
美坂も相沢の破天荒な発想に呆れているし。
「それでな、タイトルはこうしようと思う」
『30KB格闘ゲーム ドットンX』
「色々ツッコミたいところがあるが、X(エックス)って何なんだ?」
「純粋に俺の内なる乙女心をくすぐる宇宙、その名も乙女コスモより生まれでたワードだ」
「…そうか」
もうなにも言う気になれなかった。
好きにやらせておこう。
俺達は無言で作業に戻った。
作業の途中、真剣な表情をして美坂が話しかけてきた。
「ねえ、北川君…あたしって女の子らしくない?」
「は? 何でそんなことを?」
「ドットンX…どうしても意味が分からないのよ。あたしに乙女心がないから?」
真剣な表情の美坂。
しかし、よく見ると目の焦点が合っていない。
「あー、美坂。少し寝ろ」
学年一位の秀才も、デバッグの疲労で随分参っていたらしい。
完成のメドがついたのも美坂の努力のおかげだし…最後の仕上げくらいは俺が頑張ろう。
<プロジェクト終結(記録者:美坂香里)>
文化祭、ドットンXは滞りなく披露された。
私も北川君も、相沢君も頑張った。
差し入れをしてくれた名雪や栞には感謝している。
悔いのないものを作れたと思う。
しかし、こういう製作物は結果だけが問題。
どんなに心血を注いだものであっても面白くなければ駄作と呼ばれ見向きもされない。
客はほとんど寄ってこなかった。
それがドットンXへの何よりの評価だと思う
だけど、私は……。
いや、私達は胸を張ってこう言うだろう。
このゲームを作っていて楽しかった、と。
感想
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