酒と涙と栞と香里

酒と涙と栞と香里




「ちゃんと飲んでるのっ、相沢君!」

 半分ほどに減ったワインボトルを片手に完璧に座った目で絡んできたのは、きょう誕生日を迎えた美坂香里である。
 クールで真面目な日頃に反し、実はどうやら大トラであったらしく、最前から大変ご機嫌が麗しい。

「ほらっ栞も遠慮しちゃだめだから、ね!飲んで、飲んで!うふふふふ」
「……おい、誰だこいつに酒飲ましたのは」
「少なくとも、今お姉ちゃんが飲んでいるワインは祐一さんが買ってきたものです」

 そうつぶやく栞の傍らには、酎ハイやビールの缶がすでに5・6本転がっている。香里はこれらを途中まで実に平然と飲み、そして突然壊れた。
 美坂姉妹に祐一を加えた三人だけの誕生日パーティ。軽い気持ちで持ちこんだアルコールだったが……。

「未成年者の飲酒が法律で禁じられている理由がやっとわかった気分だ」
「今回それはあまり関係ない気が――ってきゃあ!」
「しーおーりーっ」

 突然、香里が栞に襲いかかった。
 薄いニットでは隠しきれないボリュームを持つ香里の胸に、強引に引き寄せられた栞の顔がめり込む。
 酔って力加減を忘れているのか、傍らにいる祐一が窒息感を覚えるほどのそれは強烈な抱きしめっぷりであり。

「んふふふふふー。しおりーっ!」
「痛いですっ!お姉ちゃん、苦しっ……!」

 香里の腕の中でもがもがと栞が暴れた。
 まるで溺れているかのようなその苦情の叫びに香里が示した反応は、しかし劇的だった。

「どこが痛いのっ!?」

 ばっと肩を掴んで栞の顔を正面からのぞき込む香里。
 顔と顔の距離は、誰かが後ろからちょんとつつけばキスしてしまいそうなほどに近い。

「栞、あたしに隠さないで。どこが痛いの? どこが苦しいの?」
「お姉ちゃん……」

 酒臭い息が真正面から吹きかかってくる。
 けれど、栞は顔を背けられなかった。姉の顔が、これ以上なく真剣で不安そうだったから。
 まるで一瞬でも目を離したらそのあいだに栞がいなくなってしまうとでも信じているかのように、それは切実な恐れに満ちた視線で。

「――大丈夫です、お姉ちゃん」

 栞は思わず、ふっと微笑んで言っていた。

「私はもう、良くなりました」
「……本当に?」
「本当です。お姉ちゃんと祐一さんのお陰で、こんなに元気になりました」

 両腕でガッツポーズを作り、えへんと笑う栞に香里は緊張をゆっくりと解いた。

「そう……よかった……。ほん、とに……よかっ……た……」

 かくり。
 緊張がゆるんだと同時に、酔いが一気に回ったらしい。
 香里は栞にすがりつくようにして眠りはじめた。

「しょうがない奴だな」

 一部始終を黙って見ていた祐一が苦笑しながらそう言うと、脱力しきった姉の体をどうにかずらして膝枕の体勢にもっていくことに成功した栞は「まったくです」と笑った。

「本当に、しょうがないお姉ちゃんです……」

 つぶやきとともに、膝の上で眠る香里の頬に落ちた一粒の涙を、祐一は見なかったことにした。

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