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「うにゃー、退屈」
 溜息をついて足をデスクの上に投げ出す。
 右足がキーボードに乗っかってパソコンに変な文字の羅列が出来てるけど気にしない。
 ついでにスカートだから誰かが入ってくるとすんごい格好だったりするけどそっちも気にしない。
 むー、これでも少しは身長は伸びたし胸も大きくなったんだぞ。
 男子生徒が入ってきたら悩殺ポーズなんだから。
 一人でツッコミを入れて窓の外を見る。
 おにいちゃ――純一くんもこの空を見てるのかな?
 会いたいなあ。
 こんなとき魔法が使えたらぴゅーっといっちょひとっ飛びでおにいちゃ――純一くんに会ってこれるのに。
 あーもう、お兄ちゃんでいいや。
 一度癖になったものを直すのは難しいことである、マル。


 窓から視線を戻して自分の研究室の中に。
 なんか面白いものないかなー。
「――うにゃ?」
 ふと部屋の端に立てかけられたホウキが目に入った。
 おばあちゃんの形見のホウキ。
 しばらくボクはそれをじっと見つめて――。
「そうだっ」
 と、小さく叫んで椅子からぴょこんと飛び降りた。


「にゃはは」
 上機嫌で部屋の中をねり歩く。
 ホウキにまたがり、おばあちゃんの形見のマントをつけて。
 ちょっとした魔女っ娘気分。
 あ、どこかで見た映画みたいにホウキの先にラジオをぶら下げなきゃ。
 ――ラジオがないから巾着袋でいいや。
「それじゃ初音島へれっつご〜」
 そう宣言して窓に向かってとんっとジャンプする。
 もちろん冗談だけど。
「――うにゃ?」
 なんだか体重のかかる位置が変わった気がした。
 足に地面の感覚がない。
 というか、どう見ても浮いてる。
 部屋の中に一陣の強い風が起こって窓が吹き飛ばされた。
 ついでに部屋の内装やらその他もろもろもその窓から外に飛んでいく。
 ボクの目の前で研究室の中は何もなくなってしまった
 ぐぐっとボクを乗せたままホウキの高度が上っていく。
 ひょっとしなくてもこれって――。
「へ、へるぷみー!」
 叫び声は風を切る音にかき消される。
 凄まじいスピードでボクは窓から青空へと飛び出していった。












むかし、いま、それから――














 いやー、どうしたものかなこの状況。
 真下に広がるのは太平洋360度のパノラマ。
 青い海、青い空、広がる地平線。
 どれをとっても最高だと思う。

 ――飛行機の中なら。

 あーもう、どうすればいいのかほんとに分からないよ。
 必死にホウキにしがみついてなきゃいつ振り落とされたっておかしくない。
 かれこれ数時間、ボクはホウキ一本で音速飛行していた。
 生身で音速飛行してたらとっくに体がばらばらだろうし、風の防壁みたいなものがボクを守ってくれてるみたいだけど、それでもこの状況は怖すぎる。
 それに、魔女がホウキにまたがって飛ぶって嘘だよね。
 こうやって前傾姿勢で必死につかまってるとただでさえおかしなところに体重がかかってる体勢なのに、デリケートなところが直接擦れて――。
 うにゃ、これ以上は教職につく者として不適切なので省略。
 とりあえずパンツをはき替えたいってことだけは確か。


 でもこのホウキが向かう先は分かってる。
 だってこれはボクの魔法だから。
 地平線の向こうから日本が見えてきた。
 ぐんぐん、ぐんぐん、雲を追い越していく。
 このまま初音島まで、お兄ちゃんまで一直線だ。
 懐かしい学園の屋上にあの人の影。
 もうすぐ会えるねお兄ちゃん。
 ――うにゃ?
 そういえばこれどうやって止まるんだろう?
 当然ただのホウキに緊急ブレーキとかがついてるわけがない。
 文字通りお兄ちゃんまで一直線のジャパニーズ・カミカゼだ。

「わ、わわっ! お兄ちゃんどいて!」

 そいつ殺せない!
 ――じゃなくて、このままじゃ無理心中しちゃうよ!
 でも風を切る音でそんなボクの叫びは聞こえない。
 振り向いたお兄ちゃんが飛来する未確認飛行物体に驚く顔が見えて、それで――。


 凄い音と共に視界が真っ白になった。





「――さくら。おい、さくら」
 優しい声が光の中に響く。
 お兄ちゃんの声、懐かしいな。
 ごめんねお兄ちゃん、天国行きまで巻き添えにして――。
 お、お兄ちゃんが天国に行けた!?
「起きろコラ!」

 スパーン!

「うわあっ!?」
 乾いた音とともに頭に星が光りそうな痛みが走る。
 慌てて体を起こすとそこは学園の屋上だった。
 そして目の前には上履きを手にしてかなり不機嫌そうなお兄ちゃんの顔。
「あー、びっくりした。お兄ちゃんを天国に送るなんて閻魔も筆の誤りだもんね」
「いきなり人を空爆しといて何言ってんだテメエは」
 そうやってすぐにボクに憎まれ口を叩くけど分かってるんだよ。
 ボクが目を覚ますまでずっと名前を呼んでてくれたこと。
「あはは、やっぱりお兄ちゃんだ」
「お、おいっ」
 ボクは躊躇わずにお兄ちゃんの胸に飛び込んだ。
 二人で抱き合ったまま地面に転がる。
 ちゃんと受け止めてくれたのが嬉しかった。
「予定よりとても早くなっちゃったけど、ただいま――お兄ちゃん」
「おかえり――さくら」
 溜息を一つついて、ボクの下になったお兄ちゃんはゆっくりと返事する。
 その顔はもう怒ってなかった。
「よく無事だったね」
「ああ、直撃寸前でお前が止まってくれたからな。風圧で吹っ飛ばされちまったけど、もし止まってなかったら――」
「――止まってなかったら?」
「ホウキが俺の胸を貫いてた」
「うにゃー、それはサスペンスだねえ」
「少年漫画の間違いだろ。卵生んでテメエに復讐するから覚えてろよ」
 うん、この会話。
 やっぱりお兄ちゃんだ。
 ボク帰ってきたんだね。







 校門で待っていてもらったお兄ちゃんの元に駆け寄る。
「お待たせお兄ちゃん」
「お、随分早かったな。それでどうだったんだ?」
 屋上での衝撃的な再会の後、ボクは大学に電話をするために職員室に寄った。
 公衆電話を使おうにも日本のお金は持ってないし、お兄ちゃんに借りようにも国際電話は高すぎるから無理。
 そんなところに学園時代お世話になった白河先生がやってきて、事情を話したら職員室に連れていってくれた。
『屋上に妙な物が落下するのを中庭から見て、何事かと思ったら芳乃だったとは。いやはや、ホウキで空を飛ぶなんてあちらさんの新兵器開発かい?』
 なんて片手煙草に笑い飛ばしていたけど、多分あの人は何だったのか分かってたんだと思う。
 白河先生はこの枯れない桜が咲いていた島でずっと過ごしていた人だから、科学者にも関わらず現実の裏側にある力にも許容性があるのかもしれない。
 まあ、それはボクもなんだけど。
「うにゃー、『もう二度と帰ってくるな』だって」
 両手を広げてヤケクソのポーズ。
「そりゃつまり、向こうの大学をクビにされたってことか?」
「はっきり言うねぇ。これでもちょっとはショック受けてるんだよ」
 数時間前に退屈とか言ってたけど、あれもボクの夢だったし、それがこんな形で潰れちゃったのは悲しかった。
 でも仕方ないんだけどね。
 前に研究と講義すっぽかして初音島に数ヶ月隠れてたことで大目玉食った直後だったし。
 そこにきて今回ボクが飛び出した時の衝撃で研究棟の一部が半壊したって聞かされたら。
「ムカっときて『ヤンキー・ゴー・ホーム』って言ったらそこで電話がブツン、交渉決裂」
「――アホか」
 視線をそらして葉っぱだらけの桜並木に目をやるお兄ちゃん。
 その癖も相変わらずだね。
 本当は笑ったりしたいくせに、そうやって呆れてるふりをするんだから。
 今のはほんとに呆れてるかもしれないけど。
 だいたい一言でクビって言えばいいのにちまちま細かいんだから。
「それでこれからどうするんだお前。向こうには帰れなくなったんだろ?」
「うん、それが決まってるからショックはちょっとなんだけどね」
「どういうことだ?」
 首をかしげるお兄ちゃんの前に巾着袋から取り出したある物を見せる。
 さっき白河先生からもらったものだ。
「じゃじゃーん! 来週からまた風見学園にお世話になりやす、芳乃さくらって流れもんです」
「げ、またお前が教師やるのか?」
「にゃはは、今度は生徒だよ。お兄ちゃんと同じクラス」
 まだ証明写真が貼られてない、名前と住所だけ記入された生徒手帳をお兄ちゃんに手渡した。
「来年からは教職復帰予定だけどね」
「どういうことだ?」
「ボクは明日からでもよかったんだけど、学期中に新規の先生なんかいらないし、それにボクは日本語書くのが苦手だからそれまでの勉強期間。ちゃんと日本語で授業できるようになるなら風見学園で研究室付きで雇ってくれるってさ」
「後で俺からその条件に一つクレームをつけておく」
「――うにゃ?」
「身長150センチ以上も必須ってな」
「むっかー、これでも少しは伸びたんだよ。あれから2ヶ月しか経ってないけどさ」
「逆に小さくなったように見えるが?」
 悔しいけど、ボクよりお兄ちゃんの方が身長が伸びていた。
 たくましくなったお兄ちゃんを見るのは嬉しいけど、この場合は嬉しくない。
 それに、ボクだって授業をするなら150センチは欲しいよ。
 今の身長じゃ黒板の下半分しか使えないし、はぁ。


「ところで結局『お兄ちゃん』に戻ったのか?」
「うにゃー、やっぱり慣れちゃうと言い直すのは――」
「――かったりい、てか?」
 ボクの言葉を継いで、ニヤッとお兄ちゃんが笑う。
 なんでそーゆーところでだけ笑うかなあ。
 しかも嫌味っぽく。
 お兄ちゃんらしいといえばらしいけど、やっぱりイヤだ。
 もっと他の笑い方や照れてるところとか見たいのに。
 あ、そだ、いいこと思いついた。
「うん、それもあるけど――」
 ふっふっふー、覚悟しててねお兄ちゃん。
「えいっ」
 とばかりに飛びついてお兄ちゃんの右腕を取り胸の中に抱きしめた。
「な、何だ!?」
 動揺してる動揺してる。
 胸のほうはあれから二ヶ月で結構成長したからね。
 お兄ちゃんの普段見せない顔を見られるなら、こういうこともちっとも恥ずかしくないよ。
 それにね――。
「ボクが甘えたいから『お兄ちゃん』でいいんだよ」
 さらに強く右腕にしがみつきながら体をピタッとくっつけると、お兄ちゃんの胸の鼓動が早くなっているのが聞こえた。
 やった、作戦成功。
 お兄ちゃんはその場でしばらく立ち止まった後、左手で頭をかいて咳払いをする。
「身長150センチ以上で卒業だからな」
「うん、そこからはレディーだもんね」
 だからそれまでは目いっぱい甘えちゃうからね、お兄ちゃん。




「そういえば、兄者はどうして屋上にいたのじゃ?」
「今度は兄者・妹者かよ」
「にゃはは、気にしない気にしない」
 お兄ちゃんの腕に抱きついたまま、のんびりと桜並木を歩く。
 今日こっちの国は土曜日の午後だから生徒たちはほとんどいないんだよね。
「帰宅部の兄者が放課後の屋上でぼんやりとは変なのじゃ」
「放課後の体育倉庫で汗を流してるよりは健全だろ」
「杉並君と?」
 と言った瞬間、腕を引き剥がされて右手で頭をがしっと鷲掴みにされた。
 左手がグーになってボクの顔を狙い打とうと、小刻みに揺れている。
「OK。言いすぎた、兄者。だからフリッカージャブは止めてくれ」
「ついでに兄者・妹者もやめろ」
 ボクが両手を挙げて降参のポーズを取るとすぐに離してもらえた。
 でも何も言わなかったら本当に殴ってたんだろうなあ。
 お兄ちゃんは冗談を本気でやる人だから。
 それは大好きなんだけど、痛いのは嫌いだ。
「なんとなく退屈だったんだ」
 歩みを再会するボクたち。
 お兄ちゃんにくっついたまま話を黙って聞く。
 ――黙って人の話を聞くって難しいよね。
 今の一言にも思わずツッコミたくなることがいくつかあるし。
「音夢は看護士の学校に行っちまうし、あいつがいなきゃ美春も元気ないし、眞子もなんとなくな。杉並の馬鹿だけはいつもどおりだが」
「数ヵ月後くらいがポッカリ開いちゃった人のことを寂しく思えちゃうんだよね」
 確かみんな音夢ちゃんと仲がよかった子たちだ。
 多分一番寂しいのは家族だったお兄ちゃんなんだろうけど、周りの人たちもそうなんだろうね。
 除外されてたけど、杉並君もきっと。
「まあ――な。いなくなってからその人の大切さがわかるって意味がよく分かったぜ」
「ふーん、じゃ、ボクは?」
「かったりいから考えてなかった」
「むかっ、何なんだよそれ。ボクは音夢ちゃん以下?」
 仮にもボクは恋人だよ?
 そりゃ気が向いたら頻繁に電話してたし、お兄ちゃんにとっては電話だけでもボクはうるさいから存在感十分なのかもしれないけどさ。
 ――でも、音夢ちゃんは電話なんかほとんどしてないんだろうなあ。
 お兄ちゃんも音夢ちゃんもそういうところはおとなしいし。
 電話番号は訊くだけ訊いといて自分からかけてきてくれることなかったしね。
 あ、そうだ、いいこと考えた。
 とりあえず保留保留、まずは帰宅だね。
「で、家に帰るのもかったりいから屋上で昼寝でもしようと空眺めてたら――」
「ボクが降ってきた」
「あれが降るなんて優しいものか? 神風特攻って言い直せ」
 露骨に嫌そうな顔をしてお兄ちゃんが顔をしかめる。
「にゃはは、不発弾だったけどね」
「やっぱり俺を殺す気だったんかテメエは」
「にゃにゃにゃーっ、そこ下痢になるツボー!」
 頭頂部を左拳でグリグリやられる。
 痛いけど嬉しかった。
 お兄ちゃんもボクと同じ空を眺めてたんだね。





 お兄ちゃんの家にお邪魔する。
 そう言えば玄関から一緒に入るなんてほとんどなかった気がするけど――何でだろ?
 ま、いっか。
 それにしても音夢ちゃんがいないからもっと散らかってるんじゃないかと思ったんだけど全然散らかってない。
 ちょっと意外かも。
 というより、家の限られた範囲しか生活に使ってないのかな?
 ボクも前に一度帰ってきた時はそうだったから。
 この家も一人で住むには広すぎるんだよね。
「さくら、お前はここでテレビでも見ててくれ。俺は昼まだ食ってないから」
「らじゃー。あ、そだ、電話借りていい?」
「電話? 国際電話は金がかかるから――」
「Don't worry、心配無用。日本の知り合いに電話だよ。それもそんなに遠くない人」
「さよか、なら勝手に使ってくれ」
 お兄ちゃんはそう言うと手をキッチンの方に歩いていった。
 んー、冷凍食品をレンジでチンかな?
 まあ、それはともかく作戦開始。
 えっと、あるかなー?
 あったあった。
 かったりいが口癖のお兄ちゃんなら電話機の周辺に置きっぱなしと思ったけど、予想通り。
 広告の切れ端に書き残してるって予想まで大当たり。
 ボクってちょっと名探偵かも。
 さてとっ。
 意を決してささっと番号を叩いた。

 プルルルル、ガチャ――

「はい、朝倉です。兄さん?」
 ――コホン
「おっはよんよーん、はろー音夢ちゃん」
「――は?」
「How do you do? げんきー?」
「ひょっとして、さくら!? でも発信はお兄ちゃん――ってまさか」
「Yes,that's right.大当たり。現在お兄ちゃんとお気楽同棲生活満喫中〜」
「ちょっとさくら、いったいいつからうちにいたのよ? 兄さんに替わりなさい!」
「にゃはは、家事はボクがちゃんと面倒見てるから大丈夫だよ。音夢ちゃんはそっちでしっかり勉強に励んでね。それじゃバイバーイ」

 ――ブツッ

 喚いてる音夢ちゃんを無視して電話を切る。
 これでOKっと。
 そこにキッチンから慌しい足音。
「こらさくら! お前一体どこに電話かけやがった」
 あはは、慌ててる慌ててる。
 こっちも予想通りの反応。
「誰って、日本でボクの身近な知り合い、音夢ちゃんだよ?」
 わざとらしくとぼけてみせる。
 こう見えてボクは結構知能犯なんだよ、お兄ちゃん。

 プルルルル、プルルルル――

 間髪置かず鳴り響くコール音。
 もちろん発信者は音夢ちゃん。
 お兄ちゃんはボクから目をそらし、恐る恐る電話機を見て――。
 震える手で『留守電』を押した。
 録音開始のメッセージが流れ、終わるや否やすごい剣幕の声が響く。

「兄さん! いるのは分かってるんですよ! 私がいないのをいいことに家を不純異性交友の巣にするなんて不潔です! あーもうっ、今すぐそっちに行きますから覚悟しててください!」

 ――ブツッ

 静かになった電話機を前に真っ白になるお兄ちゃん。
「うわー、相変わらず音夢ちゃんは怖いねえ」
「来て早々なにさらしてくれとんじゃキサマ!」
 ボクの肩を掴んでガクガク揺さぶった後、お兄ちゃんは『音夢が、音夢が――』と壁に寄りかかってうわ言のように繰り返していた。
「じゃ、お兄ちゃん、ボクは家の掃除があるからこれで帰るねー」
 音夢ちゃんが怖いから逃げるとも言うけど。
「は? お前ここに居座るつもりじゃなかったのか?」
「うにゃー、ボクはいつでも準備OKなんだけどね。でもこういうのは保護者の許しを得てからじゃないと」
 お兄ちゃんの保護者ってのはもちろん音夢ちゃん。
 許しを得なきゃいけないってのは半分本気で半分嘘。
 ボクなら多少強引に居座っちゃえるけど、お兄ちゃんが少し元気じゃないのは辛いからね。
 ほんとは兄妹同士いつでも話したいくせに二人とも素直じゃないんだから。
 かったるいを優先するお兄ちゃんならともかく、理由を作ってあげれば音夢ちゃんは積極的に電話をかけてくるはず。
 まあ、お兄ちゃんに電話をかけさせるように仕向けるのも出来るんだけど、そこはボクのプライドにかかわるしね。
 お兄ちゃんにとって音夢ちゃんは口うるさい妹って思っててもらわないと。


 そうそう、帰る前にこれだけは報告しとかないとね。
「あ、そだ。お兄ちゃんこれ」
 お兄ちゃんの前に右手を出してにぱにぱやってみせる。
「和菓子はもう出ないって」
 呆れるお兄ちゃんにボクはくすっと微笑む。
 違うよ、お兄ちゃんに和菓子を出してもらうんじゃなくて――。
「じゃーん! 生八つ橋ー」
「なっ!?」
 やった、できるんじゃないかなって思ったけどやっぱり出来た。
 お兄ちゃんが信じられないくらいに目を丸くしている。
「どうなってんだ? もう桜は枯れたのに――」
「簡単だよ、ボクが魔法使いになったってこと」
 今日の出来事でボクは魔法の仕組みが何だったのか分かってしまった。
 そしておばあちゃんの言葉の意味も。
「魔法使いってそんな簡単になれるものなのか? 別れてから2ヶ月しか経ってないのに」
「仕組みが分かればね」
「俺にもか?」
「うーん、先入観がない分入りやすいだろうけど、お兄ちゃんには無理だね」
「なんでやねん」

 ビシッ!

「うわあっ!?」
 脳天にチョップを入れられた。
 また下痢ツボ――。
 お前に出来て俺に出来ないわけがないって気持ちは分かるけど、それならまず勉強の方をどうにかした方が――ってのはかわいそうだから黙っておいてあげよう。
「んもー、ボクの授業ちゃんと聞いてれば分かるはずだよ。でも『かったりぃー』なんて言ってるお兄ちゃんには無理だろうなーってこと」
「なんでじゃ」

 ストンッ!

「うにゃあ!?」
 今度はダブルチョップ。
 今のって背が伸びなくなるツボじゃ――。
 今月少しも伸びなかったら祟ってやる。

 ――嫌味でも何でもなくってお兄ちゃんには分からないと思うよ。
 『恋わずらい』なんてね。
 それに、そんなのでブルーになってるお兄ちゃんなんか見たくないし。
「まあ、魔法なんてかったりいしもういらないけどな」
「だったら何度も意味なくボクを叩くなーっ!」
 体を捻って鳩尾に一撃。
 呻き声とともにお兄ちゃんの体がくの字に曲がる。
「うぐぐ、その小さな体でこんなパンチが打てるほうが魔法だぜ」
「お兄ちゃんのタフさ加減もね」
 こんなくらいでへばってちゃ音夢ちゃんの折檻には耐えられないよ。
「とりあえずお腹が減ったのでこれはボクがいただきます」
「って、自分で食うのかよ」
 右手に出したままの八つ橋を口の中に放り込む。
 その様子をお兄ちゃんが呆れた目で見ていた。
 和菓子を作るとお腹が減るってお兄ちゃんが言ってたけど本当だね。

「じゃーね、お兄ちゃん。来週からよろしく」
「――さくら」
 背を向けて居間を出ようとしたボクにお兄ちゃんの声がかかる。
「昼飯食ったら掃除手伝ってやるから」
「にゃはは、ありがとう。でも、音夢ちゃんが帰ってきた時ボクと一緒にいたら修羅場だよ?」
 ボクとしてはそこで困ってるお兄ちゃんを見てみたかったりするけどね。
「もうなるようになれだ。見つからないに越した事はないけど」
「あはは、大好きだよ、お兄ちゃんっ!」
 お兄ちゃんの元に駆け寄り、一瞬の隙をついて唇を奪う。
 こらっ、とか叫ぶお兄ちゃんの手を抜けてボクは家から駆け出した。




















 魔法っていうのは化学反応では説明できないもの。
 つまり、人の心が魔法なんだよ。
「人の心だけは化学反応じゃないんだよ」
 って授業で説明したけどお兄ちゃんはちゃんと覚えてるかな?

 ――ボクも、もうすぐ魔法が使えなくなると思う。
 誰かに喜んでもらいたいって気持ちがあれば和菓子くらいは作れると思うけど。
 太平洋横断ホウキ飛行が最初で最後の、正真正銘の魔法。
 だってね――


 この胸のドキドキが最高の魔法なんだよ、お兄ちゃん。






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