ぶるま道を直走れ






Case1 彩

「お、お兄ちゃん……?」
 入って来たのが俺だと分かると、彩ちゃんは目に見えて身を固くした。千夏かななるちゃんだと思ったのだろう。ところがどっこい、世の中は理不尽に満ちているのだ。どうだい? びっくりしただろう。幾らお隣さんとは言え、入浴中に忍び込むのは些か礼儀を欠いているというのは俺にでも分かる。分かるのだ。でも、まあ、ほんのちょっぴり魔が差す事って、あるじゃないか。
 もしここが風呂場ではなく、俺の部屋か彩ちゃんの部屋なら、反応はまた違っただろう。半分嬉しそうな、それでいて少し恥ずかしそうな、そして残りは期待に満ちた表情になってこう言うのだ。「お兄ちゃん、どうしたの?」と。
 俺は期待は裏切らない男。その時の気分によっちゃあすぐさま組み伏してどうにかしてしまうかも知れない。何せ、彩ちゃんの反応が物凄くそそるのだ。上辺では拒否するが、嫌よ嫌よも好きのうちって事で、ちょっとあれこれしている間に正直な身体はきっちりと反応を返してくれる。
 その先の展開は想像にお任せするとして、今は少しばかり状況が違う。
「あの、私、おフロ入ってるんだけど……」
「うん」
 爽やかに返して、一歩足を踏み入れる。湯煎の隅っこで丸くなってる彩ちゃんの顔は朱に染まっていて、普段の半分ほどに狭まった視界でそれを見ながら、羞恥心からくるのか期待からくるのか考える。ようし、答えは出た。
 両方だ。
「実は、さ。彩ちゃんにお願いがあるんだ」
 また一歩。
 心なしか、彩ちゃんの表情が強張ったような。
「あ、あのね……お兄ちゃん、ちょっといい?」
 俺のお願いよりも優先事項らしい。
 何てことだ。
 ショックだ。
 天変地異だ。
 でも、気になる。
「なにかな」
 俺の心はさしずめ宇宙。果てなく広く、様々な因子を孕んでいる。
 たとえば、ブラックホールとか。
「なんでも訊いてご覧」
 むっちりした笑顔で答えた俺に、彩ちゃんはなお一層顔をしかめた。おかしい、普段はもっと好意的な視線を惜しみなく浴びせかけてくれるのに。もっと浴びせておくれ、この兄に。


「それ……頭に、なにかぶってるの?」
「ブルマ」
 基本じゃないか。
 おかげでさっきから視界が狭くてしょうがないのだけれど。
 でも、そんな事は些細な問題だ。
「じゃ、じゃあ……穿いてるのは?」
「ブルマ」
 基本中の基本じゃないか。
 大別した際の呼称は同じブルマだけど、顔に装着したのと下着として穿いているそれの間には、埋めようのない隔たりがある。下半身にエネルギーを供給してくれているブルマには、何と。何とだ。サイドライン(三本線)が入っているのだ。しかも、薄桃色。
 これほどの逸品を身に着けずに、一体何を身に着けろというのだろう?
 答えは、否。全否定。存在しない。
 ネットのオークションで万札十枚はたいて落札しただけはあり、その穿き心地は相当良い。絶妙のフィット感、締めつけ。それでいてお肌に優しい素材。伸び縮み具合、保温性、保湿性。どれを取っても一級品。まさにブルマの中のブルマ。ブルマ王の名に相応しい能力値だ。
 嗚呼。さっきから一歩歩くたびにえもいわれん快感が股間から立ち昇ってきて。もう、何て言うか。何と言いますかね。たまらんですばい。
「それで、お願いというのはね」
 息を乱して小刻みに痙攣しながら、俺は彩ちゃんへ寄っていく。一歩、また一歩。その拍子にかぶってるブルマがずれて、右目が何も映さなくなった。代わりに左目は全開。きっと充血しまくってるだろう。
 どうしてこんな格好で現れたのかというと、最近どうも彩ちゃんとの行為がことごとくマンネリ化しているので、ちょっとばかり刺激的なシチュを用意してみた次第だ。そう。俺がブルマを穿いてかぶってのプレイ。どうだろう、これ。
 マンネリ解消にはうってつけだと思った。
「お兄ちゃん……あの。私、私ね……」
 彩ちゃんは、なんだか胸がいっぱいになって上手く喋れないらしい。そんなにも感動してくれたのか。これなら俺もブルマの穿き甲斐があったというもの。気持ち良いし。
 今まで一人で楽しんできたのが急に勿体無く感じられた。何だ、こんな事ならもっと早く彩ちゃんに教えてあげれば良かった。

 今日も俺はブルマ道を往く。



Case2 ななる

 失敗は誰にでもある。
 そしてそれは、成功への糧になる。
 それは認めよう。
 だけど。
 だけどね。
 そのために失う対価は……小さくないんだ。



「破れた! 裂けた! ぶっちゃけちゃったよ! 俺のブルマ! ブルマが! ブルマがだぞおい! ブブ、ブルブルぶー」

 時計の長針と短針が直立不動でセックスする時間帯は、いつも決まってブルマの研究をしている。他の何者にも一切の介入を認めない、俺だけの時間。即ちブルマタイム。
 日課だった。欠かさず毎日、へたすると入浴よりも欠かさずこなしているかもしれない。まあ、風呂は週に数えるほど入れば問題はないわけだけど。ちょっと臭うのと、あと痒みさえ我慢すれば。
 そんな、いつものように新たなるブルマの使用法、装着法、穿き様を研究していた矢先の出来事だった。
 思いついた瞬間、頭がそれでいっぱいになった。自分の斬新さに自分で驚き、惚れ直した。あまりの恍惚感に、もう少しでイってしまうところだった。
 俺曰く、ブルマに袖を通す。通すべし。通せ。

 二秒後。

「……」

 哀れ無残にも、実験台に選ばれたブルマははっちゃけてしまっていた。ブルマが。はっちゃけた。もう、あの頃の君には戻らないんだ。……ごめんよロザンナ、ちゃんと懇ろに弔うから。
 実際問題として、あと少し繊維にゴムが通っていれば何とか両腕が通ったのに。それを思うと、ショックなどものの一瞬にして消えうせ、代わりに有り余る悔しさが湧いてくる。
 あまりの無念さにじっとしている事など出来ず、俺は押入れで留まる事なく自己主張を続けているコレクション達をくまなく物色した。しかし残念なこと、さきほど犠牲になった彼女が最も柔軟性に富んでいたのだ。
 ここにきて、俺はコレクターとしての甘さを知る。
 外見、色、元の使用者、レア度、穿き心地、かぶり心地、匂い、飛距離、可能性、機敏性。色々な要素を、それこそ考え得る全ての事柄を目くじら立ててチェックしてきたつもりだった。
 しかし、実際はどうだ。「伸び具合」という、単純だが、かつ最重要クラスの能力値を……今の今まで気にも留めずにやってきたのだ。
 失格だ。
 ブルマコレクター、略してブクター失格だ。
 自分の無知さのおかげで、最もお気に入りだった一つロザンナを已む無く廃棄処分しなくてはならない状況に陥っている。
 ……だが。
 失敗は、確かに尊い犠牲は孕んだものの、やはり成長、ひいては成功するための糧になるものであり、かつ俺はそうすべきなのだ。
 即ち、もっと柔らかいブルマを手中に収める。これだ。
 これだよ。



 三回ノックをし、俺は返事を待たずにドアの隙間から体を滑り込ませた。それこそ紙のように滑らかな動作で。
 ななるちゃんの部屋だ。
 部屋の主は、ベッドに寝転がって読書をしていた。カバーを見た限りどこかの洋書か何かだけど、その実中身はえろ小説と踏んで間違いないだろう。『股間爆発男の逆襲』とかなんとかいうタイトルの。
 なんて、えろいんだ。ななるちゃんは。
 あんな顔して、あんな幼い顔して、そんな破廉恥な本を読むなんて。
 正直、感動した。

「あれ、お兄たん? どうしたの、こんな時間に」
「うん、ななるちゃん、ブルマくれよ、ブルマ」
 ノックもしたのに、どうやらイヤホンのせいで聞こえてなかったらしい。間近に迫ったところでようやく俺の存在に気付いた。きっと中身は巫女みこナース! とかいう流行のポップだ。リピート1にして聴き続けているのだろう。さすがななるたん。アナルたんでもいいくらいだ。
「え? お兄たん、聞こえないよ」
 単刀直入に聞いたのだけど、イヤホンを片方しか外してないからだろうか。セックスの時の下着は片方だけ外すのが常識かつ礼儀だけれど、人の話を聞く時はちゃんと姿勢を整えて欲しいところだ。まあ、そんなところもお子様ちっくで劣情を刺激してくれるので好きなのだけど。
 俺は咳払いをして、ななるちゃんが姿勢を正すのを待ってから、再度言った。
「ななるちゃん、体操着持ってるよね」
「うん……あるけど」
「ブルマ?」
「え、え?」
 目が点になる。まあ待て、まずは落ち着け、俺。ブルマ? なんて訊かれて普通に答えてくれるのは俺と同類の人種だけだぞ。
「あ、いや、何でもないよ。ななるちゃん、もう一年も着ているから、そろそろ買い換えたほうがいいかもしれないね」
「そうなのかなあ、ななるはそんなことないと思うよ」
「駄目なの! 知ってるかい? ブルマを一年間穿き続けると、ブルマ好きの怪しい男がやって来てブルマを掻っ攫っていくんだよ。こう、ぶびゃーって」
「え、そ、そうなの?」
 ジェスチュア付きで説明してあげたら、ななるちゃんは恐がって泣き出してしまった。
 そこでまた俺の出番なわけさ。
 マッチポンプ作戦発動。
「うん、でも、ちゃんと定期的に買い換えれば、使い古しの魅力が足りねぇじゃねえかこんちくしょうどーちゃらこーちゃらって言って寄ってこないんだよ、そいつは」
「そーなんだ……でも、今日来たらどうしよう」
「なに、心配要らないよ。俺が前もって新しいブルマを買っておいたから、それをあげるよ」
「わあい、お兄たん大好き」
「俺もななるちゃんのこと好きだよ」
「お兄たん……」
「ななるちゃん……」
「あの、ね……ななるね……」
「ブルマくれよ……」
「え?」
 本音が出てしまったので、言い直す。
「実は俺、男の事情で今日はまずいんだ。だから、また今度ね」
「男の人も、そういうのがあるの?」
「うん、そりゃもう酷いもんだよ、アソコが腫れ上がって暴れて、もう手がつけられないんだ。だから今日は部屋に置いてきたんだよ」
「そうなんだあ」
 頭の弱いななるちゃんは、まともに信じている。優しい子だなあ。
 さて、とっとと貰うもん貰って退散決め込みますか。
「じゃあ、ななるちゃん、ここに買ってきたやつ置いとくから、ブルマ貰えるかな」
「え、お兄たんが持っていくの?」
「そうだよ、ここに置いておくだけで危ないからね、万が一のために俺が持っておく」
「うん、お兄たん。ありがとう☆」

 そんなこんなで、俺は更に柔軟さに富むブルマを手中にした。ななるちゃんの一年間が詰まりに詰まっているというオマケ付き。
 外見や色にはまあ特筆すべきものはないけれど、レア度、穿き心地、かぶり心地、匂い、飛距離、可能性、機敏性について言えば、その能力値はコレクションの中でもトップクラスを誇っていると断言出来る。
 ちなみに、ななるちゃんの部屋に置いてきたのは、俺が肩に通そうとして破壊してしまったやつだ。ちゃんと包装したので大丈夫だろう。さようならメルビン、君のことは忘れない。
 とりあえず、頭の足りないななるちゃんが気付かずに学校にあれを持っていくというのなら、俺は色々としなくてはならない事が増えてしまう。
 増えないかな? 増えないかな?
 なんて仄かな期待を寄せながら、さっそく肩に通してみた。

 十三秒後。

「……惜しかった、実に惜しかったぞ」

 俺の肩がもう少し、そう、ほんの1バイトほど柔軟性に富んでいたら、こんな事にはならなかった。
 そう、もはや一夜にしてMyベストオブブルマの座に上り詰めた逸材をあっさりと失う事にはならなかったのだ。
 後悔、先に立たず。
 さすがに凹んだ。

 俺はその夜枕を濡らしつつ、明日からは毎日風呂に入ろうと心に決め、そして風呂上りの柔軟体操に力を入れようと強く誓うのだった。
 明日も俺はブルマ道を往く。



Case3 親父

「赤いブルマと青いブルマどっちがいい?」

 何故か、俺は窮地に立たされていた。
 どこだここは。周りを見る。何の変哲もない、だだっ広い部屋。壁も床も天井も同じ銅褐色で、辺り一面に錆びた鉄屑が散乱していた。むせ返るような空気の濃さが脳髄をいい具合に刺激してくれる。連鎖的にブルマを思い出してしまう。
 目を閉じて少しばかり思案し、これが夢である事に気付く。そうだ、夢だ。ならばこの謎の状況全てに説明がつく。というより、夢で説明がつかないものなど皆無。あくまでブルマを除いての話だけど。
 さて、どうしようか、どうしようか……一見して出口はおろかドアも窓も見当たらない、教室と同等の広さをもった鉄臭い部屋。幾ら夢とは言え、こんな何をする事も出来ない状況に放り込まれてしまっては、困る。夢だから当たり前の事とは言え、混乱する。混乱ついでに手は懐のブルマへ。さすったり、揉んだり、撫でたり、色々する。そうすると、だんだんと心が安らいでいく。ああ……俺の心の故郷よ。

「……さて」

 そうして落ち着きを取り戻し、やっと俺は現状を飲み込むに至った。何か、声がしていたっけ、そういえば。
 記憶の底辺がそれだから、たぶんそこから夢が始まったのだろう。
 天井を見上げる。誰も居ないし、何もない。ひび割れた蛍光灯と赤褐色の染みが特徴的だ。あ、あの染み、なんかブルマに似てるな。でもブルマじゃない。たちまち興味は失せた。
 次いで、壁、床とくまなく目を配る。これといって目ぼしいものは発見出来なかった。ただ、錆と何か鉄の残骸だけがそこに存在していた。

「赤いブルマと青いブルマどっちがいい?」

 また聴こえた。幻聴じゃない。俺の耳から脳へ流れてきた少女の言葉。聞いた限りだと、おそらくななるちゃんより年下の少女だ。そんな幼い娘がブルマを語っている。視覚は元より聴覚を駆使しても発信源は不明だけれど、そんな事は問題ではない。問題はブルマと、そして声の主の幼さだ。穿いているのだろうか。答えたほうをくれるのだろうか。

「どっちも」

 一連の思考を百分の一秒で済ませ、結論を出し、答える。即答と言って差し支えない反応だ。
 というか、そもそも何を選ぶ必要があるのだろう。両方に決まっているじゃないか。他にどんな回答も思い浮かばない。
 まあいい。答えたんだから、くれるか、穿いて姿を現すかするんだよな。
 楽しみだ。

「……」

 しかし、声の主はそれっきり押し黙ってしまった。
 二分ほど待ってみたけれど、何の反応もない。声は室内に響き渡ったため、発信源は特定出来ない。ただ闇雲に室内を見回すしかする事がない。駄目だ、退屈だ。
 そしていい加減、上着とズボンを脱ぎ捨ててしまおうかと考え始めた頃、ようやく。ようやくだ。
 再び声が降ってきたのは。

「黒いブルマと白いブルマどっちがいい?」
「どっちも。さあ早く」

 焦らし戦法だろうか。なかなか弁えている。そう、それこそが男を昂ぶらせる一つの有効な手段なのだ。焦らして、焦らして、焦らす。終いには、焦らしっぱなしでお預け。これが最強だ。一体どれくらいストレスが溜まるだろう? 俺にやったら怒るけど。

「それとも、半透明のブルマ?」
「全部」

 迷いなく答えながらも、俺の頭の中である疑問が鎌首をもたげた。始めのうちはさながら黒い絵の具のように頭の奥に一点の違和感を垂らしていたそれは、ほんの一秒足らずで全体にくまなく広がって形作っていった。モザイクが急速に処理されていくように、だんだんと理解度が深まっていく。
 そうだ。
 おかしい。
 何故に“半”透明? 全透明で良いじゃないか。
 何か意味があるのだろうか。

「……」

 俺はそこで目覚めた。
 訳が分からないほどに、中途半端かつ唐突な夢の終わり。しかも、たった今まで寝ていたというのが信じられないくらい頭が冴えていて、視界はクリアだ。一体何がどうなっているのだろう。夢というよりは幻覚を見せられていた気分だ。
 次第に不鮮明になっていく夢の場景をそれでも脳に焼きつけながら、今のこの状況を考える。やはり、寝ていたのだろうか。単なる夢なのだろうか。
 しかし、そう仮定すると解せない点がある。掘り起こせる最新の記憶は、意外な事に風呂なのだ。湯煎に浸かって頭をもたれかけながら、鼻歌を歌っていたところまでは覚えている。そして水蒸気を吸い込んで咽てしまい、青っ洟が垂れたのも覚えている。そこから先は……覚えてない。
 ここに、妙ちくりんなブルマ少女夢の謎を解く鍵があると見た。
 何せブルマと少女が登場したのだ。解き明かさずにはいられない。
 とりあえず、解き明かせなくてもいいから、ブルマと少女は手に入れたいところだ。
 誰か、連れてきてくれないかな。
 と、その時、廊下が鳴った。
 細かく言うと、板張りの廊下が何らかの外的要因によって圧迫されたらしく、軋んで音を立てた。ヒキガエルにブルマ一枚まるまる食わせた時のような特徴的な音なので、聞き間違えようがない。
 そして毎日行き来している俺の経験上、それは人間以上の重さを加えないと鳴らないという事も分かっている。
 つまり、真犯人に違いない。
 俺は謀られたんだ!

「待てこの野郎、とりあえず揉ませろ!」

 速攻でドアを開け放ち、エコーがかかるほどの大音量で言い放つ。自分で言っておいて何だけど、男なんか揉みたくない。そして了承されたくもない。
 なら言わなきゃいいのか? はは、ブルマめ。いつでも俺を狂わせるんだな。

「玉もぐぞ、おう」
「ごめん、パパ」

 果たして、そこに居たのは我が愛しきダディだった。
 幼少時から厳しく躾けられたのがトラウマになっているのか、本能的に逆らえないのだ。

「悪気はなかったんだ」
「じゃあ、何の気でそんな小粋な科白を吐いた?」

 とりあえず揉ませろを小粋な台詞だと認識する素敵なダディ。
 俺の父親だ。

「えーと……男気?」
「もぐ」
「やめてー」

 からくも逃げおおせた。自分の部屋にひとっ飛びで転がり込んで、すかさずドアノブに電流を流す。これで当分は凌げるだろう。おそらく五分は。
 腰を落としていつでの窓から脱走出来るように構えていたが、どうやら親父は追い討ちをかける気はないようで、そのまま行ってしまった。
 ふむ……なんだろね?

「お」

 首を傾げると、ちょうど視界に映るものがあった。
 意識を失っていた俺から死角になるような位置に、包装された紙袋が無造作に置いてあったのだ。
 俺の持ち物ではないから、誰かがここに置いたのだ。
 つまり?
 まず間違いなく親父だろう。
 その確信めいた自信を証明するため、さっそく包装を解いてみる。

「ブルブルぶー」

 中から出てきたのは、五枚のブルマだった。思わず歓喜の掛け声も洩れてしまった。
 オーソドックスな群青色、あまり見かけない赤、白、黒と、そしてどうやらビニル製らしい半透明のブルマ。
 そしてゴミ箱の中には正体不明のラベルの貼ってある薬物の空瓶。
 親父。
 そうか……今日、俺の誕生日だったよな。
 でも、親父は恥ずかしがりだから、こうして俺に催眠術をかけて……わざわざ好きなブルマを訊いて、それで用意してくれたのか。
 時間的にそんな余裕はないから、おそらく親父は自らのコレクションから抜いて、それをくれたんだ。
 お父さん、ぼくはこんなに大きくなりました。
 ブルマも五枚もらえるようになりました。
 コレクションもこんなに増えました。
 全部、お父さんのおかげです。

「ん?」

 くしゃくしゃになった包装の中に、一枚の紙切れを発見した。また柄にもなく手紙とは。


『親愛なる息子へ

 あとで俺のデジカメ貸してやるから、そのブルマを使って可愛い我が娘たちとの濃密な一時を是非チェキしてくれ。
 こればかりは俺には無理だ。だから期待している。
 そして俺に為せなかった、更なるブルマ道を極めてくれ。
 それが出来れば、免許皆伝だ。

 父より』

「親父……」

 いつもあんなに厳しかった親父が。
 決して誉めてくれなかった親父が。
 見捨ててるのかと思うくらい、冷たかった親父が。

「任せろ……俺は俺と親父のために、そしてブルマのために」

 俺は柄にもなく辞書を引きながら半紙に目標を綴り、それを壁に掲げた。
 ちなみに横文字だ。


 One for bloomers,all for bloomers!



Case4 千夏

 住宅街の空気が閑散としている、全体的にどこか心許ない平日の午前中。
 千夏がイッた。
 俺の指と舌で。

 ……。

 千夏がイく様をもうこれでもかってくらい描写したいんだが、諸事情により年齢制限に引っかかる表現はできないので、泣く泣く割愛する。
 ともかく、俺、攻めて、攻めて、攻めて、イかせた。
 んで、放心状態の千夏に頼んで、頼んで、頼んで、頼み込んで、あるものを装着してもらった。

 ブルブラ。

 本来ブラジャーを装着するところにそのままブルマをつけてもらったのだ。
 だから、ブルブラ。
 美巨乳の千夏にあつらえたようにピッタリで、そのあまりのフィット感に感極まった俺は、そこに思クソぶっかけてしまったのだ。
 何が起きたか分からずに、千夏は惚としている。
 そうれ、今がチャンスだ。

「悪い、これ、発作なんだ。続きはまた今度な」

 俺は逃げた。

 玄関を出て数十秒ほど走ったところで立ち止まり、乱れた息を正しながら回想する。そうすると、心の底から笑いが込み上げてきた。
 そう、俺は、神に射精したんだ。ブルブラと美巨乳の組み合わせというこれ以上ない融合体に向かって、かつてないほど強烈な精を放ったのだ。俺は壁を乗り越えた。いや破壊した。突き破った。そう、間違いなく、俺は神の領域に足を踏み入れたのだ。親子二代で歩んできた道で、初めてとも言える親父を超えた瞬間だった。

「俺は……やったぞーーーーーーー!!」

 ブルマ道は続いてゆく。そう、この旅に終わりはないのだ。
 俺は歓喜に咽び泣きながら、更なる道の追求を懐のブルマに誓うのだった。



Case5 少年

 その光景を見たのは、本当に偶然だった。
 午後の授業を体調不良という理由で欠席した僕は、一時間ほど駅ビルをぶらついてから帰りの電車に乗り込んだ。ファーストフード店で昼食も済ませてから。うん今日もハンバーガーが美味い、とか納得げに頷きながら独り咀嚼する僕を、お馴染みの店員さんはお馴染みの変な顔をして見ていた。
 乗り込んだ電車は登下校の時間とは違って人の数が目に見えて少なく、席をとりっぱぐれる常連の僕でも落ち着いて座る事が出来た。ここから僕の家がある街までたっぷり二十分、普段は見る機会に恵まれない平日の昼下がりを満喫するとしよう。いつもはこうして早退しても駅の周りをぶらつくから、結局は他の学生服に埋もれて帰るんだ。だから、こんな時間に電車に乗るのは本当に稀だった。
 窓から外を見やると、朝や夕方の混雑した車内では認識出来ないような景色が広がっていた。駅を発ってからほんの数分で姿を現した田舎道。田んぼやらビニルハウスやらが点在する、都市と都市に挟まれた小さい街。人口自体は少ないけれど、いずれかの街からもう片方へ通学通勤してくる人にとっては通り道なわけだから、電車の中だけはいつも人が溢れている。そして僕の家は、この辺境地にあった。専業主婦の母親と会社勤めをする父。農園を弄くっている祖父母に、僕と同じくまだ学生の姉と弟。そんなありふれた中流家庭と機械みたいな退屈な連中で成り立っている学校との往復運動、それだけが僕を取りまく環境だった。

「え……?」

 沈みかけた気分を再燃させるために反対側の窓から景色を見ようと思い、首を180度回した。ちょうどその時だ。僕の目に、それが映ったのは。
 それは、本当に奇妙としか言いようのない光景だった。
 同じ車両のちょっと離れた場所に、僕と同じくらいの年齢だろう女の子が三人、一定の間隔を保って席に腰掛けている。みんなそれぞれ特徴的だけれど、美人だ。可愛いと言ったほうがしっくりくるかもしれない。
 その向かい席に、これも僕と同い年に見える男が一人、ふんぞり返って座っている。その目線は目前の女の子たちに向けられていて、右から順番に、左から、上から下に、時にはただ一点に注いだりと、とにかくそれが当然だとばかりに見まくっていた。女の子たちの頬は微かに赤みが差していて、少なからず羞恥心を刺激されている事が窺える。
 あとは、僕を挟んでそこから反対側に、帽子をかぶってサングラスをかけた中年の男性が見える。この人も、顔を半分隠しながらその光景を眺めているようだ。僕なんか眼中にないようで、割と近距離でこうして視線を注いでいるのにまるで気付く様子がない。向こうを見ながら盛んに何度も頷くその様は本来ならただの出歯亀親父なんだけど、心なしか、その仕草には教え子の試合を見守る部活動の先生のような雰囲気が感じられた。興奮しているというより、感極まっているように見える。なんなんだろう。

 これだけならちょっと一風変わっただけの状況として片付けてしまいそうなものだけど、何より違和感があったのは、女の子たちの格好だ。単刀直入に言って、あれはコスプレだろう。こっちに近い順から、いちばん幼い顔をした女の子はスクール水着に何故かブルマだけ穿いていて、真ん中の子はピンクのレオタードにブルマを穿いていて、向こうのちょっと大人びた子は、上は私服なのに下はブルマ一枚だ。
 つまり、みんなブルマだった。
 本当に、なんなんだろう、この状況って。AVの撮影だろうか? 素人突撃企画だったら、僕も参加出来るだろうか。……ちょっと、してみたいかも。

「少年」
「うわぁっ!」

 いきなり肩を掴まれた。あまりに突然で反射的に振り返ると、さっきの怪しげな中年男性がいつの間にか僕の隣の席に座っていた。全然気付かなかった。それだけあっちに気を取られていたのかというと、そうでもないんだけど……不思議だ。
 とにかく、思いっきり捕獲された上に話し掛けられては、答える以外に選択肢がない。

「えーと、なんでしょうか」
「あれはな、俺の息子なんだ」
「はい?」
「おっと、そっちのムスコじゃないぞ、エロ少年」
「いや、ニュアンス変えてもそんなん知らないですって。そしてエロくないです」

 なんというか、典型的な酔っ払いエロ中年みたいだ。こういう手合いにはあまり関わりたくない。と言っても既に会話を強制終了させられる雰囲気ではないので、最善策を選択すれば、こっちからどんどん会話を進めてさっさと終わらせるのが吉だ。

「息子さんって、あの僕と同じくらいの人ですか?」
「うむ、俺の自慢の息子よ。まあ、ムスコほどじゃないがな!」

 言って、グムフフフと含み笑いを洩らす。自分で言って自分でウケたらしい。

「はー、そですか。で、あれは何をしているんです」

 何と言うか、こっちが面食らってしまうくらい下品なおじさんだった。たぶん素面だろうから、つまり地なんだ。
 学校でも良く似た人間が居るから良く分かる。この手のネタには一切反応しないでやり過ごすのが一番いい。とにかくなかったものとして会話を進めるに限る。

「あれか? あれはな、人生の命題に挑んでいる、その一環だよ」
「そう言われても」

 そもそも何をしているのかが分からない。女の子たちと、あの男。向かい合っている。そして女の子たちはブルマ。この状況で何が考えられるだろう。

「いいか少年、あいつの顔を見てみろ。どんなだ?」
「顔?」

 改めて、目を凝らして見てみた。腕組みしてシートに背を預けているその姿は客観的に偉そうに映るけれど、良く見ると顔は違った。目前の女の子たちへさぞかしいやらしい視線を送っているのかと思ったら、むしろ逆だ。笑顔であるには違いないけれど、その目はとても涼しげで飾ったところが何もなく、欲望のよの字もない。口の両端をほんの少しだけ持ち上げた笑顔は、どこか悟ったような趣さえあった。そうだ、悟りだ。一頻りブルマたちに目を走らせて、ここから見て分かるか分からないかくらい僅かに頷く。その一連の動作にも、今となっては神々しささえ感じられた。一体なんだというんだ、この感覚は。

「あれが、この家で先祖代々受け継がれてきた伝統の集大成よ」

 そう説明するおじさんの顔もなにか眩しいものを見る時のように眼を狭めていて、貫禄というか、本当に歴史の厚みのようなものが感じられた。

「先祖代々って……というか、あれは何をしているんですか」
「ブルマ道。俺のじじいの代から、俺の親父も、そして俺も、ずっと歩んできた道だ」
「ブルマ……」

 確かに、女の子はみんなブルマだ。
 しかし、よりにもよってブルマ道とはこれいかに。
 何と言うか茨の道よりも業が深そうだ。

「俺も、親父も、じじいでさえ到達しなかった領域に、あいつは足を踏み入れたんだ」
「つまり?」
「電車の中での公然羞恥プレイ。それも義妹三人にブルマ以外のコスプレを付加した上で、リモバイリモブラ装着ときた。もうあいつ、阿呆だ、阿呆。親の俺が言うのも何だが、到底かなわんわな。あの悟りきった顔を見てみろ。奴はそれを邪念を一切なくして実行してるんだ」
「えーと……」

 次第に熱っぽくなってきているお父さんを尻目に、考えてみる。ブルマとそれ以外のコスプレは分かる。見ただけで確認出来るから。義妹というのも、そう語られたんだからそうなんだろう。でも、最後の言葉はなんだったか。リモバイ? リモブラ? それって確か、リモコンの……

「……嘘だろ」

 その真偽を確かめるため、今度は妹さんたちを凝視してみたら。分かってしまった。
 いちばんこっちの幼い顔の娘は、目に見えて耐え忍んでいた。両腕を下腹部あたりでぎゅっと握り合わせて、瞼はさらに強く閉じられている。一瞬ピクリと身体が震えたので兄のほうに目をやると、ポケットに突っ込まれた右手が動いていた。それがスイッチを切り替える動作だという事が分かって愕然とした。あの人、マジだ。
 今度は真ん中の娘を見る。初見でどうも乳首あたりに不自然な膨らみがあると思っていたら、なんと、あれがリモバイだった。前の娘と同じようにスイッチが切り替わるたびに小さく反応しながら、膝の上で組んだ両手を一層握り締めている。やばい、冗談にならない。
 最後に、最も離れた娘を見る。先の二人とは違って、片手は胸に、もう片手は股間あたりに所在なさげに置いてあった。瞬間的にまさかと思ったら、本当にそのまさかだった。リモバイとリモブラのダブル。兄のほうでスイッチを入れるのを確認してからすぐさま視線を戻すと、ここからでも確認出来るくらいはっきりと震えていた。感じているのが一発で分かった。

「あれが……ブルマ道……」
「ああ、そうだ。あいつは俺の手の届かないところまで平気で到達しやがった馬鹿だ。心配になってこうしてお忍びで後をつけてきたんだが……杞憂だったな。ったく、教える事全部教えたら、勝手に自己流でどんどん方向性を展開していきやがる。正直、俺や親父にはあんな才能はなかったよ」

 台詞だけだと悔恨の情を吐露しているようだけど、その実口調はとても穏やかなものだった。正々堂々と自分の頭を超えていった息子を、認めている。いや、それ以上の何かがある。それが何なのか今の僕には読めないけれど、いつか分かる時がくるだろうか

「……」

 羨ましいと強く思った。
 ああなりたいと凄く思った。
 女の子三人と関係を持つとかそういう事じゃなく、単純に、あの人がとても輝いて見えたから。
 ただ毎日強制的にやって来ては積もっていくだけの日常に埋もれて今にも窒息しそうだった僕だからこそ、そう思うのだろうか。いや、それもあるけど、違う。この気持ちは。
 一つ唾を飲み下して、汗ばんだ掌に気付く。
 いつの間にか、尋常じゃないほど興奮している僕が居た。
 説明しようにも、言葉が見つからない。何を言っていいのか分からない。でも確かに確固たる何かが存在し、胸の中で暴れまくっている。やり場のない気持ち。抑え切れない衝動。ああ、僕は、どうしたらいいんだろう。

 ――その時。
 二回目。
 肩を叩かれた。

「あの……?」
「実は、今から奴に掛け合って、次の駅で降りようと思う」
「そう、ですか――」

 もやもや感が一際強くなった。今決断しないと、という切迫感が内側から噴出してきた。何をだ。何を決めろというんだ。

「で、だ。ホテルにしけこんで5Pをしようと考えているんだが」
「……」

 鼓動が加速していく。どうする、さあどうする。チャンスは今しかない。これを逃したら次の機会があるかどうかすら定かではないんだ。今、決断しろ。このまま下らない日常を選択するか、それとも――
 ――それとも。

「なんなら、少年。君も来るか?」
「――え?」

 一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。
 来るって、どこに行くんだろう。その直前に聞いた言葉は何だったっけか。ああ、そうだ、ホテルで5Pをしようって、確かそう言ってた。
 行きたい。他のどんな答えでもなく、ただ行きたい。
 行って実感したい。
 この気持ちが、本物なのかを。

「……行きたい、です。いや、行かせてください。僕は、もう、戻れやしない」
「気に入った、少年」

 そう言って、親父さんはサングラスとマスクを取った。
 思っていたよりもずっと若い顔が出てきてちょっと驚いたけど、その顔には確かな笑みが刻まれていた。
 それを見て、やっと分かった。
 そうだ。
 僕も、同じなんだ。
 ここに居る親父さんと、息子さん。その血と、同じものが僕には流れている。
 やっと分かったよ、母さん、父さん。
 これが僕の、生きる道だ。




「そういえば……まだ名前を聞いていなかったな」

 電子音と共に車内アナウンスが流れる中、僕はこれまでの十七年間積み重ねてきた僕という人間の象徴である単語を口にした。
 おそらく、口にするのも最後。過去との決別。その心を込めて、言った。
 僕の中で、何かが音を立てて切れた。代わりに、とても清々しい気持ちが広がっていく。檻を突き破って、外に飛び出した。そう、惰性に流されたまま日常に沈んでいく僕という人間はたった今死んだんだ。蘇ったのは、もう違う自分だ。

 今日から僕は、ブルマの道を歩いていく――




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