どうも初めまして。オレの体験談を訊いてください。
 オレの名前は……本名は明かしたくないのでここではK川と表記させていただきます。
 先日オレは某喫茶店で友人のS藤と話をしてました。
 そのときの会話でオレが「沢渡真琴? 誰それ?」と訊いたところ、周りのオタクっぽい男たちから一斉ににらまれました。
 あれは明らかに殺意が込められていました。オレが大きい声で喋っていたのを五月蝿がってるという目ではありませんでした。まぁ喫茶店で喋るには少々声が大きすぎたかと反省はしておりますが。
 見てみるとS藤もそわそわして落ち着かない様子です。もしかしてオレはとんでもない失言をしたのでしょうか? そのとき飲んだアイスティーは周りの視線が怖いせいか、いつもより不味いように思えました。
 帰り道、S藤になぜにらまれたのか訊くと、S藤はオレに『Kanon』というゲームを勧めてきました。これをやれば原因がわかると言い残して。
 そして後日、オレはS藤が勧めたKanonを買ってプレイしました。
 別にそこまでして原因が知りたかったわけではありませんが、友人の勧めだし買って損はしないだろう、これも何かの縁だと軽い気持ちで買いました。
 で、やってみた感想はというと、ここでは詳しく語りませんが、素晴らしいの一言。一気にオレはファンになりました。
 でもだからといってあの喫茶店での出来事に納得したわけではありません。あのときオレをにらみつけた人たちからすれば名作を汚された気分になったのかもしれませんが、オレからすれば知らないものは知らないとしか言いようがありません。オレは何も悪くないと断言できます。
 で、それから数日後、オレは友人のK瀬と一緒にあの喫茶店に行きました。
 もちろん客はあのときとは一変していますが、やはりオタクっぽい男たちが集まっています。まぁオレとK瀬も充分オタクっぽいので偉そうには言えませんが。
 そこで注文を終えたあと、オレは「倉田佐祐理? 誰それ?」と言いました。もちろん周りに聞こえるように大きな声でです。
 するとやはり周りからは殺意の込められた視線を突きつけられました。K瀬は唖然としていました。無理もないでしょう。さっきまでの会話では倉田佐祐理はおろか、Kanonの話題など一言もあがらなかったのですから。
 そこでオレは「そんな魔法のステッキを持ってそうなお嬢様のことなんて知らねえよ」と言うと、たちまち周りの客はオレをにらむのをやめて店の様子は元に戻りました。
 どうやら遠まわしに「オレは倉田佐祐理を知っている」とアピールしたのがよかったようです。周りの客たちにとっては、Kanonという物語を知らないのはそれだけで万死に値するようです。
 面白い店です。今度あの店にいったときは、また同じようにしてからかってやろうと思いました。
 そして現在、オレは友人のA沢と一緒にあの喫茶店にいます。
 そこで早速オレは「月宮あゆ? 誰それ?」と言ったところ、周りの客はオレをにらみつけてきた……と思いきや、何やら様子が変です。ある客は外の景色を見てるふりをしてオレのほうをチラチラ見てきたり、ある客は必死で笑いをこらえてたり、またある客はカメラのフラッシュを本人の目の前で堂々と炊いたりしています。どうやら今日の客は様子が違うようです。


 ……オレがいったい何をしたというのでしょう?
A沢「お前がダッフルコートと羽リュックを着てるせいだと思う」
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