月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり。

有名な俳人の言葉である。

時間は旅人のようだと言った、彼の言葉は間違いではないだろう。

なぜなら、その時に留まることなど出来ないのだから・・・





「きゃ!」

バラバラバラ!

黒い塊が降り注ぐ。

「一体なんですか?」

居間の掃除をし、押入れの整理をしようとしたら何かが崩れて降ってきたのだ。

降ってきた物を拾い上げ、まじまじと見つめる。

半透明のケース、黒のプラスチック。

これは・・・

「8ミリテープ、ですね」

ケースを外し、確認する。確かに8ミリテープだった。

そしてふと思う。何でこんな物があるのだろう。

畳の上に散らばっている物だけでも20ぐらい、念のため押し入れの中を覗いて見るともう10ぐらいある。

合計で30前後の8ミリテープ。

首を傾げながら持っていたテープのラベルを見た。

『入学式』と書かれていた。

それを見て、思い出した。

そういえば、2、3年前に父が妙に凝っていましたねえ。

「で、これがその夢の跡って事ですか」

そう呟くと、ふっとため息をついた。

押し入れの中を改めて見てみると、案の定8ミリカメラも出てきた。

・・・まったく、すぐ飽きるんですから。

テープを押入れにしまおうとする。

手が止まった。

なぜだろう、どうしても動かない

何本かテープを取り出し、そのままテレビの前に来た。

わからない

どうして

こんなことやっているのだろう・・・・・

そのまま、テープを再生させる。

其処に映ったのは

過去の自分と、彼。

もう決して会うことの出来ない彼。

そして、そばで笑っている私。

おもわず両手で自分を抱え込む。


痛い・・・

いたい・・・

イタイ・・・・


胸がいたい・・・

ココロガイタイ・・・


もういないのに。

もう終わってしまっている事なのに

わかっているのに・・


「どうして笑っているのよ!!!」

画面に向かって叫ぶ。

何も出来ない自分に叫ぶ。


わかっている。

あれが在りし日の過去のことぐらい、そんなことわかってる

それでも叫ぶことを止めることは出来ない。

「どうして・・・」

その時だった。

「会わなかった方がよかったの?」

声が聞こえた。

あっ、と息を飲む。

「会わなかった方が幸せだったの?」

そんなはずはない。いるはずがない。声が聞こえるはずがない。

だって・・・彼は・・・あの時・・・

おそるおそる振り向く。



其処にいたのは、あの時のままの、彼。

「僕は幸せだったよ。短い時しか一緒にいられなかったとしても」

両腕を広げ、やさしく包み込む

「君は幸せだった?」

こくりと頷く。そこに普段の面影はない、子供が一人いるだけ。

「じゃあ、何で泣いてるの?」

「わからない」

本当に分からない。なんで自分は泣いているのか分からない。

「わかっているはずだよ、君は全部わかってるはずだよ。」

顔を上げる。そこにあるのは、彼のやさしい笑顔。

「月日も十分たった。また歩き始めてもいい頃だと思うよ。過去を思うことと、過去に囚われることは違うんだから」

両手で体を引き寄せられる。


もうだめだ。

両腕を彼の背中に回す。

顔を彼の胸に埋める。

そして

「うぁあああああんんんんっ〜〜〜」

泣いた。

思いっきり泣いた。

あの日以来泣くことのなかった全てを洗いながすかのごとく泣ききつづけた。


ココロが痛かったのは

叫ばねばならなかったのは

そこに過去の自分がいたから。

壊れることを知らない自分がいたから

それを知っている自分がいたから

私の時はあの時から止まったまま。

怖かったから、また壊れるのが怖かったから。また壊してしまうのが恐かったから。

だから自分で止めた。

でも、もう・・・

いいんだよね。


暫くして、埋めていた顔を上げる。涙はもう止まっていた

彼は笑っていた。

「君の泣き腫らした顔なんてはじめてみたよ。」

恥ずかしくて、顔が真っ赤に染まる。

「でもまあ、もう大丈夫そうだね」

そう言って、一歩下がる。

じっくりと見ると、うん、と一つ頷いて

「君が元気になったから、僕は帰るよ」

と言って、くるりと向き直った。

引き止めはしなかった。

無駄だと解っていたから。

「あ、そうだ。君に一つ聞きたいことがあったんだ」

彼は肩越しに言ってきた

「君は出会いに感謝するかい?」

それが彼の最後の言葉だった。





夢みたいだった。

でも夢じゃないんだ

私があれを見ていて・・・・


そこまでいってテレビがつけっぱなしであることに気づいた。

テープはとっくに終わったのだろう、画面には何も映っていない。

そこでテープを取り出そうとした。

出てこなかった。

不思議に思い、中を確かめてみた。其処には何もなかった。

最初からテープなんてなかったかのように。

まさか・・・

そうゆうことですか。

まったくお節介なんですから。


そのまま畳の上にねっころがる。

眼を閉じる。

(出会いに感謝しますか、ですか)

彼の最後の言葉を思い出す。

(ええ、感謝しますよ。貴方や、あの人たちに会えたことを)

そう呟くと、眠ってしまった。

その寝顔は安らかなものだった

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