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注意点:
・俗に言われるALLEnd後です。(…お話にはあまり関係ないですけどね
・TSF系です。
・ヘタレ作者です。
・途中から何をやりたいのか判らなくなってきます?
・後々にコレ系にハマっても当局は一切関知致しません。
・後悔しますょ?
・まぁ、がんばれ?(何




それでも良いならどうぞ。
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俺は今悩んでいる。猛烈に悩んでいる。
多分、人生最大の悩みだろう。
誰にも解決できない悩み。誰にも理解できない悩み。
それは――――――――――







「ふぅ……、暇だ」

そう暇なのだ。暇で仕方が無い。
え? 俺は誰だって? 聞いて驚け。俺は―――

「祐一ー、何一人でぶつぶつ言ってるのー?」

青いロングの髪がチャームポイントな眠り姫。
俺の従兄妹でもあるこいつはその名も水瀬寝雪…いや、もとい水瀬名雪である。
そして俺が自他共に認めるナイスガイこと相沢祐一である。

「た、確かに祐一はカッコいいけどー…」

赤くなりながらも少し俯いている。
…風邪でもひいたのか? 顔赤いぞ?

「それよりももう行こうよー、みんな待ってるよー」

名雪が俺の腕を引っ張って教室から出ようとしている。

「またいつものメンバーでいつもの百花屋か?」
「うん、みんな校門の所で待ってると思うよ」

そういいつつも引っ張る力を緩めない名雪。

「俺ら昨日も一昨日も一昨昨日も百花屋に行かなかったか?」
「……そうだっけ?」

………いい加減飽きたのだ。
朝起きて、学校に来て、勉強をして、寝て、放課後になり、
いつものメンバーが集まり、コンビニへと寄り、いつもの百花屋へと寄り、
イチゴサンデー、バニラアイス、鯛焼き、肉まん、牛丼、コーヒー、紅茶、緑茶を飲食する。
それが終わったら3グループに別れ帰る。もう決まったコースだった。
長く変わらずにこのコースを維持して居た。

「……たまには面白い事が無いかな」

最近の俺の口癖だった。
―――結局名雪に引っ張られていつものメンバーでいつものコースを回る事になった。
紅茶を飲む美坂香里曰く「暇って事は平和なんじゃないの?」だそうだ。
………確かに平和なんだが、平和すぎるんじゃないかとも思った。


その夜―――
どうやったらこのループな日々を抜け出せるかを考えていた俺だった。
暇が潰れればいいのだ。
つまり、劇的な『何か』が起こればいいのだ。
…劇的な『何か』? ……ウチのクラスに転校生が来るとか?
……どうも弱いな。 ……誰かが事故に遭う?
………いや、不吉な考えは止めよう。
…………そう言えば俺の周りには女性しか居ないな。
段々と本来の目的から反れて来るのは当然の仕様だろう。
あゆ、名雪、真琴、舞、栞、秋子さん、美汐、佐祐理さん、香里…。
全員、女性だしな…。俺と親しい男友達なんか北川だけだしな………。
…! そ、そうか! 女性しか居ないなら俺が女性になればいいのかっ!
よし、それなら早速実行だっ! 性転換なんか神にしか出来ないだろう!
俺は窓の方へ向かって力の限り叫ぶ。

「神様! 俺の願い聞いてください神様! 俺は暇な今を満喫したいんだ!
 幸い、今は夏休みっ! 俺は―――女になって夏を満喫したいっっっっ!」

…誰かが聞いたら頭のネジが2・3本飛んでるんじゃないかと疑われる。
下手な考え休むに似たり。馬鹿馬鹿しい考えをする事で暇も潰れる…。

「…なーんてな」
「何が、『なーんてな』なんじゃ?」

…………はい?
後ろから誰かの声が聞こえた。聞き覚えの無い声。
歳を取ってる爺さん見たな声だった。
恐る恐る振り向く…。
そこには………白装束を着た小さな爺が立っていた。

「わぁ!? い、いつどこから入ってきた!?」
「先程じゃよ、お主が叫んでる時に窓からじゃよ」
「何!? 姿は見えないし、窓には鍵が掛かってたぞ!?」
「通り抜けてきたのじゃよ。それにお主がワシを呼んだじゃろ?」

いきなりと訳の判らない事を言ってきた。

「ほら、『神様〜』とな」

………はい? 確かに先程そう叫んだが……。

「……ま、世の中不思議だらけなんじゃ。神が居てもおかしく無いじゃろ?」

は、はぁ…? どうもこの不法侵入爺は自分が神様だといいたいらしい。
確かにビジュアル的には仙人とか神様に近い感じがするが…。

「む、そなたの願いは受理されたようだぞ?」
「は? 受理?」

また訳の判らない事を言い始めた。まるで役所か何処かへと申請をしたような言い方だった。
ますます、この不法侵入爺が何者だか判らなくなった。

「うむ。そなたの願いは受理された。
 フォフォフォ、ワシがお主の願いを叶えてやろう」
「あの…話が見えないんですが…。それに願いって?」
「お主が自身で言って居っただろう? 『女になりたい』と。
 お主を特別に別次元に送ってやろう。それで願いが叶うじゃろ」
「いえ、あの…、それ、冗談なんですけれど……」
「フォフォフォ、聞こえんの。ほれっ」

どこから出したのか不法侵入爺が杖を持っていた。
その杖を振ると俺の体が浮き上がった。

「な!? うわ!? ちょ、ちょっとまって!?」
「無駄じゃ、お主の願いは天に届いておるからの」
「わーーーー………」

――――俺の意識はそこまでで途切れた。
何かの渦に飲み込まれた様な感じで途切れた…。


――――???
「―――う、――ゆう、―祐ってば! 起きてよっ!」
「ん…? な、名雪? あ、あれ? 爺は…?」

起こしてくれたのは名雪だった。
どうやら結構寝ていたようだった。

「何、寝ぼけた事言ってるのよっ! 今日からは海に行くんだからっ!」

名雪の向こう側で、金髪ツインテール娘の沢渡真琴がナイチチを張って威張っていた…。

「…海?」
「そうだよ、祐。今日から5泊6日で海に行くんだよ!」

聞いてない話だった。秋子さんが俺に伝え忘れる訳無いし……。

「ほら、祐の旅行鞄。自分で準備したんだから忘れないでよね」

ベッドの横に置いてあった旅行鞄を持たされる。

「……ま、丁度、暇だしなー。行くか…」

着替える為に真琴と名雪を部屋の外へと追い出してクローゼットを開ける。
……!? な、な―――

「何ーーーーー!?」
「どうしたの、祐!?」
「祐!? 何かあったの!?」

真琴を先頭に名雪も入ってきた。
俺はそれ所では無く、クローゼットを指差し…、

「お、俺のクローゼットに……、お、女物しか入ってない……!」
「…は? それがおかしいの?」

真琴が不審そうにそう訊いて来た。

「だ、だって、俺は男だぞ…!? 何でクローゼットに女物なんか!?」
「まだ寝ぼけてるの? 祐」

名雪が俺を覗き込んで来る。
青い髪が俺の目の前を隠す。

「祐が男の子って冗談……? だって祐は女の子じゃん?」

驚いて真琴の方を振り返ると大きな姿見が目に入った。
そこには……茶色の髪の長い女の子。

「……!?」

俺が驚くと姿見の女の子も驚いた表情でこちらを見ていた。
……う、嘘だろ?
『フォフォフォ、ワシがお主の願いを叶えてやろう』
一瞬だけ不法侵入爺が頭に浮かんだ。
…つまり、ほんとうにわたしはおんなのこになってしまった……!!

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たいとるこーる

かのん夏物語〜TSでGO!〜

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少しだけ落ち着いて、再び真琴と名雪を部屋から追い出した後、私は着替えをする事にした。
深呼吸をした後に覚悟を決めてクローゼットをまた開く。
……中には先程と変わらない女物が並んでいた。
変わらない現実に少しだけ落胆しながら、ノースリーブの上着とGパンを選ぶ。
男の時と余り変わらないので選んだ…。

数分の後。着替え終わり、部屋を出る。

「…お待たせ」
「あ、意外に早かったね」
「早く行こうー」

2人の荷物は既にどこかへと置いてあるのか、2人は手ぶらだった。
私は自分の荷物を持つと2人と一緒に1階へと降りて行く。


「あ、起きられました?」
「はい…」

ダイニングに行くと名雪の母、完璧魔人の水瀬秋子が居た。
出かける前の日でも朝食を作っているとは主婦の鑑のような人だな…と思った。

「…? 元気が無いですね? 何かありましたか?」
「え? あ、いえ。何でも無いですよ」

私の様子が少し変だったのを察知したのか、秋子さんはそう聞いてきた。
『女の子になって困惑してます』なんて言おうモノならまた奇異の目で見られてしまう。
極めて普通に振舞っていなければいけない…

「…祐さんもパンですよね」
「あ、はい。お願いします」

真琴と名雪と私の前に焼きたてのパンが並べられた。
名雪と私はイチゴジャムで真琴はマーガリンを塗って食べる。

「もう少しでタクシーが来るので準備しておいてくださいね?」
『はーい』

息の合った私達3人であった。



30分後、家の前にタクシーが横付けした。
私達は玄関に置かれている荷物をタクシーのトランクに詰め、タクシーに乗り込む。
秋子さんが助手席、真琴が後部座席中央、私と名雪がその横である。
タクシーは順調に走って行き、目的の駅に到着した。

「ここから新幹線です。乗り換えもして目的地まで4・5時間ですかね」

駅の中も意外と広い。迷子にならない様に秋子さんに付いて行く。


「ふぅ…。意外と広いんですね」

東京行きの新幹線に乗るとそう愚痴る。

「ふふふ、東京駅の方がもっと広いわよ」
「へー、そうなんだー…」

秋子さんの言葉に名雪が関心する。

「ねーねー」
「ん? 何だ? 真琴」
「これ、いつ動き出すの?」
「んー、出発時刻はもうすぐだから、もうすぐ動きだすぞ」
「あ、そうなんだー」

出発時刻と腕時計を確認しながらそう言う。
ちなみに席順は窓際が真琴、中央が私、廊下側が名雪、反対側の席の廊下側が秋子さんとなっている。
一応、指定席なので横の5席全てを取ってしまったようだ。……流石、秋子さんだった。
そう考えてる内に新幹線は発射時刻になり、静かに動き出していた。

「あ、動いたよ!」
「うん。そうだけど、他のお客さんも居るから静かにしような」
「あ、うん」

真琴は私の指示に従って少し声を落とした。


1時間もすると真琴は疲れたのか私に頭を預けて眠ってしまった。

「あ、そうだ。秋子さん、今回の目的地ってどこですか?」
「あら? 言ってなかったかしら?」
「忘れてしまって…。東京に出るって事は太平洋側の海ですか?」
「ええ、そうです。下田の白浜海岸の方へ行こうと思ってまして」
「下田…、静岡の方でしたよね?」
「はい、そうですよ」

真琴の頭越しに窓の外を見た。
景色は早く流れ、目にも留まらない速さだった。


東京まで出ると東海道新幹線で熱海まで、JR伊東線で伊東まで、伊豆急行で伊豆急下田まで行く事に。

「はぁー…、やっと着いたよぉ…」

伊豆急下田駅に着いた時には午後3時を回っていた。
4、5時間も電車に揺られていた訳である。疲れもする。

「これからバスで白浜方面へ行くわ。
 白浜海岸の目の前に宿を取ってあるのよ」

バスに揺られること10分。何とか宿に到着した。
秋子さんはカウンターへと向かいチェックインの手続きをしているようだ。

「クタクタだよー。早く部屋に入りたいよー」

名雪がロビーで秋子さんを待ちながらそう言う。
確かにクタクタで休みたいのは山々である。

「お待たせ」
「真琴、名雪、行こうか」

秋子さんが部屋のキーを持って来た。
疲れてそうな2人に発破をかけて部屋へと向かう。

「へー、結構いい部屋じゃないかー」

宿の目前に海があるために部屋に入ると窓から海が一望出来た。
和室とベッドルームの2部屋の構成で広さも結構ある。……高めの部屋なんだろうな。

「疲れたー」

真琴がへばって畳へと寝転ぶ。

「じゃ、今日は休憩して明日に備えましょう」

まだ1週間も居るのだ。今から遊び倒しても大変である。
秋子さんの指示に従って今日は休むことにした。



次の日―――

「ゆーうー、おーはーよー」

真琴が私の上に乗り、私を覗き込んでいた。

「んー、真琴ぉ、重いー…どいてー」

目が覚め真琴を退けて起き上がる。
退けられた当の真琴と言えば「真琴、そんなに重くないよー」と反論していたりする。

「ふぁ…、おはようございます。秋子さん、真琴」
「はい、おはようございます。祐さん」
「じゃ、名雪を起こしますね…」

朝の日課と言える作業をする事にする。
…結果:旅先でも名雪は手強かった。
朝ごはんは下の階にあるレストランでバイキング形式らしい。
私達はその階へと行く事にした。

数十分後、私達はお腹を満たして部屋へと帰ってきた。
味は中々ではあったが、やはり秋子さんの料理よりは下だった。
朝食の事は置いておいて、今日は泳ぐ為に来たのだった。
部屋で準備をする事にした。
…さーて、私の水着は…。
自分が荷造りをしたと言う荷物を漁る。
……水着、水着…水―――
水着を手にしながら少し固まる。慌てて全部の水着を引っ張り出して並べる。
……そうして最後の1着の水着を持って固まる。
……何故なら水着は全て『ビキニタイプ』だったのだ。

「祐? 何を水着を持って固まってるの?」
「え? いや、大胆すぎたかなーって今、後悔してる所…」
「デパートで『ナイスバディの体とこの水着でオトコ引っ掛けてやるー』って言ってたのは聞き間違えだったかなぁ?」

一昨日の朝の騒動も考えて、『大胆――』と言う。
………もしかしたら、この状況に適応し始めてるんじゃ…!?
そんな事を考えながら水着を見回していると名雪にひがみっぽく言われた。

「で、でも…、全部ビキニタイプなんて…」
「えー、だって、形が違うと日焼けの跡が恥ずかしいし、
 そう言うの考えるの嫌だからって全部同じタイプにしたんじゃなかったっけ?」
「う…」

私が黙ると名雪もさっさと着替えを始めてしまう。

「祐ー、早く行こうよー」

声の先には既に着替え終わった真琴が秋子さんと立っていた。
何故か真琴はスクール水着であった。5-3みなせなゆき とか書いてあるから名雪のお下がりなのだろう。
5年生にもなってゼッケンに平仮名か と言う突っ込みはしない方がよさそうだ。
真琴は浮き輪を持って、秋子さんは荷物を持って完全に行く気満々であった。

「うぅ…、観念するか…」

抵抗する事を諦め、服に手をかける。



「わー、海だ海だー」

ホテルから出ると道路の向こう側はもう白い砂浜になっている。
幸いホテルから水着を着て出て行く人は少なくなく恥ずかしい思いをする事は無かった。

「ま、真琴ー、あんまりはしゃがないー。
 まずは場所取りしてからよー」

団体で来た時の鉄則である。集合場所を決め、迷ったらそこへと帰ってくる。
海の家からビーチパラソルを借りると波より離れた場所を選び立てる。

「ふぅ…、さて、場所はコレでOKね」

覚悟を決めた後、私の口調は自然と女言葉になっていた。
違和感なく昔から使ってる口調のように体に馴染む。
………本当にこれでいいのかしら?
ボーっとそんな事を考えていると真琴と名雪が私に話しかけてきた。

「ねー、祐ー、早く泳ぎたいよー」
「駄目ー。ちゃんと準備体操してから海に入りなさい」
「わかったよー、真琴、祐。準備体操しよう」

私の横に名雪が立っていた。名雪はスクール水着…では無く普通のレオタードタイプの水着である。

「わ、私はいいから…」

パーカーを脱いだ2人に引っ張られるがちょっと抵抗してみる。

「あら? 日に焼けるのが嫌なのかしら? なら、コレを使いなさい」

秋子さんが(名雪達へと)助け舟を出す。
持っていた荷物の中からボトルを出してくれた秋子さん。
……今なら貴女が獅子に見えます。

「あ、私もつけようかな」
「真琴もー」
「祐もぬりぬりしようねー」
「しようねー」
「なっ!? や、やめ…!?」

流石、女性の体である。男の時と違ってぜんぜん力が出せない。
私はあっさりと名雪と真琴にパーカーを脱がされて日焼け止めを塗られていた。
……お、男の頃なら逆に………。
名雪達に日焼け止めを塗られながら心の中で泣いていた…。


「…もういい。名雪、真琴、行くわよ」

全身に隈なく日焼け止めを塗られた私はもう既に開き直っていた。

『おーー♪』

2人に準備体操を指導し体を温める。


「ねー、祐っ! 水泳競争しない?」
「水泳競争? いいわ、受けて立つわ」

しばらく泳いでいると、名雪がこう申し出てきた。

「この河童の祐ちゃんと謳われた私に勝負をするとはいい度胸ね」
「うん、私も負けないよっ」
「あ、そのまま勝負するのも面白くないわね。何か賭けない?」
「イチゴサンデー!」
「ぷ、判ったわ。負けた方は勝った方にイチゴサンデーを奢ると。
 それでOKかしら?」

賭けるモノはある程度は予想していたが、まさか、予想通りのイチゴサンデーとは…。

「じゃ、あそこのブイを回って帰ってきて秋子さんの所まで。
 秋子さんの居る場所は判ってるわよね?」
「だお」

少し離れて海の上に浮かんでいるブイを目標にする。
帰りの目標は秋子さんが居る場所。
目標を確認出来たか名雪に確認して……

「スタート10秒前、8、7、6、5、4、3、2、1―――」

公平を期す為にスタートカウントダウンを開始する。

『ゼロ!』

2人揃ってカウントダウンをしていたのか、私と名雪は同時に泳ぎ始めた。


泳ぐ。泳ぐ。泳ぐ。泳ぐ。泳ぐ。泳ぐ。
泳ぐ。泳ぐ。泳ぐ。泳ぐ。泳ぐ。泳ぐ。
名雪の方を見ると海の特有の波に悪戦苦闘しているようである。
私は少し遠回りだが、潮が引いている場所を選び泳ぐ。
速いペースでブイへと到着する。
引き潮の場所を避ける為に横へ移動する。
………抜けたかな? よし、後は帰るだけ。
今度は名雪の居る方へ向かって行く。
もちろん、潮が岸の方へと向かっているので押されて楽に泳げるからだ。

「名雪っ、お先にっ」
「え? ええ!?」

余りの速さに名雪は驚いているようだ。
名雪とすれ違い、岸へと泳ぐ。


岸へと着くと秋子さんの所へ。

「あら、おかえりなさい。休憩ですか?」
「いえ、水泳競争してるんですよ」
「あらあら」

秋子さんは泳がずに荷物番をしてくれている。
そんな事をしている内に名雪が私達の所へと来た。

「だ、だおー…。祐、速すぎだおー…」

陸上部の部長も水泳となると勝手が違う為、そんなに早く泳げないらしい。
結構自信あったんだけどなーとぶつぶつ言っている。

「速いのはプールでの話でしょ?」
「う、うん」
「海は波があるから、勝手が違うのよ。
 まずは波を見なきゃ。名雪が泳いで来たのは沖から岸への流れが来てる所。
 私が泳いだのは先に岸から沖へと流れる場所。折り返して名雪の来てた場所」
「あ、それで祐は速かったんだねー」
「一歩間違えると沖まで流されちゃうけどね」

秋子さんから飲み物を貰いながら、アドバイスをする。

「うー、くやしいよー」
「ま、経験の差よ」

結構速いペースで泳いだので流石に疲れた。
疲れた時は無理をせずに休む方がいい。

「祐、休むの?」
「ええ、結構泳いだからね。ここら辺で休憩入れないとへばっちゃうわ」

名雪も納得したのか私の横へと座る。
真琴はずっと波打ち際の浅い場所で遊んでいた。
…元気なものだ。アレがお子様パワーと言うものなのか。
しばらくすると一人で遊ぶのも飽きたのか、真琴が私達の方へと来た。

「祐ー、一緒に泳ごー」
「ええ、いいわよ。私も一泳ぎしたくなって来た所だしね。名雪はどうする?」
「うん、いいよー」
「行って来ますね、秋子さん」
「ええ、いってらっしゃい」

私と名雪と真琴は秋子さんに送られつつ一緒に波打ち際へと向かう。


「んー、もう直ぐ夕方になるわねぇ…」

日の傾き具合から3時か4時ぐらいだと判断する。

「まだ居るんだし今日はコレで上がらない?」
「えー、まだ泳ぎたいよー」

私の提案に真琴が不満の声をあげる。

「まだここに居るんだし、初日に疲れて後の日はホテルで休んでたくないでしょ?」
「それもそうだねー。まだ時間あるんだし、今日は止めとこうよー」

私の意見に名雪が賛成する。真琴も私の意見に不満ながらも私に従うようだった。
私達は陸に上がる事にした。秋子さんの座っている場所へと向かう。

「ただいまー、秋子さん。そろそろ帰りましょう」
「あら、もういいのかしら?」
「ええ、明日も明後日もありますし、初日からそんなに飛ばす事もないでしょう?」
「ふふふ、そうね」

手早く荷物を片付けると私達は海の家へとビーチパラソルを返却する。
各自の荷物を持ち、ホテルへと向かって行く。



「あー、疲れたわねー」

初日から飛ばさないつもりがしっかりと飛ばしていたようだ。

「そうね…。夕食まで時間があるようだし、一緒にお風呂に行きませんか?」
「ここのお風呂って露天風呂らしいよー」

秋子さんが時間を見ながらそう提案する。
お風呂かー、しかも露天風呂なら開放的でいいだろうなー……。お風呂……? お、お風呂…!?

「あ…、えっと…、私は…遠慮して…いいですか?」

忘れていた。今は私は『女である』事を。
流石に今の状況で女性と入る訳には行かない。
一応、年頃の男性なのであるから…。

「えー、祐、入らないのー?」

真琴から不満があがる。

「ちょっと…ね」
「駄目ですよ、祐さん。海水が髪についているんだから、洗い流さないと髪が硬くなってしまいますよ」
「そうだよー、髪は女の命なんだから、手入れしなきゃ駄目だよー」
「ちょ、あ、秋子さん…!? な、名雪…! ま、まってー……!?」

私は両脇を秋子さんと名雪に固められ犯罪者の様に連れ去られた。
…しかも、しっかりと真琴が私達の着替えを運んでいた。


「ふ、ふぅ…、酷い目に…遭った」

秋子さんと真琴と名雪の3人に散々おもちゃにされてしまった。
私はさっさと露天風呂から上がる(戦略的撤退とも言う)と、部屋へ向かう事にした。

「…ふぅ、夜の海岸か、綺麗よね…」

月の光と街の光が海面の波に反射してキラキラと光っている。
浜辺に目を向けると―――

「…? アレは…? 人…?」

波打ち際で一人佇む人が居た。

「…んー、何してるのかな」

私の知的好奇心が刺激された。
迷わずにホテルを出ると、車通りも少なくなった表の道路を超え、直ぐに浜辺に着く。
近くで見るとその人は私と同じくらいの年齢の青年である事に気がつく。

「そーっと…」

私が気配を消して近づくが、青年は一向に気がつかなかった。

「……君、何をしてるのかしら?」
「っ! び、びっくりした…」
「あ、ごめん。驚かせるつもりは無かったの」
「…い、いや。こっちが勝手に驚いただけだし…」
「うぅん、それでもごめんね……。それで、何をしていたの?」

驚かせた事に謝罪を入れると青年はいいよいいよと言って許してくれた。

「……海を見てたんだ」
「あぁ、海…光が反射して綺麗よね…。昼間の海も綺麗だけど、
 夜の海は…神秘的な感じがするわよね」
「…昼間の海は遠くからしか見えないんだ」
「え?」
「僕、体が弱いから太陽の下に出れなくてね…」
「…あ、そうなの…? 気がつかなくてごめんなさい…」
「うぅん、気にしないで。普通の人は判らないんだしさ」

しばらく2人で夜の海を見つめる。

「あ、ホテル抜けてきちゃったんだった!
 急いで帰らないとっ! それじゃあね、青年!」
「うん、さようなら」

ホテルから抜け出してきた事を思い出して我に返り、急いでホテルへと戻る。
部屋では私が帰ってるはずが帰ってなかった為に名雪達が心配していた。

「むぅ…、今後は出る時には必ず伝えます……」

こってりと絞られてしまった。
そんなこんなで旅行の1日目が終わった。



2日目―――

「うぅ…、もう勘弁して…!? …!? ゆ、夢!?」

ガバッ
昨日の現実の悪夢が未だに続いていたようだ…。
朝の目覚めとしては最悪の部類であるのは間違えない。

「あら、早いですね」
「え、ええ…、少し夢見が悪くて…」

少し憂鬱になりながらも気分を変える為に和室へと向かうと、
既に秋子さんが起きてお茶の準備をしていた所に出会ってしまった。

「あら、どんな内容でしたか?」
「い、いえ…、そんな大した内容ではないですよ…!?」

まさか、昨日の露天風呂の夢を見た…なんて言おうモノなら不審な目で見られるに違いない。
しかも、それが夢見の悪い夢として話そうモノなら……。

「き、今日も海岸へ出るんですか?」

無理矢理に話題の転換をしてみる

「ええ、真琴も名雪も泳ぐ気満々みたいですからね。
 今日も海に泳ぎに行こうと思ってるんですよ」
「そうなんですか…。あ、そろそろ朝ごはんの時間ですから、名雪達を起こしてきますね」
「はい、お願いしますね」

私は名雪達を起こす為にベッドルームへと向かう。
数分後、無事に起こせた私達が和室へと来る。

「秋子さん、起こしましたよ」
「おはよー、おかーさん……」
「おはよう、秋子さん」

私の後へと続いて真琴と名雪が眠そうに和室に入ってきた。

「今日も泳ぎに行くって。朝食を食べたら準備しちゃいましょ?」

私達4人は昨日と同じ様に朝食を取りにレストランへと向かった。
昨日と同じ様に各々朝食を選び食べた。

「んー、やっぱり秋子さんの料理の方がよかったかなぁー…」

レストランから帰る道でそんな事を考えてしまう。

「苺ジャムあってよかったよー」

……苺娘は苺があればどこでもいいらしい。


「さて、準備をしちゃいますか」

私達は部屋へと戻って出かける準備をする。
今日は泳ぐだけではなく、バケツにスコップにヘラまで。
砂遊びも出来るように完全装備―――――

「祐ー。早くいこうよー」

砂遊び道具一式を持ってポーズを決め、決まったーと思うがそれを遮られて真琴が私に声をかけてきた。
秋子さん達は既に部屋を出て行ってしまったようだった。
……祐ちゃん、少し寂しい……。


私達は砂浜へと着く。

「祐は……、砂遊びみたいだね」

名雪が私の格好を見て呆れながらそう言った。

「む、失礼な。ただの砂遊びと違うぞ。見よ、砂の匠の祐ちゃんと謳われた私の腕をっ」

ただの砂遊びとしても極めればアートの領域まで達する。
……世の中、象やチンパンジーの落書きが高値で売り買いされる時代だし…。
日焼け止めもしっかりと塗り終わった後、スコップを持ち砂山を形成し始めた。
――――数十分後――――
1m弱の砂山が私の前に出現していた。
私はその砂山を――――――踏む。
私が予想していた通り、砂山はまだ柔らかく私の足が埋まってしまった。
このままでは形成も何もあった物ではないので……。
踏む  踏む  踏む  踏む―――
全体重をかけて砂山を固めて行く。
――――数十分かけて砂山を50cm程度の塊にする事が出来た。

「…よし、こんなものかな…」

1工程目が終わる。砂山を降りて小さいスコップを取り出した。
……オーソドックスにお城かな。
人手も時間も無い事から、一番オーソドックスなお城を作る事に決定。
大まかな形とレイアウトを考えて砂山をスコップで削って行く。
初めは大胆に、徐々に細かく…。
屋根を作り、城壁を作り、城門を作り、窓を作り……。
最後の仕上げには所々の城壁へとレンガ造りの線を入れる。

「……ふぅ、完成っと」

持っていたスコップとヘラをバケツに入れ立ち上がろうと周りを見ると―――

「え!? あ、あれ!?」

いつの間にか私の周囲にはギャラリーが集まっていた。

「お姉ちゃん、凄いね!」
「――ふん、まぁね! 砂の匠と謳われた私の手に掛かれば砂城の一つや二つ。
 ギャラリーの皆さん、この砂の匠の作品、心行くまでご堪能下さい――――」

私はギャラリーが砂城に注目が集まったのを見計らって、ギャラリーの群から脱出する。
私が去った後のギャラリー達が何やら騒いで居たが無視して秋子さんの居る場所へと向かった。


「お帰りなさい、祐さん。凄い騒ぎですね」
「な、何の事ですかね―――!?」

私が起こした騒ぎだと秋子さんには判っている様だった。

「ゆーうー、………何? この騒ぎ?」

名雪と真琴が海から上がってきた。真琴は騒ぎが気になった様子である。

「さー? 何なのかしらね?」

さも『私には関係アリマセン』と言う態度を取る。

「ま、いっか。それで、祐。遠泳……しない?」
「遠泳?」
「うん、丁度いい小島をみつけたの! ほら、あそこ」

私の疑問に真琴が答え指差した先には、
遠からず、近からずの泳いで行けそうな小島があった。

「あら、楽しそうね」
「え…? 秋子さん、水着持ってきてるんですか?」
「いいえ、私は泳ぎませんよ」

名雪と真琴に賛同したので、てっきり泳ぐかと思ったのだが……。

「ボートで泳いでる隣に付きますよ。ボートがあると何かと便利でしょ?」
「えぇ、確かに便利そうですね…。私と名雪は泳ぐとしても、
 真琴はどうするの? ボートに乗るのかしら?」
「じゃーん♪」

私の疑問に真琴は浮き輪を取り出した。
どうやら私達と一緒に泳いで行く気らしい。


「お待たせしました」
「…漁船」

スタート位置と決めた防波堤で秋子さんを待っていると、
秋子さんは漁船に乗って颯爽と登場した。

「……秋子さん、船舶免許持ってたんですか……?」
「ええ、1級小型船舶操縦士を」

船舶免許――それも1級――を持ってたり、漁船を手配したり……。
――やっぱり、この人は謎だ。
何はともあれ、私達は秋子さんのスタート合図で遠泳を開始する事に。
一番遅い真琴をペースメーカーに流れを考えて島より上流を目指して泳ぐ。


――数十分後、私達4人はやっと小島へと到着した。
漁船は小島より数mに錨を下ろして、秋子さんがゴムボートで来ている。

「丁度いい時間ですし、ここで休憩兼お昼にしましょう」

お弁当を持ってきてくれたらしく、秋子さんはそれを広げた。
―――お弁当を堪能した後、腹ごなし兼食後の運動を誰も居ないビーチで行う。

「さて、漁船も返さなければいけませんし、そろそろ帰りましょう」

秋子さんの鶴の一声であった。私達3人は秋子さんの元へと向かう。
天候が崩れかけてるので泳がずに漁船で帰りましょうとの秋子さんの意見に従う。
西の空には空高く入道雲があった―――



その日の夕方、秋子さんの予想通り雨が降った。
私はホテルの窓から外を見る。夕方の為か外は既に暗かった。

「祐さん、夕食へ行きましょう」
「え…? あ、はい」

窓から視線を外すと秋子さんへと付いて行く。
どうやら真琴と名雪は先に行ったようだった。

「あ、雨、止んでる…」

窓の外を見ると何時の間にか雨は止んでいた。

「祐さん…?」
「あ、何でも無いです。早く行きましょう」

窓の外を見ていた私に何かを感じたのか、
秋子さんが不思議そうに私を呼んだが、私はごまかす様に歩き出す。
………どうして、気になるのかしら……?



―――夕食の後、海岸に出てみた。
昨日と同じく、海岸は暗かった。
街から漏れてくる光を頼りにあの人を探す。

「やぁ、君は昨日の…」
「ええ、青年は夜の散歩かしら?」

昨日の青年は防波堤に居た。今日は防波堤の縁に座っているようだ。
私も青年の隣へと足を投げ出した状態で座る。

「今日も海を見に……ね」
「海を見に……か。まさか、泳げない…とか?」
「泳げるけど泳げないんだ」
「何それ? 謎かけ?」

夜の海もいいと思うが――――

「えいっ♪」
「うわっ!?」

ザッパーン!

立ち上がり、青年の背中を思いっきり押した。当然の事、青年は海へと落ちてしまう。
私も落ちた――落とした――青年を追って海へと飛び込む。
ま、そのまま溺れられても私が困るしね……。

「ぷはっ! ……あ、あれ?」

水面下から戻ると青年は既に浜へと向かって泳ぎ出していた。
私は慌てて青年の後を追う様にして泳ぎ出す。


「はぁ…はぁ…はぁ……、十分に…泳げるじゃ…ないの…」

意外と速かった青年の横で倒れるように寝転んでいる。

「泳げないのは姉さんが要らぬ心配をするからだよ。
 それに言ったでしょ? 『泳げるけど泳げない』って」

確かにそうは言ったが―――

「それにしても泳ぐの速かったわよね…。海は得意だったんだけどなぁ…」

秘技、話題転換。

「たまたまだよ。それに一応は僕も男子だしね」

どうやら、筋肉量や体格の差で負けたらしい。

「ま、いいわ。昼間は泳げないんでしょ? 
 なら、夜の今に私と一緒に泳がない?」

上半身だけを起こし青年の方を見る。

「でも、今は水着持って来て無いし…」
「…何を今更。そのままでいいじゃない」

2人して防波堤から泳いで来たのだ。既に2人ともずぶ濡れであった。

「それもそうだね―――」

私達2人は海の方へと向かっていく。
それから2人は時間を忘れる程に海を楽しんだ。
――夜遅くに濡れてホテルに帰ってきた私を秋子さんは苦笑して迎えてくれたが…。
その日は海水を流すために露天風呂に入り夜が更けてから寝床へと入った。



――朝。眩しい日差しが私の顔に掛かる。

「…ぅー。眩しい……」

もう少し寝たいけど……。

「折角、目が覚めたんだし、起きようかな……」

起きると掛け布団を綺麗にたたみ、寝床を出た。

「おはようございます。今日は速いですね、祐さん」

多少いつもより早い時間だったが、秋子さんは予想していたかのように、テーブルにお茶を出してくれた。

「早く目が覚めちゃいましたから。たまには早起きもいいかなと思いましてね」

少し眠たかったがお茶を飲み和室にあるテレビを見ていると眠気も吹き飛んだ。
まったりと朝ののんびりした時間を楽しんでいると真琴が起きて来た。

「おはよう。秋子さん、祐」
「おはよう、真琴」
「おはよう、真琴。…さて、真琴も起きて来た事だし、祐さん、名雪を起こして来てくれるかしら?」
「あ、はい。判りました」

私は秋子さんに言われ、洋室へと引っ込む。
数分をかけて名雪を起こす。いつも行っている作業だが、
ちっとも作業効率が良くならないのが悩みの種か…。
私達4人は昨日の様に1階のレストランへと向かう。
今日も1日を楽しみますか―――


「…今日はどうするんですか?」

朝食が終わり部屋へと帰る途中でそう質問する。

「流石に3日連続で海へ泳ぎに…と言うのも飽きるでしょう?」

確かに3日連続で海は飽きるかも…。

「それで今日は観光にしたいと思うんですよ」
「観光……ですか」
「はい、ここは観光地としても有名ですし、歴史もありますからね」

そんなこんなで、今日は観光をする事になった。
公共交通機関を利用するのかと思ったが、移動手段は意外にも車だった。
運転手はもちろん秋子さんである。話を聞くとレンタカーだそうである。
私達3人は後部座席へと乗り込んだ。行き先は秋子さんに任せる事にする。
私達は秋子さんの運転で4・5箇所の観光地を巡る。
……伊達に歴史の教科書に載ってる場所ではなかった。



――その日の夜。
昨日の様に海岸へと出る。
私が部屋から出る時、秋子さんが『気をつけてくださいね』と言っていた。
今日も海は穏やかだし、大丈夫よね……。えっと、多分。こっち。
浜には青年が見つからなかったので、昨日の防波堤へと向かう。

「居た。こんばんわ、青年」
「やぁ、今日も逢えたね」

青年は昨日と同じ様に防波堤に座っていた。
私も青年の横へと座る。

「ねぇ、青年?」
「ん…?」
「今日も一緒に泳がない?」
「そうだね、僕もそう思ってね」

青年は手さげ袋を見せた。
私も泳ぐ気で居たので着替えを持ってきているのだが……。

「よいしょ♪」
「わわわわ!? こ、こんな所で着替えるのっ!?」

私がTシャツを脱ごうと手を掛けると青年は私の腕を掴み制止した。

「ま、いいじゃないの♪」

制止を振り切るかのように私はTシャツを脱ぐ――――

「あ…、水着…?」
「ふふふ、下着じゃなくて残念でした〜♪」

そう。私は既に水着を服の下に着ていたのである。
しかも、水着が透けて見えないように白色のビキニである。

「ふふふ、青年の慌てる顔、中々可愛かったよ」
「か、可愛いって…」

少々からかい気味に言ってみたが『可愛い』と言われるのは少し不本意なようだった。
…ま、気持ちは判らなくは無いけどね。

「とりあえず、浜の方へ行きましょ。着替えるんでしょ?」

私達は防波堤から浜へと向かう。
夜遅くなので当然の事、海の家は閉まっているだろうが、
仮設のコインロッカーがあるはずである。
一応、中に誰も居ない事を確認してから入った。
もう一度周囲を確認してズボンを脱ぐ。
いくら水着を着てると言っても脱ぐのを見られるのは恥ずかしい物である。
手荷物を脱いだ服をコインロッカーに入れ鍵を掛ける。

「…さてと。行きますか」

私は鍵を手首につけるとコインロッカーを出る。

「あ、早いねー。流石、男の子?」
「いや、僕も水着を着て来たんだ」
「あら、そうだったんだー。じゃ、さっきの防波堤で落とせばよかったかなー」
「ちょっ!? 勘弁してよー!」

私の言葉に慌てる青年。私は微笑みながら青年の手を取る。

「冗談よっ! 早く泳ぎましょ!」

私達は2人で波打ち際へと向かっていく。
準備体操の代わりに2人で水を掛け合ったり走ったり……。

「さて、体が温まった所で…、さっきの防波堤まで競争しない?」
「競争? いいよ」

私の申し出に青年は応えてくれた。

「ハンデあげるよ。30秒」

不本意だがハンデを貰った。
30秒……、ギリギリのいい勝負になりそうだった。

「じゃ、スタート10秒前、8、7、6、5、4、3、2、1―――」

名雪との時と同様にカウントダウンスタートにする。

「ゼロッ! お先にっ!」

浜から走り、防波堤へと真っ直ぐ目指す。
腰まで水に浸かると一気に飛び込んで泳ぎ出した。
――――ん? 足に違和感が…? ま、いっか……
右足に違和感を感じたが、余り遅々としていると、
青年に直ぐに追いつかれてしまう為、そのままのスピードを維持する。


――スタートして1分程度は経過しているだろう。
そろそろ青年が追いついてきてもおかしくは無い。
私は青年の様子を見ようと後ろを向こうとした瞬間―――――――――

「――!? ガブッ!!」

右足に激痛が走る――
――ガッ!? ――足が!? ――水、飲ん!? た、たすけて――――!!
足が攣って、動けず声も出ない私はパニック状態になってしまう。
手を伸ばしても掴めるのは水ばかり。周りを見回しても暗くて上下の感覚も無い。
―――あ………。 ―――ダメ……。
余りの苦しさに意識が遠くなってくる―――
    私……、死ぬのかな………?

「―――……!!」

意識が途切れる前、青年の声が聞こえた気がした――――







「―――あ、あれ…? 私……?」
「あ、起きた?」

私が目を覚ますとそこは防波堤だった。
青年に膝枕をされて居る状態であった。

「いきなり溺れるんだもん、驚いたよ」
「あ…、ごめんなさい……。それと、助けてくれてありがとう」
「気にしなくてもいいよ」

私は上体を起こす。…いつまでも膝枕の状態ってのも恥ずかしいしね。

「あ、もう大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ」

私はそのまま体を滑らせて青年の隣へと移動する。

「泳ぎ、得意だったのに、どうして溺れたんだい?」
「う……、疲労が溜まってたのよ…。それで足が攣っちゃって、
 息が出来なくてパニックになっちゃって……」
「そっか……。大事にならなくてよかった」
「ええ、本当に―――。秋子さんの忠告聞いておくんだったわ……」
「秋子さん…?」
「あ、私の叔母なの―――」

私達は防波堤の上で、2人の身の上話をする。
青年は姉が居て、その姉が心配性である事、
姉には同い年の親友が居る事―――
色々と話をして青年の事が少し判った気がして嬉しかった。



「あ、そうだ、忘れ物!」
「ん? 何か忘れた?」

帰り際、2人とも着替えてコインロッカーから出てきた所だった。
私の言葉に立ち止まって私の方を見る青年。
――その勢いで私は青年の頬にキスをした。

「な―――!?」
「命の恩人に助けてくれたお礼! じゃ、また明日ね!」

惚ける青年を照れ隠しに置いてホテルへと走って帰る。
……多分、私、顔真っ赤だわ…。




―――旅行最終日
明日の朝に帰る予定なので、実質今日が最終日である。
秋子さんの提案で最終日は海に行く事になった。
……適度に休めるし、丁度いいかな……。
私達4人はホテルから浜へと向かった。
海の家で借りたビーチパラソルを設置し、真琴、名雪、私で準備運動をした後、
私は言葉を濁しながらビーチパラソルの下へと引っ込む。

「あら? どうしました?」
「いえ、今日は少し疲れてるので…」
「…そう言われれば元気がありませんね? 昨日の夜に何かあったのかしら?」

――図星。相変わらず感の鋭い人である。

「あ、あは、あはははは…。そ、そんな事はありませんよー」

声が震えてる上にドモっていた……。な、情け無い―――
そんな私の様子を見て何も言わずに笑顔な秋子さんだった。


「ねー、ソコのキレーな彼女達ー」

休憩していると秋子さんと私に向かって2人組の男達が話し掛けて来た。

「はい? 何でしょうか?」
「今、暇かい? 良かったら俺達と遊ばない?」

典型的なナンパだった…。しかも台詞が使い古しな台詞……。

「いえ、今日は娘と来ているので」
「えー!? お姉さん子持ちー!? 嘘ー、そうは見えないよー」
「あらあら、お上手なんですね。ありがとうございます」

満更でもなさそうな秋子さんである……。

「若いよねー、お姉さん、歳いくつ――――」

年齢を訊いて来た片方の男性が崩れ落ちた。

「あら? 突然倒れちゃいましたね? 熱中症でしょうか?」

凄いいい笑顔……満面の笑みで秋子さんが言う。

「祐さん、ライフセイバーの方を呼んできてくれませんか?」
「は、はいぃぃぃ…!」

数分後、倒れた男とその連れの男はライフセイバーに連れられて行ってしまった。

「女性に年齢を訊くのは失礼な方でしたよね。
 …それにしても何故、突然倒れたのでしょうかね?」

私は秋子さんの問いに『秋子さんが何かしたからでは?』とは
口が裂けても言えずに、『さ、さぁ……?』としか答えられなかった。



――最終日の夜
私はいつものように夜の浜へと出て青年を探す。
ここに旅行に来て、恒例となってしまった行為。

「…あれ?」

おかしい…、いつもなら居るはずの青年の姿が見えなかった。
……浜、……防波堤、……海の家、……岩場。

「…居ないわね。……今日は来てないのかな……」

海水浴場を一回りしても青年の姿は見つからなかった。
私は一人寂しく浜で海を見ながら独り言を言う。
何も言わずに居なくなってしまった青年に愚痴る。
そうでもしないと何かに押し潰されそうだった。

「…青年。何で何も言わずに居なくなるのよ…」
「呼んだかい?」
「…青年の幻聴まで聞こえて来た……。私、もうダメ……え?」

声がした方を見るとそこには青年の姿があった。
途端に私の胸に愛しさが溢れてくる。
―――ああ、私はこの人を、青年を好きになってしまったんだ……。
そう認識すると私は青年に抱きついていた。

「わっ!? い、いきなりだね…」
「うん、もう最後だし、気が付いちゃったから…」
「最後…?」

私の言葉に反応する青年。

「うん、私達、夏休みでココに来たの。明日の朝には帰るんだ…」
「…そうなんだ。僕達ももう直ぐ帰るんだ」

やはり青年もココが地元では無いらしい。

「…じゃあ、別れ別れになっちゃうんだね…」
「うん。そうだね…」
「――実は言うとね、私、君の事が気になるの」

もう逢えるのは最後だろうし、気が付いてしまった。
だから、隠さずにすっきりとしておきたかった。

「!? じ、実は言うと僕も―――」
「! …は、ははは、はははははっ!
 お、おかしいよね。お互いに名前も知らないのに…!」

少し涙が出た。一夏のアバンチュールにしては本気になってしまって居た。
ここで名前も知らずに別れるのは切なすぎであった。

「名前は知らなくても、好き……なんだと思う。君の事」
「うん、私も青年の事が好きになっちゃったんだと思う」

お互い好き合ってしまったらしい。
この恋は報われないだろうと青年の腕の中で静かに涙を流す。
青年も私を離す事無く強く抱きしめてくれていた。

「一弥! こんな所に居たの!? もう! 探したんだからっ!」

私達2人の居る浜に女性の2人組が来た。
どうやら青年を探して来た様だ。

「あ、姉さん! ――と舞さん」
「え? さ、佐祐理さん!? 舞!?」
「あれ? 祐さんじゃないですかー」

浜に来た女性の2人組は佐祐理さんと舞だった。
――! 佐祐理さんの弟って事は―――

「倉田、一弥君……!?」
「あれ? 何で僕の名前を…?」

青年は何と佐祐理さんの弟の一弥君であった―――――
話を聞くとこの辺りに別荘があるらしい。
佐祐理さんと舞と一弥君の3人でその別荘に来ていたようだ。






―――夏休み後。
授業の始まった学校で上の空の私。
その私を尻目に斉藤君と北川君が……

「休み明けの相沢、何処か変じゃないか?」
「ああ、休み前と比べると気持ち悪いぐらいな…」
『ま、まさか―――』
「処女を散し――――ガフッ」
「はいはい、下世話な話は止めて席に着きましょうねー」

北川君が香里に殴られる騒ぎの中で私はひたすらに上の空だった。
キーンコーンカーンコーン

「―――!!」

SHRの終了のチャイムが鳴り響く。
直ぐに纏めてあった荷物と鞄を持ち教室を出て行く。
――廊下を走り、1年生の教室へ。

「祐!」
「一弥!」

私達は廊下で抱き合う。まるで、1日分を補うかのように。
――そう、一弥君は私と同じ学校に通って居たのである。
私は今、幸せを手にしている。これから2人で歩んで行く。

   ――――願わくば この幸せが 永遠に 続く事を。
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