「おつかれさまでーす」
「おつかれさま」
狭い部室に部員とあたしの声が響いた。
片づけを終わらせた部室はいつも以上に綺麗に見えた。
もう年末という事で少し気合を入れて掃除をしたのだ。
壁も雑巾がけして、持ち主不明のゴミを全部片付けた。
元々綺麗にしている方だけど、より一層綺麗になったと思う。
そのおかげですっかりと遅い時間になっちゃったけど。
下手するとほとんど人はいないのではと思ってしまう。
まぁ、きれいになったんだしいいとしましょう。
「ふぅ…ずいぶん汗かいちゃった」
でも、この疲れはすごく心地のいい疲れだった。
毎日は嫌だけどたまにはこういうのもいいわね。
さてと、帰る前にちょっとシャワーを浴びにいこう。
うちの学校は部活動中はシャワールームを開放していて、運動系でも文科系でも自由に使えるようになっている。
こういうところは非常に歓迎すべきところだ。
ただし、欠点は数の少なさだ。
時間によっては開いたらすぐに埋まってしまうぐらい大盛況な場所なのだ。
そのため、非常時には男子のシャワー室を借りる事もあったりするのだ。
この時間だとほとんどの部員は帰ってしまっているだろう。
でも油断は大敵。
まぁ、使えなかったら家に帰ったらすぐにお風呂に入ることにしよう。


階段を下りてシャワー室のある階に差し掛かったとき、グラウンドに繋がる出口から体操着姿の名雪が廊下に入ってきた。
「あら、名雪じゃない」
「あ、香里だ〜」
名雪はポニーテールを揺らしながらこっちに駆け寄ってきた。
格好は学校指定の体操着で、半袖のシャツにブルマとなっている。
「もう部活終わりなの?」
「うん。今日は記録を縮められてよかったよ」
「へぇー…どれぐらい縮んだの?」
名雪は嬉しそうに記録が縮んだ事を話している。
普段の姿からは想像できないが、実は大会記録を持つほどの俊足の持ち主なのだ。
一度本気で勝負をしてみたがまったく話にならなかった。
走る事に関して名雪には勝てないらしい。
お互いに部活の事を話していると、いつのまにかシャワールームに着いていた。
「おもいっきり運動した後のシャワーって気持ちいいよね」
「そうね…って、先約がいるみたいね」
中からわずかに水の流れる音が聞こえてくる。
音だけでは何人が使っているかは分からないが、確実に一つは使われているだろう。
「あれ? 埋まっちゃってるかな?」
「どうかしら…まぁ、4つあるんだし大丈夫でしょ」
ドアを開けて中に入った。


シャワールームの前にある脱衣所にはロッカーが4つ並んでいる。
本来なら使用者はロッカーに服を入れて、鍵を持っていく事になっている。
しかし、ここにあるロッカーの鍵はあたしが入学したときからずっと壊れたままだった。
「ここの鍵いつになったら直すのかしら…」
無用心この上ないが仕方がない。
対策として、必要以上の金銭を持たないなどがある。
でも、それだけじゃやっぱり不安なのよね。
これも年明けには直しておいて欲しいものだわ。
ドアが開け放たれているロッカーは並んで3つ。
使用済みのロッカーは一つしかなかった。
「どうやら空きはあるみたいね」
「よかったよ〜」
さっそく服を脱いで、たたんでロッカーに入れていく。
「うわっ、おもったより汗ひどいみたい…」
「わたしも汗だくだよ」
名雪は思いっきり体を動かしているから仕方がないだろう。
いくら力を入れたとはいえ、掃除だけで汗だくになるなんて疲れてるのかしら?
まぁ、そのあたりの事に関してはおいおい追求する事にしよう。
チラリと横目で名雪を見る。
運動をするだけあって、スポーツブラにおそろいの色のショーツを身に着けていた。
引き締まった腰や太ももに反比例して、割と大きめの胸がしっかりと自己主張している。
こういうのを健康的な美しさっていうのかしら…
つい見とれてしまってはっとする。
自分の体型に自信がないわけではないけど名雪と争ったら勝てる気がしなかった。
しかも、たちの悪い事に名雪はそのことに関してはほとんど興味がない様子なのだ。
この娘の将来はどうなるのかいつも不安だ。
名雪がブラに手をかける。
さすがにこれ以上見ているわけにもいかないので視線をそらした。
名雪の体は綺麗だと思うけどさすがにそっちの趣味はない。
って何考えてるのよっ、あたしは!
いけない、いけない…
頭の中の変なモヤモヤを打ち払うように急いで服を脱いだ。


「さて、さっぱりしちゃいましょ」
「うんっ」
ガチャッ
ドアを開けて、個室の並ぶシャワー室に入った。
湿度と温度の高い空気が体を包む。
水の流れる音は手前の個室の方からだった。
「やっぱり使ってるのは一人だけのようね」
ホッとしつつドアが空いている奥の方の個室に向かった。
そのとき、ヒュンッと音を立てながら目の前の床を白い物が滑っていった。
「えっ!?」
コツンッ!
白い物は壁に当たると反射して、少しずつスピードを緩めていった。
「な、なんなの…今の?」
名雪は床を滑っていた白い物を拾いあげた。
「これって…せっけん?」
「石鹸?」
よく見るとたしかに石鹸だ。
しかし、何でまた石鹸があんなスピードで転がってくるんだろうか…?
不思議に思っていると、突然水の音が止んでドアが開いた。
「あの…」
わずかな隙間から女の子の顔が生えてくる。
くせのある髪の毛と大人しそうな印象を与えるその子は…
「あら、天野さん」
生徒会関係でちょっとした知り合いだった。
「美坂先輩もシャワーを浴びに来たんですね」
ほのかにピンク色に染まった肌の天野さんはいつもみる少し陰のあるイメージを消し飛ばしていた。
こうしてみると結構かわいい…いや、かなりの美人だ。
天野さん…なかなか侮れないわね。
「あ、これってもしかして…」
名雪が拾った石鹸を天野さんに見せた。
「はい、そうですぶつかったりはしませんでした…?」
「大丈夫よ。壁にはぶつかったけど」
石鹸の形が変わってないかどうかが心配だ。
天野さんは名雪から石鹸を受け取ると、ドアを閉めようとして…またドアを開けた。
「美坂先輩、もしよかったら帰りに何か食べにいきませんか?」
ちょっとだけびっくりした。
天野さんがこんな風に誘ってきてくれるなんて。
それが素直に嬉しくて答えは決まっていた。
「あら、いいわね。ちょうど小腹が空いていたし」
「やった! イチゴサンデーが食べられるね」
名雪の間食はほぼ全てにイチゴが入っている。
時々病的なんじゃないかと思えてしまうほどだ。
「それじゃあ汗流したら商店街に直行ね」
日が落ちるのが大分早くなったとしても結構遅い時間だ。
善は急げとはよく言ったものね。
「せっかくの時間ですから急ぎすぎてはもったいないですからね」
「楽しみだよ〜」
すでに名雪の心はイチゴサンデー一色になっているような気がした。


「ふぅ…さっぱりしたわ」
汗でベトベトしていた肌からはわずかに石鹸のにおいがしてる。
やっぱり運動の後はシャワーに限るわ。
「さっぱりさっぱり」
名雪も個室から出てきた。
タオルで髪の毛を拭きながら個室を出てくる。
瑞々しい肌が水をはじいていくつもの水滴を作っていた。
そして、それよりも気になる事は…
「…女同士だからいいけど、下ぐらいは隠しなさいよ」
「えっ?」
本当に無頓着なんだから…
見ているこっちが恥ずかしいじゃない。
「まさかそんな格好で家中歩いてたりしてないわよね?」
「で、できないよっ!」
それを聞いて少し安心した。
これで「うん」
なんて答えようものならちょっと叱っておかなきゃいけないだろう。
無頓着も度が過ぎると危なくなるのよ。
「ふぅ…」
最後に天野さんが出てきた。
あたしたちよりも先に入っていたのに一番最後に出てきたところを見ると長風呂するタイプだろう。
「待ちました?」
「いいえ、あたしたちもさっき出たところだから」
こうして見ると天野さんの体はまだまだ発育途中だ。
全体的に起伏が少な目というかなんというか…
あたしや名雪は割と健全に育っている方だと思う。
とはいえ、天野さんみたいな体型が好みな人も世の中にはいるのよね。
「さて、着替えて百花屋に行きましょ」
「そうだね」
あたしたちは一緒に更衣室に戻った。
そして、さっと着替えて一緒に百花屋に向かう…はずだった。





  

すくみず!







更衣室にあるロッカーは鍵をかけることはできない。
もともとが旧校舎で使っていた物のお古だから仕方がないのかもしれない。
ただし、入口のドアには鍵をかけることはできる。
その鍵も少し調子が悪いせいで使う人はかなり少ない。
「さて、この状況を天野さんはどう判断するの?」
「変態の犯行ですね」
「うわっ、ストレートだし…」
天野さんの答えは的確だろう。
金銭目的ならばなくなっているものは最小限度だ。
しかし、犯人の目的が別ならこの状況は十分ありえる。
シャワーを浴びて戻ってきたあたしたちを出迎えた更衣室は出てきたときとは姿を変えていた。
開きっぱなしのロッカー。
散らばっているハンガー。
口の空いたバック。
そして、見事になくなっている制服。
「体操服もないよ〜」
つまり、そういう事だ。
この犯人は100%変態だ。
金銭目的の犯行はよく聞くけどこういう目的もあるって事をすっかりと忘れていた。
だからあれほど鍵を直せっていわれていたのに…
「やられたわ…」
「まさかこんな事件に巻き込まれるなんて…」
「う〜これじゃあ帰れないよ」
戻ってきたときにはすでに遅し。
すでに犯人は逃亡しているという始末。
今あたしたちに残されているものは空っぽのバッグと体に巻いているバスタオルだけ。
「さて、どうしましょうか?」
「どうするっていっても…」
あたしたちの格好は素肌にバスタオルを巻きつけているだけなのだ。
こんな格好で出歩くのは危険だ。
万が一人に見つかったらあらぬ誤解を受けかねない。
「こうなったら着られるものが残っているかどうか調べてみましょ」
「そうですね…」
今探したのは外に出ているバッグだけだ。
ロッカーの方にはまだ目を通していない。
もしかすると陰になっている部分に下着ぐらいはあるかもしれない。
さらに運がよかったらもう一つのロッカーに置き忘れた服があるかもしれない。
誰か一人でも出られる状態になれば問題ない。
「何か見つかるといいわね…」
祈りを込めてロッカーを隅々まで探す事にした。


「まいったわ…本当に着るものないじゃない…」
あたしたちの使っていたロッカーやもう一つのロッカーを隅々まで見てみたが見事に全滅だった。
保健室に行って借りるのも一つの手だが、保健室に行くまでバスタオルだけというのも無理な話だ。
いくら人がいないからってこの格好で保健室まで行くのは大冒険だ。
それに、保健室が閉まっていたら職員室に行って管轄の先生に鍵を開けてもらうしかない。
つまり、下手をするとバスタオルだけで職員室に行く羽目になるのだ。
女の先生だけだったらいいけど、そう世の中甘くはない。
セクハラで有名な体育の担任やムッツリ系な古文の担任など、普通に会いたくない教師もいるのだ。
「香里〜天野さ〜ん、こんなのあったよ〜」
名雪が何か見つけたらしい。
シャワールームに行っていたみたいだけどあそこに何かあったかしら…?
「着られる物ですか?」
「うん、ばっちりだよ」
「ふぅ…これで一安心ね」
どうやら応急処置的な事はできそうだ。
うまくいけばそのまま救援を頼みにいけるかもしれない。
「それじゃあ早速着ることにするわ。さすがに寒いし…」
「うん。このままだと風邪ひいちゃうよ」
「暖房もあまり役に立ちませんね…」
風邪をひいてしまう前に早く着替えてしまおう。
あたしと天野さんは名雪の持ってきた物を受け取った。
「…あら?」
「これは…?」
それはどうしてか薄手で紺色一色に見えた。


あたし達は名雪の持ってきた物を着た。
サイズもぴったりだし、破けてたりほつれてたりもない。
あたしたちが着ていても特におかしくはない物だ。
色は紺色で、薄手の生地。
ぴったりと肌にフィットする素材は独特の物だ。
生地が薄いせいで乳首が透けてしまうのが欠点であまり好きじゃない。
肩のほうに白いラインが入っているタイプで、肩紐は細いタイプ。
名雪も天野さんも同じ物を身に着けている。
こうして見るとお互いの体型がよく分かって面白い。
名雪はさっき見たとおりメリハリある体型をしている。
くびれた腰に引き締まった太もも、そして運動をしているにしてはやや大きめな胸。
天野さんはその逆だ。
太っているとは違うのだがどこか肉付きがよくないのだ。
しかし、華奢な体つきは天野さんの雰囲気によく似合っていると思う。
どちらがいいといわれると甲乙つけがたいのよね…
「ってどうしてスクール水着なのよっ!」
「だって、着られそうなものってこれしかなかったんだよ…」
「随分とツッコミまでのタメが長かったようですが」
陸上部の部室はなんともいえない不思議空間になっていた。
水泳部の部員はシャワー室の常連だ。
学校指定のスクール水着が置き忘れたれたりする事もよくある事だ。
だが、部室で水着になるなんてまずありえない。
あたしたち3人の着ているスクール水着は学校指定のものだ。
とどめとばかりに靴下と上履きをはいているのだからこの上なく不思議だ。
シャワー室でスクール水着を着た私たちはとりあえず落ち着ける場所に移動する事にした。
ここから一番近い部室は陸上部。
幸い、陸上部の部長は名雪だ。
名雪が鍵を閉め忘れていた事も幸いした。
と、まぁこうして落ち着いてみたものの…
「はぁ…結局状況は変わらないじゃない」
結果は芳しくなかった。
ある意味バスタオルよりも危険かもしれない。
おまけに部室に行く途中で職員室を覗いてみたが人のいる気配がなかった。
想像以上に状況はあたしたちにとって不利だった。
そうなるとやる事は一つ。
「犯人を見つけるだけね…」
この時間になると正面玄関は閉じられてしまっているので、残っている生徒は職員玄関から出る事になる。
出口が一つならば犯人の逃げ道も限定されるだろう。
「ふふふふ…捕まえたらどう料理してあげようかしら…」
「私も力を貸しますね。
犯人にはたっぷりとお灸を据えたいところでしたから…」
「ふふふふふふ…」
「くすくすくす…」
「ふ、ふたりとも怖いよ」


壁に立てかけられていたパイプ椅子を出して座った。
「さて、とりあえず犯人の行動を推理してみましょ」
まずは状況の整理。
闇雲に動いては解決するものもしなくなってしまう。
「そんな事してたら逃げられちゃうよ〜」
「大丈夫です。相手は制服を3人分も持っているわけですから自然と行動範囲は狭くなりますよ」
とはいえあまりモタモタしてもいられないのは事実ね…
「もし名雪が大きな荷物を持ってこっそり帰るとしたらどうする?」
「想像つかないよ〜」
「例えなんだからあまり難しく考えなくていいのよ」
「う〜ん…」
名雪はそのまま考え込んでしまった。
「そうね…天野さんはどう思うかしら?」
腕を組んで思考をめぐらしているらしい天野さんに聞いてみる。
「私は事前に色々準備をしておきますね。正面突破をする際に警備員を沈黙させる装備も必要ですし…
死傷者を出さないようにする事が前提であれば作戦の難度は上がりますね」
「だんだんとあなたのイメージが変わっていく気がするわ…」
あまりよくない方向でね…
「あっ」
名雪がなにか思いついたように手を打った。
「ようやく考えがまとまったようね」
さて、名雪の答えはどんな事かしら…?
「やっぱり普通に行ったほうがいいよ。さっと行っちゃった方が楽だよね」
名雪に期待したあたしがバカでした。
「はぁっ…」
自分に気合を入れる意味もふくめて盛大なため息をつく。
「これはあくまでも推測だけど…」
こほん、と咳払いをしてふたりに向き合う。
「犯人はそれだけの大荷物を持っていても怪しまれない人物。
もしくは誰にも出会わないで帰られる立場である。それとも…」
「それとも?」
「衝動的に犯行に及んだお馬鹿さんだったり」
「………」
名雪がガックリと肩を落としたようだが気にしないでおく。
「今回はどのタイプだと思います?」
「そうね…」
今のところ判断に使う材料が少ない。
この状況だけでは犯人を絞りきれない…
「とはいえ、犯人はまだ学校内にいるはずよ。
仮に堂々と職員玄関から帰られるとしてもできるだけ人目は避けたいわよね?」
「そうですね。避けられるリスクはできるだけ避けるべきです」
「つまり、可能な限り人が出て行くのを確認した上で動くのが犯人の望みでしょうね。
目撃者が多いと後で疑いがかかったとき困るでしょ?」
「なるほど〜」
名雪は本心で納得している。
しかし、言葉の意味を理解しているようには思えない。
でたらめでも信じてしまいそうなのが怖い。
「とはいえ…あまりこの格好で動き回るのも問題よね」
「そうですね…こんな格好で校内を走り回っているのを見られては明日から恥ずかしくて学校に来れません…」
「モタモタしすぎて犯人に逃げられるのも困るけど…無関係な人に姿を見られるのも避けなきゃいけないのよね」
肩紐を少し引っ張って今の格好を強調してみる。
「難しいね…」
そうなのだ、今のあたしたちはスクール水着一枚なのだ。
こんな格好で校内をうろつくなんて恥ずかしすぎる。
遅い時間で助かったと本気で思った。


犯人の行動をある程度推測したのはいいが、問題は犯人がどこにいるかだ。
制服を持ったまま移動しているのであれば狭い場所にいるのは無理だろう。
しかし、あまり広い場所にいてはすぐに見つかってしまう。
それに一ヶ所に留まっていては何かしら目印を作ってしまい、そこから足が付いてしまう。
そうなると、犯人は移動し続けているのかもしれない。
事件から大体30分が経過している事を考えると、犯人はかなり遠くに移動できているだろう。
「天野さん、逃げ隠れするとしたら新校舎と旧校舎のどちらがいいかしら?」
「そうですね…新校舎は教室数が多いですが広く作られているため隠れるには不都合な場所が多いです」
「と、なると旧校舎?」
「旧校舎にもそれなりのリスクはあります。玄関から遠いため、学校を出る際に少し不便です」
どちらの校舎にも長所と短所があるって事ね。
一番いいのはどちらも調べる事だが、この人数ではそれも難しい。
そういえば旧校舎から玄関は遠いのよね。
「一つ案があるけどいいかしら?」
「どんな事?」
「犯人を捕まえる確率が少し高くなる方法よ」


この学校は昔に作られた旧校舎と割と最近に作られた新校舎がある。
元々は旧校舎ですべての機能を果たしていたらしいが、改築するときに色々な物を取り払ったらしい。
その一つに出入り口がある。
旧校舎の玄関はすべて取り壊され、空いたスペースを使って物置を作ったらしい。
その際に立て付けの悪かったドアは全部直され、数箇所ある非常口のドアはずいぶんといかついものになってしまった。
それらのドアは緊急時しか開かないようになっていて、普段は旧校舎から直接外に出る事はできなくなっている。
前に生徒会が欠陥工事だとか騒いでいたが特に不便などを感じたりもないのでこのままでいいかなんて思っている。
むしろ、今はその構造が救いになった。
仮に犯人が旧校舎に隠れていたとして、いずれは学校から出なければいけない。
窓から外に出られる可能性もあるのだが今の人員ではそこまでフォローできない。
とはいえ、この格好で外で張るなんて自殺行為ができるわけがない。
そこで、一旦分かれてそれぞれの階で張る事にしたのだ。
犯人からの反撃を考慮して、名雪にはなにか武器を持つように言った。
あたしはよほどの相手じゃない限りは素手で組み伏せられる自身がある。
天野さんは部室から色々用意するといっていたが何を用意しているのだろうか…?
果てしなく不安がよぎったがケガをするのは憎むべき犯人なので問題はない。
分担した階は名雪が3階で天野さんが2階、そしてあたしが1階。
職員玄関に繋がる一本道の近くで身を隠している。
願わくば犯人が正直にここから出て欲しい。
そして、できれば早めに出てきて欲しい。
作戦会議をしていた部室と違って、ここはすごく寒いのだ。
暖房が効いていればまだマシだったのだがそう甘くはない。
「このツケは高くつくわよ…」
久しぶりに全力で相手を憎んでいた。
まだ見ぬ犯人に怒りを込めながら暗くて遠い廊下の先を見つめる。
その時、チラリと何かが見えた気がした。
普段なら気に留めていなかっただろう。
しかし、今は違う。
神経を研ぎ澄ませて犯人を捜している今は…
じっと先の方を見てみる。
暗闇に浮かぶ姿。
背格好からして男…それもうちの生徒だ。
そして、肩には大きめの袋をかけている。
中身が詰まっていそうな大き目の袋が…
男は進む方向を変えた。
部室などがある方面へと向かっている。
あたしの姿には気付いていないようだ。
少し待ってから男のあとをつけはじめた。


歩き始めてから数分、男はまだあたしに気付かない。
当然だ、気配をギリギリまで消しているのだから。
普通の人ならまったく気付かないままで終わるだろう。
手前を歩いている彼も普通ならそうなっているはずだ。
でも、そうはいかない。
このまま帰すわけにはいかないのだ。
事情はどうあれまずは1回殴らせてもらうわ…!
ギリッと拳から軋んだ音がした。
やがて、男は階段に差し掛かった。
ゆっくりと上り始める。
袋の中身が重いのか、両手でしっかりと袋の口を握り締めている。
その姿はサンタクロースのようにも見えて面白かった。
ただし、中身に詰まっているのは夢なんかじゃなくてドロドロした欲望だけど。
半分まで上って折り返しになったところであたしも上り始める。
階段に足をかけ、音を立てないように登り始めた。


「その大きな袋…!」
怒りが篭ったような少し大きい声が聞こえてきて思わずびっくりしてしまった。
「えっ、なんだ!?」
「返してもらいますよ!」
「う、うわーっ!?」
そこまで聞いてはっと気付いた。
2階の担当は天野さんだ。
犯人は運悪く天野さんと出くわしてしまったらしい。
「くっ! 先を越されたわ!」
場合によっては運がよかったのかもしれないがまず真っ先に殴りたかったあたしとしては先を越されて悔しかった。
それにしても天野さんは大丈夫かしら…
準備をしてくるとは言ったが、どう考えてもあの華奢な天野さんがまともにやりあえるとは思えない。
最悪の事態を想像してしまう。
「天野さん! 大丈夫!?」
2段飛ばしで階段を上る。
男が上った倍のスピードで2階にたどり着いた。
そして、上りきった先に見えた光景にあたしは一瞬言葉を失った。
少し先で天野さんが倒れている男を見下ろして立っていた。
その瞳は怖いぐらい透き通っていて、残酷さすら美しく見せてしまうような不思議な空気が流れていた。
その手には黒い棒状の何かが握られていた。
バチバチと音を立てながら闇の中にで細く青い光をちらつかせるそれは…
「ス、スタンガン…」
想像を超えるほど物騒な代物だった。
あたしは慌てて天野さんの元に駆け寄った。
「あ、天野さん…大丈夫?」
「はい。私は怪我はありません」
「犯人も…この程度の威力では死ぬ事はないでしょう」
「いや、なにか間違っている気がするのだけど」
いくらあたしでもスタンガンなんて使えないわよ…
それにあたしは素手で打ちのめす主義だし。
「う、うぅ…」
倒れている男がうめき声を上げた。
「さて、どうしてこんな事をしたのか聞かせてもらうわよ?」
「な、なんの事だよ…俺はただこれを運んでいただけだ」
ゆっくりと体を起こす男。
顔を見てびっくりした。
だって、その男はあたしの知り合いなんだから。
「き、北川君…」


どうして北川君がこんな所にいるんだろうか。
部活も生徒会活動もしていないはずの北川君が。
いや、追求するべき部分はそこではない。
今一番大事なのは犯人であるのかだ。
「北川君…一応クラスメイトとして荒っぽい事はしないわ。正直に答えてくれればそれでいいの」
「いや、なんの事か全然分からないんだが」
「隠してもいい事はありませんよ」
バチバチと電気の走るスタンガンをゆっくり近づける天野さん。
軍隊の尋問をしているような光景で少し引いてしまう。
「答えてくれないなら今そこにある証拠を見せてもらうわ」
「証拠って…さっきから一体なんなんだよ」
膨れっ面になってあたしを見上げる北川君。
知り合いのよしみとしてできるだけ穏便に済ませようとしていたのだけどもう限界だ。
こうも開き直られては同情の余地がない。
「この袋の中身を見ればすぐに解決よ!」
近くに落ちていた白い袋を取り上げた。
「お、おいっ! 何するんだよ!」
「大人しくしていてください。あなたは現段階で被疑者なのですから」
「ひ、被疑者って…」
スタンガンを突きつけられ大人しくなる北川君。
いまのうちに袋の中身を調べてしまおう。
後味悪い結末だけど終わってよかったと思う。
家に帰ったら熱いお風呂に入って早めに眠ってこんな事忘れてしまおう。
そうでないとやってられないから…
袋の口を大きく開けて中身を覗く。
中に入っているのは真っ白い…
「…柔道着?」
はて、これは一体どういうことかしら?
あたしたちが着ていたものは制服や体操着であって、柔道着なんかじゃない。
中から取り出して広げてみると明らかに大きかった。
「これ、男性用ね」
「そのようですね」
「…どうでもいいんだがなんで二人ともスク水着てるんだ?」
嫌な沈黙が場を支配した。
あたしも天野さんも北川君もしばらくその場で固まっていた。


「本当にごめんなさいっ!」
「犯人と走らず狼藉を働いてしまい、申し訳ありません…」
「も、もういいから頭上げてくれよ」
あのあとすぐに名雪が駆けつけてきて、あたしたちは一旦部室に戻った。
北川君がいたことで名雪はすごくびっくりしていた。
まずは名雪に経緯を説明して、それから北川君の話を聞いた。
北川君はアルバイトで柔道部員の柔道着を洗っていたそうだ。
思ったよりも時間がかかって、ようやく終わったので部室に置きに行ったのだが…
それからは言うまでもない。
おもいっきり恥ずかしい事をしてしまった。
ついでに北川君にはあたしたちの事情を話した。
その上で北川君に何度も頭を下げたのだ。
「しっかし、ひどい事する奴もいるもんだな」
「本当だよね」
できればひどい事で済まして欲しくないのだけど。
特に名雪、あんたも被害者でしょうが。
北川君は腕を組んで目を閉じた。
なにやら考え込んでいるようだけど何を考えているのか分からない。
「…よしっ!」
そうしてしばらく時間が経って北川君は掛け声と一緒に立ち上がった。
「ど、どうしたの?」
「俺も犯人捜し手伝おうと思って」
「えっ、どうして?」
名雪は本当に不思議そうに首をかしげた。
「だってさ、目の前で困っている奴がいるのを見過ごすなんてできないだろ」
「北川さん…」
びっくりした。
北川君がこんなにも義理堅い人だったなんて知らなかった。
学校ではよく話したりするけど、普段北川君が何をしているかなんて今までしらなかった。
そんな意外な一面がすごく嬉しかった。
「それにさ」
「それに?」
「その…なんだ。女の子を困らせるなんて男として最低だろ。だから一発殴ってやろうと思って」
照れ隠しをしているのだろうか、視線をそらしながら後頭部を掻いていた。
そんな姿も意外でおもわず笑っていた。
「なんだよっ、笑うところじゃないだろ」
「あははっ、ごめんね。でもすごく助かるわ。ありがとう」
「お、おうっ! 任せておけ!」
どんっ、と力強く胸を叩いて見せる北川君をみてまた笑ってしまった。


「で、作戦とかはどうするんだ?」
犯人探しをする前にもう一度作戦を立てることにした。
「ここまで誰にも会ってないのね?」
「ああ、もしかしたら学校にいるのって俺たちと犯人だけかもな」
こんないい加減な警備でいいのかと心配してしまう。
北川君が小銭を持っていれば電話で連絡を取って服を持ってきてもらうことも可能だけどそれも無理だった。
よりによって財布を持ち合わせていないというのだ。
自由に動ける協力者を得たのはいいが、結局は犯人を見つけなければいけないようだ。
それに意地もあった。
犯人を見つけ出してとっちめない事にはこの気分は晴れないだろう。
なんとしても見つけ出したい。
そう考えたあたしはある作戦を思いついた。
力任せで下手すると犯人に逃げられる恐れがあるだけにできるだけ避けたかった。
しかし、そうも言っていられない。
短期決戦で一気に決めるのだ。
作戦は簡単。
階ごとに分かれて、しらみつぶしに犯人の居場所を捜していくものだ。
仮に犯人が窓から逃げようとしても、校門で北川君が待機している。
学校から出るにはどうしても校門を通っていかなければいけないのだ。
説明を終えてからあたしたちは部室を出て散開した。


あたしの担当は2階になった。
足の速い名雪は1階で犯人を追い詰める役だ。
天野さんとあたしがどちらに行くか悩んだが、あたしが2階に行くことになった。
2階ぐらいの高さならしっかりと受身を取れば降りられない高さでない。
犯人が窓から逃げる事も考慮した配置を組んだけど、できれば普通に捕まえたい所ね。
外から教室を覗いて確認していっているが、今のところ犯人らしき姿はない。
できるだけ短時間で効率よく探してかなければいけない。
なんといっても今一番の敵はこの寒さ。
部室で暖房に当たりながらホットココアを飲んで少し体温を上げたけどすでにその効果もない。
まったく、こんな寒い夜に何でこんな格好で学校で変態探しをしているんだろうか。
そう思うとすごく悲しくなってきた。
「まったく、見つけたらタダじゃおかないわよ」
つい悪態が出てしまう。
本当、早く帰って熱いお風呂にでも入って癒されたいわ…
心はすでに暖かいお風呂とお風呂上りのコーヒー牛乳の事でいっぱいだけど犯人探しはやめない。
黒板側から入って反対側から出る。
通過するような形で教室を見回っていくのだ。
でも、こうして教室を見たのはもう何度目か。
この行為に意味があるのか少し不安になる。
もしかするとまだ探していない場所があるのかもしれない。
落ち着いて考えるのよ。そうすればきっとその場所が…
「あっ」
そうだ、あそこがあった。
でも…できれば避けたかった。
可能性としては考えていたのだけどあえて探さなかった場所。
いくら人がいないとしてもできる限り入りたくない。
ましてやこんな格好でなんて…見られたら痴女だなんて誤解されそうだ。
しかし、背に腹は変えられない。
いつまでも先送りしているわけにもいかない。
意を決してその場所に向かう事にした。
男子トイレに…


照明が落ちている場所がほとんどの校内で今も照明が付いている場所。
トイレはなぜか電気がついたままだった。
一番最後に消すのだろうけどなんだか不気味で嫌な雰囲気だ。
男子トイレの前に着いた。
普通ならまず間違いなく入ることのない場所。
できればこのまま入らないで学園生活を全うしたかった。
しかし、それは叶わぬ願いだったみたい。
おもわず泣けてきた。
「はぁっ…」
盛大にため息をつく。
いつまでもこうしているわけにもいかない。
さっさと要件を済ませてしまいましょ。
自分に気合を入れるために拳をぎゅっと握り締めた。
辺りが無音になった瞬間だった。
ガサガサッ
「っ!?」
中からかすかに音がした。
普段なら聞こえなかったほどの小さな音。
でも、全く音のない空間であったこの瞬間だから聞こえた。
呼吸を調整して可能な限り自分から発せられる音を消していく。
聴覚を研ぎ澄ませて音が鳴ったと思われる場所を探してみる。
ガサガサッ
今度はさっきよりも確かに聞こえる。
ネズミやら何かしらの小動物が中にいるのか、それとも犯人がいるのか。
どちらにしても探さないわけにはいかない。
探そうと思った矢先に自分から見つかるような行動を取ってくれたならとてもありがたい。
全身に殺気が漲っていくのが分かる。
相手が屈強な男でも今なら一撃でしとめられる自信がある。
さあ…覚悟なさい!
あたしは音を立てないように一気に男子トイレに突入した。
建物の構造は女子トイレと似ていて、入ってから少し進まないといけない。
突き当りでドリフトをかけながら男子用便器の並んでいる空間へと駆け出す。
「お、おかしいな〜こ、ここに入れておいたはずなんだけどなぁ〜」
犯人の呟きが聞こえる。内容からしてどうやらクロのようだ。
相手が気付いて行動を起こす前に初撃を与える!
一歩、二歩と進んで三歩目で間合いに入った。
流れる風景がスローモーションのように見える。
ようやく気付く犯人。
ひっ、と小さな悲鳴を上げたときにはもう遅い。
ほぼゼロ距離で放った拳が的確に相手の腹部を撃ち抜いていた。
「かはっ!?」
小さくうめき声のような息を漏らすと犯人はその場で蹲って動かなくなった。
「悪いけどしばらく寝ててもらうわよ」
「うぐっ…ど、どうして…スク…水?」
「そのことについては触れないで」
「わ、わけが分からない…」
犯人の体から力が抜けて、ぐらりと前のめりに倒れた。
あたしは犯人を背負うと部室に向かった。
本題はこれからだ。
取り調べて制服の在り処を吐いてもらわなきゃいけない。


「それで、この男が犯人ですか?」
「ええ、そうよ。挙動も怪しかったし仮に犯人じゃなかったとしても重要参考人ね」
「スタンガンで済んでよかったのかもな…」
「そういう問題なのかな…」
椅子に縛りつけた犯人を囲んで皆思い思いの事を言う。
「うぐっ、うぅ〜ん…」
犯人が身をよじりながら声を上げた。
どうやら気が付いたようだ。
「うぅ…あれ? どうして僕はこんなところにいるんだ?」
「それはあなたに話を聞くためよ」
椅子に縛り付けられたままの犯人を見下ろしながら距離を詰めた。
「さて、あなたは男子トイレで何を探していたのかしら?」
「隠すと身の為になりませんよ。さっさと吐いてください」
バチバチと電光が走るスタンガンを今にも押し付けようとしている天野さん。
「ぼ、僕は何も知らないよ! だ、大体なんでこんな扱いを受けなきゃいけないんだ!」
もしかするとまた北川君と同じように誤認逮捕かもしれない。
うわ…そうだったらどう謝ったらいいのやら…
北川君は顔見知りだからまだよかったけどこの人に関してはまったくの初対面。
そもそも捜査方法が雑すぎたかしら…
「あ、そうだ。先にこれ置いてきていいか?」
北川君は思い出したように部室に置いていた柔道着の入った袋を指差した。
「そうね。頼まれ物だから…」
「ってそれは僕のじゃないか! 返せよ!」
「へっ?」
僕の…?
「おかしいと思ったんだ!ちゃんとあの場所に隠しておいたはずだったのに無くなっているなんて…
返せよ! それは大事な物が入っているんだ!」
あまりの剣幕に名雪も天野さんも北川君もびっくりしている。
「お、おい。これは…」
「ねぇ、大事な物って何かしら?」
あたしは北川君の言葉をさえぎるように優しく諭すような声で聞いた。
「あたしたちは一応中身は知っているけどそれがあなたの物とは分からないわ。教えてもらえる?」
「………」
「制服だよ。今日はすごくラッキーだったんだ。人もいないから一気に3着も手に入れられたんだ」
「へぇー…もしかして下着も一緒だったり?」
「そうそう、よく分かったね。3人別々のデザインで見ていて飽きなかったよ。ふふふっ、今夜はきっと楽しめるぞ〜」
「………」
「ほら、早くその中身を見せて欲しいな。僕のだったら本当に助かるよ」
ぷちっ
頭の中からそんな音が聞こえた気がした。
「そう…そうなの…」
「あなたがそうでしたか…」
隣から低く感情を押し殺したような声が聞こえてくる。
バチバチという音がいっそう強く、凶悪になったような気がする。
「ねぇ、できたらこの縄も解いてくれないかな? きつくて困っているんだ」
「なぁ、空気読めよ…」
北川君が青い顔で男の肩を叩いた。
「な、なんだよ? 僕がなにかしたって言うのか?」
「いや、気付かないならいいさ…気合入れて殴られてこい」
北川君は犯人の肩から手を離した。
「なんだよ! 殴られてこいって!? 僕が殴られる理由なんて…」
そこで犯人の言葉は途切れた。
あとに続く言葉はない。
あるとすれば犯人が上げた悲鳴や断末魔の叫びだけだ。
それから数十分間打撃と電撃が出す音が大音響で学校中を駆け巡った。
「な、なぁ…水瀬はやらないのか?」
「こ、怖くて近寄れないよ〜」


たっぷりと憂さ晴らしをしてようやく犯人を解放した。
手足がピクピクと痙攣しているが生きている証拠でしょ。
「ふぅ〜っ、ようやくスッキリしたわ」
「まったくですね。これで気持ちよく眠れそうです」
「いや、何か間違っている気がするんだけどな…」
北川君がなにか言っているがこれがあたしの正義だ。
ここで状況を整理する事にしよう。
犯人はあたしたちがシャワーを浴びている間にロッカー内の制服やら下着を袋に詰めて逃走。
一旦男子トイレの用具入れに袋を隠しておいてそのまま帰宅した。
それから少し待った上で袋を回収しに学校に向かった…というのが犯人から得た情報。
上手くいっていればまんまと制服やら下着を手に入れることができたというのだ。
しかし、ここで誤算があった。
一つはあたしたちが校内に残っていた事。
もう一つは隠しておいたはずの袋が見当たらないという事らしい。
「さて、制服をどこにやったのか吐いてもらうわよ?」
犯人ににじり寄って問い詰める。
「ぼ、僕も知らないんだ!さっき探してた場所に隠しておいたんだけどさっき来てみたらなくなっていたんだよ!」
「どう思う? 天野さん」
「そうですね…この様子からすると本当に場所を知らないのでしょうね」
はぁっ…なんて間の抜けた犯人なんだか。
盗むだけ盗んでおいて、それを盗まれるなんてね…
「どうしましょうか…? これ以上犯人を拘束していても得られる情報はなさそうです」
「そうね…」
威圧的な視線を作って犯人を睨むとビクッと犯人が身じろぎした。
「ちゃんと反省しているなら…構わないわ」
「反省してます! もうこんな事はしません!」
途端に犯人が強い口調でまくし立てた。
泣きながら必死に頭を下げているその光景を見ているとちょっとやりすぎたかなと反省してしまう。
「ふぅ…仕方がない。今日のところはこれで許してあげましょう」
犯人を拘束していたロープを解きにかかる。
「あ、あの…」
犯人の遠慮がちな口調。
「何かしら?」
答えたところでロープが解けた。
「も、もしよければ今身に付けてるスクール水着を譲っていただけませんか…? もちろんタダとは言わぎゃぁっ!?」
「全っ然反省してないじゃない! このド変態!」
両腕を後ろに回したままギリギリと締め上げた。
「ギブッ! ギブッ! 折れちゃいます!」
「少し痛い目にあわないと反省しないってわけ!?」
「いや、ものすごく痛い目にあわせてるだろ」
「北川君は黙っていて」
「ヒィィィィィィ! 放してぇぇぇぇぇぇ!」
結局犯人を解放したのはそれから10分ほど経ってからだった。


「はぁっ…本当ひどい目にあったわね」
「うん。でもこうして解決してよかったね」
あのあと、犯人から電話代をいただいてそれぞれの家に電話をかけたのだ。
あたしの家も天野さんの家も全員留守のようで、結局秋子さんの持ってきた名雪の服を借りる事になった。
秋子さんは用事があったみたいでそれからすぐに帰ってしまった。
部室で服を着替えたあたしたちはようやく帰ることができたのだ。
天野さんとは学校を出てすぐに別れた。
「お借りした服は後日お届けしますので…」
なんて丁寧な言葉をもらって名雪は困っていた。
「でも、制服がなくなったのは痛いわね…あと財布も」
「うっ…それを思い出させないで欲しいよ」
制服は予備があるが財布はそうはいかない。
しかもお小遣いをもらったばかりなので傷はものすごく深い。
明日からはしばらくお弁当作っていかなきゃいけないのね…
早起きしなければいけないことも含めて憂鬱だった。
でもあの犯人の手に渡るよりはまだマシかもしれないわね。
盗んだ制服がどんな使われ方をされるか想像しただけで気分が悪くなってくる。
「でも、もう一人の犯人って誰なんだろうね?」
「さぁ…そこまではあたしも推理できないわ」
願わくばもっとまともな人間に拾われていて、明日の朝忘れ物として届いているとありがたい。
でも、そういう用件で呼び出されるのも正直恥ずかしいのよね…
どのみち過度の期待はしないほうがいい。
あったらラッキーというぐらいに思っておくのが一番ね。
話をしていたらいつのまにか分かれ道に来ていた。
「それじゃあまた明日。服は洗濯して返すわ」
「うん。いつでもいいよ」
じゃあね〜と大きく手を振りながら名雪は家のある方へと駆け出した。
さて、あたしも早く帰りましょ。
少し歩くスピードを上げて家に向かった。


〜翌日、昼休み〜

今日はあたしも名雪もそろってお弁当だった。
お弁当も食べ終わって一緒に飲み物を買いに学食に向かっている途中、ふと中庭の一角に目が行った。
中庭は雪で覆われて一面真っ白だった。
そんな真っ白の地面の中に少し不自然に白い物があった。
よく目を凝らしてみると赤い物がはみ出しているように見える。
…って
「ねぇ、名雪」
「どうしたの?」
「あれってどう思う?」
窓を開けて外にある白い物を指差す。
「あれ? なんだか制服みたいだね」
「………」
「………」
あたしと名雪は頷き合うと中庭へと走った。


さっきまで暖房の効いた所にいたせいで冷えた空気がよりいっそう寒く感じる。
中庭は昨日降った新雪がまだ積もったままになっていた。
つまり、今日はまだ誰もここには来ていないということになる。
「えーと、たしかこの辺りに…あった!」
「あっ! あれって間違いなく制服だよね?」
「そうね…」
近寄って調べてみるとそれはたしかにうちの制服だった。
不自然に白い何かは袋だった。
制服はその袋から少しはみ出るような形になっていた。
中を調べてみると3人分の制服と下着、それと体操服が入っていた。
「どうやらこれで合ってるみたいね」
「でもなんでこんなところにあったんだろうね?」
「うーん…」
他の犯人が一旦隠すためにおいておいたのだろうか?
いや、こんな場所ではすぐに見つけられてしまう。
第一袋からはみ出たままにしておくだろうか…?
こんな無造作に置いておくなんてもしかして他の目的があったのだろうか?
念のために財布を調べてみるがちゃんとあった。
もちろん中身も無事で、むしろ財布に触れたような形跡がなかった。
「あっ、外に出ていたのわたしの制服だったんだ…」
「すっかり濡れちゃってるわね」
名雪も財布を捜してみたが結果は同じ。
金銭目的でもなし。
と、なると一体何が…
辺りをぐるりと見回してみる。
もしかすると近くに何かしら証拠が残されているかもしれない。
なにか見つかるといいのだけど…
一歩踏み出したところでクシャッと軽い音がした。
なにか踏んでしまったようだ。
足を上げて踏んでしまったものを拾い上げてみる。
「これは…?」
それはお菓子の包み紙だった。
「えーと…"兎印いちごチョコクッキー"って書いてあるわね」
改めて確認したのは包み紙の損傷が激しいせいだ。
ずっと前からあったというわけではなさそうだがとにかく開け方が雑だった。
まるで噛み千切ったみたいに雑な開け方で、真ん中から真っ二つになるようになっていた。
「あっ、それわたしが昨日持ってたお菓子だよ」
「本当イチゴ好きね…」
………
名雪がこれを持っていた?
「名雪、もしかしてこれって制服のポケットに入れていたの?」
「うん。でもさっき探してみたけどなくなってたよ」
名雪の制服に入れられていたお菓子。
乱雑に開けられたお菓子の包み紙。
袋を持ち上げて下になっている部分を見てみる。
そこは明らかに引きずってできたような汚れが付いていた。
「ふふふっ…あはははははっ!」
思わずおかしくなって大声で笑ってしまう。
「わっ!? ど、どうしたの?」
名雪が不思議そうにあたしを見つめる。
無理もない。いきなり笑い出したあたしが悪いのだ。
でもこれは笑わずにはいられない。
「ご、ごめんね…でもおかしくって…あははっ」
「うーん…なんだかよく分からないよ」
このままあたしだけ笑ってるなんて不公平だ。
この事は名雪や天野さん、北川君にも教えてあげよう。
「名雪、今日の放課後時間ある?」
「え? 今日は部活ないから大丈夫だけど…」
「それじゃあ学校終わったら百花屋にでも行きましょ。できたら天野さんと北川君も呼びたいわね」
「えっ? えっ…?」
自体が飲み込めないまま困ってる名雪をよそにあたしは楽しい気分でいっぱいだった。


「で、こうしてみんなで集まったのはなにか理由があるのか?」
「あるのよ。すごく大事な理由がね」
「もしかして…昨日の一件の事でしょうか?」
「ええ、そうよ。そうそう、天野さんにはこれを渡しておかなきゃね」
コンビニで買った紙袋に詰めた制服を渡す。
それを見て天野さんはすごくびっくりしていた。
当然だろう。もうなくなっていたと思っていたものがこうして戻ってきたのだから。
「美坂先輩…これはどういう事でしょうか?」
「泥棒の泥棒が見つかったって事なんだよな?」
「残念ながら犯人は見つけられなかったけどね」
「制服が入った袋が中庭に落ちていたんだよ」
あたしは一緒にその現場の状況を説明した。
天野さんはそこから自分なりに推理し始めたのだろう。腕を組んで考え込んでいるように見える。
数分後、天野さんは結論を出した。
「すみません…やはり分かりませんね」
「仕方がないわよ。あたしもちょっとしたきっかけがなかったら分からなかったんだし」
ここで一つ咳払い。
「あくまでこれはあたしの推測だけど…」


「実は、名雪の制服にはお菓子が入っていた。
部活が終わったあとは簡単な栄養補給としていつも軽いものを持ち歩いているとの事。
もちろん昨日もポケットに大好物のイチゴ味のチョコレートクッキーを用意していた。
それを犯人があたしや天野さん、そして名雪の制服や下着に体操服をまとめて盗んで袋に詰めた。
その後、一旦その袋を男子トイレの用具室に隠した…
これまでは昨日の尋問で分かった事よね?
これからは推測に入るわ。
犯人が去った後、一匹のお腹をすかせた野犬かキツネが校舎内に迷い込んできた。
たまたま制服を隠した男子トイレの近くをうろついていたら、名雪の制服のポケットに入れていたお菓子の匂いをかぎつけた。
ところが、いい匂いのする袋を見つけたのはいいものの、すぐには開けられそうにない。
おまけにあまりモタモタしていると人に見つかってしまうかもしれない。
そこで、仕方がなく袋ごと運んで安全な場所で食べる事にした。
重たい袋を引きずって、ようやくたどり着いたのは人目の付かない中庭の一角。
そこで袋を開けて制服のポケットから無事お菓子を取り出すと、包み紙を噛み千切って中身を取り出した。
おいしいお菓子を食べて満足したら元の居場所に帰っていってしまいました」


「…というのがあたしの推測なんだけど、どう思うかしら?」
「筋は通ってますし、現場の状況からしてもそれが一番正しいと思います」
「すごいよ…まるでテレビに出てきた探偵さんみたいだよ」
「しっかし、それが本当なら意外な犯人だよな」
「本当よね。まぁ、盗み出してくれたおかげで犯人を捕まえる事もできたしもう一つの犯行については目をつぶりましょう」
こうして、あたしたち4人が巻き込まれたちょっとした事件は幕を下ろした。
犯人の男を警察に突き出したりはしなかったけど散々制裁を加えたからもういいと思う。
無事制服もお財布も見つかったんだしね。
これにて一件落着、めでたしめでたし。


「そういや昨日はずっとスクール水着で駆け回っていたんだよな」
「それは言わないで。思い出すだけで鬱な気分になるから…」


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